レタスウミウシは、体長5〜8cmになる嚢舌目のウミウシで、体の左右に葉のようなフリルを何枚も広げます。緑〜青緑〜白まで色変異があり、フリルの波打つ姿がレタスの葉に見えることから英名 Lettuce sea slug と呼ばれます。餌の緑藻から葉緑体だけを取り込んで自分の細胞に貯め、光を浴びるだけで数か月栄養を得られる、動物としては例外的な種です。カリブ海・バハマ・フロリダなど大西洋の熱帯サンゴ礁を主な生息域とし、白砂の海底や藻に張り付いた姿がダイビング写真の人気被写体になっています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:腹足綱 Gastropoda
- 目:嚢舌目 Sacoglossa(裸鰓目 Nudibranchia とは別グループ)
- 科:チドリミドリガイ科 Plakobranchidae
- 属:Elysia
- 種:レタスウミウシ Elysia crispata
和名・英名
- 和名:レタスウミウシ(英名からの訳語として定着した通称)
- 英名:Lettuce sea slug / 別名 Lettuce leaf slug
別名と名前の由来
種小名 crispata はラテン語で「縮んだ・波打つ」を意味し、体の左右に開く葉状のフリル(パラポディア)が波打っているようすを表しています。英名 Lettuce sea slug も同じくフリルの姿がレタスの葉に似ていることに由来し、日本語の「レタスウミウシ」はこの英名を直訳した通称として定着しました。属名 Elysia は古代ギリシャ神話の楽園「エリュシオン」にちなむとされ、色鮮やかな種を含むこの属の華やかさを表しています。日本近海には分布しないため学術的な標準和名は付いておらず、水族館やダイビング解説で使われる呼び名になっています。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 約5〜8cm(最大約12cm・Elysia 属で最大級) |
|---|---|
| 体色 | 基本は緑〜青緑/白・黄・褐色・赤い縁など色変異が大きい |
| 体形 | 体の左右にレース状の葉(パラポディア)が幾重にも広がる/頭部に1対の触角 |
| 分布 | カリブ海・バハマ・フロリダ・ベリーズ・ベネズエラなど西大西洋の熱帯 |
| 生息環境 | サンゴ礁の白砂や岩・餌となる緑藻のそば(水深数m〜30m前後) |
| 食性 | 緑藻類(Bryopsis 属・Halimeda 属など)を吸引して食べる/葉緑体を体内に貯めて光合成に利用 |
| 寿命 | 数か月〜1年程度 |
| 保全状況 | IUCN未評価。広域分布・観察例多数で個体数は安定と見られる |

藻の葉緑体を体に貯め、光合成する動物
クレプトプラスティ(葉緑体盗用)という仕組み
細胞に取り込んだ葉緑体を消化しない
レタスウミウシの最大の特徴は、餌の緑藻から取り込んだ葉緑体を消化せず自分の細胞に貯める仕組みです。生物学ではこの現象をクレプトプラスティ(kleptoplasty、葉緑体盗用)と呼び、Elysia 属を中心に嚢舌目のごく一部の種で知られています。取り込まれた葉緑体は消化管の細胞内に長期間そのまま置かれ、光を浴びると光合成を続けます。
数か月にわたって栄養を自給できる
実験室での飼育観察では、餌を与えなくても光さえあれば数か月生き延びるレタスウミウシが報告されています。この間、葉緑体で作られた糖を体の維持に使っていると考えられ、動物としては例外的な生き方です。ただし葉緑体は永久には保たれず、時間とともに機能を失っていくため、定期的に新しい葉緑体を取り直す必要があります。
体色は葉緑体の量で変わる
緑色は取り込んだ葉緑体の色
レタスウミウシの緑色は、この葉緑体が体に貯まっているために出る色です。餌をよく食べている個体は鮮やかな緑に見え、フリルの1枚1枚まで葉緑体が行き渡っていることが分かります。
餌を絶つと白〜黄に薄れる
餌を絶った個体では葉緑体が減って白〜黄色に近い色に薄れていきます。同じ個体でも季節や餌の状況で色が変わるため、色だけでは個体識別が難しい種になります。

