ジャワトラ

ジャワトラ Panthera tigris sondaica(1938年 Ujung Kulon) 哺乳類

ジャワトラは、インドネシアのジャワ島だけに生息していたトラの亜種で、1980年代に絶滅したとされます。バリトラよりやや大きく、スマトラトラと同程度の小型のトラで、雄でも体重100〜141kg程度でした。20世紀前半のジャワ島では急激な人口増加によって森林が急速に伐採され、餌となるジャワジカやバンテンが減少します。そこに懸賞金つきの狩猟と毒殺が追い打ちをかけたことで、島の生息集団は急速に縮小しました。1976年にメル・ベティリ国立公園で目撃されて以降は確実な生存記録が途絶え、1990年代の大規模なカメラトラップ調査でも姿は捉えられず、IUCNは2008年に絶滅を認定しました。近年の分類改訂ではジャワトラ・バリトラ・スマトラトラを同一亜種 Panthera tigris sondaica に統合する見解が主流となりつつあり、島嶼で独自に進化した小型トラの系統として位置づけられています。

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  1. 分類と学名
    1. 分類階層
    2. 和名・英名
    3. 学名の由来
      1. sondaica=「スンダ諸島の」
      2. 1929年 Panthera属への統合
  2. 大きさ・分布などの基本データ
  3. 島の小型トラという姿
    1. 大陸のトラの半分ほどの体格
      1. 雄でも体重100〜141kg
      2. 島の小型化の理由
    2. 細く多い縞と、長く狭い鼻
      1. 縞は細くスマトラトラより多い
      2. マザーク1981「独立種に格上げすべき」提案
  4. 森の中の暮らし
    1. 主食はジャワジカとバンテン
      1. ジャワジカ・バンテン・イノシシの3種
      2. 体重に近い獲物を仕留める力
    2. 低地から山地までの森林
      1. もともとはジャワ島全域に分布
      2. 1970年頃は東ジャワの一地区のみ
    3. 飼育記録は乏しい
      1. 戦前のインドネシア動物園で飼育
      2. 戦後はスマトラトラに取って代わられた
  5. 森林の急激な減少──絶滅の背景
    1. ジャワ島の人口爆発と稲作地の拡大
      1. 1938→1975の40年で3倍
    2. 戦後のプランテーション化
      1. チーク・コーヒー・ゴムの単一林化
    3. ジャワジカの疫病と餌不足
      1. 1960年代の保護区でジャワジカ激減
      2. 家畜襲撃→人間との衝突の悪循環
  6. 狩猟と毒殺の追い打ち
    1. 19世紀の懸賞金と害獣視
      1. 1830年代から発行された懸賞金
      2. 植民地政府にとっての農民保護と娯楽の両面
    2. プランテーションでの毒殺
      1. 死骸に仕込まれた毒
      2. 狩猟より深刻──生態系ごと痩せさせた
    3. 1965年以降の内戦下の混乱
      1. 武装集団が保護区に入った
  7. 保護区の設置と最後の目撃
    1. 3つの保護区での生存
      1. ウジュン・クロン/ルエン・サンチャン/バルラン
      2. 1965年以降に西ジャワの目撃が途絶える
    2. メル・ベティリ国立公園
      1. 1972年に保護区、1982年に国立公園化
    3. 1976年の最終確認と1984年の射殺
      1. 1976年 メル・ベティリで3〜5頭の痕跡
      2. 1984年ハリムンでの1頭射殺が最後の物証
  8. WWFカメラトラップと絶滅宣言
    1. 1987年の調査と痕跡
      1. ボゴール農科大学の学生30名による調査
    2. 1992〜94年の19地点カメラトラップ
      1. 1年の撮影で1頭も写らず
    3. IUCNによる絶滅認定(2008)
      1. 1980年代までに実質絶滅と評価
  9. 生存の可能性は残されているか
    1. 目撃報告と誤同定
      1. 2016年のスマトラトラ写真の誤り
    2. 2019年の毛髪DNAをめぐる論争
      1. スカブミ県で採取された1本の毛
      2. 反論論文と現在の評価
  10. 亜種分類の見直しと系統上の位置
    1. スンダ諸島のトラの起源
      1. 最終氷期にスンダ島嶼へ渡ったトラ
      2. 大陸のトラとは明確に分岐した系統
    2. 2017年の分類統合
      1. Cat Classification Task Forceによる再編
  11. ジャワトラが残したもの
    1. 「Mr. Tiger」と呼ばれた獣
      1. 1890年のテン・ボッケルの記録
      2. 畏怖と害獣視という二重の位置づけ
    2. 他の絶滅したトラ亜種との共通点
      1. カスピトラ・バリトラと共通の「絶滅の型」
      2. 島という閉じた生息地が加速要因に
  12. 関連ページ
  13. 参考
  14. 画像出典

