オオウミガラスは、かつて北大西洋の島々にすんでいた、飛べない大きな海鳥です。「ペンギン」という名前は、もともとこのオオウミガラスを指す言葉でした。南半球でよく似た鳥が見つかったとき同じ名前で呼ばれ、それが今の「ペンギン」になっています。人を恐れず、卵を1個しか産まないこの鳥は、数百年にわたる乱獲の末に1844年に姿を消しました。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:チドリ目 Charadriiformes
- 科:ウミスズメ科 Alcidae
- 属:オオウミガラス属 Pinguinus
- 種:オオウミガラス Pinguinus impennis
和名・英名
- 和名:オオウミガラス
- 英名:Great Auk(グレート・オーク)
名前の由来
属の名前 Pinguinus(ピングイヌス)は、そのまま「ペンギン」を意味します。由来には諸説あり、ラテン語で「太った」という意味の pinguis からきたという説や、ウェールズ語で「白い頭」を意味する言葉からきたという説があります。種の名前 impennis は「風切羽(かざきりばね)がない」という意味で、飛べないことをあらわしています。学名からして、この鳥が「飛べない、太った海鳥」だったことが読み取れます。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体高 約75〜85cm・体重 約5kg(ウミスズメ科で最大) |
|---|---|
| 分布 | 北大西洋の寒い海と、その島々(アイスランド・カナダ東部など)※絶滅 |
| 生息環境 | 岩の多い海鳥の繁殖島と、まわりの海 |
| 食べ物 | 魚・甲殻類(海にもぐって捕る) |
| 絶滅した時期 | 1844年(最後のつがいがアイスランドで殺された) |
| 絶滅の原因 | 肉・脂・羽毛・卵をねらった、数百年にわたる乱獲 |
元祖「ペンギン」だった鳥
ペンギンと呼ばれた、最初の鳥
いまでは「ペンギン」といえば南半球の鳥を思いうかべますが、その名前を最初に持っていたのは、北半球のオオウミガラスでした。ヨーロッパの船乗りたちは、この飛べない黒白の海鳥を「ペンギン」と呼んでいたのです。やがて南半球へ向かった探検家たちが、そこでよく似た飛べない鳥を見つけ、同じ「ペンギン」と呼びました。こうして名前だけが南の鳥に受けつがれ、元祖であるオオウミガラスは絶滅しました。

南のペンギンとは、じつは別のなかま
見た目も暮らしもそっくりですが、オオウミガラスと南半球のペンギンは、まったく別のグループです。オオウミガラスは、ウミガラスやツノメドリと同じ「ウミスズメ科」という北半球の海鳥の仲間でした。いっぽう南のペンギンは「ペンギン科」で、遠くはなれた別の系統です。それでも、どちらも飛ぶのをやめて水中を泳ぐ暮らしに進化しました。その結果、黒い背中・白いおなか・水かきのある足まで、そっくりの姿になったのです。これは、別々の生き物が同じような環境で似た形になる「収斂進化(しゅうれんしんか)」の有名な例とされています。
大きさとすがた

ウミスズメ科でいちばん大きい
オオウミガラスは、体高が75〜85cmほど、体重は5kg前後もある大きな海鳥でした。ウミガラスやツノメドリなど、ウミスズメ科のほかの鳥はもっと小さいので、その中ではとびぬけた大きさです。背中は黒く、おなかは白色。目の前には白いはん点があり、これが顔の目印でした。くちばしは太くて先が曲がり、表面には何本もの溝が入っていました。夏と冬で羽の色は少し変わり、冬には目の前の白い斑が消えたと考えられています。
飛べないかわりに、泳ぎに特化
オオウミガラスの翼はとても短く、飛ぶことはできませんでした。骨格を見ると、飛ぶための胸の筋肉が小さく、翼の骨も短くなっています。そのかわり、この体は水の中を進むことに特化していました。脚は体の後ろのほうについていて、陸ではペンギンのようにまっすぐ立って歩きました。飛ぶ力を捨てるかわりに、泳ぎの名手になった鳥だったのです。
海を「飛ぶ」ように泳ぐ暮らし

