モウサンウミウシ

モウサンウミウシ・白い口触手が牛の角に見える ウミウシ類

モウサンウミウシは、体長3〜10mm前後の熱帯太平洋に住む裸鰓目ゴニオドリス科の巻貝で、貝殻を退化させた「ウミウシの仲間」です。淡黄〜白の地色に褐色の斑を散らし、頭部の口触手が白く長く伸びて「牛の角」に見えることから、モウ(牛の鳴き声)+さんの音を当てた「モウサン」の和名がついた小型種になります。学名は Trapania euryeia。2008年、テリー・ゴスライナー(Terrence M. Gosliner)とシャノン・フェイヒー(Shannon C. Fahey)がインド太平洋各地の個体をもとに新種として記載しました。種小名 euryeia はギリシャ語 eurys(広い)を語源とし、本種の広い分布域を反映した命名です。ダイビング水中写真の被写体として日本の南西諸島などで観察例が報告される、Trapania 属の中で最も広く分布する種として知られています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:腹足綱 Gastropoda
  • 目:裸鰓目 Nudibranchia
  • 亜目:ドーリス亜目 Doridina
  • 上科:ラメリウミウシ上科 Onchidoridoidea
  • 科:ゴニオドリス科 Goniodorididae
  • 属:ツガルウミウシ属 Trapania
  • 種:モウサンウミウシ Trapania euryeia

和名・英名

  • 和名:モウサンウミウシ(牛さんウミウシ)
  • 英名:(本種固有の英名は付与されていない・属名を用いて Trapania euryeia の学名読みで呼ばれる)

別名と名前の由来

和名の「モウサン」は「牛さん」から来ています。頭部の口触手(oral tentacles・オーラルタンタクル)が白く長く伸びて左右対称に立ち、その姿が「牛の角」に見えることから、牛の鳴き声「モウ」+親愛の「さん」を組み合わせた愛称を和名に採用した命名です。学名の属名 Trapania は、記載者が本属を設立した際にイタリア・シチリア島の港町トラーパニ(Trapani)から名を採ったとされる後鰓類分類学の伝統的な命名で、Marine Biological Station に因む地名系の属名になります。種小名 euryeia はギリシャ語 eurys(広い)に由来し、本種がインド太平洋の広範囲に分布することを反映しました。2008年、米国カリフォルニア科学アカデミー(CAS)のテリー・M・ゴスライナー博士(Terrence M. Gosliner)とシャノン・C・フェイヒー博士(Shannon C. Fahey)が『Zootaxa』誌上でインド太平洋(レユニオン・パプアニューギニア・インドネシア・沖縄・マーシャル諸島・ミッドウェー環礁・ハワイ)採集の複数個体をもとに新種として記載しました。それまで別の類似種と混同されていた個体群を分類整理して独立させた比較的新しい種です。

大きさ・生息などの基本データ

大きさ体長 約3〜10mm(極小型)
体色地色は淡黄〜白/背面に褐色の斑を不規則に散らす/褐色斑の中に白色〜淡黄色の点刻が透ける/口触手は基部褐色で白点があり先端が白/触角と鰓、および対になる側方突起は先端が白
形態頭部前方に対の口触手(オーラルタンタクル)が長く伸びる/背面前方に対の触角(rhinophore)とその後方に対の背側突起/背面後方に3枚の二羽枝からなる鰓と対の鰓側突起/突起は棍棒状で先端が白い
分布インド太平洋(Trapania属の中で最も広い分布)/レユニオン/パプアニューギニア/インドネシア(スラウェシ・バリ)/沖縄/マーシャル諸島/ミッドウェー環礁/ハワイ諸島/フィリピン
生息環境サンゴ礁・岩礁の礁縁/水深10m前後/コケムシ(外肛動物)や海綿が繁茂する場所に付随
食性内肛動物(Kamptozoa・エントプロクタ)を主に捕食(Trapania属の一般的な食性)
寿命数か月(Trapania属全般)
保全状況IUCN未評価。ダイビング観察例はインド太平洋の広域で報告される
モウサンウミウシ 背側から見た体表・褐色斑と白点、棍棒状の突起
Steve Childs, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(若い個体)

「牛の角」に見える白い口触手が和名の由来

頭部前方に立つ長い口触手

白く伸びる一対のオーラルタンタクル

頭部の前方に、白く長く伸びる一対の口触手(オーラルタンタクル)が生えます。基部は褐色で白点を持ち、中央から先端にかけては純白に染まる二色構成です。この一対の口触手が左右対称に立った姿を横から見ると、牛の頭に生える二本の角に見立てられ、和名「モウサンウミウシ」の直接の由来になっています。口触手は餌となる内肛動物や周囲の海底基質を触覚・味覚で探る感覚器官で、Trapania 属の識別特徴の1つになる部位です。

