バリトラ

バリトラ Panthera tigris balica(Ringling Brosサーカス1914) 哺乳類

バリトラは、インドネシアのバリ島だけに生息していたトラの亜種で、世界最小のトラとして知られていました。全長は雌でも211cm、体重100kg前後と、大陸のベンガルトラやアムールトラの半分ほどしかない小型のトラです。オランダ植民地時代のスポーツハンティングと生息地縮小によって20世紀前半に急速に減少し、1937年9月27日に西バリで射殺されたメス個体が最後の確実な記録となりました。1941年に西バリ国立公園が設立されたものの保護には遅く、1940年代のうちに絶滅したとされています。2017年のIUCN分類ではスンダ諸島のジャワトラと同じ亜種(Panthera tigris sondaica)に統合され、独立亜種としての扱いは変わりつつあります。

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  1. 分類と学名
    1. 分類階層
    2. 和名・英名
    3. 別名・学名の由来
      1. balica──「バリの」を意味する
      2. スンダ諸島トラへの統合
  2. 大きさ・分布などの基本データ
  3. 見た目の特徴
    1. 世界最小のトラ亜種
      1. 雌211cm・他亜種の半分ほど
      2. 島嶼小型化の一例
    2. 密に並ぶ縞と橙色の毛
      1. 縞は細く数が多い
      2. ジャワトラと外見の区別が難しい
  4. バリ島の生態
    1. 熱帯モンスーン林の狩人
      1. 島西部モンスーン林でイノシシとジャワジカを狩る
      2. 数百頭規模のジャワ島から隔てられた孤立集団
    2. ジャワトラとの共通性
      1. 2015年 Xue らの遺伝解析
      2. スンダランドから島嶼化で分岐した近い集団
  5. オランダ植民地時代の狩猟──絶滅への引き金
    1. スポーツハンティングの標的
      1. トラバサミと近距離射撃
      2. スラバヤの銃器商 E. Munaut
    2. Vojnich男爵の狩猟記録(1911)
      1. 1911年11月3日・北西部で射殺された成獣
      2. 「生きたバリトラ」を伝える希少な写真
    3. 1937年9月27日──西バリの最後の1頭
      1. 射殺されたメスの成獣
      2. 1952年以降の目撃報告の消失
  6. 保護は間に合わず──西バリ国立公園1941
    1. 1941年の国立公園設立
      1. インドネシア最初期の狩猟保護区
      2. すでに数十頭以下──間に合わなかった保護
    2. 1950年代以降の目撃報告の消失
      1. 物的証拠のない散発的な目撃
      2. 現在の西バリ国立公園に残るネコ科
  7. 世界に残る標本
    1. 大英博物館・ライデン・ボゴール
      1. 大英博物館の毛皮2枚と頭骨3個が最多
      2. ボゴールに残る「最後の1頭」
    2. 1997年ハンガリー博物館で発見された頭骨
      1. Buzás and Farkas による新記載
      2. Vojnich男爵標本との関連推測
  8. 遺伝学的な位置づけ
    1. 2015年 Xue らのミトコンドリア解析
      1. 3集団が共通のスンダ系統に属する
      2. バリトラとジャワトラは特に近縁
    2. 2017年 IUCN分類変更
      1. 9亜種→2亜種への統合
      2. スンダ諸島の絶滅集団として
  9. バリ島文化とバロン・マチャン
    1. バロン舞踊の虎マスク
      1. 「バロン・マチャン」──踊りに残る虎
      2. カマサン絵画に描かれた虎
    2. 虎骨・虎歯のお守り
      1. 虎ヒゲの毒と虎骨のお守り首飾り
      2. 需要が狩猟圧の一因に
  10. 日本文化とバリトラ
    1. 児童書と図鑑での紹介
      1. 「人間が滅ぼした動物」の代表として
      2. バリ島観光の話題として
  11. 関連ページ
  12. 画像出典
  13. 参考

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:食肉目 Carnivora
  • 科:ネコ科 Felidae
  • 属:ヒョウ属 Panthera
  • 種:トラ Panthera tigris
  • 亜種:バリトラ Panthera tigris balica(絶滅)

和名・英名

  • 和名:バリトラ/別名:バリ島トラ
  • 英名:Bali tiger, Balinese tiger

別名・学名の由来

balica──「バリの」を意味する

亜種名の balica はラテン語化された「バリの(=バリ島産の)」を意味します。1912年、ドイツの動物学者エルンスト・シュヴァルツ(Ernst Schwarz)がインドネシアで収集された標本をもとに、バリ島の集団を新亜種として記載し命名しました。それ以前はマレートラや他のスンダ諸島のトラと混同されており、独立亜種としての扱いは20世紀に入ってからのものです。

