クニマスは、秋田県の田沢湖にだけ住んでいた黒いサケの仲間です。1940年ごろに絶滅したと考えられていましたが、2010年に山梨県の西湖で生き残りが見つかり、大きな話題になりました。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:条鰭綱 Actinopterygii
- 目:サケ目 Salmoniformes
- 科:サケ科 Salmonidae
- 属:サケ属(タイヘイヨウサケ属)Oncorhynchus
- 種:クニマス Oncorhynchus kawamurae
和名・英名
- 和名:クニマス(国鱒)
- 英名:Kunimasu、Black kokanee
別名・学名の由来
田沢湖の周辺では、体が黒いことから「クロマス」、また「キノシリマス」とも呼ばれていました。学名の種小名 kawamurae は、日本の陸水学者にちなんで付けられた献名です。長いあいだクニマスはベニザケ(Oncorhynchus nerka)の一型と見なされ、Oncorhynchus nerka kawamurae と書かれた時期もありました。現在は独立した一種として Oncorhynchus kawamurae の学名が使われています。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 約20〜40cm(30cm前後) |
|---|---|
| 分布 | 秋田県・田沢湖の固有種(現地では絶滅)。現在は山梨県・西湖の移植個体群のみ |
| 生息環境 | 水深の深い湖の底のほう(水深40m以深とされる) |
| 食べ物 | 動物プランクトン、水生昆虫など |
| 産卵期 | 主に冬から春。深い湖底で産卵する |
| 保全状況 | 環境省レッドリスト:野生絶滅(EW) |
※ 野生絶滅(EW)とは、本来の生息地では絶滅し、移植先や飼育下でのみ生き残っている状態を指す区分です。
田沢湖だけに住んでいた黒いマス
全身が黒っぽいサケの仲間
ベニザケに近い、色の濃い魚
クニマスはサケ科サケ属の魚で、ヒメマス(ベニザケの陸封型)に近い仲間です。ただし体の色ははっきり違います。ベニザケが産卵期に鮮やかな赤へ染まるのに対し、クニマスは成魚になっても全身が黒っぽく、背も腹も暗い灰黒色をしています。この地味な色は、光の届かない深い湖底で暮らすことと関わると考えられています。
体つきはサケらしい紡錘形で、全長は30cmほど。近縁のヒメマスとよく似ますが、黒い体色や産卵の時期など、いくつかの点で見分けられます。
「クロマス」「キノシリマス」の呼び名
田沢湖の漁師は、この黒い魚を「クロマス」と呼んでいました。産卵期の個体は特に黒みが強く、腹の後ろまで暗い色になることから「キノシリマス」の呼び名も残っています。地元の暮らしに根づいた魚で、田沢湖では古くから重要な漁の対象でした。

深い湖底での暮らし
冬から春に深場で産卵する
多くのサケの仲間は川をさかのぼって産卵しますが、クニマスは湖の深い底で卵を産みます。産卵期は主に冬から春で、水深40〜50mほどの湧き水のある場所を選ぶとされます。一年を通して水温の低い深場にとどまる暮らしが、この魚の大きな特徴です。
田沢湖は最大水深423mと日本一深い湖で、底のほうは冷たく安定していました。クニマスはその環境にうまく合わせて生きてきたと考えられています。
動物プランクトンを主に食べる
食べ物は動物プランクトンが中心で、水生昆虫なども口にします。深い湖の底層をゆっくり泳ぎながら、小さなえさを集めて暮らしていたとみられます。派手さはありませんが、湖の生態系のなかでしっかりした位置を占めていた魚です。

