ボウズイカは、北太平洋の砂泥底で暮らす胴長わずか5cmほどの小型のダンゴイカ類です。丸くふっくらとした頭部とずんぐりした外套膜、大きな目の姿から「ボウズ(坊主)」の和名が付き、英名でも stubby squid(ずんぐりイカ)と呼ばれています。昼間は砂に体を埋めて目だけを外に出し、獲物が近づくのをじっと待ち構える、頭足類のなかでもとりわけ地味な暮らしぶりを持つ種です。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:頭足綱 Cephalopoda
- 目:ダンゴイカ目 Sepiolida
- 科:ダンゴイカ科 Sepiolidae
- 亜科:ロッシア亜科 Rossiinae
- 属:ロッシア属 Rossia
- 種:ボウズイカ Rossia pacifica
和名・英名
- 和名:ボウズイカ(坊主烏賊)
- 英名:Stubby squid(ずんぐりイカ)/Pacific bobtail
別名・学名の由来
学名 Rossia pacifica は、アメリカの動物学者サミュエル・スティルマン・ベリーが1911年に太平洋北部産の個体をもとに記載しました。属名 Rossia は19世紀のイギリスの北極探検家ジョン・ロス(John Ross)にちなむとされ、種小名 pacifica は「太平洋の」を意味します。同属には大西洋やベーリング海に暮らす近縁種が複数含まれており、本種はそのうち太平洋固有の代表種にあたります。和名の「ボウズ」は、頭部が丸く突起や角がない姿を、剃髪した僧侶になぞらえたものとされています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 外套長 約5cm、全長 約11cm(雌のほうがやや大型) |
|---|---|
| 分布 | 北太平洋(朝鮮半島・日本近海・ベーリング海・北米西岸〜カリフォルニアまで) |
| 生息環境 | 水深20〜1300mの砂泥底。夏は深場、冬は300m以浅の内湾寄りに集まる季節移動が報告されている |
| 寿命 | 約2年(生涯一度の産卵の後に死亡) |
| 保全状況 | IUCN: DD(情報不足) |
名前の由来と姿
「ボウズ」=丸い頭部
「ボウズイカ」の和名は、頭部が球状で角や突起を持たない姿を、剃り上げた坊主頭に見立てたものです。同じダンゴイカ科のミミイカが半円形の大きな鰭を「耳」に見立てられたのに対し、ボウズイカは頭部そのものの丸みが名前に写し取られました。胴体も同じく丸みを帯び、体全体が短くまとまっている点が特徴です。
英名「stubby squid(ずんぐりイカ)」
英名の stubby squid は、「ずんぐり」を意味する stubby から来ています。北米西岸のダイバーや水族館では、丸い頭ときょろっとした大きな目の組み合わせが人気で、砂から目だけ出して覗く写真は「googly-eyed squid(ぎょろ目イカ)」の愛称でメディアにたびたび取り上げられてきました。実物と見比べると、ボウズ/stubby/googly-eyed という3つの呼び名が、それぞれ違う角度から同じ姿を捉えていることが分かります。

見た目と体のつくり

玉虫色に変わる体色
ボウズイカの体色は基本的に赤褐色〜黄褐色で、外套膜には小さな褐色や黄色の斑点が散らばります。落ち着いた状態では砂泥に溶け込むような色合いですが、光の角度によっては金や緑の玉虫色に強く光ります。何かに驚いたときには全身が灰緑色に変わることが観察されており、皮膚の色素胞と虹色素胞を組み合わせた頭足類らしい素早い体色変化を見せる種です。
甲を持たないダンゴイカ類
ボウズイカが属するダンゴイカ科は、コウイカ科と姿が似ていながら、体内に石灰質の「甲(cuttlebone)」を持たない点で区別されます。ボウズイカの外套膜は頭部と融合しておらず、背腹に押しつぶされた扁平な形をしていて、後端は丸みを帯びます。両側面に張り出す半円形の鰭は、幅広い付け根から広がり、体長のわりに大きく発達しています。

