スペインショールウミウシは、体長5〜7cmになるアオリカ科の裸鰓類で、深紫〜青の体に鮮やかなオレンジ色のミノ(cerata)を並べた華やかな姿を持ちます。学名は Flabellina iodinea。北米西岸のカリフォルニアからバハまで、コンブ林や岩礁帯に分布します。餌にする Eudendrium 属のヒドロ虫から色素を取り込んで体を紫〜青に、ミノを橙色に染めるほか、ヒドロ虫の毒針(刺胞)を消化せず自分の防御に転用する仕組みでも知られます。刺激を受けると体を弓なりにして海中を泳ぎ、舞い踊るショールのように見えることが英名の由来です。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:腹足綱 Gastropoda
- 目:裸鰓目 Nudibranchia
- 下目:アオリカ下目 Aeolidida
- 科:フラベリナ科 Flabellinidae
- 属:Flabellina
- 種:スペインショールウミウシ Flabellina iodinea
和名・英名
- 和名:スペインショールウミウシ(英名からの訳語として定着した通称)
- 英名:Spanish shawl(スパニッシュ・ショール)/別名 Spanish shawl nudibranch
別名と名前の由来
種小名 iodinea はギリシャ語の「iodes(紫)」に由来し、体の紫〜青の色を表しています。属名 Flabellina はラテン語の「flabellum(小さな扇)」から派生し、ミノが扇のように広がる姿を指しています。1863年にアメリカの博物学者ジェームズ・グラハム・クーパーが記載した種です。水中の色姿がスペイン舞踊のショールを翻す姿になぞらえられ、Spanish shawl の名で親しまれてきました。日本近海には分布せず、正式な学術和名は付いておらず、水族館やダイビング解説での通称が「スペインショールウミウシ」として定着しています。分類の見直しで一部の類縁種は Coryphella 属や Flabellinopsis 属に分けられましたが、iodinea は Flabellina 属のタイプ種として現在も残っています。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 約5〜7cm(最大約9cm) |
|---|---|
| 体色 | 深紫〜青紫の体色/ミノは鮮やかなオレンジ〜赤/触角の先端も橙 |
| ミノ(cerata) | 体の背側に房状に密生・数十本以上/中に消化管の枝と刺胞細胞が入る |
| 分布 | 北米西岸(バンクーバー島南部〜メキシコ・バハカリフォルニア)/ガラパゴス諸島に少数記録 |
| 生息環境 | コンブ林・岩礁の水深10〜35mが中心/餌のヒドロ虫が付く岩や海藻の近く |
| 食性 | ヒドロ虫(Eudendrium 属など)を専食/色素と刺胞細胞を体に貯める |
| 寿命 | 約1年 |
| 保全状況 | IUCN未評価。カリフォルニア沿岸の観察例は多く、個体数は安定と見られる |

体は紫、ミノは橙、色は餌のヒドロ虫由来
紫の色素は餌から取り込む
アステリシン(asterisin)という色素
スペインショールウミウシの深い紫色は、体が自ら作る色ではなく、餌のヒドロ虫 Eudendrium 属から取り込んだアステリシン(asterisin)というカロテノイド系色素に由来します。同じ属のヒドロ虫でも生育場所によって色素の量が違い、餌の状況で体色の濃さが変わることが知られています。
ミノの橙色も同じ由来
背中にびっしり並ぶミノの鮮やかな橙〜赤も同じ由来で、色素が体表近くに集中的に貯まった結果です。触角の先端の橙も同じ色素で染まっており、体全体の華やかさは餌との組み合わせで初めて成立していると言えます。
派手な色は警告色として働く
目立つ紫と橙の組み合わせは、魚などの捕食者に対する警告色(aposematism)として働くと考えられています。次の節で紹介する刺胞の防御力と組み合わさることで、色姿が「食べても不快で危険」というサインとなり、大型の捕食者はほとんど手を出さないとされます。

