【哺乳類図鑑】マーモット
分類と学名
分類階層と学名(Marmota属)
– 界:動物界 Animalia
– 門:脊索動物門 Chordata
– 綱:哺乳綱 Mammalia
– 目:齧歯目 Rodentia
– 科:リス科 Sciuridae
– 属:マーモット属 Marmota
マーモット属全体の分類的位置と進化的背景
マーモット属(Marmota)はリス科に属する大型の地上性齧歯類であり、全種がユーラシアおよび北アメリカの寒冷地域や高地環境に適応している。約15種が知られ、アルプス・ヒマラヤ・シベリア・北米西部の山岳地帯などに広く分布する。
リス科の中では、樹上性のリス類とは異なる進化経路をたどっており、地下生活・草食・社会性・冬眠などの特性を共有する。とりわけ体サイズの大型化と高度な警戒行動は、他の齧歯目と比較しても際立っている。
形態的特徴
共通する体型・体格・毛色の傾向
マーモット属の多くは、体長40〜70cm、体重2〜9kgに達する中〜大型の齧歯類であり、四肢が短くずんぐりとした体型を持つ。尾は比較的短く、被毛が密生しており、寒冷地での体温保持に適している。
毛色は種や地域によって差があるが、黄褐色・灰褐色・黒色・赤褐色などの組み合わせが一般的で、保護色として地表植生に溶け込むよう進化している。
穴掘り生活に適応した四肢と歯
前肢は強力で、地中掘削に適した形態をしており、鋭い爪と発達した前腕筋を持つ。これにより複雑な地下巣穴を形成する能力を備える。
また、齧歯類特有の門歯は持続的に成長し、草の切断や根の摂取に適している。臼歯は草食性に適応しており、広い咬合面を持って植物繊維を効率よくすり潰す構造となっている。
行動と社会構造
巣穴生活・警戒行動・鳴き声
マーモット属の種はいずれも地下に複雑な巣穴を掘って生活する。巣穴には複数の入口とトンネル、営巣部、冬眠部、排泄部などがあり、季節や繁殖状況に応じて使い分けられる。
外敵の接近に対しては、直立姿勢をとって周囲を監視する「見張り個体」が鳴き声で警告を発する。この警戒音は鋭く短い叫び声で、種ごとに異なるパターンが存在する。鳴き声は捕食者の種類や接近方向によって変化することもあり、社会的な情報伝達手段として機能している。
社会性・群れ構造の種間差
社会構造には種間差が見られる。例えば、アルプスマーモットやイエローベリードマーモットでは家族単位の群れを形成し、繁殖ペアとその子世代が同一巣穴内で生活する。一方、グラウンドホッグはより独立性が高く、単独性が強い傾向を示す。
群れ内では明確な順位制はみられないが、繁殖をめぐる競争や外敵からの防御において、協調的な行動が観察される。
生息環境と地理的分布
主な分布域(ユーラシア・北米の高地・草原)
マーモット属は、ヨーロッパ中部・東部、中央アジア、シベリア、ヒマラヤ、北米西部・中部など、ユーラシアおよび北米の広範囲に分布する。特に標高1,000〜3,000m程度の山岳草原や、冷涼な高原地帯を好む。
植生が疎らで見晴らしの良い地形を好む傾向があり、外敵の接近を視覚的に把握しやすい環境を選んで巣穴を掘る。
寒冷地・高山地帯への適応
体毛の密度が高く、皮下脂肪の蓄積能力にも優れることから、厳冬期の気温低下にも対応可能である。冬季には深さ数メートルに達する巣穴の奥で長期冬眠を行い、外気温の変化を回避する。
高山地帯に分布する種では、酸素濃度の低下にもある程度適応しており、心拍数や代謝の調節によって生理的負担を軽減する仕組みがあるとされる。
繁殖とライフサイクル
繁殖期と妊娠・子育ての共通点
繁殖は通常、冬眠明けの春〜初夏に行われる。妊娠期間は30〜35日程度で、一度の出産で2〜6頭の子を産む。巣穴内で出産・育児が行われ、外敵からの危険を回避しながら子育てが進行する。
出産のタイミングは繁殖成功に大きく影響するため、冬眠からの目覚め時期と気温・餌資源の状況が重要な要素となる。
冬眠との関係と寿命
冬眠はマーモット属に共通する生理的適応であり、外気温の低下や餌資源の枯渇に対処するための行動である。冬眠期間中は体温・心拍数・代謝率が著しく低下し、体内の脂肪をエネルギー源として消費する。
冬眠の成否は死亡率にも直結する。若齢個体では脂肪の蓄積が不十分な場合があり、越冬に失敗するリスクが高い。平均寿命は野生下で5〜8年程度とされるが、捕獲個体や保護下では10年以上に達することもある。
食性と生態的役割
草食傾向と季節的変化
マーモットは主に草本植物、特にイネ科やマメ科の草、花、根、種子などを食べる草食性哺乳類である。季節によって利用する植物の種類や部位が変化し、春先には新芽や柔らかい葉を、夏から秋にかけては高栄養の根や種子を優先的に摂取する傾向がある。
冬眠前には脂肪蓄積のために短期間で大量の摂食行動が行われる。これは高山草原など短い生育期に適応した特徴である。
捕食圧とマーモットの防衛行動
マーモットは地上性で比較的動きが緩慢なため、ワシ・キツネ・オオカミ・クマなど多様な捕食者の対象となる。これに対抗するため、警戒個体の配置・鳴き声による警報・巣穴への迅速な退避行動など、多層的な防衛戦略を発達させている。
また、分布地域によっては季節的に捕食圧が変化するため、巣穴の構造や日中活動時間を調整する例も報告されている。
人間との関係と保全
文化におけるマーモット(例:グラウンドホッグ)
北米に生息するグラウンドホッグ(Marmota monax)は、特に「グラウンドホッグ・デイ(Groundhog Day)」としてアメリカ合衆国やカナダで文化的に知られている。これは冬眠からの目覚めが春の到来を予測するという民間伝承に由来する。
一方で、ユーラシアの高地で暮らす種は比較的認知度が低く、民俗的には薬用や食用の対象として扱われることもある。
保護・狩猟・農業との関係
一部の種は農地への侵入や作物への被害をもたらすことから「害獣」として駆除の対象とされる場合がある。一方で、高山地帯の種では保護活動が進められており、特に絶滅危惧種に指定されることもある。
例として、カナダのバンクスマーモット(Marmota vancouverensis)は極度に限られた分布域と個体数から保護対象となり、人工繁殖と再導入プログラムが実施されている。
マーモット属の種とその特徴
ユーラシアに生息する代表種
– アルプスマーモット
(Marmota marmota)
ヨーロッパアルプスに広く分布。家族群で暮らし、冬眠の習性が強い。観光地でもよく見られる。

