コククジラ

コククジラのブリーチング全身・灰色の体に白斑模様 鯨偶蹄目(クジラ・ウシなど)

コククジラは体長12〜15m・体重15〜35トンほどの大型ヒゲクジラで、他のクジラとは違う独立した科(コククジラ科)を単独で構成する種です。灰色の体一面にフジツボやクジラジラミがつき、白斑模様に見えるのが「gray whale」の名前の由来になっています。海底の泥をすくって底棲甲殻類を漉し取る「底ざらい採餌」は、ヒゲクジラ全体で見ても本種だけの独特な食べ方。北極域からメキシコ湾までの片道1万km前後を毎年往復し、動物界でも長距離を回遊する種として知られます。東太平洋の集団はほぼ回復してIUCN LC評価ですが、日本近海に来遊する西太平洋の集団は約200頭まで減り、絶滅危惧種(EN)に指定されています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
  • 下目:ヒゲクジラ下目 Mysticeti
  • 科:コククジラ科 Eschrichtiidae(1属1種)
  • 属:コククジラ属 Eschrichtius
  • 種:コククジラ Eschrichtius robustus

和名・英名

  • 和名:コククジラ/児鯨・克鯨
  • 英名:Gray whale / 別名 Devil fish(19世紀捕鯨業界の呼び名)

別名と名前の由来

英名の「Gray whale」は、灰色一色の体色にちなんだ素直な命名です。ただし成体の体表にはフジツボやクジラジラミが白斑のように張り付いており、単純な灰色というより「白斑まじりの灰色」に見えるのが実際の姿です。もう一つの英名「Devil fish(悪魔の魚)」は、19世紀にカリフォルニア沖で狙われた母親のクジラが、仔を守ろうと捕鯨ボートに反撃した気性の激しさから付けられた呼び名。今では西太平洋・東太平洋のどちらの集団も観光船に近寄ってくる「フレンドリー個体」で知られ、当時の呼び名とは真逆の印象を持たれています。学名 Eschrichtius robustus は、19世紀デンマークの動物学者 Daniel Frederik Eschricht にちなむ属名と、「頑丈な」を意味する種小名から成っています。1861年にドイツの博物学者リリェボリが原記載しました。和名の「コククジラ」は、成体が他の大型ヒゲクジラより小柄なことから「児(こ)鯨」と書いたのが起源とされます。

大きさ・生息などの基本データ

大きさ体長 12〜15m(最大約15.3m)/体重 15〜35トン
性的二型雌のほうがやや大きい
体色暗い灰色/白斑(フジツボ・クジラジラミ)が全身にちらばる
背びれなし(背中に低いこぶが6〜12個並ぶ)
ヒゲ板片顎に130〜180枚/短くて厚い(大型ヒゲクジラで最短の部類)
分布北太平洋(東:メキシコ↔ベーリング海/西:韓国沖↔オホーツク海)/北大西洋集団は絶滅
食性底棲アンフィポッド(端脚類)/海底の泥ごとすくう「底ざらい採餌」
遊泳速度巡航約5〜11km/h/回遊時は途中で止まらず泳ぎ続ける
潜水通常3〜15分/最大約170m
回遊距離片道 約8,000〜10,000km(往復1.6〜2万km・動物界最長級)
寿命約50〜80年(最長80年以上の記録あり)
世界個体数東太平洋 約2万頭(回復)/西太平洋 約200頭(絶滅危惧)
保全状況IUCN:軽度懸念(LC・種全体2018)/西太平洋亜集団:絶滅危惧種(EN)

灰色の体・フジツボと寄生虫の白斑模様

コククジラの頭部・フジツボと白斑模様
Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons(頭部スパイホップ)

フジツボと寄生虫が住みつく「動く岩」

コククジラの体表は、水面から見るとまるで岩に苔がついているような独特の見た目をしています。灰色の皮膚に、白い斑点・かさぶた状の斑・輪郭がはっきりしないシミが混じり、遠くから見ても他のクジラと見分けやすい特徴です。この白斑の正体は本種の体に住みつくフジツボ(Cryptolepas rhachianecti)とクジラジラミ(Cyamus 属)で、いずれも本種を宿主にしています。1匹のコククジラには約100〜200kgぶんもの寄生生物がついていると計測された記録もあり、体そのものが小さな生態系のようになっています。

背びれがない体・こぶの並ぶ背中

スパイホッピングするコククジラ・水面から頭を垂直に出す
Marc Webber (USFWS), Public domain, via Wikimedia Commons

コククジラのもう一つの特徴が、背びれがないことです。代わりに背中の後ろ半分に低いこぶ状の隆起が6〜12個ずらりと並び、その連なりが背骨の突起のように見えます。この隆起は「ナックル(knuckle)」と呼ばれ、他の大型ヒゲクジラには見られない体型上の目印です。水面から頭を垂直に出す「スパイホッピング」を行う姿もよく観察されており、ホエールウォッチングでは間近で観察できる愛想の良さでも知られています。

底ざらい採餌──ヒゲクジラで唯一泥からエサをすくう

コククジラのヒゲ板・短く厚い
David J. Stang, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

横向きで海底の泥をすくう

ベーリング海の海底で1日1トン

コククジラの採餌法は、大型ヒゲクジラでは本種だけの独特なスタイルです。水深数十メートルの浅い海底まで潜り、体を横向きに寝かせて口を開け、海底の泥ごと大量の底棲アンフィポッド(ヨコエビの仲間)をすくい取ります。多くの場合、体の右側を海底につけて泥を吸い込むため、頭の右側だけがすり減って白っぽく見える個体が多いのも特徴です。1日に食べる量は約1トン以上と推定され、夏のベーリング海・チュクチ海の海底で集中的に栄養を蓄えます。

