クアッガ

クアッガ Equus quagga quagga(1863-72頃ロンドン動物園) 哺乳類

クアッガは、南アフリカのカルー地方に生息していたサバンナシマウマの亜種で、頭と首だけが縞模様・下半身はほぼ茶褐色一色という独特の姿を持っていました。前半身はシマウマ・後半身はウマのようにも見える中間的な外見から、19世紀の入植者を強く惹きつけた動物です。乱獲と生息地の縮小により1878年に野生の最後の個体が消え、1883年8月12日にアムステルダムのアルティス動物園で最後の飼育個体(雌)が死亡して絶滅しました。1987年からは南アフリカで選択的育種による復元プロジェクト「Quagga Project」が続いており、Rau quagga と呼ばれる復元個体群が誕生しています。

スポンサーリンク
  1. 分類と学名
    1. 分類階層
    2. 和名・英名
    3. 別名・学名の由来
      1. 「クワッガ」──鳴き声を写した名
      2. 独立種から亜種へ──分類の変遷
  2. 大きさ・分布などの基本データ
  3. 見た目の特徴──前半身に集中する縞
    1. 頭・首の明瞭な縞と下半身の茶褐色
      1. 前後で消えていく縞
      2. 白い脚と上半身に残る縞
    2. 多型と地域差
      1. 個体差の大きさ──ほぼ縞なしから広範囲まで
      2. 南部バーチェルとの連続的な移行
    3. 立ちたてがみと背中の縦帯
      1. 茶と白の縞が交互に入ったたてがみ
      2. 厚い冬毛と首の垂れ肉なし
  4. 縞模様の意味──後ろ半分に縞がない理由
    1. サシバエ回避説(有力)
      1. 縞模様の対吸血虫効果
      2. カルー地方は吸血ハエが少なかった
    2. 種認識説と体温調節説
      1. 種認識マーク説と体温調節説
      2. カルー地方の環境と遺伝的浮動の可能性
    3. 「白地に縞」というRau博士の見解
      1. 「暗地に薄い縞」に見えるのは錯覚
      2. 「クリーム地に濃く太い縞」の主張
  5. カルー地方の生態
    1. 30〜50頭の群れと線状の移動
      1. 「キャラバンのような隊列」ハリス1840
      2. オレンジ川南側の内陸乾燥草原に限定
    2. ヌーとダチョウとの共生
      1. オジロヌーとダチョウとの三種混合群
    3. 雌が雄より大きい特殊なプロポーション
      1. 現生シマウマとは逆の性差
  6. 絶滅の経緯──1878年に野生最後
    1. 「捕獲の容易さ」ゆえの標的
      1. 皮と肉のための大量狩猟
      2. 家畜化候補としての熱狂とLord Mortonの実験
    2. 1850年代までに大半が消失
      1. 1878年 野生最後の1頭
      2. 「カラハリにまだいる」という楽観と遅れた保護
    3. 1883年8月12日 アルティス動物園
      1. ロンドン1872・ベルリン1875・アルティス1883
      2. 絶滅と気づかず「後任を発注」した動物園
  7. 5枚の写真──ロンドン動物園のメス
    1. 1863〜1870年の稀少な生前写真
      1. フランク・ハースとヨークの5枚
    2. 2022年に発見された1864年ステレオ写真
      1. フリッチュが南アフリカ現地で撮った1864年
  8. 剥製標本と残された記録
    1. 世界に残る23体の剥製
      1. 成獣・幼獣・胎児まで23体・骨格7体
      2. ベルリン・スコットランド・パリ・バーゼルが主要収蔵先
    2. ライデンの「最後の1頭」とオオウミガラス
      1. ライデン・ナチュラリスに収蔵
      2. 1988年オランダ発行の記念切手
  9. Quagga Project──選択的育種による復元
    1. 1987年 Reinhold Rau博士が開始
      1. ナミビアと南アフリカから19頭を選抜
      2. Rau博士の死後もケープタウンで継続
    2. 「Rau quagga」の誕生(1988年)
      1. 1988年12月9日 最初の子・2005年「ヘンリー」
      2. 第3〜4世代で19世紀の写真に近い姿
    3. 復元と本物の違い
      1. 遺伝的な同一性はない
      2. ゲノム編集復元との対比
  10. 日本文化とクアッガ
    1. 児童書・図鑑・アニメでの登場
      1. 「人間が滅ぼした動物」の代表として
      2. 『けものフレンズ』などでの再登場
  11. 関連ページ
  12. 画像出典
  13. 参考

