ノコギリガザミ

甲殻類・軟体動物

ノコギリガザミは、インド洋から西太平洋の暖かい海の内湾や河口に住む大型のカニの総称です。日本には、よく似た3種が住んでいます。左右で太さの違う強いはさみを持ち、浜名湖などで漁獲される食用ガニです。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:節足動物門 Arthropoda
  • 綱:軟甲綱 Malacostraca
  • 目:十脚目 Decapoda
  • 下目:短尾下目(カニ下目) Brachyura
  • 科:ワタリガニ科 Portunidae
  • 属:ノコギリガザミ属 Scylla De Haan, 1833
  • 日本の種:アミメノコギリガザミ Scylla serrata/アカテノコギリガザミ Scylla olivacea/トゲノコギリガザミ Scylla paramamosain

和名・英名

  • 和名:ノコギリガザミ(鋸蝤蛑)
  • 英名:Mud crab/Mangrove crab
  • 浜名湖での呼び名:ドーマン、こうまる
  • 高知県・沖縄県での呼び名:エガニ(高知県)、ガサミ(沖縄県)

名前の由来と種の混同

和名は、甲羅の縁に鋸(のこぎり)の歯のような突起が並ぶことに由来します。浜名湖では、甲羅が丸いことから「こうまる」や、胴丸がなまった「ドーマン」とも呼ばれます。英名の mud crab は「泥のカニ」の意味で、泥地やマングローブに多く住むことから付きました。

ノコギリガザミ属は世界に4種が知られ、そのうち3種が日本に住んでいます。4種はよく似ているため長く混同され、1998年の研究で種の区別が整理されました。宮城県の報告によると、今の和名と学名の対応が使われ始めたのは2000年代に入ってからです。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ甲羅の幅15cm・体重1kg前後に育つものが多い(浜名湖の例)
分布インド洋から西太平洋の熱帯・亜熱帯。日本では利根川の河口より南(宮城県でも記録あり)
生息環境波の静かな内湾や、河口の汽水域(海水と川の水が混じる場所)の泥底
食べ物貝など
保全状況IUCN:日本の3種とも未評価(NE)

日本に住むよく似た3種

3種の見分け方

額の中央の4本の歯と脚の模様

3種の違いは小さく、よく比べられるのは目と目の間(額)の中央に並ぶ4本の歯の形です。脚の網目模様や、はさみの裏の色も手掛かりになります。

種額の中央の4本の歯模様や色の特徴
アミメノコギリガザミ長く尖り、二等辺三角形に近いはさみと脚の全体に黒い網目模様
アカテノコギリガザミ低い半円か三角形網目模様が無く、はさみの下側が赤い
トゲノコギリガザミ高さと幅が同じくらいで、正三角形に近い網目模様は主に後ろの2対の脚だけ。腹側は全体に赤っぽい

アカテ(赤手)の名ははさみの下側の赤さを、アミメ(網目)の名ははさみや脚の黒い網目模様を表しています。

砂の上ではさみを構えるアカテノコギリガザミ
Ashwin A, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

はさみの付け根の棘

はさみの付け根に近い節(腕節)の外側の棘も使われます。アミメノコギリガザミには目立つ2本の棘があり、他の2種は中央に鈍い突起があるだけです。ただし個体差が大きく、1つの特徴だけで決めるのは難しいとされます。

上から見たアミメノコギリガザミ。はさみと脚に網目模様がある
Almandine, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

日本の中での住み分け

3種は、日本の中で住む場所に違いがあります。最も北まで分布を広げたトゲノコギリガザミは、高知県の浦戸湾や宮崎県、浜名湖に多く住んでいます。アミメノコギリガザミとアカテノコギリガザミは、主に沖縄県で多く獲れます。静岡県の清水港では、3種ともよく獲れています。

左右で違うはさみ、鋸の歯の並ぶ甲羅

殻を砕く、臼歯のような歯の並んだはさみ

はさみは大きく、左右で太さが違います。貝を食べるときは、細い方のはさみでつかみ、太い方のはさみで殻を砕きます。そのため太いはさみには、臼歯(奥歯)のような丸い歯が並んでいます。

はさみの力は、乾電池を潰すほど強いとされます。生きたカニの扱いには注意が要るため、一般にははさみを縛り上げた状態で出回ります。

イチョウの葉に似た輪郭と平たい後ろ脚

甲羅はイチョウの葉に似た輪郭で、大人になると厚みが出ます。額には6本の鋭い歯があり、種の見分けに使う4本はその中央の歯です。目から甲羅の左右の縁にかけても、鋸の歯のような突起が9本ずつ並びます。背中は褐色、腹側は黄白色から明るい褐色です。

浜名湖では、甲羅の幅20cm・体重2kgを超えた大きな個体の報告もあります。2kgは、2リットルのペットボトル1本とほぼ同じ重さです。最後の1対の脚は、ガザミなど他のワタリガニの仲間と同じく、泳ぐための平たい形をしています。

ノギスで甲羅の幅を測られるノコギリガザミ
Richard Pillans, CSIRO, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
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マングローブや干潟の巣穴で暮らす