田沢湖から姿を消した原因
玉川の酸性水を引き入れた工事
発電と農業のための導水
クニマスの絶滅は、人の手による環境の変化が原因でした。1940年、発電と下流の農業に水を使うため、強い酸性で知られる玉川の水を田沢湖に引き入れる工事が行われました。玉川は「玉川毒水」と呼ばれるほど酸性が強く、その水が湖へ流れ込みました。
酸性化で卵がかえらなくなった
酸性水の流入で田沢湖の水質は大きく変わり、多くの魚が住めなくなりました。クニマスも産んだ卵がかえらなくなり、数年のうちに姿を消しました。田沢湖のクニマスが絶滅したのは、1940年代のことです。
残されたのは17体の標本だけ
田沢湖のクニマスとして確かに残ったのは、液浸標本17体だけでした。生きた姿を見た人が少なくなるなか、クニマスは「幻の魚」として語られるようになります。環境省のレッドリストでも、1991年から長く「絶滅」と評価されていました。
ただし、絶滅より前の1935年ごろに、田沢湖のクニマスの卵が西湖や本栖湖など各地の湖へ配られていました。この移植先のひとつが、後にクニマスの見つかる山梨県の西湖でした。
西湖での再発見(2010年)
さかなクンのイラスト依頼から
魚類に詳しいさかなクン(東京海洋大学の客員教授)は、クニマスの絵を描く依頼を受け、参考として西湖から近縁のヒメマスなどを取り寄せました。そのなかに、黒い体色の見慣れない魚が混じっていました。この一匹が、後にクニマスと確認されることになります。
中坊徹次たちによる確認
この黒い魚に注目したのが、魚類分類学者の中坊徹次(京都大学教授)たちの研究チームでした。詳しく調べた結果、それは田沢湖で絶滅したはずのクニマスだと確認されます。1935年に西湖へ移された卵の子孫が、75年ものあいだ深い湖でひそかに生き続けていた計算です。研究成果は2010年に発表され、絶滅種の再発見として国内外で大きく報じられました。
「絶滅」から「野生絶滅」へ
この発見を受けて、環境省は2013年にレッドリストの区分を見直しました。クニマスはそれまでの「絶滅」から「野生絶滅」へと変更されます。いったん絶滅とされた魚類の区分が見直されたのは、これが初めてでした。本来の田沢湖ではいなくなったものの、移植先の西湖で生きているという状態を表す区分です。
17体の標本が決め手になった
西湖の黒い魚がクニマスだと確かめられた背景には、田沢湖時代に残された17体の液浸標本の存在があります。この古い標本と細かく見比べた結果、体つきや骨格、ひれの形が一致しました。西湖の黒い魚は、まぎれもなくクニマスだと結論づけられます。絶滅前にわずかに残された標本が、70年以上を経て種を確定する物差しになりました。過去の標本を保管してきたことが、種の同定を支えた形です。

近縁のヒメマスとの見分け方
クニマスがベニザケの一型と長く考えられてきたのは、ヒメマス(ベニザケが海に下らず湖にとどまった型)とよく似ているからです。西湖にはヒメマスも放流されており、黒っぽいクニマスは長いあいだその中に紛れて見過ごされてきました。見分けの手がかりになるのは、体色・産卵期・住む水深の3点です。
体色・産卵期・水深で見分ける
| クニマス | ヒメマス | |
|---|---|---|
| 産卵期の体色 | 全身が黒っぽいまま | 鮮やかな赤に染まる |
| 主な産卵期 | 冬から春 | 秋 |
| 産卵場所 | 深い湖底(湧き水のある場所) | 浅い湖岸や流入河川 |
いちばん分かりやすいのは産卵期の色です。同じ時期でも、赤く色づくのがヒメマス、黒いままなのがクニマスと見分けられます。産卵の季節と場所がずれているため、近くにいても両者は交わりにくく、別の種として続いてきたと考えられています。

今、クニマスに会える場所
田沢湖クニマス未来館(秋田県)
秋田県仙北市の田沢湖のほとりには、クニマスをテーマにした「田沢湖クニマス未来館」があります。ここでは西湖から里帰りした生きたクニマスが飼育・展示され、黒い体を間近で見ることができます。再発見によって、かつての生息地に近い場所で生きた姿を見られるようになりました。
ただし、田沢湖そのものは今も酸性が残り、クニマスがふつうに暮らせる水質には戻っていません。玉川の水を中和する取り組みが続けられ、少しずつ水質は改善しています。田沢湖にクニマスを再び定着させることが、地元で目標に掲げられています。
西湖ネイチャーセンター(山梨県)
再発見の舞台となった山梨県の西湖にも、クニマスを紹介する西湖ネイチャーセンターがあります。館内では、クニマスの生態や2010年の再発見の経緯が展示で紹介されています。西湖では現在もクニマスが生息しており、その保全の取り組みも進められています。

参考
- 環境省 関東地方環境事務所「西湖『クニマス』が【絶滅】から【野生絶滅】へ」(2013)
- 京都大学「田沢湖で絶滅した固有種クニマス(サケ科)の山梨県西湖での発見」(2010)
- 山梨県「奇跡の魚クニマス」
画像の出典
- アイキャッチ・上部(西湖の成魚):High speed railway 撮影、CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
- 飼育個体(田沢湖クニマス未来館):Totti 撮影、CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
- 標本:Morigen 撮影、パブリックドメイン(Wikimedia Commons)
- 稚魚:Kinori 撮影、CC0(Wikimedia Commons)