スンダ諸島トラへの統合

2017年、IUCNネコ専門家グループの分類再検討では、大陸のトラ(Panthera tigris tigris)とスンダ諸島のトラ(Panthera tigris sondaica)の2亜種に統合されました。この分類ではバリトラはジャワトラ・スマトラトラとともにスンダ諸島トラの一集団として扱われ、独立亜種としての Panthera tigris balica の呼称は伝統的な文脈で残される形になっています。ただし過去の文献では引き続き独立亜種として言及されることが多く、本記事でも慣用に従って「バリトラ」の名で扱います。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ雌 全長 約211cm・体重 約65〜80kg/雄 推定100〜110kg(記録は雌のみ)
分布(かつて)インドネシア・バリ島(固有・他地域には分布せず)
生息環境島西部の熱帯モンスーン林・低山地の森林
寿命野生下10〜15年程度と推定
保全状況IUCN: EX(絶滅・1940年代)
バリトラの分布図(バリ島)
Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

見た目の特徴

バリトラの生前写真(M. Zanveld撮影)
M. Zanveld, Public domain, via Wikimedia Commons

世界最小のトラ亜種

雌211cm・他亜種の半分ほど

バリトラは9亜種とされてきたトラのなかでも群を抜いて小型で、雌の全長で211cmという記録が残ります。ベンガルトラの雌が全長260cm前後・体重120〜140kg程度、アムールトラの雌が270〜290cm・体重100〜167kgに達することを考えると、バリトラは他亜種のおよそ半分から3分の2の体格でした。

島嶼小型化の一例

島嶼という限られた環境で獲物のサイズと生息地の面積が制約となり、体サイズが縮小する「島嶼小型化」の一例と考えられています。バリ島全体でも約5,780平方キロメートルしかなく、島内で狩れる大型哺乳類はイノシシやジャワジカなど中型に限られていました。同じスンダ諸島でも面積の大きいジャワ島のジャワトラ、スマトラ島のスマトラトラは大陸トラに近い体サイズを保っており、島の大きさと獲物の量が体格を規定した仮説と整合します。

密に並ぶ縞と橙色の毛

縞は細く数が多い

毛皮は他のトラ亜種と同様に橙色を帯びた地に黒褐色の縞模様が入りますが、縞の間隔が狭く数が多いのが特徴でした。特に側面と後肢の縞は密で、頭部から胴体まで途切れることなく並んでいたといわれます。

ジャワトラと外見の区別が難しい

姿かたちは同じスンダ諸島のジャワトラによく似ており、標本の見た目だけで両者を区別することは難しいと当時から指摘されていました。両者の近縁性は、後の遺伝子解析によっても裏づけられています。

バリ島の生態

熱帯モンスーン林の狩人

島西部モンスーン林でイノシシとジャワジカを狩る

バリトラはバリ島の西部を中心に、熱帯モンスーン林や低山地の森林に生息していました。獲物はイノシシ・ジャワジカ・鳥類などの中小型哺乳類で、島に大型の草食獣が少ないぶん体格も小型化していったと考えられます。

数百頭規模のジャワ島から隔てられた孤立集団

バリ島全体で総個体数はもともと数百頭程度と推定されており、隣接するジャワ島から海峡で隔てられた孤立集団だったことが、絶滅を早める要因の一つとなりました。狭い島で完結する繁殖集団の小ささが、狩猟圧に対する耐性の低さに直結しました。

ジャワトラとの共通性

2015年 Xue らの遺伝解析

2015年に発表された Xue らの遺伝解析(Journal of Heredity)によると、バリトラとジャワトラは共通のスンダ系統に属し、両者の遺伝的差異は独立亜種と呼ぶには小さいことが示されました。

スンダランドから島嶼化で分岐した近い集団

かつて陸続きだったスンダランド(現在のジャワ・スマトラ・ボルネオを含む一続きの陸塊)から島嶼化に伴ってそれぞれ分化した集団と位置づけられ、外見的な類似は共通祖先を反映したものと理解されています。

オランダ植民地時代の狩猟──絶滅への引き金

スポーツハンティングの標的

トラバサミと近距離射撃

オランダ植民地時代、ジャワ島から渡って来たヨーロッパ人狩猟家たちにとって、バリトラはスポーツハンティングの標的とされました。当時の一般的な狩猟法は、ヤギやホエジカを餌として大型の鋼鉄製トラバサミに隠し、餌に近寄って動けなくなったトラを至近距離から高威力ライフルで撃つというものでした。逃げ道を封じたうえでの射撃だったため成功率は高く、小さな島に孤立していたバリトラは短期間で数を大きく減らしました。