昼は巣穴に潜み、満ち潮と夜に動く

マングローブの根元や、砂と泥の混じった干潟、石の転がる場所に大きな巣穴を掘ります。昼間は巣穴に潜み、夜になると外へ出て活動します。満ち潮に乗って波打ち際近くまで来て、餌を探します。

泥の干潟に掘った穴の中にいるノコギリガザミ
Tim, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

育つにつれて変わる居場所

マングローブから、潮の引かない場所へ

オーストラリアのクイーンズランド州の干潟では、大きさによって居場所が違うことが調べられています。甲羅の幅2〜10cmの若いカニは、潮が引いてもマングローブの中に留まっていました。

もう少し育った10〜15cmのカニは、満ち潮のときだけ干潟に出て餌を食べ、潮が引くと深い方へ戻っていました。甲羅の幅が15cmを超える大人は、主に、潮が引いても水の残る場所で獲れていました。

魚から作った餌を好む小さな稚ガニ

泥の干潟やマングローブの中は足場が悪く、稚ガニを手で探して集めるには手間がかかります。そこで水産研究・教育機構の石垣島の研究室は、かごで効率よく集めるための餌を試しました。小さな稚ガニは甲殻類よりも魚から作った餌を好み、この好みは成長とともに弱まっていきました。

卵を産むため沖へ出るメス

ノコギリガザミの仲間は、ほぼ一年中繁殖し、季節ごとに盛りがあります。亜熱帯の地域では、水温の最も高い夏が産卵の盛りです。

成熟したメスは、卵を産むために河口から沖へ移動します。オーストラリアのクイーンズランド州では、岸から3〜95km、水深10〜60m(20階建てのビルの高さほど)まで出ていった記録があります。産卵を終えたメスの多くは、再び岸近くへ戻ってくるとされます。

縄張り争いと共食い

縄張り意識が強く、特にオス同士が出会うとけんかになります。争いで失ったはさみや脚は、脱皮を何回か繰り返すうちに元に戻ります。

共食いもしやすく、脱皮したばかりで殻の柔らかい仲間が、殻の硬いカニに襲われて食べられることがあります。

浜名湖・浦戸湾・八重山と、東北での初記録

漁ができるほど獲れる3つの地域

日本で漁の対象になるほど獲れる場所は限られています。静岡県の浜名湖、高知県の浦戸湾、沖縄県の八重山諸島の3か所だけです。

浦戸湾では、5月に現れた稚ガニが体重約200gまで育ち、漁で獲られるようになります。そこまでの期間は早ければその年の秋、普通は翌年の春です。

浜名湖の「ドーマン」は9割以上がトゲノコギリガザミ

浜名湖には3種とも住んでいますが、獲れるカニの9割以上はトゲノコギリガザミです。漁は夏から秋にかけて多く、水温の下がる冬はほとんど獲れません。

漁獲を増やすため、人工的に育てた稚ガニを漁業者が放流してきました。2007年の静岡県の記事では、毎年5〜6トンの漁獲が続いていると紹介されています。「浜名湖ドーマン」の名で、浜松市の地域ブランドにも認定されました。

正面から見たトゲノコギリガザミ。額に三角形の歯が並ぶ
Wibowo Djatmiko (Wie146), CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

2020年、宮城県の松島湾で見つかった1匹

2020年9月、宮城県の松島湾でトゲノコギリガザミのオスが1匹獲れました。刺し網(海中に張って魚介を絡ませる漁具)にかかったもので、甲羅の幅は13cm、重さは651gです。

宮城県の報告は、これを東北地方でのノコギリガザミ属の初記録としています。漁業者への聞き取りでは、遅くとも2000年頃から、ガザミ漁の時期に数日に1匹ほど網にかかっていました。この大きさから、少なくとも1度は冬を越した個体の可能性が高いとされます。

浜名湖の味から江戸時代の絵まで

高値で取引される食用ガニ

全国的に漁獲が少ないうえ、濃厚な味で美味なことから、市場で高値が付きます。浜名湖の周辺の食事処でも時価や要予約のことが多く、気軽には食べられません。日本では茹でたり、味噌汁や天ぷらにしたりして食べられます。

えらに水分が残っていれば空気中でも生きられるため、湿り気を保てば数日は生かしておけます。中国南部や台湾、東南アジアでは重要な食材とされ、養殖も盛んです。

伊良部島の蓄養とカニ漁体験

沖縄県の伊良部島では、アミメノコギリガザミを生かしたまま飼っておく蓄養が行われています。このカニをマングローブの入り江に放し、カニ漁を体験できる観光ツアーもあります。

絵と歌に残るノコギリガザミ

江戸時代の1823〜1829年頃、長崎の絵師・川原慶賀がノコギリガザミを描いています。この絵はシーボルトのコレクションとして、今はオランダのナチュラリス生物多様性センターに収められています。

石垣島の民謡「アンパルヌミダガーマユンタ」は、島の干潟である名蔵アンパルに住むカニたちを歌ったものです。歌に出てくる「ガーシメカン」は、ノコギリガザミを指しています。

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