アゴヒゲアザラシ

哺乳類

アゴヒゲアザラシは北極海の周りに住むアザラシです。口の周りに約244本のヒゲを生やし、それで海底を探って獲物を吸い込みます。2002年に多摩川へ現れて話題になった「タマちゃん」も、この種でした。

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  1. 分類と学名
    1. 分類階層
    2. 和名・英名
    3. 顎とヒゲ、どちらも名前になった
  2. 大きさ・分布などの基本データ
  3. 244本のヒゲで海底を探る
    1. 乾くと内側へ巻く白いヒゲ
    2. 1本のヒゲに1,314本の神経
      1. 根元の6割を占める血液の袋
      2. ほかのアザラシとは違う造り
      3. 近い仲間で確かめられたヒゲの精度
    3. 見つけた獲物は吸い込む
    4. 頭と前ヒレが錆色になる個体
  4. 北の海でいちばん大きなアザラシ
    1. 樽のような体に、不釣り合いに小さな頭
    2. 四角い前ヒレと、氷を割る頭と爪
  5. 日本の5種は4つの属に分かれる
    1. 同じ属はゴマフとゼニガタだけ
    2. 模様・ヒゲ・前ヒレで見分ける
    3. 2011年、荒川のアザラシは別の種だった
  6. 浅い海と流氷、その両方が要る
    1. 深い海へ出られない理由
    2. 氷を追って北と南を行き来する
    3. 頭を海に向けて休み、立ったまま眠る
  7. 生まれたその日に海へ入る子
    1. 水をはじく毛と1割の皮下脂肪
    2. 3週間で100kgに育つ
    3. 授乳の終わりごろに響く長い震え声
    4. 受精から2か月おいて育ちはじめる
  8. 多摩川のタマちゃん
    1. 2002年8月7日、丸子橋のあたり
      1. 特別住民票と、その後の消息
    2. 那賀川のナカちゃんが過ごした299日
    3. 分かっていない南下の理由
  9. 北極のアザラシ3種、そろって区分が上がった
    1. アゴヒゲとタテゴトは準絶滅危惧、ズキンは絶滅危惧
    2. 氷が要る4つの場面
    3. 捕獲が止まっても、回復は確かめられていない
    4. おたる水族館とうみたまごにいる
  10. 関連ページ
  11. 参考
  12. 画像出典

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:食肉目 Carnivora
  • 科:アザラシ科 Phocidae
  • 属:アゴヒゲアザラシ属 Erignathus
  • 種:アゴヒゲアザラシ Erignathus barbatus

和名・英名

  • 和名:アゴヒゲアザラシ(顎鬚海豹)
  • 英名:Bearded seal(別名 Square-flipper seal)

顎とヒゲ、どちらも名前になった

属名の Erignathus は、重い顎を指すギリシャ語の eri と gnathos から付きました。種小名の barbatus は「ひげのある」を意味します。学名も和名もこの動物の顎まわりを名前にしています。

ただし和名が言う「アゴ」は、実際の生えぎわとは合っていません。ヒゲは顎ではなく上唇のあたりから伸びています。英語の別名 Square-flipper seal のほうは、四角い前ヒレから付いた名前です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ体長 約2.1〜2.4m/体重 約200〜360kg(脂肪を蓄えた時期には400kgを超えた記録もある)
分布北極海とその周辺。太平洋側はチュクチ海からベーリング海・オホーツク海、大西洋側はグリーンランドからカナダ北部
生息環境水深200mより浅く、季節によって氷におおわれる海
食べ物貝・エビ・カニ・ゴカイ・ナマコなど海底の小動物と、タラ・カジカなどの底魚
繁殖3月中旬〜5月に流氷の上で1頭を産む。授乳は3週間ほど
寿命20〜25年ほど(30年前後まで生きた例もある)
天敵ホッキョクグマ、シャチ
保全状況IUCN: NT(準絶滅危惧・2025年10月の更新)

244本のヒゲで海底を探る

乾くと内側へ巻く白いヒゲ

顔の左右に並ぶ白く太い毛は、触毛(しょくもう)と呼ばれる感覚器です。数はおよそ244本あります。水から上がって乾くと、先が内側へ巻きます。この目立つヒゲが、英名 Bearded seal と種小名 barbatus のもとになりました。