葉状のフリルは餌を吸うための「口の延長」
体の左右に何枚も広がるパラポディア
体表を広げて光を受ける
体の左右に開くレースのようなフリルは、パラポディア(parapodia)と呼ばれる筋肉質の突起です。何枚も重なって開くことで体表の面積を稼ぎ、細胞内の葉緑体に光を届ける役割を担うと考えられています。太陽に向けて広げる個体もよく観察され、この構造がクレプトプラスティを支える要素の1つと見られています。
細長い口で藻の細胞液だけを吸う
嚢舌目の仲間は「一本歯(uniseriate radula)」と呼ばれる細長い口器を持ち、緑藻の細胞壁に穴を開けて細胞液だけを吸い出して食べます。レタスウミウシもこの方法で、Bryopsis 属や Halimeda 属など特定の緑藻から中身を吸い、その一部として取り込まれた葉緑体を細胞に運びます。名前の「嚢舌」(のうぜつ)はこの1本1本の歯を袋のように収納する構造から来ています。

カリブ海の白砂サンゴ礁で暮らす
西大西洋の熱帯に広く分布
レタスウミウシはカリブ海・バハマ・フロリダキーズ・ベリーズ・ベネズエラなど西大西洋の熱帯に広く分布します。ダイビングの目撃例が多いのはケイマン諸島・キュラソー・ボネール・カリブ海沿岸諸国で、白砂の海底やサンゴ礁の岩の隙間に張り付いた姿が撮影されます。日本近海には分布しません。
水深数m〜30mの浅場が中心
生息水深は数m〜30m前後で、光合成に必要な光が届く浅場が中心です。餌の緑藻が生えるサンゴ礁の岩や砂地に張り付いていることが多く、日中でも比較的観察しやすいウミウシです。夜間もサンゴ礁を這って餌を探しており、ダイビングでは昼夜どちらでも見つかります。

螺旋の白いリボンで産卵する
雌雄同体、2個体が精子を交換して産卵
レタスウミウシもウミウシ全般と同じく雌雄同体で、出会った2個体が互いに精子を交換して両方が卵を産みます。産卵時にはカリブ海の白砂サンゴ礁で幅数mm・全長10cm前後の白いリボン状の卵塊を Bryopsis や Halimeda の緑藻の葉に貼り付け、稚ウミウシが着底後すぐに葉緑体を取り込める環境を用意します。1回の産卵で数万〜数十万個の卵を放出することもあり、外洋を漂う幼生の生存率の低さを補う戦略です。
幼生は数週間プランクトンとして流される
孵化した幼生は数週間プランクトンとして海中を漂ったのち、適した緑藻の近くに着底して稚ウミウシに変態します。着底時にはまだ葉緑体を持たず、餌の緑藻を吸うことで初めて緑色を帯びていきます。成体サイズに達するまで数か月、寿命は1年程度と短めです。

2010年代に別種化された姉妹種たち
Elysia crispata species complex
かつては Elysia crispata という1つの種にまとめられていたグループは、2010年代の遺伝子解析で複数の別種に分けられました。カリブ海の Elysia crispata と、フロリダの浅場に多い Elysia clarki が代表的な姉妹種で、外見はよく似ていますが遺伝的には明瞭に別れます。Elysia clarki も同じくクレプトプラスティを行い、光合成する種として研究に使われています。
他のミドリガイ・エリシア属との違い
日本近海では Elysia 属の別種として、コノハミドリガイ Elysia marginata などが知られています。いずれも緑色でパラポディアを広げる姿は共通ですが、レタスウミウシは体が特に大きくフリルが幾重にも重なる点で見分けられます。Elysia 属は世界に約90種以上が知られ、多くが緑藻を食べて葉緑体を貯める仕組みを共有しています。


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