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:奇蹄目 Perissodactyla
  • 科:ウマ科 Equidae
  • 属:ウマ属 Equus
  • 種:サバンナシマウマ Equus quagga
  • 亜種:クアッガ Equus quagga quagga(絶滅)

和名・英名

  • 和名:クアッガ/別表記:クワッガ、文馬(明治期の翻訳語)
  • 英名:Quagga

別名・学名の由来

「クワッガ」──鳴き声を写した名

クアッガ(またはクワッガ)という名は、この動物の鳴き声「クーアッハクーアッハ」を写したものです。南アフリカ先住民のコイサン語に由来し、ヨーロッパ人はそのまま英名として受け入れました。1785年の記録には「クアッガの鳴き声はロバとはかなり違っており、マスティフ犬の吠え声に近い」とあり、通常のシマウマとは声色が違ったと記されています。学名 Equus quagga quagga はオランダの博物学者ボダートが1785年に命名した二名の系譜を今に伝えるもので、亜種名までqの音が重なる珍しい構成です。

独立種から亜種へ──分類の変遷

クアッガは長らく独立種 Equus quagga とされてきましたが、1980年代以降のDNA解析により、現生のサバンナシマウマの一亜種と確定しました。この結果に伴い、サバンナシマウマ全体の学名は Equus quagga とされ、その中の絶滅亜種がクアッガ Equus quagga quagga・現生の亜種がバーチェルシマウマ E. q. burchellii などという形に整理されました。2018年の集団遺伝学的研究では、クアッガはナミビアの現生集団と遺伝的に最も近く、南部集団と連続的につながる存在だったと示されました。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ体長 約257cm・肩高 約125〜135cm/雌がやや大きい
分布(かつて)南アフリカ共和国のカルー地方(現在のノーザンケープ・イースタンケープ・ウェスタンケープ州およびフリーステート州)
生息環境乾燥した草原・低木林(カルー植生)
寿命飼育下で最長21年4か月の記録あり
保全状況IUCN: EX(絶滅・1883年)

見た目の特徴──前半身に集中する縞

クアッガの現代着色画(雌雄)
Hogyncymru, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

頭・首の明瞭な縞と下半身の茶褐色

前後で消えていく縞

クアッガの最大の特徴は縞模様の分布です。頭部と首には現生のシマウマと同じく茶褐色と白のはっきりした縞があり、これが胴体前半にかけて次第に薄くなっていきます。背中と側面は赤みを帯びた茶褐色一色になり、腹部と後半身では縞が完全に消えていました。

白い脚と上半身に残る縞

脚と足の付け根、尾はほぼ白く、頭部の縞と対をなす形で下半身の淡さが際立ちます。まるで「頭だけシマウマ・胴体はウマ」の合成のような姿に見えたため、19世紀の入植者や博物画家たちに強い印象を残しました。当時のヨーロッパの画家は、この特異な配色を強調した博物画を数多く描いています。

多型と地域差

クアッガの古典博物図版(Lankester 1905)
Lankester, Edwin Ray (Extinct animals, 1905), Public domain, via Wikimedia Commons

個体差の大きさ──ほぼ縞なしから広範囲まで

クアッガの縞パターンには個体差が大きく、ほとんど縞のない個体から、絶滅した南部バーチェルシマウマ集団のように背中以外の広い範囲に縞のある個体まで存在したことが分かっています。

南部バーチェルとの連続的な移行

2004年の形態学的研究では、剥製標本のなかにクアッガと南部バーチェルシマウマの中間的な縞を持つ個体もあり、両者は連続的に移行していたと結論づけられました。現代の剥製の中には、位置データが失われているためどちらの亜種か決められないものもあります。