ヒドロ虫の毒針を「盗んで」自分の防御に
クレプトクニード(刺胞盗用)という仕組み
刺胞細胞を消化せずミノに貯める
スペインショールウミウシはヒドロ虫を丸ごと食べますが、餌に含まれる刺胞細胞(クニドサイト)だけは消化せず、背中のミノ先端にある嚢(クニダック)に運びます。この仕組みをクレプトクニード(kleptocnidae/刺胞盗用)と呼び、アオリカ類の多くが共通して持つ生存戦略です。
触られた側の魚に毒を発射する
ミノに貯められた刺胞は生きたまま機能し、外からの刺激(触られる・かじられる)を受けると発射されます。ヒドロ虫が本来持っていた毒針が、そのままスペインショールウミウシの体表を守る武器として働く形です。派手な体色と組み合わさって、この種はカリフォルニア沿岸で捕食者からほぼ避けられている存在になっています。
食べる相手は Eudendrium ramosum が中心
スペインショールウミウシの主食は、Eudendrium ramosum など Eudendrium 属のヒドロ虫です。岩や海藻に絡んで生えるヒドロ虫の枝に近づき、ポリプを一つずつかじって食べます。1個体が数日で1本の Eudendrium コロニーを食べ尽くすこともあり、餌の分布に沿って生息場所を移していきます。

体を弓なりにして泳ぐ、名の由来
刺激を受けると数十秒間の遊泳
体を弓なりにしてSの字に波打つ
普段は岩の表面をゆっくり這って移動しますが、刺激を受けると体を反り返らせ、頭と尾を近づけるように弓なりにして海中に離れます。数十秒から1分ほど、体全体をSの字に波打たせて泳ぎ、少し離れた岩に着底します。
ウミウシで数少ない遊泳種
多くのウミウシが這って逃げるだけであるのに対し、スペインショールウミウシは短い遊泳能力を持つ種として知られています。ミノを密生させたアオリカ類のなかでも、この行動が観察できる種は限られています。
ショールが翻る姿から名前が付いた
紫の体に橙のミノを揺らして海中を泳ぐ姿は、スペイン舞踊のダンサーがショールを翻す動きに重ねて英名 Spanish shawl と呼ばれるようになりました。ダイビングでも一度観察できると印象に残る動作で、この種を代表する行動として紹介されます。

雌雄同体、白いリボン状の卵塊を産む
2個体が精子を交換して両方が産卵
ウミウシ全般と同じく雌雄同体で、出会った2個体は互いに精子を交換して両方が卵を産みます。ミノを絡ませ合うような姿勢で交尾する光景は水中写真の被写体として人気があり、Commons にも交尾中の写真が多数登録されています。
螺旋状の卵塊で数万個を産卵
産卵時には北米西岸のコンブ林で幅数mmの白いリボン状の卵塊を Eudendrium 属のヒドロ虫が付着する岩や海藻に残し、稚ウミウシが刺胞細胞を取り込める餌の近くで発生を始めます。1回の産卵で数千〜数万個の卵を放出し、孵化した幼生は数週間プランクトンとして海中を漂ったのち、餌のヒドロ虫の近くに着底して稚ウミウシに変態します。寿命は1年ほどで、その多くを繁殖に使う短命な種です。

カリフォルニアからバハまで、北米西岸の代表種
コンブ林と岩礁の水深10〜35m
スペインショールウミウシは、バンクーバー島南部からメキシコ・バハカリフォルニアまでの北米西岸に広く分布し、ガラパゴス諸島にも少数の記録があります。生息水深は10〜35mが中心で、餌のヒドロ虫が付くコンブ林や岩礁の壁面で撮影されます。カリフォルニアのモントレー湾・チャンネル諸島・サンディエゴなどが有名な観察地です。
暖水化で北方へ分布を広げつつある
近年、太平洋北東部の海水温上昇に伴って本種の分布が北へ広がる傾向が観察されています。エルニーニョ年には従来より北のオレゴン州沿岸で目撃例が増えるほか、通年観察できる海域も広がってきました。餌のヒドロ虫の分布と連動した変化と見られ、海洋環境変化の指標にもなり得る種です。

刺胞盗用を共有する近縁――ムカデミノとアオリカ・パピロサ
フラベリナ科は世界に数十種以上が知られる、ミノを密生させたアオリカ類のグループです。近年の分類見直しで多くの類縁種は Coryphella 属や Facelina 属など別属に整理され、Flabellina 属自体は少数種に絞られました。ミノを持つ裸鰓類(アオリカ類)としては他に、日本近海のムカデミノウミウシ Pteraeolidia semperi や大西洋のアオリカ・パピロサ Aeolidia papillosa などがあり、いずれも刺胞細胞をミノに貯める仕組みを共有しています。

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