オウムガイ

オウムガイ・モントレー湾水族館のアップ イカ・タコ類(頭足類)

オウムガイは、南太平洋の深海に暮らす殻を持った頭足類です。イカやタコと同じ「頭足綱」に属しますが、殻を体外に持つ点や約90本もの触手・レンズを持たないピンホールカメラ式の目など、多くの原始的な形質を残していることから「生きた化石」と呼ばれてきました。祖先は5億年近く前の古生代にさかのぼり、殻の気室で浮力を調節する仕組みは潜水艦の原型としても知られています。

スポンサーリンク

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:頭足綱 Cephalopoda
  • 亜綱:オウムガイ亜綱 Nautiloidea
  • 目:オウムガイ目 Nautilida
  • 科:オウムガイ科 Nautilidae
  • 属:オウムガイ属 Nautilus
  • 種:オウムガイ Nautilus pompilius

和名・英名

  • 和名:オウムガイ(鸚鵡貝)/ノーティラス
  • 英名:Chambered nautilus(部屋を持つオウムガイ)

別名・学名の由来

和名の「オウムガイ」は、殻を正位置に立てたときに開口部の黒い部分がオウム(鸚鵡)の嘴に似て見えることに由来します。英名 Nautilus はギリシャ語で「水夫、船乗り」を意味し、水中を航行する姿にちなむとされます。学名の Nautilus pompilius はスウェーデンの分類学者リンネが1758年に記載しました。同属にはパラオオウムガイ、オオベソオウムガイなど数種が知られています。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ殻の直径 約20cm(最大で25cm前後)
分布南太平洋の熱帯海域(フィリピン・パラオ・パプアニューギニア・オーストラリア北岸など)
生息環境水深200〜600mの外洋。夜間はやや浅場に移動する日周垂直移動を行うことも
寿命約15〜20年(頭足類では例外的に長寿)
保全状況IUCN: VU(危急種)/ワシントン条約附属書II掲載(2016年〜)/中国国家一級重点保護野生動物

生きた化石としての姿

オウムガイ・ベルリン動物園アクアリウムの生体
J. Baecker, Public domain, via Wikimedia Commons

5億年前の祖先チョッカクガイから

オウムガイ類の祖先は、古生代オルドビス紀(およそ4億5000万〜5億年前)に登場したチョッカクガイ(直角貝)に近縁だと考えられています。チョッカクガイは殻がまっすぐ槍のように伸びた姿で、現生のオウムガイのように渦を巻いた形ではありませんでした。三畳紀(約2億3000万年前)にはすでにオウムガイ類の系統が確立し、そのままの基本形で今日まで生き延びてきたことから「生きた化石」の代表格として扱われています。

アンモナイトとの違い

殻を渦巻き状に巻いた姿は、絶滅した中生代のアンモナイトとよく似ています。しかし化石を精査すると、アンモナイトはむしろ現生のイカやタコに近縁で、オウムガイとは別系統だと分かってきました。オウムガイのほうがより古い時代に分かれた系統で、殻を持ち続けている点で頭足類のなかでも例外的な存在にあたります。アンモナイトが白亜紀末に絶滅したのに対し、オウムガイは同じ時期を生き延びて現代まで系統をつないできたという歴史も、この種のユニークさを際立たせています。

スルメイカ
スルメイカは、日本の食卓でいちばん馴染み深いイカです。北の海を大群で回遊し、寿命はわずか1年。刺身・塩辛・するめの原料として古くから親しまれてきました。近年は不漁が続き、資源管理の対象にもなっています。分類と学名分類階層界:動物界 Anim...

見た目と体のつくり

オウムガイの解剖図・気室と体内構造
KDS444, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

殻=気室と浮力調節

隔壁で仕切られた気室

オウムガイの殻は外見こそ巻き貝そっくりですが、内部構造はまったく異なります。殻の内部は隔壁で細かく仕切られており、いくつもの小部屋(気室)に分けられているのが特徴です。もっとも外側の部屋(住房)だけに軟体が収まり、残りの部屋はすべて空洞になっています。この構造から英名の chambered nautilus(部屋を持つオウムガイ)が付けられました。

浸透圧で液体を出し入れする浮力調節

気室のなかにはガスと少量の海水が入っており、この比率を変えることで浮力を細かく調整します。仕組みは機械的な弁ではなく、気室内側と外側の塩分濃度差による浸透圧を利用した水の出し入れです。この方式はあくまでゆっくりとしか働かないため、他の海洋生物のように急な垂直移動はできません。潜水艦がタンクへの注水と排水で浮沈するのと基本の考え方が同じで、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』の潜水艦「ノーチラス号」の名は、この仕組みにちなんで付けられたと言われています。

オウムガイの殻・通常個体とアルビノ個体の並列比較
Eric Polk, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

90本の触手と融合したフード

頭部からは約90本もの触手が伸びており、イカの10本、タコの8本と比べると圧倒的に本数が多いことが分かります。触手には吸盤の代わりに細かい皺があり、獲物や基質にぴたりと張り付く仕組みが備わっています。上面の触手の一部は基部が融合して分厚くなり、殻の開口部に蓋をする「フード(頭巾)」を形づくります。危険を感じるとフードで開口部をふさぎ、殻の内側に体を引きこむことで身を守ります。触手そのものは運動には使わず、あくまで採餌と付着のための器官として機能します。