立ちたてがみと背中の縦帯

茶と白の縞が交互に入ったたてがみ

たてがみは首の上に立ち上がるように生え、茶褐色と白の縞が交互に入っていました。背中の中央には尾根にそって幅広い黒褐色の背中線(背筋帯)が走り、これが縞模様の消えた下半身の中でよく目立っていたといいます。

厚い冬毛と首の垂れ肉なし

カルー地方の冬は寒く、クアッガは他のサバンナシマウマより厚い冬毛を発達させ、年に一度換毛していました。他のプレーンズゼブラと同じく、ヤマシマウマにあるような首の垂れ肉(デューラップ)はありません。

縞模様の意味──後ろ半分に縞がない理由

サシバエ回避説(有力)

縞模様の対吸血虫効果

シマウマの縞模様が何のためにあるかは長年の謎で、クアッガの部分的な縞消失もその中で議論されてきました。2014年の研究では、白黒の縞模様はサシバエ(吸血性のツェツェバエやアブ類)を寄せ付けにくくする効果があると強く支持されています。縞が視覚を撹乱してハエの着地を難しくするというメカニズムで、実験的にも縞のある表面には吸血ハエが集まりにくいことが示されました。

カルー地方は吸血ハエが少なかった

クアッガが生息していたカルー地方は乾燥した草原・低木林で、ほかのシマウマの生息域よりも吸血性のハエの活動が少なかったとされます。その結果、縞を維持する選択圧が弱まり、後ろ半分から縞が消えていった可能性が指摘されています。同じ理屈で、クアッガより北方に住むサバンナシマウマの現生亜種は依然として全身の縞を保っている点も整合的です。

種認識説と体温調節説

種認識マーク説と体温調節説

他の仮説には、混群になったときに同種を素早く見分けるための「種認識マーク」説や、白黒の対流で体表を冷やす「体温調節」説などがあります。ただし体温調節説は、同じような気候のヤマシマウマがはっきりした縞を持つ点で説明が難しいとされ、決定打には至っていません。

カルー地方の環境と遺伝的浮動の可能性

カルー地方の乾燥・寒冷という環境そのものが、クアッガに縞を薄める方向の遺伝的浮動を働かせた可能性も提示されています。強い選択圧というより、環境の緩和と偶然の積み重ねが縞を薄めていったという解釈です。

「白地に縞」というRau博士の見解

「暗地に薄い縞」に見えるのは錯覚

後述する Quagga Project を主導したドイツの博物学者ラインホルト・ラウ博士は、クアッガの縞について興味深い見解を残しています。当時の写真や記録から「クアッガは他のシマウマと違って暗地に薄い縞に見える」と言われてきました。

「クリーム地に濃く太い縞」の主張

しかしラウ博士はこれを錯覚と主張し、「地色はクリーム色で、その上に濃く太い縞が入っている」と反論しました。実際に復元個体の被毛でこの見立てを確かめる研究も続けられています。

カルー地方の生態

1870年 ロンドン動物園のクアッガ
Frank Haes, Public domain, via Wikimedia Commons

30〜50頭の群れと線状の移動

「キャラバンのような隊列」ハリス1840

クアッガは30〜50頭ほどの群れをつくり、長い列を作って移動する姿がしばしば記録されました。イギリスの軍人で狩猟家でもあったウィリアム・コーンウォリス・ハリスは1840年の記録で「地平線を横切ってゆっくり進む列は、まるでキャラバンの隊列を思わせた」と書き残しています。

オレンジ川南側の内陸乾燥草原に限定

オレンジ川の南側、南アフリカ内陸の乾燥草原がおもな生息地で、より北の地域には広がらなかったとされます。分布域そのものが狭く限定されていたことが、後の絶滅の速さにもつながりました。

