ドードーは、インド洋のモーリシャス島だけにすんでいた、飛べない大きな鳥です。天敵のいない島でのんびり暮らしていましたが、人間がやってきてから100年もたたないうちに、地球上から姿を消してしまいました。いまでは「人間のせいで絶滅した動物」の代表として、世界中に知られています。じつはハトの仲間だったことや、本物の姿がほとんど残っていないことなど、ふしぎな話がいっぱいです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:ハト目 Columbiformes
- 科:ハト科 Columbidae
- 属:ラフス属 Raphus
- 種:ドードー Raphus cucullatus
和名・英名
- 和名:ドードー(モーリシャスドードー)
- 英名:Dodo(ドードー)
名前の由来
「ドードー」という名前の由来には諸説あります。よく知られているのは、ポルトガル語の「doudo(ドウド=まぬけ・のろま)」からきたという説です。人をこわがらず、のんびりしていたようすから、そう呼ばれたと考えられています。ほかに、鳴き声をまねた名前だという説もあります。ドードーはハト科ラフス属の鳥で、いちばん近い仲間は、同じく絶滅したロドリゲスドードー(孤独鳥)です。いま生きている鳥の中では、美しいニコバルバトがもっとも近い親せきにあたります。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体高 約70cm・体重 約10〜17kg(飛べない鳥) |
|---|---|
| 分布 | インド洋のモーリシャス島だけ(固有種)※絶滅 |
| 生息環境 | 島の森や湿った林 |
| 食べ物 | 果実・種・根などの植物 |
| 絶滅した時期 | 17世紀後半(最後の確実な記録は1662年) |
| 絶滅の原因 | 人間による開発・狩猟、持ちこまれた外来動物 |
化石と、残された標本

骨は湿地から見つかった
ドードーの骨は、モーリシャス島の「マレ・オ・ソンジュ」という湿地から、たくさん見つかっています。この湿地は泥炭という地層のおかげで、骨がよく保存されていました。19世紀の中ごろから、数百個もの骨のかけらが発掘されています。ただし、1羽ぶんがそろった骨格は、ごくわずかしかありません。そのため多くは、いくつもの個体の骨を組み合わせて全身の骨格が復元され、世界の博物館に展示されています。モーリシャスの博物館には、ほぼ1羽ぶんに近い貴重な骨格も保管されています。
本物の体は、ほとんど残っていない
おどろくことに、ドードーの本物の体は、ほとんど残っていません。17世紀にヨーロッパ人が記録を残しましたが、当時は標本を上手に保存する技術がなく、多くの資料が失われてしまったのです。いま、皮ふなどの軟らかい部分が残る本物は、イギリスのオックスフォードにある干からびた頭部だけです。ほかにデンマークのコペンハーゲンに頭の骨があるくらいで、あとは骨や化石、そして当時の絵やスケッチしか手がかりがありません。しかもその絵の中には大げさなものもあり、本当の姿を知るのはとてもむずかしいのです。ちなみに、まるごとの剥製は、世界にひとつも残っていません。日本にも、もちろん本物はありません。
すがたと、復元された姿

「太った鳥」は、じつは誤解だった
ドードーの見た目は、長いあいだ誤解されてきました。17世紀にかかれた絵の多くは、実物をよく見ないで想像でかかれたもので、まるまると太った姿が広まってしまったのです。ところが近年の研究では、本当のドードーはもっと引きしまった体つきだった、といわれています。体高は70cmほど、体重は野生で10〜17kgくらい。太い短い脚とどっしりした胴体、そして大きく曲がったくちばしを持つ鳥だったと考えられています。