短い口先に太く長い毛が並ぶ姿が、そのまま「ひげ」に見えます。アメリカ海洋大気庁(NOAA)によれば、このヒゲは海底で食べ物を見つけるのに使われます。

口先に太く長いヒゲが並ぶアゴヒゲアザラシ
Mike Pennington, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

1本のヒゲに1,314本の神経

マーシャルらが2006年に発表した解剖の研究で、ヒゲ1本の根元に通る神経が数えられました。平均は1本あたり1,314本、多いものでは1,650本に達します。それまでに報告された動物の中でも最も多い部類で、244本を合わせた総数はおよそ32万本になります。

根元の6割を占める血液の袋

アザラシやアシカのヒゲの根元は、哺乳類の中で最も入り組んだ造りをしています。1本ずつの根元に、血液で満たされた袋があります。上側の袋は長いもので根元全体の6割を占めます。冷たい水のなかで感覚細胞の温度を保つはたらきがあるのではないか、と論文は見ています。

ほかのアザラシとは違う造り

この造りはほかのアザラシのヒゲとは違います。研究者はそこから「海底で餌をとることへの適応かもしれない」と述べました。断定はされていません。

近い仲間で確かめられたヒゲの精度

ヒゲの感度そのものを行動実験で測ったのは、アゴヒゲアザラシではなく近い仲間です。カリフォルニアアシカとゼニガタアザラシで実験が行われました。ヒゲでものを見分ける正確さは、サルが手で触って確かめるときと変わりません。目の見えないアザラシが魚をとって生きていた例も、この感覚で説明がつくとされます。

見つけた獲物は吸い込む

噛みつくのではなく、吸い込んで食べます。NOAAはこれを「特殊化した吸引採食」と呼びます。柔らかい体をした海底の獲物に向いた方法です。口の造りもこれに合っていて、上あごはアーチ状に高く、口の中も広くなっています。

柔らかい獲物のほかに、タラやカジカのように底近くにいる魚もとります。夏にはイソギンチャクも食べます。

頭と前ヒレが錆色になる個体

頭と前ヒレが赤茶けた個体がいます。海底で餌をとるうちに、酸化した鉄の化合物が毛にたまるためと見られています。体の色そのものは灰色から褐色で、模様はありません。

北の海でいちばん大きなアザラシ

樽のような体に、不釣り合いに小さな頭

北半球に住むアザラシの中では最大です。おたる水族館も「日本でみられる5種のアザラシの中で最も大きな体」と紹介しています。正面から見ると、太い胴に小さな頭。

体重は季節で大きく変わります。晩冬から早春にかけては脂肪をいちばん蓄え、400kgを超えることもあります。記録に残る最大は妊娠中のメスの432kgでした。体脂肪が25〜40%を占めるので、太る時期と痩せる時期の差が体重に表れます。オスとメスの差は小さく、メスがやや大きいとされる程度です。

樽のような胴に小さな頭がつくアゴヒゲアザラシの横姿
Mike Pennington, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

四角い前ヒレと、氷を割る頭と爪

前ヒレの先が四角く切りそろえたような形をしています。英語ではこれを取って Square-flipper seal とも呼びます。この前ヒレには丈夫な爪があります。

普段は氷が自然に割れてできた水面から海へ出入りします。氷が薄ければ、頭と爪で自分の呼吸穴を開けます。頭骨は幅広く頑丈で、張ったばかりの氷を割るのに役立つという指摘があります。

日本の5種は4つの属に分かれる

同じ属はゴマフとゼニガタだけ

日本の近海では5種のアザラシが見られます。ゴマフアザラシ・ゼニガタアザラシ・ワモンアザラシ・クラカケアザラシ、そして本種です。この5種は4つの属に分かれます。同じ属なのはゴマフアザラシとゼニガタアザラシの2種だけで、アゴヒゲアザラシ属には本種しかいません。

模様・ヒゲ・前ヒレで見分ける

見分けどころは3つあります。体に斑や輪の模様がないこと、ヒゲが長く先が巻くこと、前ヒレが四角いことです。

斑や輪の模様がない灰褐色の体をしたアゴヒゲアザラシ
Spindler Mike, U.S. Fish and Wildlife Service, Public domain, via Wikimedia Commons
アザラシ【総合】
アザラシは、海に住む丸みを帯びた体の哺乳類です。分厚い皮下脂肪で寒い海に耐え、流線形の体で上手に泳ぎます。ゴマフアザラシなど、水族館の人気者としても親しまれています。よく似たアシカとは、耳たぶがなく、陸では腹ばいで進む点で見分けられます。分...