ヌーとダチョウとの共生

オジロヌーとダチョウとの三種混合群

クアッガはほかのシマウマ類と交わることはあまりなく、代わりにオジロヌー(当時は普通に分布していた)とダチョウの群れと連れ立って移動する姿が繰り返し観察されています。とくにダチョウとの結びつきは強く、ハリスの記録には「ダチョウの群れと行動を共にすることをことのほか好んだ」と記されています。カルー地方の草原では、この三種混合の群れが一つの景観だったといえます。

雌が雄より大きい特殊なプロポーション

現生シマウマとは逆の性差

現生のプレーンズゼブラでは雄の方が大きい種が多いですが、クアッガは雌の方が体長・体高ともわずかに大きいという逆パターンでした。2020年の研究では、寒冷で乾燥したカルー高原の環境で妊娠・授乳期間の長い雌が食物を貯めやすくするための適応、あるいは氷期を経た孤立の中で働いた遺伝的浮動の結果ではないかと考察されています。

絶滅の経緯──1878年に野生最後

「捕獲の容易さ」ゆえの標的

皮と肉のための大量狩猟

クアッガは17世紀にオランダ人が南アフリカに入植した頃から、肉と皮を目的に大量に狩られてきました。肉は食用として奴隷や労働者に配られ、皮は靴・革袋・鞭・帯革などに加工されて売買されたと知られています。限られたカルー地方にしか分布しない亜種だったため、地域集中の狩猟圧は個体数減少を加速させます。地元の農民の中には家畜の見張り役として飼育した例もありましたが、大規模な保護意識はほとんど働かなかったといえます。

家畜化候補としての熱狂とLord Mortonの実験

クアッガは他のシマウマ類より従順で、家畜化に最も適した「シマウマ」として19世紀のヨーロッパで注目を集めました。1843年、イギリスの博物学者チャールズ・ハミルトン・スミスは「クアッガは強さと従順さの両面で、間違いなく最良の家畜化候補である」と記しています。ロンドンでは2頭の雄が二輪馬車を引く実験に使われ、また第16代モートン伯爵ジョージ・ダグラスは1820年、雄のクアッガと雌のアラビア馬を交配させて雑種を作りました。この雑種は縞模様を持ち、後にダーウィンが「パンジェネシス(汎生説)」に触れる根拠にも使われた歴史があります。

Lord Mortonの雑種メス(クアッガ×アラビア馬)Agasse 1821
Jacques-Laurent Agasse, Public domain, via Wikimedia Commons

1850年代までに大半が消失

1878年 野生最後の1頭

1850年代にはすでにクアッガの分布は大幅に縮小しており、かつての群れは目に見えて減っていました。1870年代後半には野生の生息地はオレンジ自由国のごく一部に限られ、1878年に野生の最後の個体が射殺されたと記録されています。

「カラハリにまだいる」という楽観と遅れた保護

当時の狩猟家や植民地当局には「絶滅」の危機意識がまだ薄く、南アフリカのカラハリ内陸に行けばまだ見つかるだろうと信じられていました。この楽観が保護行動を遅らせ、決定的な保護策は取られませんでした。

1883年8月12日 アルティス動物園

ロンドン1872・ベルリン1875・アルティス1883

飼育下では、ロンドン動物園の個体が1872年、ベルリン動物園の個体が1875年に相次いで死亡していました。最後まで残ったのは、アムステルダムのアルティス動物園(Natura Artis Magistra)で飼育されていた1頭の雌です。1867年5月9日に園にやって来たこの個体は、1883年8月12日に死亡しました。

絶滅と気づかず「後任を発注」した動物園

当時、動物園はその死を種の絶滅とは認識しておらず、後任のクアッガを別途取り寄せようと業者に依頼したといいます。地元では「クワッガ」がシマウマ全般を指す通称でもあったため、混同が起きていた可能性が指摘されています。

5枚の写真──ロンドン動物園のメス

1863〜1870年の稀少な生前写真

フランク・ハースとヨークの5枚

生きたクアッガを撮影した写真として長く知られてきたのは、ロンドン動物園で飼育されていた1頭の雌を1863年から1870年の間に撮影した5枚だけです。撮影者はイギリスの写真家フランク・ハースとフレデリック・ヨークで、初期写真術の草創期に残されたこれらの画像は、絶滅した哺乳類の生体を伝える一級資料として今も参照されています。ロンドンの個体は1872年に園内で死亡しており、その11年後にはこの亜種そのものが姿を消しました。

