モクズガニは、はさみに毛が生えた川のカニです。中華料理で知られる上海ガニ(チュウゴクモクズガニ)の仲間で、川で育って海へ下り繁殖する暮らしをします。秋の味覚として親しまれる、日本各地の川で見られるカニです。
分類と学名
モクズガニは、エビやカニと同じ十脚目のなかの、モクズガニ科に含まれます。カニのグループである「カニ下目(かにかもく)」に属する、本当のカニの仲間です。同じ属には、上海ガニとして有名なチュウゴクモクズガニがいます。
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:節足動物門 Arthropoda
- 綱:軟甲綱 Malacostraca
- 目:十脚目 Decapoda
- 下目:カニ下目 Brachyura
- 科:モクズガニ科 Varunidae
- 種:モクズガニ Eriocheir japonica
和名・英名
- 和名:モクズガニ(藻屑蟹)
- 英名:Japanese mitten crab(日本のミトンガニ)
名前の由来
「モクズ(藻屑)」は、はさみに生えた毛が、藻のくずのように見えることにちなみます。英名の mitten crab の「ミトン」は、毛の生えたはさみを毛の手袋にたとえたものです。どちらの名も、このカニならではの毛深いはさみから付けられています。地方によっては、ズガニやカワガニなど、別の呼び名でも親しまれています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 甲羅の幅5〜5.5cmほど(脚を入れるとさらに大きい) |
|---|---|
| 分布 | 小笠原諸島を除く日本全国。朝鮮半島・台湾・ロシア沿海州などにも |
| 生息環境 | 川の中流から下流(成長期)と、河口・海(繁殖期) |
| 食べ物 | 藻・落ち葉などの有機物・貝・小魚など(植物食寄りの雑食) |
| 寿命 | 産卵から数えて3〜5年ほど |
| 近い仲間 | チュウゴクモクズガニ(上海ガニ) |
毛の生えたはさみ
モクズガニのいちばんの特徴は、はさみに生えた濃い毛です。この毛が藻のくずのように見えることが、名前のもとになりました。ほかのカニと見分けるときの、分かりやすい手がかりになります。

藻屑のような毛
オスの大きなはさみ
はさみの毛は、とくにオスで目立ちます。オスはメスに比べて、毛の多い大きなはさみをもちます。大きなはさみをもつオスほど、繁殖の相手をめぐる争いで有利になるとされます。いっぽうメスのはさみは、オスよりも小さく毛も少なめです。オスにはさらに、大きなはさみで短い脚のタイプと、小さなはさみで長い脚のタイプの二通りが見られます。これは、カブトムシの大きな角と小さな角のような違いに近いと考えられています。
上海ガニとの違い
モクズガニによく似たカニに、上海ガニがいます。上海ガニは、正しくはチュウゴクモクズガニという別の種で、モクズガニと同じ属の近い仲間です。中国大陸を中心に分布し、甲羅がモクズガニよりやや大きいのが特徴です。見た目はよく似ていますが、甲羅のふちにあるとげの数などで見分けられます。
ヒョウ柄の体色
甲羅の色は、緑がかった褐色から黒っぽい褐色まで、個体によってさまざまです。よく見ると、黄緑色の地に黒い縞が混ざった、ヒョウ柄に近い模様をしています。腹側は白っぽく、甲羅の形は角の一つを落とした六角形です。長く海にいた個体では、甲羅に海藻が付き、ときには20cmをこえる緑藻が伸びていることもあります。野生では付着物におおわれ、黒く汚れて見えるものも少なくありません。
川と海を行き来する
モクズガニは、一生のうちに川と海を行き来する変わった暮らしをします。同じ川のカニでも、一生を淡水で過ごすサワガニとは、まったく違う生き方です。