短くて厚いヒゲ板

この食べ方に合わせて、コククジラのヒゲ板は他のヒゲクジラより短くて厚みがあります。片顎に130〜180枚と枚数も少なめで、大型ヒゲクジラのなかでは少なめです。長さも40〜50cmしかなく、シロナガス(1m)やセミクジラ(2〜3m)と比べると明らかに小型です。これは細かいプランクトンを漉すのではなく、泥からアンフィポッドという「大きめの獲物」を取り出すのに最適化された構造と考えられています。

海底に「食事跡」を残す

コククジラが底ざらい採餌をした跡は、海底に長さ2〜3mの浅い溝として残ります。この「食事跡」は水中カメラや潜水艇の調査で頻繁に確認されており、本種が特定の海域で毎年餌場として利用していることの証拠となっています。海底の泥を大規模に撹拌することで、海底の栄養循環にも影響を与える「生態系エンジニア」的な役割を果たしていると考えられており、他のヒゲクジラにはない生態的な特徴です。

片道1万kmの回遊──動物界で長い部類

コククジラのアラスカ周辺の分布・沿岸を中心とした主要生息域
Calliopejen, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(アラスカ周辺の分布)

東太平洋集団──メキシコとベーリング海の往復

2〜3ヶ月かけて片道1万km

東太平洋集団は、夏をベーリング海・チュクチ海(北極海の縁辺)で過ごし、冬をメキシコ・カリフォルニア半島のラグーナ(潟湖)で過ごす回遊を毎年繰り返します。片道の距離は約8,000〜10,000km。哺乳類のなかで長い部類にあたる回遊距離を持ち、雌は繁殖のために北極域からメキシコまで泳ぎ、そこで出産と授乳の初期を過ごします。この回遊は約2〜3ヶ月かけて行われ、途中ほとんど食事をとらずに進むことで知られています。

メキシコのラグーナ・フレンドリー個体

メキシコのラグーナ・オホ・デ・リエブレ、ラグーナ・サンイグナシオでは、母子コククジラが観光船に近寄ってくる「フレンドリー個体」の姿がよく知られています。かつて「Devil fish」と恐れられた同じ種が、現代では観光客に体を触らせるほど人に近づく姿を見せるようになったのは、200年で人と鯨の関係が大きく変わったことを示す一場面です。

西太平洋集団──日本近海に来遊する希少な200頭

サハリンと韓国沖の希少な集団

もう一つの西太平洋集団は、夏をオホーツク海のサハリン北東部で過ごし、冬に韓国沖・日本近海(本州太平洋岸)へ回遊すると考えられています。かつては絶滅寸前と考えられていましたが、近年の遺伝子研究で個体数はやや持ち直しつつあり、現在は約200頭とされます。ただし個体数がきわめて少ないため、絶滅危惧種(EN)の亜集団評価が続いている状況です。

日本近海の観察記録

日本近海でも小笠原諸島や伊豆・和歌山県沖で数年に一度の頻度で観察例が報告されており、江戸時代の捕鯨記録から日本沿岸が本種の重要な生息域だったことも分かっています。過去に「児鯨」の名で親しまれた本種が、いまも日本近海を訪れる姿は、伝統と現代の保全がゆるやかにつながっている場面ともいえます。

捕鯨史──北大西洋集団は絶滅

1874年のScammon画・氷海に集まるコククジラと捕鯨船
Charles Melville Scammon (1874), Public domain, via Wikimedia Commons

17〜18世紀の北大西洋集団の絶滅

コククジラはかつて北大西洋にも生息していました。しかし17〜18世紀のヨーロッパと北米東岸の捕鯨で北大西洋集団は絶滅し、現在は北太平洋にしか残っていません。2010年以降、北大西洋(地中海・ナミビア沖など)で本種と思われるコククジラの目撃例がいくつか報告されるようになり、気候変動で溶けた北極の氷を経由して北太平洋から北大西洋へ「再進出」した可能性が指摘されています。数百年ぶりの北大西洋での観察例として注目されている段階です。

19世紀のカリフォルニア湾での大量捕獲

19世紀にはメキシコの繁殖ラグーナで、母子のコククジラが捕鯨船から集中的に狙われました。母親が仔を守ろうと反撃する気性の激しさから「Devil fish(悪魔の魚)」の名で恐れられた一方で、繁殖地に集まる母子は逃げ場が少なく、東太平洋集団も一時的には絶滅寸前まで追い込まれました。国際捕鯨委員会(IWC)は1946年に本種を全面保護対象とし、その後の東太平洋集団は約2万頭まで回復しました。大型鯨類の保護が成功した数少ないケースとして、ザトウクジラと並ぶ回復事例として知られています。

保全と現状

IUCNレッドリストは種全体として軽度懸念(LC・2018)に分類していますが、西太平洋亜集団は絶滅危惧種(EN)と別評価となっています。CITES附属書I・IWC全面保護対象で、国際的な保全枠組みは整っています。主な脅威は大型船舶との衝突と漁具混獲。加えて海洋騒音や、気候変動による餌のアンフィポッドの分布変化も懸念されています。北大西洋集団の再出現が「回復」なのか、単なる迷入なのかは今後の観察が明らかにする段階です。日本近海への来遊も続いており、西太平洋集団の再建が今後の課題として残されています。

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