2022年に発見された1864年ステレオ写真

フリッチュが南アフリカ現地で撮った1864年

2022年、それまで知られていなかった生きたクアッガの写真が新たに見つかり、話題を呼びました。ドイツの人類学者グスタフ・テオドール・フリッチュが1864年4月8日、南アフリカのオレンジ自由国「クアッガフォンテイン」という農場で撮影したステレオ写真で、飼育下ではなく現地で撮られた点で稀有な資料です。これがクアッガかバーチェルシマウマかを巡って議論もありましたが、動物学者らは縞のパターンなどからクアッガであると2021年に支持しています。

剥製標本と残された記録

スコットランド国立博物館のクアッガ剥製
FunkMonk, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

世界に残る23体の剥製

成獣・幼獣・胎児まで23体・骨格7体

現在、世界には合計23体のクアッガの剥製標本が残されています。内訳は成獣・幼獣・仔獣・胎児のほか、頭頸部だけの標本や骨格7体、皮膚・組織のサンプルなどです。ドイツのケーニヒスベルクに1体あった標本は第二次世界大戦で失われ、いくつかの骨は行方不明になりました。

ベルリン・スコットランド・パリ・バーゼルが主要収蔵先

ベルリン自然史博物館・スコットランド国立博物館・パリ国立自然史博物館・バーゼル自然史博物館などが主要な収蔵先で、日本を含むアジアの博物館には残されていません。北半球の欧州の博物館に集中しているのは、19世紀の植民地時代に採集された標本がそのまま残っているためです。

クアッガの骨格標本(ロンドンGrant Museum of Zoology)
Emőke Dénes, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ライデンの「最後の1頭」とオオウミガラス

ライデン・ナチュラリスに収蔵

アムステルダム・アルティス動物園で1883年に死亡した最後の1頭は、剥製にされてオランダのライデンにあるナチュラリス生物多様性センターに収蔵されています。特別展示の際に公開されることがあり、同じ人為絶滅の代表例であるオオウミガラスの標本と並べて展示された写真も残されています。

1988年オランダ発行の記念切手

1988年、オランダ政府はこの個体をあしらった記念切手を発行し、絶滅の教訓を国民に伝えました。国家的な記憶としてクアッガを残す試みの一つといえます。

Quagga Project──選択的育種による復元

Rau Quagga(南アフリカ・デビルズピーク)
Oggmus, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

1987年 Reinhold Rau博士が開始

ナミビアと南アフリカから19頭を選抜

クアッガとサバンナシマウマが同種であることが1980年代に判明したのを受けて、ドイツ出身の博物学者ラインホルト・ラウ博士は1987年、南アフリカで「Quagga Project」を立ち上げました。ナミビアと南アフリカから縞の少ない個体19頭を選び、選択的育種によって「クアッガ型」の縞パターンを持つシマウマを増やしていく計画です。

Rau博士の死後もケープタウンで継続

Rau博士は2006年に亡くなりましたが、プロジェクトはケープタウンに事務局を置き、現在も研究者と農場が協力して続けられています。40年近い長期プロジェクトとして、複数世代にわたる選抜が積み重ねられてきました。

「Rau quagga」の誕生(1988年)

1988年12月9日 最初の子・2005年「ヘンリー」

プロジェクトの最初の子は1988年12月9日に生まれ、以後クアッガに似た縞模様の個体は着実に増えていきました。2005年1月20日には「ヘンリー」と名付けられた個体が誕生し、以後プロジェクトで生まれた復元型は「Rau quagga(ラウ・クアッガ)」と呼ばれるようになります。

第3〜4世代で19世紀の写真に近い姿

第3世代・第4世代あたりから、19世紀の写真や剥製と外見的にはほぼ同じレベルの個体が生まれ始めました。カルー国立公園などの保護区で群れが維持されており、将来的にはクアッガの元の生息地に放獣する計画も検討されています。