2011年、荒川のアザラシは別の種だった

2011年10月、埼玉県志木市の荒川にアザラシが現れました。当初は「タマちゃんの再来」と報じた媒体もあります。

ところが取材が進むと、各地の水族館の職員から「あれはゴマフアザラシだ」という証言が相次ぎました。この個体は志木あらちゃんと名づけられています。ゴマフアザラシの体には名前のとおり黒っぽい斑が散ります。本種にはその模様がありません。

浅い海と流氷、その両方が要る

深い海へ出られない理由

餌が海底にあるため、底へ届かない場所では暮らせません。成獣は水深200mより浅い海を好みます。深い外洋にはほとんど出ず、陸から続く浅い海底(大陸棚)の上にとどまります。

ここに氷という条件が重なります。浅い海と季節的な海氷、その両方がそろう場所にしか広く分布できません。

氷を追って北と南を行き来する

春から夏にかけて氷が解けて後退すると、それを追って北へ移動します。秋に氷が張り出すと、今度は南へ下ります。単独で暮らし、群れは作りません。

分布の南端は太平洋側では北海道にあたります。北海道のオホーツク海沿岸には流氷とともに少数がやってきますが、その多くは子どもで、成獣が現れることはまれです。

流氷の上で休むアゴヒゲアザラシ
Ansgar Walk, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

頭を海に向けて休み、立ったまま眠る

氷の上で休むときは、決まって頭を水のほうへ向けます。敵に追われたとき、そのまま滑り込んで逃げられるからです。

海面に頭だけを出し、体を立てた姿勢で眠ることも観察されています。天敵はホッキョクグマとシャチです。ホッキョクグマは主に2歳ごろまでの子を襲い、大きく育った個体はあまり狙われません。

ホッキョクグマ
ホッキョクグマは、北極の氷の上で暮らす、世界最大のクマです。「シロクマ」とも呼ばれます。白く見える体で氷の海を歩き、アザラシを狩って生きています。地球温暖化で北極の氷が減り、絶滅が心配されている動物でもあります。分類と学名分類階層界:動物界...

生まれたその日に海へ入る子

水をはじく毛と1割の皮下脂肪

メスは浅い海に浮かぶ小さな氷の上で、1頭だけ子を産みます。時期は3月中旬から5月にかけてで、地域によってずれます。

生まれた子は30〜40kgあります。すでに水をはじく毛が生えそろい、皮下脂肪も1割近く蓄えているため、数時間後にはもう海へ入ります。タテゴトアザラシの子は白い産毛で皮下脂肪も3%ほどしかなく、10日ほど氷の上で待たなければなりません。同じアザラシでも、生まれたときの支度が違います。

3週間で100kgに育つ

授乳の期間は3週間ほどです。その間、子は1日あたり約8リットルの乳を飲み、体重を1日3.3kgずつ増やします。乳離れするころには約100kgに育ち、ひと月足らずで体重が約3倍になります。

生後数日で1日の半分を水中で過ごすようになり、1週間もすると水深60mまで潜れます。母親のそばにいるうちから、潜ることと餌をとることを覚えていきます。

授乳の終わりごろに響く長い震え声

交尾は授乳が終わるころに行われます。この時期、オスは水中で長く震える声を出します。ひとつの声は1分以上、長いものでは3分ほど続きます。

声は水中を20km近く伝わります。気管の形が特殊で、それがこの独特な声に関わっているとされます。3月下旬から6月下旬にかけて聞かれ、1年のうち限られた時期にとどまります。

受精から2か月おいて育ちはじめる

受精した卵はすぐには子宮の壁に着きません。2か月ほど間を置いて7月ごろに着床するため、妊娠期間は見かけ上11か月になります。実際に胎児が育つのは9か月ほどです。

多摩川のタマちゃん

2002年8月7日、丸子橋のあたり

2002年8月7日、多摩川の丸子橋付近で1頭のアゴヒゲアザラシが撮影されました。映像がテレビ局に持ち込まれ、そこから連日の報道が始まりました。当時の報道では推定1歳前後、体長は約1mとされましたが、いずれも目視による見積もりでした。

