【爬虫類図鑑】ケンプヒメウミガメ
分類と学名
– 界:動物界 Animalia
– 門:脊索動物門 Chordata
– 綱:爬虫綱 Reptilia
– 目:カメ目 Testudines
– 科:ウミガメ科 Cheloniidae
– 属:ヒメウミガメ属 Lepidochelys
– 種:ケンプヒメウミガメ Lepidochelys kempii
和名:ケンプヒメウミガメ
英名:Kemp’s Ridley Sea Turtle
学名:Lepidochelys kempii
形態的特徴
ケンプヒメウミガメは、現生ウミガメ類の中で最も体が小さい種であり、成体の甲長は約60〜70cm、体重はおおよそ30〜45kg程度である。背甲はほぼ円形に近い楕円形で、背面は灰緑色〜暗緑色、腹面は淡い黄色〜白色を呈する。
若齢個体はより濃色で、成長に伴い色調がやや明るくなる傾向がある。甲羅には可動性のある5対の肋甲板があり、同属のヒメウミガメ(Lepidochelys olivacea)に類似するが、甲羅の形状と鱗板の配列などに差異が見られる。
生態と行動特性
ケンプヒメウミガメは主に日中に活動する昼行性の海棲爬虫類である。通常は単独で行動するが、繁殖期になると集団での産卵行動「アリバダ(arribada)」を示すことがある点で注目される。これはヒメウミガメ属に共通する繁殖戦略であり、特定の浜に数千個体が同時に上陸し産卵を行う。
泳ぎは力強く、海流を利用して広範囲に移動することが知られているが、他のウミガメ類と比べると分布範囲は狭い。長距離の回遊行動も報告されており、幼体の一部はメキシコ湾流に乗って大西洋を移動する。
生息環境と地理分布
ケンプヒメウミガメの主な生息海域は大西洋西部、とくにメキシコ湾およびアメリカ合衆国南東部沿岸域である。幼体はメキシコ湾流に乗って大西洋を東進することもあるが、成体は主にメキシコ湾沿岸に留まることが多い。
産卵地として最も重要なのは、メキシコのタマウリパス州にあるランチョ・ヌエボ海岸であり、全世界の個体数の大多数がこの地で産卵を行っている。これは極めて限定的な分布であり、本種の保全上の大きなリスク要因ともなっている。
繁殖と子育て
ケンプヒメウミガメの繁殖は、他のウミガメ類と同様に陸上で行われる産卵によって成立する。繁殖期は春から夏にかけてであり、雌は夜間に産卵地である海岸に上陸し、後肢で穴を掘って1回あたり約100個の卵を産む。
本種に特有なのが、先述の「アリバダ」現象である。この集団産卵は通常、月齢や潮汐と関連して発生し、特定の海岸に数千の雌が同時に上陸する。このような集団行動は捕食者に対する安全性を高めるとされている。孵化は約45~60日後に起こり、孵化した幼体は夜間に海へ向かう。育児は行わず、幼体は自立して生活を開始する。
食性と生態系での役割
ケンプヒメウミガメは肉食傾向が強く、主に浅海域の底生生物を捕食する。甲殻類、特にカニ類を主な餌とするほか、貝類や魚類、海底に生息する無脊椎動物も摂取対象に含まれる。強靭な顎を持ち、硬い殻を持つ獲物を咀嚼・粉砕する能力に優れる。
本種は浅海の食物連鎖の中で中間捕食者として機能しており、底生動物の個体数制御に寄与することで、 benthic(底生)生態系のバランス維持に関与している。また、ウミガメ類全体に共通するが、海洋生態系の健康指標としても注目される。
保全状況と人間との関わり
ケンプヒメウミガメは、国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧IA類(Critically Endangered)に分類されている。20世紀中頃には、乱獲や卵の採取、混獲などにより個体数が著しく減少し、特に繁殖地であるメキシコ湾沿岸のRancho Nuevoでは壊滅的な打撃を受けた。
現在では、国際的な保護プログラムにより、産卵地の保護、人工孵化、混獲防止措置(TED:Turtle Excluder Device)の導入などが進められ、個体数はやや回復傾向にあるとされる。ただし回復は限定的であり、依然として気候変動、海洋汚染、観光開発、漁業との軋轢が深刻な脅威となっている。
また、他のウミガメ類と同様に、ケンプヒメウミガメも地域文化や信仰の一部として捉えられてきた歴史があるが、今日では保護対象として国際的な啓発活動のシンボルにもなっている。
研究の今後と課題
ケンプヒメウミガメの保護に関する研究は、行動生態・繁殖動態・遺伝的多様性に焦点を当てて進行している。特に衛星追跡装置を用いた回遊経路の解析や、アリバダ時の個体識別による繁殖個体数の推定は、保全戦略の精緻化に資している。
一方で、未だ多くの課題も存在する。とりわけ、気候変動による砂浜の温度変化が孵化率や性比に与える影響、水質汚染による免疫機能への影響など、長期的視点での評価が求められている。また、国際協力体制の持続的確保や、地元住民との協働による保護意識の定着も、今後の重要な課題である。
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