シロナガスクジラ

上空から撮影したシロナガスクジラの全身(NOAA) 鯨偶蹄目(クジラ・ウシなど)

シロナガスクジラは、体長が最大30mを超え、体重は最大200トンに達する現生地球史上最大の動物です。恐竜を含めたあらゆる既知の動物のなかで、これほどの巨躯を持つ種は存在しなかったとされています。極域から熱帯まで世界のほぼすべての海洋を回遊し、夏は極海でオキアミを1日4トン近く食べて栄養を蓄え、冬は温帯で繁殖します。20世紀前半の商業捕鯨で個体数が壊滅的に減り、現在も IUCN レッドリストで危急種(VU)に指定されています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
  • 下目:ヒゲクジラ下目 Mysticeti
  • 科:ナガスクジラ科 Balaenopteridae
  • 属:ナガスクジラ属 Balaenoptera
  • 種:シロナガスクジラ Balaenoptera musculus

和名・英名

  • 和名:シロナガスクジラ/白長須鯨
  • 英名:Blue whale

別名と名前の由来

和名の「シロナガスクジラ」は、ナガスクジラ科のなかで腹側が白っぽく、体が非常に長いことに由来する日本独自の呼び名です。英名の「Blue whale(青いクジラ)」は、水面下から見上げたときに海の青みを反射して青白く見える体色にちなむと考えられています。学名の Balaenoptera は「鰭のあるクジラ(fin-whale)」を意味するギリシャ語系の造語で、種小名 musculus はラテン語で「小さな哺乳類(ハツカネズミ)」を意味します。地球史上最大の動物にこの学名を与えたのは、1758年に本種を記載した分類学の父カール・フォン・リンネで、皮肉かユーモアかは今も議論の残るところです。現在は4亜種が認められています。北大西洋亜種(B. m. musculus)と南極亜種(B. m. intermedia)が古典的な区分で、これに小型のピグミー亜種(B. m. brevicauda)が加わり、2020年には新記載のチリ亜種(B. m. chilensis)が独立した集団として認められました。

大きさ・生息などの基本データ

大きさ体長 通常25〜27m(最大約30m)/体重 100〜180トン(最大200トン超)
性的二型雌のほうが雄より大きい/南極亜種で顕著
心臓約180kg(動物界最大)
約2〜4トン(アフリカゾウ1頭分に相当)
分布全世界の海洋(極域〜熱帯/黒海・地中海を除く)
食性ほぼオキアミ類(1日 約3.6トン/400万匹)
遊泳速度巡航5〜14km/h/全力遊泳で最大約50km/h
潜水通常10〜20分/最大約500m
寿命約80〜90年(最長110年の推定あり)
世界個体数10,000〜25,000頭(捕鯨前は約35万頭)
保全状況IUCN:危急種(VU・2018評価)/CITES附属書I/IWC全面保護(1966年〜)

地球史上最大の生物──30mを超える体

シロナガスクジラ3亜種と人(ダイバー)の大きさ比較
Frédérique Lucas & ChrisTheWhaleKing, Public domain, via Wikimedia Commons

恐竜より大きい海の巨獣

4亜種の大きさの違い

シロナガスクジラは4つの亜種に分かれ、亜種ごとに体格に大きな差があります。もっとも大きな南極亜種(B. m. intermedia)は雌の平均体長が27〜30mに達し、記録上の最大個体は1926年に南極海で捕獲された33.58m・約190トンの個体とされます。北大西洋亜種は雌で25〜28m、ピグミー亜種は雌で24m前後と、南極亜種と比べるとひとまわり小さい体格です。2020年に新亜種として記載されたチリ亜種は、遺伝的にも形態的にも独立した集団と分かってきました。すべての亜種を通じて、雌のほうが雄より数メートル大きいという性的二型が知られています。既知のいかなる恐竜(最大級のアルゼンチノサウルスやパタゴティタン)よりも巨大な体を持つ動物として、地球史上の頂点に位置します。

心臓は約180kg

本種の内臓の大きさも桁外れです。心臓は約180kgと動物界最大で、ヒト成人3人分に相当します。心拍は水面付近で毎分25〜37回、潜水中は毎分2〜8回にまで落ち込むことが計測で確かめられました。舌は約2〜4トンでアフリカゾウ1頭分の重さがあり、大人の口の中には人が90人ほど入れる空間があると計算されています。血液の総量は約8,000リットルに達し、その循環を支えるために心臓が巨大化したと考えられています。

グレープフルーツ大の目

体格の大きさに反して、シロナガスクジラの目はごく小さく、直径15cmほどでグレープフルーツを一回り大きくした程度しかありません。30mを超える体長に対して、頭の側面にある目は米粒のような比率です。深海まで潜って餌を探す必要がないため、視覚よりもエコロケーション(反響定位)や広範囲を貫く低周波の鳴音で仲間や獲物の位置を把握しています。目の色は虹彩が濃い茶色で、瞳孔は水中で光を効率的に集めるように大きく開くのが特徴です。

1日4トンのオキアミ──ヒゲ板と濾過採餌

シロナガスクジラのヒゲ板・黒く硬い1枚のクローズアップ
Museums Victoria, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

黒く硬いヒゲ板(片顎300〜400枚)

ヒゲクジラの仲間らしく、シロナガスクジラの口内には歯の代わりに硬いケラチン質の「ヒゲ板(baleen plate)」がびっしり並んでいます。片側の上顎に300〜400枚、両側で合計600〜800枚のヒゲ板が並びます。色は真っ黒で、内側のふさふさとした毛状の繊維が細かい濾過フィルターの役割を果たします。1枚の長さは約1mで、大きな籠のように口の内側を覆っています。この構造で海水ごと吸い込んだ獲物を濾し取るのが本種の採餌スタイルです。