腕と触腕、大きな目
頭部には大きな2つの目が並び、体長に対して非常に目立つ大きさに発達しています。付属肢は10本で、8本の短い腕と2本の長い触腕から構成されます。第1腕は他より短く、第3腕がもっとも長いという偏りが知られています。触腕は普段は頭部の袋にしまわれ、獲物までの距離になると瞬時に射出して先端の吸盤で獲物をつかみます。オスの左第1腕は交接腕(ヘクトコティルス)として変形しており、雌の外套腔へ精莢を渡す役割を担うと知られています。
生態と行動
砂に潜って過ごす昼の姿
目だけを出して砂に埋まる
ボウズイカは夜行性で、日中の大半を海底の柔らかい砂泥のなかに半分埋まった状態で過ごします。動かないときは腕を頭の下にたたみ込み、目だけを砂の上に出して外を伺うという独特の姿勢を取ります。ダイバーからは、砂の中でわずかに動く2つの目で初めて存在に気づかれる例が多いという。北米の水族館やダイビングガイドの写真では、この「目だけ出す」姿が本種の代表イメージとして扱われています。
水を噴射してくぼみを作る
砂に潜る際には、頭部の下にある漏斗から砂地に向けて水を勢いよく噴射し、じょうご状のくぼみを作り出します。そこに体を沈め、腕を使って砂を体の上にすくいかけて自身を埋めるという手順が観察されています。頭足類の水噴射といえばジェット推進による遊泳のイメージが強いですが、本種のように砂を掘るための道具として使う例は特徴的です。
食性
エビ中心の肉食
ボウズイカの餌の8割以上はエビ類が占めます。そのほかに小型のカニ・アミ類(mysida)・小魚・他の頭足類が胃の内容から確認されています。北太平洋の沿岸性エビ類が本種の主戦場となる海底に豊富にいることが、こうした偏った食性を支えていると考えられます。
待ち伏せ型の狩り
狩りは待ち伏せ型で、砂に潜って目だけ出した姿勢のまま獲物が近づくのを待ち、射程内に入ったところで触腕を瞬時に射出して獲物を捕らえます。頭足類の中でも「猛禽(raptorial)」に近い型の狩りにあたるとされ、大きな目で獲物との距離を測ってから的確に触腕を伸ばす動作は、ずんぐりした外見に似合わない機敏さを見せる場面です。
産卵と成長
25〜50個の少ない卵
ボウズイカの産卵は夏から秋の深場で行われます。雌は石の裏、二枚貝や海綿の下面などに、25〜50個ほどの卵カプセルをまとめて産み付けるとされます。他の頭足類が数千個から数百万個の卵を一度に産むのに比べて、ボウズイカの産卵数は非常に少ないのが特徴です。1個の卵は直径4〜5mmで、それを包む乳白色の硬いカプセルは8×15mmほどの大きさを持ちます。
4〜9か月の長い孵化期間
卵は水温にもよりますが、孵化までに4〜9か月と非常に長い期間を要すると報告されています。この間、母親は卵の世話をせず放置します。孵化した稚仔は最初から親と同じ姿をした「小さな大人」で、砂に潜る行動もこの時期から示すという。少数の卵に長い発生期間を投資して確実に育てあげる、深海性の頭足類らしい繁殖戦略が読み取れます。産卵を終えた雌雄は約2年の生涯を閉じます。
深海への広がり
水深20〜1300mの垂直分布
ボウズイカの生息水深は20mから1300mまでと非常に幅広く、内湾の浅場から深海までを使い分ける種として知られています。ピュージェット湾(北米西岸)の観察では、冬に水深300m以浅の砂泥斜面に集まり、夏には深場へ移動する季節性が報告されています。日本近海では北海道や東北の沖合が主な出現域で、底引き網などの副産物として時折混獲されます。
1300mの深海観察記録
モントレー湾水族館研究所(MBARI)の遠隔操作型潜水艇による調査で、水深1300m地点にいるボウズイカが撮影されたことがあります。それまで知られていた最深観察が水深900mだったため、この記録は本種の垂直分布を大きく更新するものになりました。海底のさまざまな深さに対応できる柔軟さが、北太平洋の広い海域で生き延びる支えになっていると考えられます。
食材として
北方の底引き網の副産物
ボウズイカは体が小さく漁業対象としての規模は大きくありませんが、北海道や東北、日本海側の底引き網の副産物としてまとまって水揚げされる時期があります。地元では鮮魚店や産直市場に並ぶ「北方のダンゴイカ」の一つとして扱われ、他のイカ類より安価に手に入るローカル食材にあたります。
塩茹で・煮付け・天ぷら
調理法としては、丸ごとの塩茹で・煮付け・天ぷらが定番です。小型のため内臓を取り除かずに丸ごと使えるのが手軽で、身は柔らかくねっとりとした甘みを持ちます。煮付けはしょうがや酒でシンプルに仕上げるレシピが多く、丸のままの姿煮は北方の食卓を彩る一皿として親しまれてきました。産卵期の雌は卵嚢を持つ「子持ち」の状態で扱われることもあり、卵ごと煮付けにする食べ方も知られています。
関連ページ

参考
- Wikipedia(英語): Rossia pacifica — 分類・形態・生態・繁殖
- IUCN Red List: Rossia pacifica — Data Deficient 評価
- MBARI: Rare video of adorable stubby squid — 1300m深海観察の記録
- WoRMS(世界海洋生物種登録): Rossia pacifica Berry, 1911
- The Cephalopod Page: Rossia pacifica stubby squid — 生態と写真


