ヌマチチブは日本の川や湖の石の下に住むハゼの仲間です。よく似たチチブと長く同じ魚とされ、別種として名前が付いたのは1972年でした。今では各地の湖へ運ばれた国内外来種としても知られます。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:条鰭綱 Actinopterygii
- 目:スズキ目 Perciformes
- 科:ハゼ科 Gobiidae
- 属:チチブ属 Tridentiger
- 種:ヌマチチブ Tridentiger brevispinis
和名・英名
- 和名:ヌマチチブ
- 英名:定まった英名は無く、Numachichibu とローマ字で記されます
- 学名の記載者:Katsuyama, Arai & Nakamura, 1972
※ 目と科の置き場所は資料によって違います。上の階層は分類データベースGBIFに合わせました。近年の分類ではハゼ目 Gobiiformes・オクスデルクス科 Oxudercidae に置く資料もあります。
チチブと同じ魚とされていた時代
この魚は元々チチブと同じ種と考えられていました。別の種として整理されたのは1972年で、日本の魚としてはかなり新しい記載です。チチブが河口の汽水域(海水と川の水がまじる場所)にも多いのに対し、こちらはより淡水側に多く、両者は棲み分けていると整理されています。ただし互いの側に現れる例もあります。
別種になった今も両者は現場でまとめて扱われることが多い魚です。日本語版Wikipediaは「学術的な調査等を除けば区別されないことが多い」と書いています。高知県では成魚をまとめて「チチブ」と呼び、幼魚を「ゴリ」と呼びます。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 15cmほど(最大記録を11cmとする資料もある) |
|---|---|
| 体重 | 記録として13.95g |
| 分布 | サハリン・北海道から九州、朝鮮半島、中国大陸 |
| 生息環境 | 川の汽水域から中流域、汽水湖、ため池 |
| 産卵期 | 春から夏 |
| 食べ物 | 雑食性。付着藻類や小さな動物 |
| 保全状況 | IUCN: LC(軽度懸念)2020年評価 |
胸びれのつけ根で見分ける
チチブとヌマチチブは体つきも色もよく似ています。並べても迷う相手ですが、見る場所を決めておくと判断できます。

帯の中を走る橙赤色の線
見分けに使われるのは胸びれのつけ根です。ヌマチチブではここに横帯があり、その中を橙赤色の線が何本も不規則に走ります。チチブの帯にはこの線が入りません。
ただし繁殖期に色が変わった雄では体が黒くなり、帯も見えにくくなります。この時期に出る色を婚姻色といいます。未成魚や雌のほうが確かめやすい特徴です。
体つきに出るチチブとの違い

等間隔に並ぶ背中の小斑点
背中側の小さな斑点が等間隔に並ぶことも、チチブとの違いに挙げられます。頭の側面には白くて大きい斑点がまばらに散ります。背びれのうち前側のひれには、暗い赤色の線が前後方向に2〜3本入ります。いちばん上の1本はひれの高さの半分あたりを走ります。
体色そのものは当てになりません。普段は暗い色ですが、斑紋が消えて幅の広い暗色の横帯が現れることもあります。
全長15cmはチチブの倍近い
大きさも違います。ヌマチチブは全長15cmほどでボールペン1本と同じくらい、チチブは8cmほどです。ただし資料が見分けの特徴として挙げるのは、胸びれのつけ根と、尾のつけ根の細さのほうです。
尾のつけ根はチチブやナガノゴリより細い傾向があります。この部分を尾柄といいます。日本の淡水域で見られるチチブ属は、この2種にヌマチチブを加えた3種です。
岩と倒木の多い緩い流れに住む

杭と小石の底がある緩い流れ
汽水域から中流域にかけて広く見られ、汽水湖やため池にも入ります。好むのは岩・倒木・杭のような硬いものがある場所や、小石が敷き詰められた底です。流れの速い場所より、流れの止まった水や緩やかな流れに多く見られます。
隠れ場所に縄張りを作って暮らします。チチブとは分布域が重なっています。
付着藻類からバスの卵まで
食べ物は雑食性で、石に付いた藻類が中心になります。動物も食べ、自分より小さいものは積極的に狙います。
変わった行動も記録されています。日本で特定外来生物に指定されているオオクチバスの産卵床へ入り込み、その卵を食べることがあります。
石の裏に作る産卵室