ランジフィーディング(突進採餌)

90トンの水を一口で飲み込む

シロナガスクジラの食事の中心はオキアミ(クリル)で、南極海の主食は Euphausia superba(南極オキアミ)です。1日に食べる量は約3.6トン、個体数にすると400万匹に相当します。獲物の密集した群れに向かって高速で突進し、大きく口を開けて海水ごと飲み込む「ランジフィーディング(突進採餌)」を行います。一口で飲み込む海水の量は最大90トンにも達すると推定されており、これは本種自身の体重の半分に匹敵する規模です。

咽頭のプリーツが伸びる

大量の海水を口内に貯えるために、本種の下顎からへその手前まで走る「腹面のプリーツ」(ventral pleats、55〜88本)が風船のように大きく広がる構造を持っています。飲み込んだ海水は舌でヒゲ板の内側へと押し出され、水は外へ漉されてオキアミだけが口の中に残ります。この採餌サイクルはわずか10秒ほどで完結し、1回のランジで飲み込む海水量とエネルギー効率の関係は物理学的な限界に迫っていると推定されています。

世界一大きな動物の声──188dBの低周波

遠く数千kmまで届く鳴音

シロナガスクジラは、地球上のいかなる動物よりも大きな音を出す生き物として知られます。発する音は水中で最大188デシベルに達し、これはジェット機のエンジン音を上回るほどの大きさです。周波数は10〜40ヘルツと非常に低く、人間の耳では感じ取りにくい亜音波の領域にあります。この低周波の鳴音は水中で減衰しにくく、条件が良ければ数千km先の仲間まで届くと計測されています。海洋を隔てた個体どうしが交信している可能性が指摘されており、鯨類の音響コミュニケーション研究の中心テーマの一つとされます。

発声パターンの地域差

本種の鳴音は世界の海で少なくとも9〜10種類の異なる「歌い方」に分かれ、南極型・北大西洋型・北太平洋型・インド洋型など地域ごとに独自の音響パターンを持つと分かってきました。この地域差は個体群の分断と再会を追跡する手がかりとなり、遺伝子解析と組み合わせて集団構造の解明に使われています。近年、世界的に発声周波数が数十年で少しずつ下がっている現象も報告されており、その原因については個体数の回復・海洋騒音・体格の変化など複数の仮説が議論されている段階です。

回遊と分布──全世界の海洋

尾びれを高く上げて潜水するシロナガスクジラ
Shulman (English Wikipedia), Public domain, via Wikimedia Commons

夏は極域で採餌、冬は温帯で繁殖

シロナガスクジラは季節的な回遊を行う代表的な鯨類で、夏の期間は餌の豊富な極域(南極海・北極海の縁辺)で集中的に採餌します。冬になると、より温暖な低緯度の海域へ移動して繁殖と出産を行うのが基本的なパターンです。ただし全個体が明確な回遊を行うわけではなく、赤道域に生息するピグミー亜種のように、比較的狭い海域に留まる集団も存在します。個体によって回遊のルートや時期に大きなばらつきがあり、まだ解明されていない行動パターンも多いとされています。

日本近海と観察機会

日本近海でも、小笠原諸島・伊豆諸島・沖縄・北海道沖などで本種の目撃例が記録されてきました。ただし他のヒゲクジラ(ザトウ・ナガス)に比べると出現は稀で、ホエールウォッチングで確実に会える種ではありません。世界的にホエールウォッチングの対象として比較的よく観察できる海域は、アイスランド沖・カリフォルニア沖・スリランカ沖・アゾレス諸島・カナダのセントローレンス湾などです。飼育下で見ることは不可能な種ですが、日本では上野の国立科学博物館に全長30mの実物大レプリカが展示されており、その巨大さを体感できます。

捕鯨史──20世紀に36万頭を失った海

シロナガスクジラの全身骨格(博物館展示)
Museums Victoria, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

蒸気捕鯨船と爆発銛の登場

南極海の36万頭

19世紀までは、速く泳ぐシロナガスクジラを人間が捕獲するのは困難でした。しかし1868年にノルウェーのスヴェン・フォインが爆発銛を実用化し、続いて蒸気捕鯨船が導入されると、事態は一変します。20世紀初頭から南極海での大規模捕鯨が始まり、20世紀を通じて南極海だけで約36万頭のシロナガスクジラが捕獲されたと推定されています。捕鯨前の推定個体数35万頭から、1960年代半ばには数千頭にまで激減し、種の存続そのものが危ぶまれる状況に陥りました。

1966年の国際保護

個体数の激減を受けて、国際捕鯨委員会(IWC)は1966年にシロナガスクジラの商業捕鯨を全面禁止しました。CITES(ワシントン条約)附属書Iにも掲載され、国際取引も禁止されています。ただしソビエト連邦は1972年まで違法な捕鯨を続け、その総数は数千頭にのぼると後年の調査で判明しました。保護後の回復はゆっくりと進んでおり、現在の世界個体数は10,000〜25,000頭と推定されています。捕鯨前の約1/20〜1/35の水準にとどまり、回復には今後もさらに長い年月が必要とされる状況です。

現在の脅威──船舶衝突と海洋騒音

商業捕鯨は終わったものの、シロナガスクジラは今も複数の脅威にさらされています。最大の脅威は大型船舶との衝突(船舶ストライク)で、カリフォルニア沖など船舶交通の多い海域で年間数十頭が犠牲になると推定されています。海洋騒音の増加は本種の低周波コミュニケーションを妨げる要因となり、繁殖成功率への影響が懸念されています。加えて気候変動によるオキアミ分布の変化・プラスチックごみによる汚染など、複合的な脅威が長期的な個体群回復を阻んでいる状況です。

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