復元と本物の違い

遺伝的な同一性はない

ただし、Rau quagga は遺伝的に元のクアッガと同一というわけではありません。あくまで現生シマウマから縞パターンを選抜して外見を似せた個体であり、絶滅したクアッガのDNAをそのまま復元したものではないためです。「復元と称するのは行き過ぎではないか」という批判もあり、選択的育種のブリーディングバックには倫理面の議論が付きまといます。

ゲノム編集復元との対比

マンモスやフクロオオカミで進められているゲノム編集による復元とは別方向のアプローチであり、両者はしばしば比較されます。選択的育種は倫理的ハードルが低く実現しやすい反面、遺伝子までは戻せないという限界があります。

日本文化とクアッガ

児童書・図鑑・アニメでの登場

「人間が滅ぼした動物」の代表として

日本ではクアッガは、リョコウバト・ドードー・フクロオオカミと並ぶ「人間が滅ぼした動物」の代表として、児童書や図鑑で取り上げられてきました。今泉忠明監修の絶滅動物図鑑シリーズや小学館NEO『危険生物』などでも紹介され、環境教育の題材として学校現場でも扱われています。

『けものフレンズ』などでの再登場

近年ではアニメ『けものフレンズ』にもクアッガをモチーフにしたキャラクターが登場し、絶滅動物として若い世代の関心を集めるきっかけになりました。姿を消して140年以上経った今も、外見の独特さと復元プロジェクトの物語性から、絶滅動物の「顔」として繰り返し登場する存在です。

