シワハイルカは、熱帯・亜熱帯の外洋に暮らすイルカです。皮膚には細かなシワ模様が入り、額と吻の境目がない円錐形の頭部を持つのが特徴です。名前の由来はふつう「歯の表面に細かなシワがある」ためで、英名 Rough-toothed dolphin もそこから来ています。1属1種のセマイルカ属(Steno)に属する独特な種で、世界の温暖な海に広く分布します。日本近海にも来遊し、まれに沖縄美ら海水族館で飼育例が知られる、水族館では出会いにくい珍しいイルカです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
- 下目:ハクジラ下目 Odontoceti
- 科:マイルカ科 Delphinidae
- 属:セマイルカ属 Steno(1属1種)
- 種:シワハイルカ Steno bredanensis
和名・英名
- 和名:シワハイルカ/皺歯海豚
- 英名:Rough-toothed dolphin
別名・学名の由来
属名 Steno はギリシャ語で「狭い」を意味し、額と吻がなだらかに続く細長い頭部の形に由来する命名です。1属1種で、シワハイルカだけが所属するこの属を象徴する形態的特徴でもあります。種小名 bredanensis は、キュヴィエの論文を研究したオランダの博物学者 Jacob van Breda(ヤーコブ・ファン・ブレダ)に因みます。原記載はフランスの解剖学者 Georges Cuvier(キュヴィエ)が1828年に発表した論文にさかのぼります。かつては独立亜科 Stenoninae に置かれていましたが、2020年の分子系統研究で、ゴンドウ亜科(Globicephalinae)に属することが分かってきました。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 2.1〜2.8m、体重 90〜155kg(雄がやや大型) |
|---|---|
| 体色 | 背:暗灰/体側:淡灰/腹面:白/老齢個体はピンク・黄・白のマーク |
| 頭部 | 額と吻がなだらかに続く円錐形(境目なし) |
| 歯数 | 各半顎19〜28本(合計76〜112本)/表面に細かなシワ状の隆起 |
| 背びれ | 大きく明瞭・高さ18〜28cm |
| 分布 | 世界の熱帯・亜熱帯の外洋(大西洋・太平洋・インド洋・地中海) |
| 生息環境 | 沿岸を離れた外洋・水深1km以上の深海域 |
| 群れの大きさ | 通常10〜20頭/2〜90頭幅/小さな血縁小群の集合 |
| 食性 | 魚類(サンマ・カマス類)+イカ・タコ/潜水50m以上・15分 |
| 繁殖 | 雌6〜10歳・雄5〜10歳で性成熟/出生時体長約1m |
| 寿命 | およそ32〜36年 |
| 保全状況 | IUCN:軽度懸念(LC・2019評価)/CITES附属書II |
1属1種の独特な姿
額と吻の境目がない円錐頭部
他のイルカと見分けやすい形

シワハイルカのもっとも際立った特徴は、額と吻がなだらかにつながる円錐形の頭部です。他のマイルカ科イルカは額のメロン器官が丸く膨らみ、吻との間にはっきりした段差があります。ところが本種にはこの段差がなく、頭全体が細長い円錐のシルエットを描きます。この形は同じマイルカ科でも他属にはない特徴で、海上での目視識別の第一手がかりです。ハシナガイルカやマダラ・ハンドウ各種と混同しやすいものの、頭部の輪郭を注意深く見れば見分けがつきます。
皮膚のシワと老齢個体のマーク
和名「シワハ(皺歯)イルカ」は、本来は歯の表面に走る細かなシワ状の隆起に由来する言葉です。ただし体の側面にも細かなシワ状の模様が入っており、名前と姿の両方に「シワ」を感じさせる種でもあります。体色は背が暗灰、体側が淡灰、腹が白の三色構成です。老齢個体では口の周りや腹側にピンク・黄・白のマークが浮かび上がる例が多く、ノドの下は白から淡いピンクを帯びる個体もあります。年齢や地域による色変異が大きく、個体識別(フォトID)に役立てられてきました。
「シワ歯」の由来と食性