翼で水をかいて、もぐる
オオウミガラスは、短い翼を使って水をかき、まるで空を飛ぶように海の中を泳ぎました。海にもぐって、魚や甲殻類を追いかけて捕まえたのです。ニシンなどの魚を好み、数十メートルの深さまでもぐれたと考えられています。この「翼で泳ぐ」やり方は、いまのペンギンとまったく同じです。別のなかまなのに同じ暮らし方にたどり着いた、収斂進化のよい例といえます。
岩の島に集まり、卵を1個産む
繁殖は夏に行われ、オオウミガラスは孤立した岩の島に、大きな群れで集まりました。巣らしい巣は作らず、岩の上に直接、大きな卵を1個だけ産みます。卵は長さ12〜13cmもあり、両親が交代で温めました。1個しか産まないため、数はゆっくりとしか増えません。この「卵は1個だけ」という性質が、のちに乱獲されたとき、致命的な弱点になりました。
人を、こわがらなかった
オオウミガラスは、人間をこわがる本能をほとんど持っていませんでした。近づいても逃げず、棒や手でかんたんに捕まえられてしまったのです。しかも、仲間が殺されても、まわりの鳥は逃げずにその場にとどまる性質がありました。天敵のいない島で長く暮らすうちに、「にげる」という行動が必要なくなっていたのです。この人なつっこさが、のちの大量の狩りをたやすくしました。
人間とのかかわり ― 乱獲の歴史

古くから知られた鳥(先史時代〜中世)
オオウミガラスは、大昔から北大西洋の人々に知られていました。カナダの古い遺跡では、200個をこえるオオウミガラスのくちばしをかけられた人の埋葬が見つかっており、その皮でマントが作られていたと考えられています。この鳥は食料としてだけでなく、特別な意味を持つ存在でもあったのです。北欧の人々はこの鳥を「geirfugl(槍鳥)」、スペインのバスク人は「arponaz(槍のくちばし)」と呼びました。とがったくちばしが、槍に見立てられたのでしょう。
大航海時代、船の食料に(16世紀)
16世紀の大航海時代になると、オオウミガラスは船乗りたちの格好の食料になりました。1534年、フランスの探検家カルティエの船団は、ニューファンドランド沖のファンク島でこの鳥を船へと追い立てました。飛べないオオウミガラスは、まるで家畜のように追い込まれ、わずかな時間で二そうの船が肉でいっぱいになったと記録されています。肉は塩づけの保存食にされ、大西洋をわたる船の食料をささえました。
羽毛産業による大量殺戮(18世紀)
18世紀に入ると、こんどは羽毛を目当てにした大量の狩りが始まりました。やわらかい羽毛は、枕やふとんの中身として高く売れたのです。ファンク島では、狩人たちが石で囲いを作り、オオウミガラスをそこへ追い込みました。そして大きな釜で茹でて羽をむしり取り、羽をむしったあとの体を、次の火をおこす燃料にしたと伝えられています。この激しい狩りによって、1800年ごろにはファンク島のオオウミガラスは全滅しました。
標本収集家が、最後のとどめ(19世紀)
19世紀になると、オオウミガラスは急速にまれな鳥になりました。すると皮肉なことに、めずらしくなるほど剥製や卵の値段は上がっていきます。ヨーロッパの博物館や裕福な収集家たちは、一枚の皮や一個の卵に大金を出しました。この標本を求める需要が、生き残った最後の数羽の狩りをあおり、絶滅への最後のひと押しになったのです。
1844年、エルドエイ島の終焉
最後の繁殖地となったエルドエイ
かつてオオウミガラスは、アイスランド沖のゲイルフーグラスケルという岩礁で繁殖していました。ところが1830年、この島は火山の噴火で海に沈んでしまいます。行き場を失った鳥たちは、近くのエルドエイ島にわずかに残るだけとなりました。
最後のつがいと、割れた卵
そして1844年6月3日、三人のアイスランド人がエルドエイ島にわたりました。彼らは、最後に残っていたつがいを見つけて絞め殺し、たった一個の卵も踏みつぶしてしまいます。これが、確認されている最後のオオウミガラスでした。食料や羽毛、そして標本のために人間が追い求めた末に、この鳥は地球上から完全に姿を消したのです。
近縁種と、ウミスズメ科の中での位置
いちばん近いのは、飛べるウミガラス
オオウミガラスにいちばん近い、いま生きている鳥は、同じウミスズメ科のウミガラスやオオハシウミガラスです。これらは白黒の海鳥で、姿はオオウミガラスに似ています。ただし、いまのウミガラスたちは空を飛べます。飛べなくなったのはオオウミガラスだけで、これは独自に身につけた特徴でした。ウミスズメ科の中で、これほど大きく完全に潜水に特化した鳥は、ほかにいなかったのです。
北と南で、くり返された進化
ツノメドリやウミガラスをふくむウミスズメ科は、北半球の海に広く暮らす仲間です。その中で、飛ぶ力を完全に失ったのはオオウミガラスだけでした。飛ぶことをやめて大きく育ち、泳ぎに全力をそそぐ。これは、南のペンギンがたどったのと同じ道です。北と南で、別のなかまが同じ進化をくり返したことは、生き物の進化を考えるうえで興味深い例とされています。
剥製・卵と、復活の研究

