ホッキョククジラ

ホッキョククジラの側面図・大きな頭とヒゲ板 鯨偶蹄目(クジラ・ウシなど)

ホッキョククジラは体長14〜18m・体重75〜100トンほどになる大型のヒゲクジラで、生涯を北極海で過ごす唯一のクジラです。体長の3分の1を占める巨大な頭で氷を割り、片顎に230〜360枚も並ぶヒゲ板は長さ4mを超え、現生のクジラで最長とされます。近年の研究では200年以上生きた個体が確認され、哺乳類でもっとも長生きの種と考えられています。かつての商業捕鯨で世界の4つの集団は激減しましたが、アメリカ・アラスカ沖の集団は約16,000頭まで回復しました。一方、オホーツク海や北大西洋の集団はまだ少なく、地域ごとに絶滅危惧の評価が分かれています。

スポンサーリンク

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
  • 下目:ヒゲクジラ下目 Mysticeti
  • 科:セミクジラ科 Balaenidae
  • 属:ホッキョククジラ属 Balaena(1属1種)
  • 種:ホッキョククジラ Balaena mysticetus

和名・英名

  • 和名:ホッキョククジラ/北極鯨
  • 英名:Bowhead whale(弓なりの口ゆえの名)/別名 Greenland right whale(グリーンランド・セミクジラ)

別名と名前の由来

英名の「Bowhead」は、横から見た口の輪郭が弓(bow)のように大きく反り上がっている姿からつけられました。学名 Balaena mysticetus は「クジラ」を意味するラテン語 Balaena と、ギリシャ語の「口ひげのある海の動物」に由来する mysticetus を組み合わせたものです。18世紀の分類学者リンネが命名した古い学名で、いまも変わらず使われています。同じセミクジラ科のセミクジラ類が Eubalaena 属3種にまとめられるのに対し、本種は独立した Balaena 属に置かれており、ヒゲクジラの仲間としても少し特別なグループにあたります。別名の「Greenland right whale」は、19世紀の欧米捕鯨で「right(獲るのに”ちょうどよい”)」クジラとされたことに由来し、当時の乱獲が名前にそのまま残ってしまっている呼び名です。

大きさ・生息などの基本データ

大きさ体長 14〜18m(最大約20m)/体重 75〜100トン
性的二型雌のほうが少し大きい
体色黒〜濃い青灰色/下顎の先だけ白く、成長とともに尾の付け根も薄くなる
頭部体長の約1/3を占める/頭骨が非常に厚く、氷を割ることができる
ヒゲ板片顎に230〜360枚/長さ最大4m超(現生クジラで最長)
皮下脂肪厚さ約43〜50cm(哺乳類でもっとも厚い部類)
分布北極海と隣接する寒帯の海(ベーリング海〜チュクチ海〜ボーフォート海/グリーンランド周辺/オホーツク海)
食性オキアミ・カイアシ類などの動物プランクトンを口で漉し取る(スキミング採餌)
寿命推定100〜200年以上(哺乳類で最長寿とされる)
保全状況IUCN 全体:LC(軽度懸念)/オホーツク集団:EN/スヴァールバル-バレンツ集団:EN(近年CRから改善)
ホッキョククジラの母子・空撮で2頭が並ぶ
NOAA Photo Library, Public domain, via Wikimedia Commons(空撮による母子)

200年以上生きる、哺乳類でもっとも長寿のクジラ

体に残された古い銛が示す年齢

ホッキョククジラの寿命が特別に長いと分かってきたきっかけは、体の中に残された古い道具でした。1990年代以降、アラスカで捕獲された個体から、19世紀後半に使われた古い銛(もり)の頭部が見つかるようになったのです。もっとも古い1点は1890年ごろに製造されたものと推定され、そのクジラは少なくとも110年以上生きていたことになります。

そこで研究者は、目の水晶体に含まれるアスパラギン酸というアミノ酸の変化を調べる方法で、直接年齢を推定しました。この方法で計測された個体には、200年前後と算出されたものが複数あり、なかには211歳と推定された雄も報告されています。哺乳類で確実に200年を超える寿命が示された種は、ほかにはいません。

ゆっくり生きる北極の生理

これほど長生きできる理由については、研究が進んでいる途中です。ゲノム解析では他のクジラと違う特徴が見つかっており、DNAの損傷を修復する遺伝子や、がんを抑える働きに関わる遺伝子が候補にあげられています。低い水温のなかで代謝をゆっくり保ちながら暮らす生活そのものも、寿命の長さにつながっていると考えられています。

雌の性成熟は25歳前後と、哺乳類のなかでもかなり遅い部類です。妊娠期間は13〜14ヶ月、出産の間隔は3〜4年に1度ほどとされます。1頭ずつゆっくり育てる繁殖のリズムも、200年という時間軸のなかで初めて意味を持ってきます。