関連ページ

ハーストイーグル
ハーストイーグル(学名 Hieraaetus moorei)は、ニュージーランド南島に固有だった世界史上最大の鷲です。雌の体重は 10〜18kg、翼開長は 2.6〜3m に達し、鋭い爪で自分の 15 倍の体重にもなるモアを仕留めていました。...
ドエディクルス
ドエディクルスは・更新世末まで南米パンパの草原を歩いていた巨大な絶滅アルマジロ類で・体長 3.6m/体重 1.4〜2 トン級とグリプトドン類のなかで最大級の一角を占めます。もっとも目立つのは、体長 1m ほどの硬い骨の管に太いトゲを並べた棍...
ケサイ
ケサイ(学名 Coelodonta antiquitatis)は、更新世末までユーラシア北部の広大な氷期草原「マンモスステップ」に暮らしていた大型のサイです。全身を厚い毛皮で覆い・鼻先には最大 1.35m にもなる長い角と・そのうしろに小さ...
オオツノジカ
オオツノジカ(学名 Megaloceros giganteus)は、更新世末までユーラシア北部に分布していた巨大なシカです。両側に広げた角の幅は最大で 4.26m・角そのものの重さは 40kg にもなり、シカ科の中でもっとも大きな角を持った...
タイワンウンピョウ
タイワンウンピョウは、かつて台湾島の照葉樹林に暮らしていた小型のヒョウの仲間で、大陸のウンピョウよりも尾がやや短いことから 1862 年に Leopardus brachyurus と原記載された台湾固有の集団です。台湾原住民ルカイ族・パイ...
カロライナインコ
カロライナインコは、かつて北米東部の森を群れで舞っていた鮮やかな緑・黄・赤のインコです。北米大陸で唯一の在来インコで、雪の積もる冬でも群れで越冬する「もっとも北に暮らしたオウム目」でもありました。しかし森林伐採と帽子の羽飾り需要、そして仲間...
ニホンカワウソ
ニホンカワウソは、かつて北海道から九州まで日本の川や海岸に広く暮らしていた日本固有のカワウソです。江戸時代までは全国どこにでも見られた身近な水辺の獣で、河童伝説の原型とも言われました。しかし毛皮乱獲と水質悪化が重なって20世紀後半に姿を消し...
グリプトドン
グリプトドンは、南米に暮らした車ほどもある巨大なアルマジロの絶滅種です。頭から尾までを覆うドーム状の背甲・約2mの体長・1〜2トンにおよぶ体重で知られ、約1万年前の更新世末に姿を消しました。名前は「彫られた歯」を意味し、ダーウィンと同時代の...
ダイアウルフ
ダイアウルフは、およそ12万5000〜1万年前の南北アメリカ大陸に生息した大型のイヌ科肉食獣で、和名では「ダイアオオカミ」とも呼ばれます。長らく現生のタイリクオオカミ(Canis lupus)に近い種としてCanis属に分類されてきましたが...
ホモテリウム
ホモテリウムは、およそ500万〜1万年前にユーラシア・アフリカ・北米・南米の4大陸に生息した剣歯猫の属で、俗称「シミターキャット(Scimitar cat)」の名で知られます。同じ剣歯猫のスミロドンより小柄でハイエナに似た体型を持ち、犬歯も...
メガテリウム
メガテリウムは、およそ500万〜1万年前の南アメリカ大陸に生息していた地上性ナマケモノの巨大属で、和名では「大懶獣(だいらんじゅう)」または「オオナマケモノ」と呼ばれます。全長5〜6m・体重3〜4トンとアジアゾウに匹敵する巨体を持ちながらナ...
スミロドン
スミロドンは、およそ250万年前〜1万年前の更新世に南北アメリカ大陸に生息していた大型の剣歯猫の属で、日本では「サーベルタイガー」の名で広く知られています。上顎から下向きに突き出た長さ28cmにも達する犬歯と頑丈な前肢が特徴です。大型草食獣...
ジャワトラ
ジャワトラは、インドネシアのジャワ島だけに生息していたトラの亜種で、1980年代に絶滅したとされます。バリトラよりやや大きく、スマトラトラと同程度の小型のトラで、雄でも体重100〜141kg程度でした。20世紀前半のジャワ島では急激な人口増...
バリトラ
バリトラは、インドネシアのバリ島だけに生息していたトラの亜種で、世界最小のトラとして知られていました。全長は雌でも211cm、体重100kg前後と、大陸のベンガルトラやアムールトラの半分ほどしかない小型のトラです。オランダ植民地時代のスポー...
カスピトラ
カスピトラは、かつてカスピ海沿岸のカフカスからアラル海周辺・イラン・アフガニスタン・中国新疆までの中央アジア一帯に分布していたトラの亜種です。体重200kgを超え、狭く数の多い縞と冬の長い頬毛を持つ独特の風貌で知られました。19世紀後半から...
フクロオオカミ
フクロオオカミは、オーストラリアのタスマニア島に生息していた有袋類の大型肉食獣です。「袋を持つオオカミ」として収斂進化の代表例に挙げられ、背中の15〜20本の縞から「タスマニアタイガー」の別名でも知られてきました。かつてはオーストラリア大陸...
リョコウバト
リョコウバトは、かつて北アメリカ大陸に約50億羽が生息していたとされる、鳥類史上もっとも多い鳥の一つでした。渡りの群れが空を覆い、太陽の光を数時間さえぎるほどだったといいます。しかし19世紀の商業狩猟と森林伐採により個体数は激減し、1914...
マンモス
マンモスは、氷河期のユーラシアと北アメリカに広がっていたゾウの仲間です。恐竜が絶滅してから6,000万年以上あとに現れ、人と同じ時代を生きました。最後の群れは、エジプトにすでにピラミッドが建っていたころまで北極海の島に残っていました。分類と...
ステラーカイギュウ
ステラーカイギュウは、かつて北太平洋のベーリング海にすんでいた、体長9mにもなる巨大な海の哺乳類です。ジュゴンやマナティーの仲間で、海藻を食べておだやかに暮らしていました。1741年に博物学者ゲオルク・シュテラーが発見しましたが、それからわ...
ニホンオオカミ
ニホンオオカミは、かつて本州・四国・九州の山々にすんでいた、日本固有のオオカミです。オオカミの中でもいちばん小さい仲間の一つで、1905年を最後に姿を消し、絶滅しました。「大口真神(おおぐちのまがみ)」として神さまのように敬われた、日本人に...

画像出典

参考

タイトルとURLをコピーしました