その後は横浜市内の川へ移り、翌年からは埼玉県の荒川でも姿を見せました。保護するかどうかは何度も議論されました。無理に捕まえればショック死させかねず、野生のアザラシに近づくこと自体も危険です。結局、捕獲せず見守ることになりました。

特別住民票と、その後の消息

2003年2月、横浜市西区がタマちゃんに特別住民票を交付しました。登録名は「ニシ タマオ」、住所は西区西平沼町の帷子川護岸です。2004年4月を最後に姿が確認されなくなり、その後の消息は分かっていません。

那賀川のナカちゃんが過ごした299日

2005年11月2日の早朝、徳島県那賀川町(現・阿南市)の那賀川にアゴヒゲアザラシが現れました。河口から約3.5km上流の中州で、四国では初めての確認です。ナカちゃんと呼ばれたこの個体はメスで、全長188cm、体重は約100kgありました。

2006年8月27日、同じ中州で死んでいるのが確認されました。最初に見つかってから亡くなるまでは299日ありました。そのうち姿が見えた日は167日です(国土交通省那賀川河川事務所の記録)。解剖では骨に異常がなく、栄養状態も悪くありませんでした。ただ内臓の腐敗が進んで判別がつかず、死因は特定されていません。

分かっていない南下の理由

首都圏や四国の川に現れるのは、きわめて異例のことでした。当時は海流に乗ったという見方や、単に迷ったという見方が報じられましたが、どれも推測の域を出ていません。

分布の外に現れること自体は、この種でときどき起きています。ヨーロッパでも南はスペインやポルトガルまで記録があります。

分布の外に現れ、草地で休むアゴヒゲアザラシ(イギリス・シェトランド諸島)
Mike Pennington, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

北極のアザラシ3種、そろって区分が上がった

アゴヒゲとタテゴトは準絶滅危惧、ズキンは絶滅危惧

2025年10月10日、国際自然保護連合(IUCN)がレッドリストの更新を発表しました。北極圏のアザラシ3種で区分が引き上げられました。アゴヒゲアザラシとタテゴトアザラシは、低懸念(LC)から準絶滅危惧(NT)へ移っています。ズキンアザラシはもともと危急(VU)で、そこから絶滅危惧(EN)に上がりました。

※ 準絶滅危惧(NT)は、絶滅のおそれのある種(CR・EN・VU)の一歩手前にあたる区分です。

氷が要る4つの場面

IUCNは温暖化による海氷の減少を主な要因に挙げました。氷が要る場面は4つあります。繁殖と子育て・毛が生え替わる換毛・休息、そして餌場へ出るときです。北極の温暖化は他の地域の4倍の速さで進んでおり、氷の広がりと持続する期間が縮んでいます。

そのほかに船の航行・騒音・石油や鉱物の開発・狩猟が挙げられています。漁の網にかかってしまう混獲も脅威のひとつです。餌が海底にあるこの種は、氷だけでなく浅い海も手放せません。

港の岸壁に上がったアゴヒゲアザラシ(イギリス・シェトランド諸島)
Mike Pennington, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

捕獲が止まっても、回復は確かめられていない

オホーツク海では1930年代から旧ソ連の商業捕獲が広がり、個体数が減りました。船団による捕獲は1970年から1975年にかけて止まり、捕獲枠も設けられました。それでもNOAAは2010年の報告書で、その後に回復したことを示す信頼できる調査結果はないと述べています。世界全体の頭数も正確には数えられておらず、50万頭以上という数字も推定にとどまります。

おたる水族館とうみたまごにいる

日本ではおたる水族館が1頭を飼育しています。名前はノンノンで、公式サイトは「おしとやかで優しい淑女」と紹介しています。冬期営業期間中は見られません。

大分マリーンパレス水族館「うみたまご」には、ブルとベリーの2頭がいます。飼育個体には移動も死亡もあるため、展示の顔ぶれは入れ替わります。

https://ikimono.02key.com/archives/6416

関連ページ

ゴマフアザラシ
ゴマフアザラシは冬の北海道にやってくるアザラシです。名前のとおり体には黒い斑が散りますが、生まれたばかりの子は真っ白な産毛に覆われています。その白い産毛は流氷の上で過ごす数週間で抜けてしまいます。分類と学名分類階層界:動物界 Animali...

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