触角と鰓の隣に対の突起が並ぶ

背面には触角(rhinophore・ライノフォア)と二次鰓が並びますが、Trapania 属の特徴として、これらの隣に対の棍棒状の側方突起(extra-rhinophoral processes・extra-branchial processes)が生えます。触角の後ろに背側突起、鰓の脇に鰓側突起が対称に並び、合計で4本の白い突起が背面に立ちます。この「本体の器官に副えて突起を持つ」形態が本属の識別点で、他のウミウシ類にはあまり見られない形です。

淡黄地に褐色斑と白点

不規則な褐色斑の中に白点が透ける

体地色は淡黄色〜白で、背面には濃い褐色〜赤褐色の斑が不規則に散在します。褐色斑の中に白色や淡黄色の点刻が透けて見え、生息場のコケムシや海綿の細かい模様に紛れる保護色として機能すると考えられます。触角と二次鰓、側方突起の先端はいずれも純白で、褐色地色との対比で目立つ配色になります。

3枚の二羽枝からなる二次鰓

背面後方に露出する二次鰓は3枚の羽状構造で、それぞれが二羽枝(二又に分かれた形)です。イロウミウシ科の裸鰓類が7〜9枚以上の細かい鰓を持つのに比べ、本種の鰓の枚数は少ない部類に入ります。ドーリス目の裸鰓類は貝殻とえら室を失った代わりに、二次鰓を体外に露出させて呼吸します。

モウサンウミウシ 別個体・褐色地に白斑
Bernard Picton, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(インドネシア・バリ・トゥラムベン)

2008年にGoslinerとFaheyが「広分布種」として記載

インド太平洋の広い分布が種名の由来

種小名 euryeia は「広い」を意味するギリシャ語

本種は2008年、米国カリフォルニア科学アカデミーのテリー・M・ゴスライナー博士とシャノン・C・フェイヒー博士が、分類学専門誌『Zootaxa』の Trapania 属改訂論文で新種として記載しました。種小名 euryeia はギリシャ語 eurys(広い)に由来し、Trapania 属の中でも本種が特に広域に分布することを反映した命名です。実際に本種は Trapania 属の中で最も広い分布域を持つ種の一つと位置づけられています。

タイプ産地はインド太平洋の複数地点

タイプシリーズには、インド洋のレユニオン/西太平洋のパプアニューギニア・インドネシア(スラウェシ・バリ)/日本の沖縄/中央太平洋のマーシャル諸島・ミッドウェー環礁・ハワイ諸島から採集された標本が含まれます。単一地点でなく複数の広域から模式標本を集めた点も、種小名「広い分布」を裏付ける記載の作りになっています。

内肛動物(エントプロクタ)を食べる特殊食者

Trapania 属のウミウシは、外肛動物(コケムシ)や海綿の表面に付着する内肛動物(Kamptozoa・エントプロクタ)を専食する特殊な食性を持ちます。内肛動物はコケムシと外見が似ますが分類学的に別門の小型動物で、Trapania 属の裸鰓類はこの内肛動物のコロニーを選択的に捕食することが確認されています。モウサンウミウシの詳細な餌の観察記録は限られますが、属全般の食性から近似の内肛動物を捕食すると考えられます。本種がコケムシや海綿の繁茂する礁縁で観察されるのも、餌の内肛動物がこれらの上に付着するためです。

ツガルウミウシ属の姉妹種と見分ける

体色パターンで属内他種と識別

Trapania 属(ツガルウミウシ属)は世界に約35種が知られ、日本近海だけでもモウサンウミウシのほかに複数の属内類似種が観察されます。属内での識別は、以下の点を組み合わせて行います。

識別ポイントモウサンウミウシの特徴
地色淡黄〜白(他種は黄地・褐色地・白地など多様)
斑紋褐色の不規則な斑が散在(黄斑・線状斑を持つ種と区別)
突起の色先端が純白(他種では黄色・橙色・黒縁など)
口触手白く長く伸び「牛の角」に見える(本種の識別点)
分布インド太平洋の広域(属内で最も広い)

体長10mm以下の極小型で、水中では砂粒と見紛うほど小さいため、ダイビング観察では被写体を見つけること自体が難しい種です。撮影後に写真を拡大して同定する例が多く報告されています。

沖縄・南西諸島など日本近海でも観察例

本種は原記載時のタイプ標本に沖縄が含まれ、その後も南西諸島・宮古島・八重山諸島などの熱帯サンゴ礁で観察例が報告されています。温帯の伊豆・房総半島では記録はほとんどありません。生息水深は10m前後で、コケムシや海綿の付着するサンゴ礁の礁縁や岩の側面で目撃されます。極小型のため、マクロ撮影を主体とする水中写真家のターゲットになっており、iNaturalist や WoRMS でも観察例が蓄積されつつある種です。

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参考

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