首を振って鳴く雄
産卵期は春から夏です。雄は石の下などに産卵室を作り、そこへ雌を誘い入れます。
求愛の最中、雄は首を振りながらよく鳴きます。誘われた雌は体が白っぽくなります。声を出す魚は珍しくありませんが、この魚では鳴き声と首振りが一組で記録されています。
天井に産み付けられる卵
雌は産卵室の天井に卵を産み付けます。底ではなく上向きの面に貼り付けます。産んだあとの世話をするのは雄で、卵がかえるまで守り続けます。
海へ下らずに育つ2.5mmの仔魚
かえったばかりの仔魚は全長2.5〜2.7mmで、米粒の半分ほどしかありません。同じ属のチチブは3.2〜3.7mmなので、ヌマチチブのほうが小さく生まれます。
本来は川と海を行き来する両側回遊魚です。ただしこの魚は海へ下らなくても育ち、湖やダムに閉じ込められた状態でも世代をつなぎます。
湖へ運ばれた国内外来種
ヌマチチブは日本に元からいる魚です。それでも国立環境研究所の侵入生物データベースには外来生物として登録されています。国外から来たのではなく、日本の中で本来いなかった水域へ移されたためです。

移入が記録された5か所
移入が記録されているのは、奥多摩湖(東京都)・芦ノ湖(神奈川県)・富士五湖(山梨県)・鳳来湖(愛知県)・琵琶湖(滋賀県)の5か所です。
いずれも海と直接つながっていない水域です。海へ下らなくても育つ性質が、そこでの定着を支えています。大阪府の淀川のように、川で確認された例もあります。
出どころだけが分かっている
DNAが示す2つの出どころ
どこから来たかはDNA解析で調べられています。琵琶湖の個体群は日本海側に、芦ノ湖と富士五湖の個体群は関東地方に、それぞれ由来すると分かりました。
移入元そのものは「日本国内」と記録されています。国外から入った魚ではなく、日本のどこかの個体群が移されました。
侵入経路も侵入年代も不明
出どころは分かっている一方で、侵入経路と侵入年代はどちらも「不明」とされています。誰がいつ運んだのかは記録に残っていません。
別種として名前が付いたのは1972年です。それ以前にチチブとまとめて運ばれていたなら、記録に残りようがありませんでした。
在来のハゼと餌や場所を奪い合う
心配されているのは在来のハゼ科の魚との競合です。国立環境研究所は影響として、餌や空間をめぐる競合を挙げています。
外来生物法による指定は受けていません。日本の魚を日本の中で移す行為は、この法律の対象になっていません。
四万十川のガラ曳き
サザエの殻で川底をこする漁
高知県の四万十川には、川をのぼる小型のハゼ類をとる「ガラ曳き」という伝統漁法があります。「ゴリガラ曳き」とも呼ばれます。
サザエの貝殻を縄にたくさん繋いだ道具を使います。これで川底をこするように曳き、隠れているハゼを網へ追い込みます。石の下に潜む習性を逆手に取っています。
佃煮や天ぷらになる小型の個体
とれた魚は食用になります。小型のものは佃煮の原料にされるほか、天ぷらにも使われます。

どこで会える

石をめくると出てくる身近な魚
特別な場所にいる魚ではありません。川の中流から河口にかけて、岩や石が転がる浅い場所に多く見られます。とくに流れの緩やかな区間に集まります。
同じような環境には川底で暮らす魚が何種類も入り混じります。ヨシノボリの仲間やドンコも石の隙間を使います。


単独で飼うのが向く理由
飼育はできますが、他の魚と一緒にするのは向きません。自分より小さい動物を積極的に食べるうえ、排他性が強く他の魚を追い回すためです。
単独で飼うのが望ましいとされています。野外でも岩や倒木のような隠れ場所を選び、そこに縄張りを構える魚です。

参考
- 国立環境研究所 侵入生物データベース「ヌマチチブ」
- Wikipedia「チチブ」
- 大阪府立環境農林水産総合研究所 淡水魚図鑑(外来種)「ヌマチチブ」
- GBIF「Tridentiger brevispinis」
- 環境省「特定外来生物等一覧」
- FishBase「Tridentiger brevispinis」
画像出典
- Seotaro, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ)
- Kingfisher, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- User:OpenCage, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons(チチブ)
- Σ64, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
- ゆうき315, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Σ64, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(芦ノ湖)
- Σ64, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons


