カニクイアザラシは南極の流氷の上で一生を過ごすアザラシです。名前にカニとありますが、実際に食べているのはナンキョクオキアミです。突起の入り組んだ歯で、海水ごと吸い込んでこし取ります。世界でいちばん数の多いアザラシとされますが、その総数はまだ誰も数えきれていません。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:食肉目 Carnivora
- 科:アザラシ科 Phocidae
- 属:カニクイアザラシ属 Lobodon
- 種:カニクイアザラシ Lobodon carcinophaga
和名・英名
- 和名:カニクイアザラシ(蟹食海豹)
- 英名:Crabeater seal(Krill-eater seal とも呼ばれます)
属名と種小名が逆を向いている
属名の Lobodon は古代ギリシャ語で「葉のような歯」を意味します。一方、種小名の carcinophaga は「カニを食べるもの」です。前半はこの種の特徴を正確に言い当てていますが、後半は事実と違います。
カニクイアザラシ属はこの1種だけで構成されます。近い仲間はヒョウアザラシ・ロスアザラシ・ウェッデルアザラシです。4種はあわせてカニクイアザラシ族(Lobodontini)にまとめられます。どれも小さな獲物を水からこし取るための葉状の歯を持っています。
この一族の祖先は、ゾウアザラシ属に最も近い系統から分かれたと考えられています。時期は地質時代でいう中新世の後期から鮮新世の前期で、数百万年前より昔にあたります。南へ移動し、南極のまわりの隔たった環境で急速に多様化しました。


大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体長 最大約2.6m・体重 約200〜300kg |
|---|---|
| 分布 | 南極大陸を取り巻く海。まれにニュージーランド・オーストラリア・南アフリカ・南米の南岸まで迷い出ます |
| 生息環境 | 季節で動く流氷(パックアイス)の上と、その周りの海 |
| 食べもの | ナンキョクオキアミが9割以上。ほかに魚とイカ |
| 繁殖 | 9〜12月に氷の上で1頭を出産。授乳は平均約3週間 |
| 天敵 | ヒョウアザラシ(主に1歳未満の個体)、シャチ |
| 保全状況 | IUCN: LC(低懸念・2025年評価) |
※ IUCNレッドリストとは、世界の野生生物の絶滅のおそれを評価した国際的なリストです。低懸念(LC)は、今のところ絶滅の心配が小さいという区分にあたります。
淡い毛と細身の体、南極では2番目に小さい
長い頭骨と、褐色から銀色の毛
ほかのアザラシと比べると、頭骨と鼻先が長く、体つきも細身です。全身は褐色から銀色の体毛に覆われ、ひれの周りが濃くなります。夏に近づくほど色は淡くなります。
大人4人分の重さでも南極では小さいほう
5歳を超えた成獣で、体長は平均2.3m、体重は200kgを超えます。大きな個体になると2.6m・300kgほどに達します。
200〜300kgは大人4人分ほどの重さにあたります。それでも南極に住むアザラシの中では、2番目に小さい種です。
オスとメスで大きさはほとんど変わらない
オスとメスで体の大きさに大きな差はないという報告があります。地域によってはメスのほうが大きいとする研究もあります。
カニは食べない。名前の由来は今も定まっていない

分布域のカニははるか深い海にいる
この種はカニを食べません。生息域にカニがまったくいないわけではありませんが、数少ない種のほとんどが非常に深い海にいます。
オキアミは1種としての生物量が地球最大
実際の獲物はナンキョクオキアミで、食事の9割以上を占めます。エビに似た小さな甲殻類で、地球上のどの生物種よりも重さの合計が大きいとされます。残りは魚とイカです。
※ 生物量とは、ある生き物が地球上にどれだけの重さで存在しているかを表した量です。
名前の由来には3つの説がある
なぜカニの名が付いたのかは、はっきりしていません。
ドイツ語の Krebs は甲殻類全般を指す
オーストラリア南極局は、ドイツ語の Krebs から来たと説明しています。Krebs はカニだけでなく甲殻類全般を指す語です。
口の周りが赤い、排泄物が赤い
日本語版のウィキペディアは別の2つを挙げます。
- 口の周辺が赤く、カニを食べているように見えた
- 排泄物が赤みを帯びており、カニを食べていると推定された
いずれも推測で、決め手はありません。英語には Krill-eater seal という呼び方もあります。オキアミを食べるアザラシ、という意味です。
かみ合う突起がふるいの役をする歯
上下あわせて28〜30本の歯
歯は上下で28〜30本あります。内訳は次のとおりです。
- 門歯:上顎2本・下顎2〜4本
- 犬歯:上下2本ずつ
- 小臼歯:上下8本ずつ
- 大臼歯:上下2本ずつ
歯の数だけならほかのアザラシと大きくは変わりませんが、形が大きく違います。
突起がかみ合って隙間ができる