– シベリアマーモット
(Marmota sibirica)
ロシア・モンゴル・中国北部のステップ地帯に生息。地下巣穴を長期にわたって再利用する。

– ヒマラヤマーモット
(Marmota himalayana)
標高3,000m以上の高地に適応。寒冷・低酸素環境への生理的耐性が高い。

– カザフスタンマーモット
(Marmota baibacina)
中央アジアの山岳草原に分布。地域的に亜種区分が細かく研究されている。

北米に生息する代表種
– グラウンドホッグ
(Marmota monax)
北米東部・中部に広く分布。単独性が強く、農地との接触が多い。

– イエローベリードマーモット
(Marmota flaviventris)
ロッキー山脈周辺に分布。群れ構造と見張り行動が発達。

– オリンピックマーモット
(Marmota olympus)
米ワシントン州のオリンピック山脈固有種。限られた分布のため保全対象。

– バンクスマーモット
(Marmota vancouverensis)
バンクーバー島の固有種で絶滅危惧種。生息数が極めて少ない。

分類・分布・生態の違いと亜種の整理
マーモット属には現在15種が認識されており、地理的分布・体格・社会性・鳴き声・巣構造などにおいて多様性を示す。一部種ではさらに複数の亜種が記載されており、今後の遺伝子解析により分類体系の更新が進む可能性がある。
分類・生態に関する所感
マーモットは、寒冷・高山環境に適応した草食性齧歯類として、形態・行動・分布にわたって高い多様性を示す分類群である。属全体で見ると、単独性〜群れ性、冬眠期間の長短、分布標高や社会行動などに多様な進化戦略が観察される。
マーモット属の比較研究は、生態学的適応、齧歯類の社会行動、寒冷地への生理的耐性などの視点からも重要であり、今後も地域ごとの研究と保全の進展が求められる。