飛べない体のつくり
飛ぶ力を失った骨
ドードーの骨には、飛ぶ鳥とは違う特徴があります。翼の骨は短く、飛ぶための筋肉をつける部分が小さいので、飛ぶ力はなくなっていました。そのかわり、脚の骨はとてもがんじょうで、太くしっかりしています。歩いて暮らすのにぴったりの体だったのです。天敵のいない島では飛ぶ必要がなく、飛ぶ力を捨てて、地上での生活に体を作りかえていったと考えられています。
大きなくちばしと、太い脚
ドードーのくちばしは大きく、先が曲がっていました。これは、果実や種を食べるのに役立ったとみられています。先のかたい部分で、かたい植物を割って食べていたのかもしれません。脚は太くて短く、指もよく発達していて、森の地面を歩き回るのに向いていました。羽は飛ぶ力を失っていましたが、体温を保ったり、相手をおどしたりするのに使われた可能性があります。羽の色は、当時の記録から、灰色がかった白や茶色っぽい色だったと推測されています。
どんな暮らしをしていた?

森を歩く、昼行性の鳥
ドードーは、モーリシャス島の熱帯の森で暮らす、地上生活の鳥でした。骨が見つかる場所から考えると、海岸よりも、島の内側の湿った林や湿地のまわりに多くすんでいたようです。活動する時間についてははっきりしませんが、果実を食べる暮らしから、昼に活動する昼行性だったという説が有力です。飛べないため、行動する範囲はあまり広くなく、移動はもっぱら歩いて行っていたと考えられています。
果実が大好きだった
ドードーのおもな食べ物は、モーリシャス島に生える果実や種、根などの植物でした。とくに、この島に育つ大きな木「タンバラコクの木」との深い関係が指摘されています。ドードーがこの木の実を食べて種を運ぶことで、種が芽を出しやすくなっていた、という説があるのです。ほかにも、かたい木の実や熟した果実も食べていたとされます。じょうぶなくちばしを使って、かたい殻を割ることができたと考えられています。
天敵がいなかったから、のんびり屋
ドードーが暮らす島には、おそってくる動物がいませんでした。人間が来るまでのモーリシャス島には、けものの天敵がほとんどいなかったのです。そのため、ドードーは「にげる」「用心する」といった行動をあまり必要としない鳥になりました。その結果、飛ぶ力を失っただけでなく、動きものんびりしていたと考えられています。こうした天敵のいない島での進化は、ニュージーランドのカカポなど、ほかの島の鳥にも共通して見られます。
進化と、仲間との関係
じつはハトの仲間
意外に思うかもしれませんが、ドードーはハトの仲間です。見た目は大きく違いますが、系統をたどると、美しいニコバルバトや頭にかざりのあるクキハトなどに近いことがわかっています。ハトの仲間の中で大きく育ち、飛ぶ力を完全に失ったことで、昔は分類にとても混乱がありました。19世紀ごろまでは、ペリカンやダチョウのなかまとまちがえて比べられたこともあります。いまは、体の形の研究とDNAの解析によって、ハト科の中での位置がはっきりしてきました。

飛ぶのをやめた、島の進化
モーリシャス島のように、敵の少ない島では、飛ぶ力を保ち続ける必要が弱くなります。飛ぶことにはたくさんのエネルギーがいるため、使わない力は退化しやすいのです。ドードーはその代表例で、飛ぶことをやめるかわりに、地上の生活にぴったりの体へと進化しました。天敵がいない、食べ物が安定している、巣を作る場所がある。こうした条件がそろった結果です。同じような進化は、ニュージーランドのカカポや、マダガスカルのエピオルニス(巨大な絶滅鳥)にも見られます。
いつ、ハトの仲間から分かれた?
21世紀に入ってから、ドードーのDNAを調べる研究が大きく進みました。それによると、ドードーの祖先がほかのハトの仲間から分かれたのは、今からおよそ数千万年前と考えられています。もともとは飛べるハトがインド洋の地域にやってきて、モーリシャス島にたどり着き、そこで独自の進化をとげたのです。DNAの解析には、博物館に残る頭の骨などからとり出した、ごくわずかな試料が使われています。
なぜ絶滅してしまったのか