頭で氷を割る、北極仕様の体

体長の1/3を占める巨大な頭

三角形にせり上がる上顎

本種の外見でまず目を引くのは、頭部の大きさです。頭部は体長のおよそ3分の1を占め、これはクジラのなかでも最大級の比率とされます。三角形にせり上がった上顎の内側には、口ひげのようにびっしりとヒゲ板が並び、口を閉じた姿は下から巨大な弓を突き上げているように見えます。

60cmの氷も割る厚い頭骨

頭骨は非常に厚く、丈夫にできています。実際、厚さ60cmほどの海氷であれば、頭を使って下から割って呼吸のための穴を開けることができると報告されています。氷に閉じ込められた仲間のために、大きな個体が集まって氷を割り、共有の呼吸孔を維持する行動も観察されています。

ホッキョククジラの線画・大きな頭とヒゲ板
F. W. True, Public domain, via Wikimedia Commons(Smithsonian収蔵図)

厚い皮下脂肪と背びれのない体型

体を覆う皮下脂肪は厚さ43〜50cmにもなり、これは哺乳類のなかでもっとも厚い部類です。マイナス数十度になる海氷の下でも体温を保てるのは、この分厚い断熱層があるおかげと考えられています。背びれがないつるりとした背中も、氷の下で泳ぐうえで引っかかりにくい形に落ち着いた結果とされます。

体色は基本的に黒〜濃い青灰色で、下顎の先だけが白く抜けています。成長するにつれて尾の付け根まわりも少しずつ色が薄くなっていくため、年を重ねた個体は「尾の白い模様の広さ」でおおよその年齢を推定できるとも言われます。

4m超のヒゲ板でこす、動物プランクトン

世界最長のヒゲ板

口の中に並ぶヒゲ板は、片顎で230〜360枚あります。1枚の長さは最長で4mを超え、現生のヒゲクジラでもっとも長いヒゲを持ちます。ヒゲの縁はブラシのように細かい毛状になっていて、小さな動物プランクトンを効率よくこし取れる構造をしています。

ゆっくり漉すスキミング採餌

採餌はセミクジラの仲間と同じ「スキミング(表層をなでるように泳ぎながら口を開けて漉す方法)」です。ザトウクジラのように大量の海水を一気に飲み込む「ランジフィーディング」はしません。口を半開きにしたまま、時速3km前後でゆっくりと氷の縁を泳ぎ、氷の下で密集するオキアミやカイアシ類を細長いヒゲに残していきます。

1日約100kgの少食

1日あたりの摂食量は約100kg前後と推定されており、体の大きさに比べれば少なめの数字です。冷たい海で代謝をゆっくり回しながら、少量の高栄養なプランクトンで生きる省エネ型の暮らしと言えます。

ヒゲ板と歴史的な価値

4mを超える長いヒゲ板は、19世紀にはコルセットの骨や傘の骨組みなどの工業原料として高値で取引されました。この工業的な価値の高さが、後述の商業捕鯨で乱獲を招いた大きな要因になっています。

生涯を北極海で過ごす、唯一のクジラ

「温帯へ渡らない」ヒゲクジラ

大型のヒゲクジラの多くは、夏に高緯度の海で採餌し、冬になると亜熱帯まで長距離を移動して子を育てます。ザトウクジラやコククジラの片道1万km前後の回遊がその代表例。ホッキョククジラだけはこの型に当てはまらず、生涯を北極海と隣接する寒帯の海で過ごすとされます。

季節による移動はしますが、それは「暖かい海に下る」動きではありません。海氷の広がりに合わせて北極圏のなかを行き来する動きです。夏は氷が退いた開放水面で採餌し、冬は海氷が張り出す縁沿いに移動するというリズムを繰り返しています。

ホッキョククジラの分布・北極海の周辺
Cephas, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

いまも独立した4集団

海氷ごとに分かれる4つの回遊圏

ホッキョククジラは、地理的に隔てられた4つの集団に分かれて暮らしていると考えられています。4集団の内訳は次のとおりです。

  • ベーリング-チュクチ-ボーフォート海集団(アラスカ沖)
  • 東カナダ-西グリーンランド集団
  • スヴァールバル-バレンツ海集団
  • オホーツク海集団

それぞれが海氷の分布に合わせた回遊圏を持ち、互いに交わることはほとんどないとされます。

集団ごとに違う個体数と評価

もっとも数が多いのはベーリング-チュクチ-ボーフォート海集団で、約16,000頭に達します。捕鯨前の水準に近づいたと評価されている集団です。一方、オホーツク海集団は約400頭にとどまり、スヴァールバル-バレンツ集団も1,000頭未満と見られています。この2つは地域集団としては絶滅危惧種(EN)に指定されています。

