【爬虫類図鑑】ウミガメ
分類と学名
分類階層と科の概要
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 網:爬虫網 Reptilia
- 目:カメ目 Testudines
- 上科:ウミガメ上科 Chelonioidea
- 科:ウミガメ科 Cheloniidae、およびオサガメ科 Dermochelyidae
ウミガメ類は、海洋生態系に特化したカメのグループであり、ウミガメ上科(Chelonioidea)に分類される。現生では2科に分かれ、主にウミガメ科(Cheloniidae)に6種、オサガメ科(Dermochelyidae)に1種が含まれる。すべての種は生涯のほとんどを海中で過ごす適応を遂げている。繁殖期の雌を除いて陸上に上がることはまれであり、完全な海洋生活者とされる。
オサガメ科との関係と系統的位置
オサガメ科(Dermochelyidae)は、現生ではオサガメ(Dermochelys coriacea)のみを含む単型科であり、ウミガメ科とは別系統に分類される。分子系統解析では、オサガメはウミガメ科に近縁であるが、甲羅の構造や皮膚の性質、骨格形態に明確な違いがあることから、独立した科として取り扱われている。ウミガメ科の種が角質のある硬い甲羅を持つのに対し、オサガメは軟らかい皮膚に覆われた骨板状の甲羅を持つ。
形態的特徴
流線型の体と泳泳への適応
ウミガメはすべて、水中を効率的に移動するための流線型の体型を持つ。前肢は大きく発達したヒレ状で、上下に動かすことで推進力を得る「翼泳(flapping)」という運動様式をとる。後肢も水中での舵取りや安定に使われるが、前肢ほど発達していない。尾は短く、雌ではさらに目立たない。陸棲カメとは異なり、手足の爪の数も減少し、地上歩行には不向きな構造となっている。
甲羅と皮膚の構造
ウミガメ科の種は硬質で角質板に覆われた甲羅を持ち、背甲と腹甲から構成される。種ごとに甲羅の形状や鱗板(甲板)の数・配置が異なり、種判別の重要な指標とされる。例えば、アカウミガメは5対の肋甲板を持つのに対し、タイマイは4対で、縁甲板が鋸状に尖るなどの違いがある。一方、オサガメは鱗板を欠き、甲羅が皮膚に覆われた骨板で構成され、縦走する7本の隆起線があるという特異な構造を持つ。また皮膚は滑らかで水の抵抗を減らす役割を果たしている。
代表的な種とその特徴
アカウミガメ(Caretta caretta)
アカウミガメはウミガメ科の中で最も広範に分布する種の一つで、太平洋、大西洋、インド洋に生息している。体長は最大で約1メートル、体重は135キログラム前後に達する。頭部が大きく、強靭な顎を持ち、硬い甲殻類や貝類を食べるのに適応している。背甲には5対の肋甲板を持ち、赤褐色から茶褐色の体色を呈する。日本では屋久島や奄美群島での産卵が記録されている。

アオウミガメ(Chelonia mydas)
アオウミガメは最大で1.5メートル、200キログラム以上に成長する大型種で、成体は主に海草や海藻を食べる植物食性に移行する。名の由来は脂肪が緑色を帯びていることにある。背甲は滑らかで楕円形をしており、4対の肋甲板を持つ。体色は濃緑色から褐色で、甲羅には放射状の模様があることも多い。日本では小笠原諸島や南西諸島での産卵が報告されている。

タイマイ(Eretmochelys imbricata)
タイマイは熱帯域のサンゴ礁に多く分布し、細長く尖った嘴と、美しいべっ甲模様の背甲が特徴である。体長は最大で1メートル弱に達し、サンゴに付着する海綿動物や無脊椎動物を主食とする。背甲は重なり合う鱗板を持ち、縁は鋸状に尖っている。べっ甲としての商取引が行われていたことから、かつては過剰採取により個体数が減少し、現在は絶滅危惧種に指定されている。

ケンプヒメウミガメ(Lepidochelys kempii)
ケンプヒメウミガメは大西洋西部に分布し、最も小型のウミガメ種である。体長は最大でも約70センチメートルほど。背甲はほぼ円形で、色は灰緑色。主にカニや貝などの底生動物を捕食する。繁殖は主にメキシコ湾岸で行われ、同じ浜に多数の雌が集まって一斉に産卵する「アリバダ」現象が知られている。生息域の狭さと人間活動の影響により、極めて深刻な絶滅リスクがあるとされている。

ヒメウミガメ(Lepidochelys olivacea)
ヒメウミガメはケンプヒメウミガメと同属の種で、やや広い分布域を持ち、熱帯から亜熱帯の各海域に見られる。体長は約70センチメートル、背甲はやや扁平で色はオリーブ色を帯びる。食性は雑食性で、甲殻類、魚類、海藻など多様な餌を摂取する。こちらもアリバダによる集団産卵が観察されるが、個体数はケンプヒメより多いとされる。

ヒラタウミガメ(Natator depressus)
ヒラタウミガメはオーストラリア北部周辺の海域に分布する固有種で、体長は約1メートルに達する。背甲は平たく、楕円形で、鱗板はやや重なり気味に配置されている。体色は淡褐色から緑褐色。主に底生性の無脊椎動物を食べる。分布域が限られていることから、詳細な生態情報は他種に比べてやや乏しい。