ピンホールカメラ式の目

レンズを持たない原始的な目

オウムガイの目は、短い柄の先に付いた球体で、外側が平らな独特の形をしています。イカやタコが備えるカメラ眼と違って水晶体(レンズ)を持たず、代わりに眼球の前面に小さな穴(ピンホール)が開いているだけの構造で、原理的にはピンホールカメラそのものです。この構造では像が結ばれても解像度は低く、視力そのものは限定的だと考えられています。イカやタコのレンズ付きカメラ眼と比べると、頭足類のなかでも際立って原始的な感覚器を保っている姿と言えます。

視覚より嗅覚で獲物を探す

視覚が弱いぶん、オウムガイは水中に溶けた化学物質(匂い)に対して非常に敏感で、餌の匂いには素早く反応することが観察されています。水中実験では、遠く離れた場所に沈めた魚介類の匂いに反応して集まってくる姿が繰り返し記録されており、深海の暗がりのなかで匂いを頼りに死肉を探し当てる暮らしぶりを示しています。

生態と行動

モントレー湾水族館のオウムガイ複数個体
Bill Abbott, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

生息水深200〜600m

オウムガイは南太平洋の熱帯海域、水深200〜600mの外洋を主な生息域としています。深海のイメージが強い種ですが、水深が800mを超えると殻が水圧に耐えきれず壊れてしまうと報告されており、深すぎる場所にはむしろ入っていけません。夜間には水深100m前後の浅場まで浮上する日周垂直移動が観察されており、餌を探して垂直方向に大きく移動する暮らしぶりを持ちます。

遊泳と食性

漏斗の水噴射でゆっくり泳ぐ

イカやタコと同じく、頭部の下にある漏斗から水を噴射することで前進します。ただし俊敏なジェット推進は苦手で、体を軽く揺すりながらゆっくり漂うように泳ぐのが基本の動きです。触手を運動に使わないぶん、殻の浮力調節と漏斗の水噴射だけで水中を移動する形になります。

死肉食で墨袋を持たない

主な餌は、脱皮した甲殻類の抜け殻や死んだ魚介類などです。俊敏に泳げないため、イカやタコのように生きた獲物を追いかけて狩ることはできず、匂いを頼りに死肉に集まって食べる暮らしを送っています。イカやタコが備える墨袋を持たない点も特徴で、墨を吐いて逃げるという頭足類らしい防御手段は使いません。危険を感じたときはフードで殻の口をふさいで身を守るのが本種の主な戦術です。

長寿と成長

寿命はおよそ15〜20年と長く、イカ・タコの多くが1〜2年で一生を終えるのに比べて極めて長生きです。この長寿は殻を継続して大きくしていく成長の遅さと結びついており、殻を退化させて成長速度を上げたイカ・タコの戦略とは対照的です。産卵数は数か月に数十個ずつと少なく、卵は殻に守られたままゆっくり発生し、孵化までに1年前後を要する例も報告されています。

人との関わり

ケニアで1971年に発行されたオウムガイの切手
Post of Kenya (1971), Public domain, via Wikimedia Commons

潜水艦・スピーカー・鸚鵡杯の名の元

オウムガイの浮力調節の仕組みは、そのまま潜水艦の原型として語られてきました。ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』の潜水艦「ノーチラス号」、アメリカ海軍初の原子力潜水艦「ノーチラス(USS Nautilus)」など、水中を航行する船舶に本種の名がたびたび用いられています。イギリスの音響機器メーカーB&W社は、スピーカー背面の音の反射を抑える形として、ウーファー部を殻の形にした高級オーディオを Nautilus の名で発売してきました。古代中国では殻を酒杯に仕立てた「鸚鵡杯(おうむはい)」が知られ、唐の詩人・李白の『襄陽歌』にもその名が登場します。

フィリピンでの食用と貝殻の民芸品

フィリピンのセブ島周辺では、竹で編んだカゴにニワトリを餌として入れて海底に沈め、集まってきたオウムガイを捕獲する伝統的な漁が行われてきました。現地では高級食材として扱われ、身はイカと貝の中間のような味わいだと伝えられています。美しい殻は削って装飾を施した鸚鵡杯や、真珠層を残した螺鈿細工の民芸品としても輸出され、国際的な観光土産の定番になってきました。

ワシントン条約とIUCNの保全状況

殻の観光土産としての大量捕獲や、深海刺し網による混獲によって、オウムガイの野生集団は減少が続いているとされます。IUCNレッドリストでは Vulnerable(危急種)に分類されており、2016年のワシントン条約締約国会議でオウムガイ科全種が附属書II(国際取引の規制対象)に掲載されました。中国では国家一級重点保護野生動物に指定され、鑑賞用・装飾用の殻や標本の国際取引には輸出許可書が必要になっています。5億年前から続く系統を今後も残していけるかは、生息海域の各国での取り組みにかかっています。

関連ページ

イカ【総合】
イカは、タコと並ぶ頭足類の代表グループです。細長い胴の後端に三角形のひれを持ち、8本の腕と2本の触腕でエビや小魚を捕らえます。日本近海だけで50種以上が知られ、深海の巨大種から沿岸の小型種、発光や色変化で名高い種まで多様な暮らしぶりが見られ...

参考

画像出典

タイトルとURLをコピーしました