世界に残る、わずかな標本
いま世界の博物館には、オオウミガラスの剥製が約78体、卵の標本が約75個ほど残っているとされます。ロンドンやパリ、アメリカなどの自然史博物館に大切に保管されています。数が少ないため、剥製も卵も、とても高い値段で取引されてきました。日本の博物館ではほとんど見られず、本物に出会える機会は世界的にもごくわずかです。これらの標本は、いまも研究の貴重な手がかりになっています。
DNAから、よみがえらせる?
近年は、博物館の標本からオオウミガラスのDNAを取り出す研究が進んでいます。近い仲間のDNAとくらべることで、進化の位置づけもはっきりしてきました。さらに、この鳥を「復活させる」脱絶滅(だつぜつめつ)の研究の候補にもなっています。近縁の現生種をもとに、絶滅した遺伝情報をよみがえらせようという試みです。とぎれたDNAの復元や、卵から育てるしくみなど、課題はたくさん残っています。そして「復活できるか」だけでなく「復活させるべきか」という問いも、いっしょに議論されています。
文化と、絶滅が残したもの
民話や記録に残るすがた
オオウミガラスは、北大西洋の海辺に暮らす人々にとって、身近な鳥でした。イヌイットやバスク人の記録や民話にも登場し、「翼のない黒い海鳥」として語られています。昔の航海記録や図には、「penguin」という名前でオオウミガラスがえがかれたものが数多く残っています。これらは、あとで南のペンギンにその名が移っていった、語源の証拠にもなっています。
絶滅の象徴、そして保護のきっかけ
オオウミガラスは、人間の活動によって絶滅した鳥の象徴として、よく取り上げられます。「逃げなかったために滅びた鳥」として語られることも多い鳥です。アイスランドのエルドエイ島やイギリスのセントキルダには、絶滅を記念する石碑も建てられています。そして、この鳥が失われたことは、19世紀後半から始まる海鳥の保護運動の大きなきっかけの一つになりました。



参考
- IUCN Red List「Pinguinus impennis」(絶滅EX・最後の記録は1844年)
- Natural History Museum(英)「When worlds collide: the lesson of the great auk」(最初に『ペンギン』と呼ばれた鳥/現生ペンギンとは無縁でウミスズメ科=ツノメドリやウミガラスの仲間/羽毛・肉・脂・卵の乱獲と収集家の需要で絶滅)
- Wikipedia「Great auk」英語版(体高約75〜85cm・体重約5kgでウミスズメ科最大/岩の上に卵を1個産む/先史時代の埋葬に200超のくちばし/バスク名arponaz・北欧名geirfugl=槍鳥/1844年6月3日エルドエイ島で最後のつがいが殺され卵も割れた/南のペンギンとの類似は収斂進化)
画像出典
アイキャッチ画像: John James Audubon / Rawpixel, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