スラバヤの銃器商 E. Munaut

ジャワ島スラバヤの銃器商 E. Munaut は、わずか数年のうちに20頭以上のバリトラを仕留めた記録を残しています。もともと総個体数が数百頭規模だった集団にとって、1人の職業狩猟家がこれほどの頭数を短期間で殺した意味は非常に大きく、地域集中の狩猟圧が個体数減少を決定づけました。植民地当局はこうした狩猟をほとんど規制しておらず、20世紀初頭の時点でバリトラはすでに絶滅寸前だったと後の研究者は評価しています。

Vojnich男爵の狩猟記録(1911)

1911年 Vojnich男爵と射殺されたバリトラ(ハンガリー Fortepan写真アーカイブ)
Fortepan (Vojnich Pál寄贈), Public domain, via Wikimedia Commons

1911年11月3日・北西部で射殺された成獣

バリトラのもっとも信頼できる完全な記録は、ハンガリーの男爵オスカール・ヴォイニチ(Oszkár Vojnich)の狩猟記録です。1911年11月3日にバリ島北西部で成獣のバリトラを射殺し、標本の写真と詳細な記録を残しました。彼の1913年の著書『東インド諸島にて』では、島でのトラ狩りの様子が詳細に描写されています。

「生きたバリトラ」を伝える希少な写真

この写真は「生きたバリトラの姿を伝える希少な資料」として現在も参照されており、狩猟対象としての側面を示す歴史的写真にもなっています。バリトラの外見に関する情報のかなりの部分が、この一枚と付随する数点の記録写真から得られています。

1937年9月27日──西バリの最後の1頭

射殺されたメスの成獣

公式に記録される最後のバリトラは、1937年9月27日に西バリで射殺された成獣のメス個体とされます。このメスの標本はボゴールの動物学博物館に送られ、バリトラ絶滅の直接の物証として現在も収蔵されています。射殺した猟師の記録は簡素なものにとどまり、当時この1頭が「亜種の最後」となる意識はまだ共有されていませんでした。

1952年以降の目撃報告の消失

この個体の後、1952年・1970年・1972年に主に森林保護官による目撃報告が続きましたが、いずれも物的証拠は得られていません。1940年代のうちに野生個体は絶滅したというのが現代の主要な見解で、第二次世界大戦の混乱期にとどめを刺されたと推測されています。生存していたとしても西バリの限られた森林地帯に追い詰められた小集団で、繁殖可能な数に達していなかったと考えられます。

保護は間に合わず──西バリ国立公園1941

1941年の国立公園設立

インドネシア最初期の狩猟保護区

バリ島西部に生き残ったトラを守るため、1941年に「西バリ国立公園(Taman Nasional Bali Barat)」がオランダ植民地政府によって設立されました。これはインドネシアで最初の狩猟保護区の一つで、バリトラの残存個体を守る意図が明確にあった保護区です。

すでに数十頭以下──間に合わなかった保護

しかし設立時点で野生個体はすでに数十頭以下と推定されており、繁殖可能な集団としての機能を保つには遅すぎたと評価されています。フクロオオカミやリョコウバトと同じく、保護法制の成立が絶滅の直前に間に合わなかった事例の一つに数えられます。

1950年代以降の目撃報告の消失

物的証拠のない散発的な目撃

1950年代から1970年代にかけての散発的な目撃報告はありましたが、以後は確度の高い記録が途絶えました。物的証拠となる死骸・糞便・足跡・映像はいずれも得られておらず、目撃者の多くも「見た気がした」というレベルの証言にとどまります。

現在の西バリ国立公園に残るネコ科

現在の西バリ国立公園にはトラの姿はなく、代わりにジャワクロヒョウ(Panthera pardus melas)などの中型ネコ科が生息しています。バリトラが担っていた頂点捕食者の位置は、島の生態系のなかで空席のまま残されています。

世界に残る標本

ライデン博物館のバリトラの毛皮標本
Leiden museum, Public domain, via Wikimedia Commons

大英博物館・ライデン・ボゴール

大英博物館の毛皮2枚と頭骨3個が最多

バリトラの標本は世界にごくわずかしか残されていません。もっとも大きなコレクションはロンドンの大英博物館(自然史部門)で、2枚の毛皮と3個の頭骨が保管されています。他にはドイツのフランクフルト・ゼンケンベルク博物館やシュトゥットガルト州立自然史博物館・オランダのライデン・ナチュラリス生物多様性センター・インドネシア・ボゴールの動物学博物館などが標本を所蔵しています。

ボゴールに残る「最後の1頭」

ボゴールの標本は最後に確認されたバリトラの遺体を含むもので、絶滅の直接の記録となっています。1937年9月27日に射殺されたメス個体の遺物が、亜種の終わりの物証として現代まで受け継がれています。