犬歯より奥の歯には副次的な咬頭がいくつも生えています。上下の歯を閉じると突起どうしがかみ合い、複雑な隙間の並びができます。
※ 咬頭とは、歯のかみ合う面にある出っ張りのことです。人の奥歯にもありますが、この種のものは枝分かれした葉のような形をしています。
海水だけが歯の隙間から出ていく
オキアミを追うときは海水ごと口に含みます。そのあと口を閉じると海水だけが歯の隙間から押し出され、オキアミが口の中に残ります。IUCNの評価書はこの構造をふるいと呼んでいます。
下顎の骨が奥の抜け道を塞ぐ

歯を閉じても隙間はもう一か所残ります。いちばん奥の上の歯と、顎の後ろとの間が空いてしまうためです。
下顎の左右にはそれぞれ骨の隆起があり、この出っ張りがちょうどその空きを塞いでいます。獲物が横から逃げるのを防ぐ役目です。
夜は海に潜り、昼は氷の上。まれに内陸へ

深さ600m・24分の潜水記録
深さは最大600m、時間は最長24分という記録があります。
日が沈んでから夜明けまでの間に餌を探し、日中は氷の上に上がります。記録装置を付けた個体では、16時間ほとんど休まず潜り続けた例もあります。
餌を追うのは水深50mまで
600mまで潜れるとはいえ、採餌の潜水はほとんどが水深50mより浅い範囲で、1回の時間も短めです。限界の10分の1ほどの深さしか使っていないことになります。
夜明けと夕暮れには真夜中よりも深くまで潜ります。オキアミが昼は深く沈み、夜になると浅い層へ上がってくる動きに合わせているとみられます。
海から113km・標高920mで見つかった個体
この種はときどき内陸へ迷いこみます。開いた水面から113km離れ、標高920mの地点で生きた個体が観察された記録があります。氷と岩の上を、それだけ進んだことになります。
乾いてミイラのようになった個体も、海岸から遠く離れた場所で見つかっています。マクマード湾に近いドライバレーや、南極半島のジェームズ・ロス島とセイモア島などです。
アザラシでは世界一多い。数も増えた理由も不確か

200万から7,500万まで、推定の桁が違う
アザラシの中では最多とされ、人間を除く大型の動物の中でも数の多い部類に入ります。
公表されてきた総数の推定は、およそ200万頭から5,000万〜7,500万頭まで開いています。最小の推定と最大の推定では、30倍以上の差があります。IUCNは、これらの初期の推定が限られた標本に基づくもので推測の域を出ないとしています。
いちばん新しい全球調査は30年以上前
全球規模でいちばん新しい推定は、南極パックアイスアザラシ計画(APIS)によるものです。1980年代後半から1990年代前半にかけて行われ、調べた範囲でおよそ950万頭という数字が出ました。
ただしこの数字には、一部の海域で過大に見積もられている疑いがあります。調査そのものが入っていない海域も広く、全体はもっと多いとみられています。IUCNの2025年の評価は、現在の増減の傾向を不明としました。
衛星の画像から数える試み
近年は人工衛星の画像を使い、大陸規模で数える方法が試されています。船で海域を回る従来のやり方による調査も、各地で続いています。
クジラが減って増えたという説
20世紀の捕鯨で、大型のヒゲクジラ、とくにシロナガスクジラが大きく減りました。オキアミが余って競争相手も消えたため、この種が年9%の速さで増えた時期があるという説があります。ただし過去の信頼できる個体数推定は無く、この説の根拠は、計算で増減を推定した個体数モデルです。
メスが性成熟する年齢が下がったことも、同じ理由で説明されることがあります。ただしIUCNの2025年の評価は、2.5〜4.2歳という幅を地域ごとの餌の量の違いとしています。捕鯨とは結び付けていません。
天敵はヒョウアザラシ。シャチは別の種を選ぶ
1年目に8割が死ぬ
生まれて1年目の死亡率は、高いときで8割に達します。その大きな部分をヒョウアザラシによる捕食が占めています。
生き延びた個体の78%に傷が残る

