バンクスマーモット

齧歯類(ネズミ・リス)

【哺乳類図鑑】バンクスマーモット

分類と学名

分類階層と学名

– 界:動物界 Animalia
– 門:脊索動物門 Chordata
– 綱:哺乳綱 Mammalia
– 目:齧歯目 Rodentia
– 科:リス科 Sciuridae
– 属:マーモット属 Marmota
– 種:バンクスマーモット Marmota vancouverensis

分類上の特徴と属内での位置づけ

バンクスマーモット(Marmota vancouverensis)は、マーモット属の中でも特に狭域に分布する固有種であり、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー島の高山地帯にのみ生息している。地理的隔離によって独立した進化系統を形成しており、形態的・遺伝的特徴の両面からも明確な分類単位とされる。

近縁種にはフーバーマーモット(M. caligata)が挙げられるが、形態的差異と音声行動、遺伝的距離において区別可能であり、独立種としての分類が確立している。

形態的特徴

黒褐色の体毛と外見上の識別点

成獣の体長は60〜70cm、体重は2.5〜7kgで、季節により大きく変動する。特徴的なのは黒褐色〜こげ茶色の体毛であり、胸部や顔部に明瞭な白斑を持つ個体が多い。若獣では毛色がやや淡く、年齢によって変化がある。

尾は太く短く、他の北米産マーモットと比較して体毛が粗い傾向がある。換毛は年1回で、夏季に濃色、冬季に灰褐色となる季節的変異が認められる。

短縮四肢と掘削・警戒に適した構造

前肢の筋肉と湾曲した爪は、岩礫混じりの地面への掘削に適応しており、巣穴は地質条件に応じて深く分岐する。後肢は短く、急傾斜での踏張りや跳躍に耐える構造を持つ。

頭骨は幅広く、眼窩の位置が高いため、地表での視認性に優れ、警戒行動時には直立姿勢で広範な視界を確保することができる。

行動と社会性

群れ構造と営巣単位

家族単位の小群を形成し、1つの巣穴を複数個体が共有する。繁殖ペアとその年の仔、前年の若獣が共に生活することが多く、協調的な行動が観察される。

単独生活を送ることは少なく、非繁殖個体が警戒や巣穴の維持を担うことで、群れ全体の存続効率を高める構造が見られる。巣穴網の構築と維持は群れ単位で行われ、世代を越えて利用される例もある。

音声・視覚による捕食者警戒

警戒音として「ヒュー」「チー」などの高周波の鳴き声を使用し、捕食者の種類に応じて音の強さと間隔を変化させる。音声は個体間だけでなく、隣接群へも伝わる広域伝達手段である。

視覚による警戒も発達しており、立ち上がっての観察行動や、尾の振り上げ、急停止動作などが危険信号として利用される。これらの行動は、特に開けた高山草原での生存戦略として有効に機能している。

分布と生息環境

バンクーバー島のみに限定された分布

バンクスマーモットは、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のバンクーバー島中央部の山岳地域にのみ自然分布する。生息地は標高700〜1,500mの高山帯に限られ、島内でも限られた山地に断片的な個体群を形成している。

かつては島の南部から中央部にかけて広範に分布していたが、生息地の分断と捕食圧の増加により、1990年代には野生個体がわずか30頭程度にまで激減した。

高山草原および人工環境への適応

生息環境は氷河の作用によって形成された高山草原、岩礫地、断崖斜面などであり、自然撹乱(雪崩・崩壊)による開放的な空間を好む。近年では、林業跡地や草地造成地など人工的に開かれた環境にも営巣が見られるようになっている。

巣穴は斜面中腹から稜線近くに掘られ、複数の出口と通気孔を備えた構造が一般的である。周辺には採食・警戒・日光浴用の岩場が存在し、行動圏の中心となる。

繁殖と年間サイクル

遅い繁殖成熟と仔の成育特性

バンクスマーモットは他のマーモット属と比較して性成熟が遅く、2〜3年目に初めて繁殖を行う個体が多い。繁殖は5月下旬から6月にかけて行われ、妊娠期間は約30日。出産は地下巣内で行われ、1回の出産あたり2〜4頭の仔が産まれる。

仔は約1ヶ月で地上に現れ、8月頃までに離乳・自立する。初年度の生存率は環境条件と捕食圧に大きく左右される。

冬眠と活動期間の地域的特徴

活動期は5月〜9月の約5か月間に限定され、それ以外の期間は地下巣穴での冬眠を行う。冬眠期間中は体温・心拍・代謝が著しく低下し、脂肪に蓄えたエネルギーを消費して越冬する。

冬眠巣は積雪や凍結から保護される位置に設けられ、干草・体毛などによって断熱性が高められている。冬眠明け直後は活動が鈍く、体温と警戒反応の回復に数日を要する。

食性と生態学的役割

選択的な草食と栄養戦略

バンクスマーモットは完全な草食性であり、高山草原に生える草本植物を主な食物とする。イネ科・キク科・マメ科の植物を好み、特に花芽・新芽・種子などの高エネルギー部位を選択的に摂取する傾向がある。

採食活動は日中に集中し、朝と夕方に最も活発となる。短い活動期間の中で、効率的に栄養を蓄え冬眠に備える必要があるため、採食行動の最適化が生活史の中心的要素となる。

掘削活動による生態系構造への影響

巣穴の掘削によって地表の撹乱が生じ、周囲の植物群落の構成や土壌通気性・排水性に影響を与える。これにより、新たな植物の侵入や種子の定着が促進され、局所的な植生多様性が高まる。

また、放棄された巣穴は他の小型哺乳類・爬虫類・両生類の隠れ場所や営巣地として再利用されることがあり、生態系内での重要な構造形成者として機能している。

人間との関係と保全措置

絶滅危惧種としての現状と回復プログラム

バンクスマーモットは国際自然保護連合(IUCN)によって「絶滅危惧IA類(CR)」に分類されており、カナダ国内においても最優先の保全対象種となっている。野生個体数は2000年代初頭に急減し、一時は自然下での絶滅が危惧された。

これに対応して「Vancouver Island Marmot Recovery Foundation」が設立され、保全繁殖・再導入・個体群モニタリングなどの取り組みが継続されている。

飼育繁殖と再導入の取り組み

カナダ国内の複数の動物園・保全施設(カルガリー動物園など)で飼育繁殖プログラムが実施されており、人工繁殖に成功した個体は野生回復のために山岳地帯へ再導入されている。

再導入後の個体は、定期的に個体識別タグや発信機によって追跡され、繁殖・生存・行動範囲の記録が科学的に蓄積されている。この取り組みは、狭域固有種の回復戦略として国際的にも注目されている。

狭域種としての意義と展望

バンクスマーモットは、単一の島内にのみ自然分布する哺乳類として、地理的・進化的・保全的に極めて重要な存在である。島嶼環境への高度な適応、狭い活動期に集約された生活史、脆弱な個体群構造といった特徴は、環境変化に対して極めて感受性が高い。

今後の保全には、地域住民との協調、観光開発の調整、遺伝的多様性の維持など、長期的かつ統合的な対策が求められる。

 

マーモット
マーモットはユーラシアおよび北米に分布する大型の地上性齧歯類であり、草食性・冬眠・警戒行動などの特徴をもつ。本記事では属全体の分類、生態、代表種の特徴や分布を学術的視点から詳述する。
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