1997年ハンガリー博物館で発見された頭骨

Buzás and Farkas による新記載

1997年、ハンガリー自然史博物館の旧コレクションから、それまで存在が知られていなかったバリトラの頭骨1個が発見されました。Buzás and Farkas による同年の学術報告で新たに記載され、既存の標本と比較する研究資料として登録されました。

Vojnich男爵標本との関連推測

1911年に狩猟したVojnich男爵の縁とも推測されていますが、確定的な由来は不明です。世界に残る20体未満とされるバリトラ標本のうちの1点として、貴重な補足資料となっています。

遺伝学的な位置づけ

トラの歴史的分布と亜種系統(Driscoll et al. 2009)
Driscoll CA et al. (PLoS 2009), CC BY 2.5, via Wikimedia Commons

2015年 Xue らのミトコンドリア解析

3集団が共通のスンダ系統に属する

2015年、Xue らの研究チームは博物館標本のミトコンドリアDNAを解析し、バリトラ・ジャワトラ・スマトラトラの3集団が共通のスンダ系統に属することを明らかにしました。3者の遺伝的差異は、それぞれを独立亜種と呼ぶには小さく、氷期に陸続きだったスンダランドから島嶼化に伴ってそれぞれ分岐した近い集団であることが示されました。

バリトラとジャワトラは特に近縁

3集団のなかでもバリトラとジャワトラは特に近く、外見の類似も遺伝的に裏づけられました。共通祖先から分岐してからの時間が短いため、両者を独立亜種として区別する意義は薄いとする評価につながっています。

2017年 IUCN分類変更

9亜種→2亜種への統合

この結果を受けて、2017年にIUCNネコ専門家グループはトラの分類を全面的に見直しました。従来の9亜種を大陸トラ(Panthera tigris tigris)とスンダ諸島トラ(Panthera tigris sondaica)の2亜種に統合し、バリトラは sondaica の中の絶滅集団として扱われることになりました。

スンダ諸島の絶滅集団として

ジャワトラも同じく sondaica の集団として位置づけられており、両者はもはや独立亜種ではなく、スンダ諸島の絶滅集団という共通の枠組みで語られる存在です。歴史的な呼称としての「バリトラ」は残りつつも、分類学上は姉妹集団のジャワトラと一体で扱う流れが定着しつつあります。

バリ島文化とバロン・マチャン

バロン舞踊の虎マスク

「バロン・マチャン」──踊りに残る虎

バリトラはバリ島の伝統的な民俗信仰と魔術のなかで確固たる位置を占めていました。バリの伝統芸能である「バロン舞踊」には、虎の仮面を被った「バロン・マチャン(Barong Macan)」と呼ばれる登場人物があり、現在も上演されています。マチャンはインドネシア語・マレー語で「虎」を意味し、島から絶滅した後もこの舞踊のなかにバリトラの姿が生き続けています。

カマサン絵画に描かれた虎

クルンクン王朝時代のカマサン絵画にも虎の姿が繰り返し描かれ、バリ島の宗教画には欠かせないモチーフでした。神話・叙事詩の登場者として、バリトラは絵画・彫刻・仮面といった複数のジャンルで表現され続けています。

虎骨・虎歯のお守り

虎ヒゲの毒と虎骨のお守り首飾り

民俗信仰では、虎のヒゲを粉にしたものは「敵に見つからずに使える強力な毒」とされ、伝統的な呪術に用いられていました。バリ島で生まれた赤ちゃんには、黒サンゴと「虎の歯または虎の骨のかけら」で作った守護のお守り首飾りを掛ける風習があり、20世紀前半に人類学者コヴァルビアスが記録しています。

需要が狩猟圧の一因に

こうした需要が骨・歯の取引を生み、狩猟圧の一因にもなったといえます。野生のバリトラは姿を消しましたが、虎のモチーフはバリ島の芸能や絵画のなかに現在も残されています。

日本文化とバリトラ

児童書と図鑑での紹介

「人間が滅ぼした動物」の代表として

日本ではバリトラは、リョコウバト・ドードー・フクロオオカミ・クアッガ・カスピトラと並ぶ「人間が滅ぼした動物」の代表として、児童書や図鑑で紹介されてきました。今泉忠明監修の絶滅動物図鑑や小学館NEO『危険生物』などが主要な情報源で、環境教育の題材として学校の副読本でも扱われています。

バリ島観光の話題として

バリ島観光の際に「かつてこの島には固有のトラがいた」と語られることも多く、絶滅動物の中では旅行者の関心を集めやすい種の一つです。島の文化とバリトラの結びつきが観光ガイドの語り口として定着しており、絶滅動物への入り口としての役割も果たしています。

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