人間が来て、森が変わった
1598年にオランダ人がモーリシャス島に上陸してから、ドードーの暮らしは大きく変わりました。森が切りひらかれ、人の住む場所が作られ、これまで安定していた自然がこわされていったのです。とくに、巣を作る場所や食べ物となる果実の林が減ったことは、ドードーが子どもを育てる成功率を大きく下げたと考えられています。こうして、ドードーの数は数十年のうちに、みるみる減っていきました。
ネズミやブタが、卵を食べた
人間が島に持ちこんだブタ・ネズミ・サルなどの動物が、地面に産まれたドードーの卵を食べるようになりました。この影響はとても深刻でした。とくにネズミは夜のあいだに巣をおそい、次々と卵をだめにしてしまいます。ドードーには天敵から身を守る本能がなく、卵やひなを守る力も弱いものでした。そのため外から来た動物の侵入は、致命的な打撃になりました。しかもドードーは、一度に卵を1個しか産まなかったとされています。数がなかなか増えないことも、絶滅を早めた原因になりました。
船の人たちに、食べられた
ドードーは、島に立ちよる船の人たちに捕まえられ、食べられた記録もいくつか残っています。ただし「肉はかたくて、おいしくなかった」という記述もあり、ごちそうとして人気だったわけではないようです。それでも、食料の少ない航海の途中では、飢えをしのぐために捕まえられることが多かったのです。これも数を減らす一因になりました。
100年たたずに、姿を消した
ドードーの最後の確実な目撃記録は、1662年までさかのぼります。これより後の目撃はあいまいで、学問的には「遅くとも1680年ごろには絶滅していた」と考えられています。当時のモーリシャスには記録がほとんど残っておらず、正確な絶滅の年をつきとめるのはむずかしいのです。人間が来てから100年もたたないうちに、ドードーは地球上から完全にいなくなってしまいました。
発見と、研究の歴史

17世紀の航海記録
ドードーについてのいちばん古い記録は、1598年にモーリシャス島へたどり着いたオランダの航海者が残したものです。日誌や報告には、人をこわがらない飛べない鳥として書かれました。「ワルグフォーゲル(吐き気をもよおす鳥)」というひどい名前で呼ばれたこともあります。このころのスケッチや短い記録は、のちの復元研究にとって貴重な手がかりになっています。とはいえ、多くはきちんとした観察ではなく、捕まえたときの印象を書いたものが大半でした。
まちがった復元図が広まった
ドードーが絶滅したあと、19世紀になってから、標本を集めて姿を復元する試みが盛んになりました。しかし、その多くは不完全な骨のかけらや、人づての情報にたよったものでした。そのため初めのころの復元図は、大げさに太った体やへんな顔をかいたものが主流になってしまいます。違う個体の骨を混ぜて作った骨格標本のせいで、体つきの誤解も広がりました。こうしたまちがった情報は長く直されず、20世紀の後半まで、正しい理解はなかなか進みませんでした。
今の技術で、正しい姿へ
近年は、発掘された骨をもとに、立体スキャンやコンピューターを使った復元研究が進んでいます。2002年には、イギリスの研究チームがドードーの全身の骨をスキャンで解析し、これまでの誤解を直した復元図を発表しました。保存のよい湿地から出た資料をくらべる研究によって、体つきや歩き方、体の重心についても新しいことがわかってきました。こうして、かつての「鈍くて太った鳥」というイメージは、見直されつつあります。
物語や文化の中のドードー
『不思議の国のアリス』に登場
ドードーは、ルイス・キャロルの物語『不思議の国のアリス』(1865年)にキャラクターとして登場します。これがきっかけで、ドードーの名前は世界中に知られるようになりました。物語の中のドードーは、ちょっと変わった、かたくるしい存在としてえがかれています。作者は、自分自身をドードーに重ね合わせたともいわれています。これ以降、ドードーは「不器用で時代おくれな存在」の象徴として、文化の中に定着していきました。