本種の学名と英名の由来である「シワ歯(rough-toothed)」は、歯の表面に走る細かな不規則な隆起にあります。各半顎に19〜28本、合計76〜112本の歯が並びます。その一つひとつの表面は滑らかではなく、細かな縦のシワで覆われています。他のマイルカ科イルカが円錐形で滑らかな歯を持つのに対し、シワハイルカの歯は肉眼でも識別可能な独特の質感です。食性は魚類(サンマ・カマス類・シルバーサイド)とイカ・タコが中心で、潜水は少なくとも水深50mまで、15分以上の連続潜水も観察されています。エコロケーションのクリック音は非常に短く(0.2秒未満)、他のマイルカ科と識別可能な特徴の一つです。
スキミングと混群行動
本種の特徴的な行動として「スキミング(skimming)」があります。頭と喉を水面から出したまま、水面すれすれを高速で泳ぐ姿勢です。船首波乗り(バウライディング)は他のイルカ類ほど頻繁ではありませんが、通り過ぎる船に集まる例は各地で報告されてきました。強い社会性を持ち、2〜8頭ほどの緊密な血縁小群が基本単位となります。それらが集まって10〜20頭、時に90頭ほどの群れを一時的に形成する動きも見られます。他種のイルカやコビレゴンドウ・オキゴンドウ・ザトウクジラなどと混群を作ることも報告されています。
分布と生息環境

世界の温帯・亜熱帯・熱帯の外洋に広く分布し、大西洋・太平洋・インド洋・地中海で観察されます。沿岸型ではなく、水深1km以上の外洋深海域を主な生息地とする種です。目撃はほとんど大陸棚を離れた沖合で、船からの観察機会も限られる遠洋性のイルカです。東太平洋では1980年代に約15万頭と推定されました。ただし地域による差が大きく、地中海の推定資源量は数百頭ほどにとどまります。地中海個体群はかつて大西洋からの来遊個体と考えられていましたが、近年の研究で東地中海に小規模ながら定住個体群があることが明らかになってきました。
日本近海と沖縄美ら海水族館
日本近海では小笠原諸島・沖縄本島・南西諸島の外洋で観察例があり、遠洋を行くホエールウォッチング船で稀に目撃されます。飼育例はきわめて少なく、国内では沖縄美ら海水族館で保護個体の飼育が行われた記録がありました。世界的にも飼育例はごく少数で、米国のクリアウォーター海洋水族館などが数少ない例にあたります。外洋性で群れ行動が緊密なため、水族館での長期飼育には難しさもあると指摘されてきました。日本の追い込み漁(和歌山県太地町など)では、他のイルカ類に混じって年数頭が捕獲されることもあります。
保全と課題
IUCN軽度懸念だが情報は薄い
IUCNレッドリストでは軽度懸念(LC・2019評価)に分類され、世界的な絶滅リスクは低いとされています。ワシントン条約(CITES)では附属書IIに掲載され、国際取引の規制対象です。ただし遠洋性で目撃・調査の機会が少なく、多くの海域で正確な個体数や動向は把握されていません。おもな脅威は、マグロ延縄漁への混獲や日本の追い込み漁での捕獲です。ほかにも船舶航行への衝突、海洋汚染の生物濃縮などが挙げられます。頂点捕食者に近い位置にあるため、水銀や有機塩素系汚染物質が長期的に組織に蓄積する懸念も指摘されています。
関連ページ

参考
- Wikipedia (英語版)「Rough-toothed dolphin」(分類・形態・生態)
- IUCN Red List: Steno bredanensis(LC・2019評価)
- West, K. L., Mead, J. G., & White, W. (2011). “Steno bredanensis (Cetacea: Delphinidae).” Mammalian Species 43(形態・分類・生態総説)
- McGowen, M. R. et al. (2020). “Phylogenomic Resolution of the Cetacean Tree of Life.” Systematic Biology 69(Globicephalinaeへの再分類)