降河回遊の暮らし
川で育ち海で繁殖する
モクズガニは、川の中流から下流で数年かけて成長します。そして秋から冬にかけて、繁殖のために川を下り、河口や海へと向かいます。海の近くで交尾と産卵をおこない、卵をかえします。川で育つあいだの成長はゆっくりで、変態してから1年で甲羅の幅が1cm台、2〜3年ほどかけて大人になるとされます。このように、親が海へ下って繁殖する回遊は「降河回遊(こうかかいゆう)」と呼ばれ、ウナギも同じ生き方をします。
幼生は海から川へ
かえったばかりの幼生は、塩分のある海でなければ育ちません。幼生は海を漂うプランクトンとして過ごし、何度か脱皮をして姿を変えます。やがて川をのぼれる姿になると、大潮の夜の満潮に乗って、いっせいに川へ入っていきます。稚ガニは川をさかのぼり、垂直な壁もよじ登って、上流へと分布を広げます。堰(せき)などがあってものぼろうとするため、一部の川では、カニがのぼりやすいように綱を垂らす工夫もされています。この遡上の途中で、多くの稚ガニが川の魚に食べられます。無事に川をのぼれるのは、海に放たれた膨大な数のうちのごく一部です。

強い塩分への強さ
川と海を行き来できるのは、モクズガニが体液の濃さを保つ力にすぐれているからです。海の生き物の多くは、まわりの塩分が変わると体がついていけず、生きられません。モクズガニは、淡水でも海水でも体の状態を保てるため、両方の環境を使い分けられます。この能力が、川と海をまたぐ暮らしを支えています。
暮らしと生態
モクズガニは、川の生態系のなかで大切な役目をはたしています。また、その一生は、繁殖を境に大きく変わります。
何を食べるか
モクズガニは、藻や落ち葉などの有機物を中心に、貝や小魚も食べる雑食です。かつては肉食が中心と思われていましたが、胃の中を調べると、枯れた植物のかけらや糸状の藻が多く見つかります。はさみの先には黒い爪があり、これで岩やコンクリートに付いた藻をこそげ取って食べます。落ち葉などを食べてこまかく砕くことで、川の物質の循環を助けています。こうしたはたらきは、落ち葉を分解者へと橋渡しする、川の掃除屋の役目といえます。育つにつれて、動物質の餌を好むようになる傾向も知られます。
卵と一生の終わり
たくさんの卵を海へ放つ
メスは交尾のあと、腹の下に卵を抱えて守ります。産む卵の数は、体の大きさに応じて20万から100万にもなります。ひと粒の卵は0.3mmほどと小さく、数で勝負する繁殖です。多くの幼生を海に放つことで、広い範囲へ分布を広げていきます。
繁殖を終えると死ぬ
一度海へ下って繁殖に加わると、モクズガニはもう川へは戻りません。オスもメスも、繁殖期の終わりには弱って死んでしまいます。繁殖を終えた個体の亡がらは、海鳥などの餌になります。寿命は、卵から数えておよそ3〜5年と考えられています。
人とのかかわり
モクズガニは、昔から秋の味覚として親しまれてきました。上海ガニの近い仲間だけあって、味のよいカニとして知られます。

秋の味覚
モクズガニは、川を下る秋から冬が旬です。この時期に、かごを沈める「かご漁」などでとられます。塩ゆでや蒸しガニ、みそ汁などにして食べられ、こくのあるカニみそが好まれます。西日本を中心に、つぶして汁にする「がん汁」や「ずがに汁」といった郷土料理も各地に伝わっています。中国では上海ガニが高級食材として珍重されますが、日本ではモクズガニが、身近な川ガニの味覚として受けつがれてきました。上海ガニと同じ仲間らしく、味のよさで昔から人気のカニです。
食べるときの注意
モクズガニを食べるときには、注意が必要です。モクズガニは、肺に寄生する「肺吸虫(はいきゅうちゅう)」という寄生虫の中間宿主になっています。生のままや、火の通りが足りないまま食べると、感染して肺の病気を起こすことがあります。食用にする際には、十分な加熱が必要とされます。同じく川に住むサワガニも、同じ寄生虫の宿主として知られます。
関連ページ

参考
- モクズガニ(ja.wikipedia.org)分類・形態・生態・回遊・利用
- Eriocheir japonica(en.wikipedia.org)分布・生活史
- 小林哲「モクズガニの生活史」総説(回遊・繁殖の生態)