博物館やゲームの人気者
いまでは、ドードーの復元模型が、たくさんの博物館で展示されるようになりました。教育や展示の大切な題材になっているのです。また、アニメやゲーム、本などにもよく登場します。「絶滅した動物といえばドードー」というくらい広く知られています。とくに子ども向けの図鑑や教材では、かわいらしくえがかれ、親しまれる存在です。こうした人気は、生き物を守ることの大切さを伝える役目も果たしているのです。
「絶滅の象徴」として
ドードーはいま、「人間の活動によって絶滅した動物」の象徴として、広く語られています。その歴史は、生き物の絶滅がただの自然のできごとではないことを教えます。ときに人間のせいで引き起こされる、とはっきり示しているのです。だからこそ、環境の学習や自然を守る活動の場では、ドードーがよく取り上げられます。生き物がいなくなる問題を考える教材として役立てられているのです。
ドードーの意外な話
じつは「鈍くなかった」
昔は、ドードーは「鈍くて、おろかな鳥」としてえがかれてきました。でも近年は、その評価が見直されつつあります。化石の資料や行動の研究から、ドードーは島の環境に上手に適応した鳥だとわかってきました。けっして頭が悪かったわけではないのです。食べ物をさがす行動や、場所を覚える力は、いまのハトと同じくらいだった可能性が高いとされています。人をこわがらなかったのも「鈍さ」ではなく、天敵のいない島で育った結果だ、という意見が主流です。
ドードーを復活させる研究
ドードーをよみがえらせる「復活プロジェクト」も、たびたび話題になっています。とくに2020年代に入ってから、近い仲間のニコバルバトを手がかりに、ドードーの遺伝情報を組み立て直す研究が進んでいると報じられました。ただし、残されているDNAはとぎれとぎれで、いたみも進んでいます。完全な遺伝情報を復元できるのか、どうやって卵から育てるのかなど、課題は山のようにあります。実現するかどうかは、まだわからないのが正直なところです。
残された遺伝物質を守る
いま研究に使われているドードーの遺伝物質は、おもに博物館の標本からとり出されたものです。とくにオックスフォードや、ロンドンの自然史博物館に残る乾燥標本が、大切な資料とされています。これらを使って、DNAの解析や、最新の解読技術による研究が進められています。数少ない本物の資料をていねいに守り、記録に残すことが、これからの研究の土台になります。
これからの研究と課題
貴重な資料を守り伝える
ドードーの研究には、大きな課題があります。それは、昔に集められた貴重な標本や記録の多くが、失われたりこわれたりしていることです。行方がわからなくなった資料も少なくありません。いまでは、残された標本を高い精度でデジタル化したり、世界の研究者どうしでデータを共有したりする取り組みが進められています。情報を一つにまとめ、長く守っていくことが、大切な課題になっています。
DNAだけではわからないこと
ドードーのように絶滅した動物では、DNAのいたみが進んでいるため、遺伝子の解析には限界があります。とぎれとぎれの情報しか得られないことが多く、結果にもあいまいさが残ります。そこで、骨の形の研究とDNAの研究を組み合わせて、総合的に調べることが求められています。将来は、古いタンパク質を調べる方法など、新しい技術の活用も期待されています。
絶滅から学ぶこと
ドードーの研究は、ただ姿を復元するだけのものではありません。人間の活動が自然にどんな影響をあたえるかを教えてくれる、大切な教材でもあります。学校の授業や博物館の展示、映像などで取り上げられることも多く、絶滅の背景にある社会や環境の問題を考えるきっかけになります。ほかの絶滅した鳥とあわせて学ぶことで、生き物と人間の関わりを見つめ直す題材として、これからも役立っていくでしょう。



参考
- IUCN Red List「Raphus cucullatus」(絶滅EX・最後の確実な記録は1662年)
- Natural History Museum(英)「Dodo」(モーリシャス固有の飛べないハトの仲間/人間到来後わずかな期間で絶滅/完全な標本は現存せず骨と乾燥した頭部が残る)
- Wikipedia「Dodo」英語版(最近縁は絶滅したロドリゲスドードー=孤独鳥、現生ではニコバルバト/体高約62〜75cm・体重10.6〜17.5kg/軟組織で残るのはオックスフォードの乾燥頭部のみ/名はポルトガル語doudo由来説)