低い声で歌う、氷の下のコミュニケーション

季節ごとに入れ替わる歌

ホッキョククジラの発する声はとても多様で、ザトウクジラの「歌」と並ぶ研究対象になっています。冬から春にかけて、繁殖期のオスは複数の音節を組み合わせた「歌」を歌います。特徴的なのは、その歌のレパートリーが季節ごとに次々と入れ替わることです。ザトウクジラの歌が同じ海域では似た旋律で共有されるのに対し、ホッキョククジラの歌は個体ごとにバラつきが大きく、同じ冬でも何十種類もの歌が混じって聞こえるとされます。

氷の下でも届く低周波

音は低い周波数(20〜500Hz前後)が中心で、氷の下でも長い距離まで伝わります。海氷に閉ざされた真っ暗な世界で、離れた仲間の位置を知り、繁殖相手を見つけるための欠かせない手段になっていると考えられています。

捕鯨史と、先住民の暮らしの中のクジラ

19世紀の乱獲と、4集団の激減

狙われた油とヒゲ板

ホッキョククジラは、19世紀の欧米捕鯨で真っ先に狙われた種のひとつです。厚い皮下脂肪から大量に油が取れること、長いヒゲ板がコルセットや傘の骨などの工業原料として高値で売れたこと、そしてゆっくり泳ぐため帆船時代の捕鯨でも追いつけたことが理由でした。バスク人による北大西洋での捕鯨は16世紀から始まり、19世紀にはベーリング海まで捕鯨場が広がっています。

数十頭まで落ちた集団と1966年の禁猟

結果として、4集団のいずれも激減しました。スヴァールバル周辺では捕鯨前に25,000頭以上いたと推定される個体が、20世紀初頭には数十頭まで落ち込みます。1946年に国際捕鯨取締条約が結ばれ、1966年に商業捕鯨が全面禁止されて、ようやく回復の道筋がついたのが現在の状況です。

19世紀の捕鯨図・氷海でホッキョククジラを捕る帆船
Édouard Traviès, Public domain, via Wikimedia Commons(19世紀『博物図鑑』より)

アラスカ先住民の生存捕鯨

イヌピアット・ユピックの食文化

いっぽうアラスカのイヌピアット、ユピックの人々にとって、ホッキョククジラは何千年も前から食料と文化の中心にある動物です。1本の銛と皮舟で1頭を仕留めれば、集落の食料が長期間まかなえるうえ、頭骨や骨は住居や道具の材料にもなってきました。

IWCが認める先住民生存捕鯨の枠

国際捕鯨委員会(IWC)は、この歴史を踏まえて「先住民生存捕鯨」の枠を認めており、アラスカ先住民には年間67頭前後(複数年の合計上限を分割)を上限とした捕獲が許されています。管理はNOAA(アメリカ海洋大気庁)とアラスカ・エスキモー捕鯨委員会が担い、資源量の推定と捕獲頭数が毎年公開されています。集団の増加と伝統文化の維持が両立する数少ない事例として、他の絶滅危惧種の管理でも参考にされる仕組みです。

ホッキョククジラの全身骨格・トロント動物園
Silver Dovelet, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(Toronto Zoo)

いま直面している脅威

海氷の縮小と船舶の北上

ベーリング海の集団は数のうえでは回復傾向にありますが、ホッキョククジラの暮らしを揺るがす新しい問題もいくつか出てきています。北極海の海氷は近年急速に縮小しており、氷の下で採餌する本種の食物網や回遊のリズムが変わる可能性が指摘されます。船舶の航路が北極圏まで延びたことで、船とクジラの衝突事故や、船舶ノイズによる歌のかき消しも懸念されています。

長寿ゆえの汚染物質リスク

また、200年生きる長寿ゆえに、環境汚染物質が体内に長期間蓄積するリスクも高い種になります。北極圏に集まりやすい残留性有機汚染物質(POPs)や水銀の影響については、いまも継続的にモニタリングが進められています。

近縁のクジラたち

ホッキョククジラが属するセミクジラ科は、Balaena属1種と Eubalaena属3種(キタセミクジラ・タイセイヨウセミクジラ・ミナミセミクジラ)の合計4種だけの小さなグループです。体形は似ていますが、ホッキョククジラは頭の白いカロシティ(皮膚のこぶ)を持たない点で見分けられます。

関連

クジラ【総合】
クジラは、海にすむ大きな哺乳類です。地球でいちばん大きな動物、シロナガスクジラもこの仲間です。歯を持たず「ひげ」で食べるヒゲクジラと、歯で狩りをするハクジラの2つのグループに分かれます。イルカやシャチも、このクジラの仲間です。分類と学名分類...

参考

タイトルとURLをコピーしました