1年目を生き延びた個体のうち、最大78%にヒョウアザラシの攻撃と一致する傷があります。長く直線的な傷と、平行に並んだ傷の組です。
若い個体の体毛は淡く模様がほとんどないので、この傷はよく目立ちます。攻撃を受ける頻度は1歳を過ぎると大きく下がります。

氷の上の82%を占めるのに1頭も取られなかった

シャチも年齢を問わず襲います。南極のシャチは3つの型に分けられ、そのうち流氷の中で暮らすB型はアザラシを専門に狩るとみられています。氷盤に向かって横一列で泳ぎ、起こした波でアザラシを海へ落とします。
殺された15頭のうち14頭はウェッデルアザラシ
2009年1月に、南極半島の西側で75時間にわたる観察が行われました。氷の上で確認された365頭のアザラシのうち、82%がカニクイアザラシでした。殺された15頭のうち14頭はウェッデルアザラシで、カニクイアザラシは1頭も取られていません。うまくいった攻撃では平均4.1回の波を起こし、攻撃1回にかかった時間は平均30.4分でした。
1981年の最初の報告はこの種が相手だった
ただし襲われないわけではありません。波を使う狩りが最初に報告されたのは1981年で、そのときの相手はカニクイアザラシでした。2008年には、何度も波で落とされたすえに食べられた例も記録されています。
氷盤に1頭で上がって、子を産む
繁殖のための集団を作らない

この種は繁殖のための集団を作りません。メスは氷盤に1頭で上がって出産し、まもなくオスが1頭だけ加わります。
オスは母子に付き添い、子が乳離れしてから1〜2週間後にメスが発情期に入るまでその場に留まります。
母親は3週間、何も食べない
出産は9月から12月にかけてです。生まれた子の体重は20〜35kgで、小学生1人分ほどです。体長は1.1m以上あり、ミルクコーヒー色とも表現される灰褐色の柔らかい産毛に包まれています。
母親は授乳の間は絶食し、平均3週間で乳離れさせます。その頃には子の体重が77〜130kgに増えています。
交尾は水中で行われるとみられる
交尾そのものはまだ直接観察されていません。オスがメスに付き添う時期から、水中で行われると考えられています。
20歳を超えた個体の63%はメス
生まれてくる子のオスとメスの比はほぼ1対1です。乳離れした後の生存率はメスのほうが高く、成獣ではメスに偏ります。20歳を超えた個体では63%がメスという報告があります。
区分は低懸念、氷しだいで食べ物が変わる
魚の割合が20%から26%へ
餌をオキアミに強く頼っているぶん海氷が減ると影響を受けます。オキアミが少ない年には、魚が食事の25%を超えることがあります。
南極半島の西側では、2022年から2023年にかけて魚の割合が20%から26%へ上がりました。記録的に海氷が少なかった時期です。ただし急速な氷の減少に対してこの種が餌の幅を広げきれるのかは、まだ分かっていません。
2025年の評価でも低懸念(LC)のまま
IUCNレッドリストの区分は低懸念(LC)です。2025年5月の評価でも、分布の広さと個体数の多さを理由に据え置かれました。
将来の脅威は海氷の減少とオキアミ
評価書は、海氷の減少とオキアミへの影響を将来の脅威として挙げています。
氷は出産にも天敵を避けるのにも使われる
氷は出産・休息・天敵からの回避・餌場への接近に使われます。失われると個体数が減る可能性があります。
分布はオキアミとともに南へ動くと予測される
移動と潜水のデータをもとにした予測では、この種の分布はオキアミの分布とともに南へ動くとされています。休む氷と餌場が離れると、行き来にかかる負担が増える可能性があります。
商業的な狩りは採算が合わなかった
商業目的の捕獲は何度か試みられましたが、いずれも採算が合わず短期間で終わりました。
現在は南極条約と南極アザラシ保存条約によって狩猟から保護されています。今後の商業的な捕獲も、この国際的な取り決めのもとで規制されることになります。
参考
- IUCN Red List: Lobodon carcinophaga(LC・2025評価)
- Pitman & Durban「Cooperative hunting behavior, prey selectivity and prey handling by pack ice killer whales」Marine Mammal Science 28巻16頁, 2012
- Australian Antarctic Program「Crabeater seal」
- Wikipedia(英語)「Crabeater seal」
- Wikipedia「カニクイアザラシ」
画像出典
- Liam Quinn from Canada, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
- Алексей Логинов, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
- Dimitri Torterat (Diti), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- Pepijn Kamminga, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- W. Bulach, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- W. Bulach, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Анна Соіна, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Callan Carpenter, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Taras Kazantsev, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