オサガメ(Dermochelys coriacea)
オサガメは現生ウミガメ類で最大の種で、体長2メートル、体重900キログラムに達する記録もある。唯一オサガメ科に分類され、他のウミガメと異なり背甲に鱗板を持たず、皮膚で覆われた骨板で構成されている。7本の隆起線が甲羅に走り、流線型の体と共に遊泳性能に優れる。主食はクラゲで、冷水域にも進出できる高度な体温調節機能を持つ。

生態と行動特性
回遊行動と長距離移動
ウミガメ類の多くは長距離を回遊することで知られ、産卵地と採餌地を数千km単位で往復する個体も確認されている。アカウミガメは日本からメキシコに至る広域の移動を行い、オサガメは大西洋と太平洋の広範囲を移動する。これらの移動には地磁気や海流、視覚的な手がかりが利用されているとされる。
潜水能力と海中での行動
ウミガメ類はすぐれた潜水能力を持ち、オサガメは水深1000mを超える深海に到達することもある。通常の採餌活動では比較的浅い海域で活動するが、特にクラゲを主食とするオサガメは広い範囲を上下に移動する。呼吸のためには定期的に浮上が必要だが、種によって潜水の持続時間は異なる。
生息環境と分布域
熱帯から温帯にかけての広範囲な分布
ウミガメ類は、主に熱帯から温帯にかけた海域に広く分布している。アカウミガメやアオウミガメは世界中の温暖な沿岸域に見られ、日本周辺にも定期的に回遊し、産卵する個体も確認されている。オサガメは広範囲に分布し、冷水域まで進出する能力を持つ点で特異である。
産卵地と移動パターンの地域差
ウミガメ類は特定の産卵地をもつことで知られ、例えばアカウミガメは日本の南西諸島や本州太平洋岸、ヒメウミガメは中米のコスタリカなどに集団で産卵することが知られている。ケンプヒメウミガメのように数万頭単位の同時産卵(アリバダ)を行う種も存在する。
繁殖と産卵の特徴
産卵行動と母ガメの移動
ウミガメの繁殖は一般的に雌が特定の産卵地へ回帰し、夜間に上陸して砂浜に巣を掘り産卵する。巣作りから産卵、埋戻しまでには約1〜2時間を要する。1回の産卵で産む卵の数は100個前後が一般的で、1シーズンに数回産卵を繰り返す個体も多い。
孵化と性決定メカニズム
卵は砂中で約50〜70日間で孵化する。孵化した子ガメは集団で一斉に地表へ出て、海を目指して移動する。注目すべき点として、卵の性別は温度依存性決定(TSD)により決まり、一定以上の温度では雌、低温では雄が多くなる傾向がある。このため、気候変動による性比の偏りが懸念されている。
食性と生態系での役割
種ごとの異なる食性
ウミガメ類は種によって食性が大きく異なる。アカウミガメは主に甲殻類や貝類などの硬い殻を持つ底生動物を摂食し、強靱な顎を活かしてこれらを砕く。アオウミガメは海藻や海草を主に食べる植物食性が強く、オサガメはクラゲを主な餌とする。
生態系における役割
ウミガメ類は海洋生態系において多様な役割を果たす。例えばアオウミガメによる海草の摂食は藻場の維持に寄与し、オサガメのクラゲ捕食はクラゲの個体数制御に貢献するとされる。また、巣穴に残る卵や孵化に失敗した個体は他の生物にとって貴重な栄養源となる。
保全状況と人間との関わり
絶滅危惧種としての保全状況
ウミガメ類の多くは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおいて絶滅危惧種に分類されており、特にケンプヒメウミガメやヒメウミガメは深刻な個体数減少が報告されている。主な脅威は卵の採取、成体の混獲、沿岸開発による産卵地の消失、海洋ゴミやプラスチックの誤食などである。
国際的な保護活動と法律
ウミガメはワシントン条約(CITES)附属書Iに掲載され、国際取引が厳しく制限されている。また、各国では保護法の制定や海岸での保護活動が行われている。日本ではアカウミガメやアオウミガメが産卵のために上陸する海岸において、地元の団体が巣の保護や調査を継続的に行っている。
意外な豆知識・研究トピック
長距離回遊とナビゲーション能力
ウミガメは孵化した砂浜を数十年後に記憶しており、成体となって繁殖期にその場所へ戻るという高度なナビゲーション能力を持つ。地磁気を感知する機能により、広大な海洋を正確に移動できるとされ、現在もその詳細なメカニズムの研究が続けられている。
人類文化におけるウミガメの位置づけ
ウミガメは古くから世界各地の文化や神話に登場し、長寿や海の守護者として象徴的に扱われてきた。また、観光資源としての価値も高く、エコツーリズムの対象として保全意識を高める役割を担っている。一方で、乱獲や海産物としての消費とのバランスが課題となる地域もある。
あとがき
ウミガメの産卵観察と市民参加型保全
日本各地の海岸では、ウミガメの産卵シーズンにあわせて市民が参加する観察会や保護活動が行われている。とくに鹿児島県の屋久島や種子島、和歌山県の南紀地方などでは、アカウミガメの上陸と産卵行動を観察する機会が設けられ、教育・啓発活動としても重要な役割を果たしている。観察に際しては、光を避ける・距離を保つなどの配慮が求められ、自然に干渉しない形での実施が徹底されている。
最新研究と保全技術の展開
近年では、GPSタグを用いた追跡調査によってウミガメの回遊経路や海域利用の詳細が明らかになりつつある。また、人工ふ化や巣の温度管理によって性比の偏りを防ぐ技術も導入されている。海洋温暖化により砂浜の温度が上昇し、雌の個体が過剰に生まれる問題が指摘されており、対策の一環として保全技術の開発と応用が進められている。