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:食肉目 Carnivora
  • 科:ネコ科 Felidae
  • 属:ヒョウ属 Panthera
  • 種:トラ Panthera tigris
  • 亜種:ジャワトラ Panthera tigris sondaica(Temminck, 1844)

和名・英名

  • 和名:ジャワトラ
  • 英名:Javan Tiger

学名の由来

sondaica=「スンダ諸島の」

亜種小名 sondaica は「スンダ諸島の(ジャワ・スマトラ・バリを含むインドネシア西部の島嶼群)」を意味します。1844年にオランダの動物学者コーンラート・ヤコブ・テミンク(Coenraad Jacob Temminck)が Felis tigris sondaicus として記載しました。

1929年 Panthera属への統合

1929年にイギリスの分類学者レジナルド・ポーコックがトラをヒョウ属 Panthera に統合したことで、現在の Panthera tigris sondaica の学名となりました。テミンクの命名から約80年を経て、属レベルの分類再編に組み込まれた形です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさオス 体長約248cm・体重100〜141kg/メス 75〜115kg(バリトラより大・スマトラトラと同程度)
頭骨長オス326.3±2.14mm/メス282.7±1.87mm
分布インドネシア・ジャワ島のみ(固有亜種)。20世紀前半までに山地・遠隔森林へ後退
生息環境低地〜山地林、湿った熱帯林、プランテーションの隙間の森
食性ジャワジカ、バンテン、イノシシが主。ときに水鳥・爬虫類
保全状況IUCN Red List:EX(絶滅・2008年評価)
最終確認1976年 メル・ベティリ国立公園で3〜5頭の痕跡確認/1984年 ハリムンで1頭射殺以降記録なし

島の小型トラという姿

ジャワトラの生前写真(1938年 Ujung Kulon撮影)
Andries Hoogerwerf, Public domain, via Wikimedia Commons

大陸のトラの半分ほどの体格

雄でも体重100〜141kg

ジャワトラは、大陸に生息するベンガルトラやアムールトラと比べて明らかに小柄でした。バリトラよりはやや大きく、同じスンダ島嶼のスマトラトラとほぼ同じ大きさとされます。雄は体長約248cm・体重100〜141kg程度で、雌はさらに小柄で75〜115kg程度と記録されています。ベンガルトラの雄が200kgを超えることを踏まえると、ジャワトラは大陸産亜種の約半分から3分の2程度の体重にとどまっていたことになります。

島の小型化の理由

この小柄な体格は、島嶼で暮らす大型哺乳類に見られる「島嶼小型化」の一例と考えられています。ジャワ島の主要な獲物であるジャワジカやバンテンは、大陸のサンバーやガウルより一回り小さく、獲物のサイズに応じて捕食者の体格も小型化していったとする説が有力です。ただし足跡の直径そのものはベンガルトラよりも大きいと記録されており、体重に比して足が太い島特有の体形だったとも指摘されています。

細く多い縞と、長く狭い鼻

縞は細くスマトラトラより多い

縞模様は細長く、本数はスマトラトラよりやや多いとされていました。頭骨は長さ約326mmで、鼻部が細長く狭いのが特徴とされます。後頭部が著しく狭く、裂肉歯(下顎の犬歯後方の大きな歯)が相対的に長いことも独自の頭蓋形質として指摘されており、これらの違いから20世紀の分類学者はジャワトラを独立した亜種と扱いました。

マザーク1981「独立種に格上げすべき」提案

V.マザークは1981年の論文で、その特徴を「頭骨形態から独立種 Panthera sondaica に格上げすべき」と提案したこともあります。頭蓋形質の独自性は、20世紀の分類学のなかで繰り返し注目されてきました。

森の中の暮らし

主食はジャワジカとバンテン

ジャワジカ・バンテン・イノシシの3種

ジャワトラの主要な獲物は、島の代表的な有蹄類であるジャワジカ・バンテン・イノシシでした。学名でいえば Rusa timorensis/Bos javanicus/Sus scrofa の3種で、いずれもジャワ島の低地から山地に広く分布した動物です。これらの他に水鳥や爬虫類を捕らえることもありましたが、主食は明らかに大型の草食獣であったと記録されています。

体重に近い獲物を仕留める力

1歳のバンテンで100kg級に達することを踏まえると、小柄なジャワトラでも自分の体重に近い獲物を仕留めていたことになります。植民地時代の記録には、ジャワトラが前肢の一撃で馬や水牛の脚を折る力を持っていたという記述も残されています。

低地から山地までの森林

もともとはジャワ島全域に分布

本来のジャワトラは、ジャワ島全域の低地から山地までの森林に広く分布していました。しかし20世紀に入ると、人間の生活圏の拡大に押される形で遠隔の山地林や国立公園予定地へ徐々に追い詰められ、1940年代までにはジャワ島の内陸部の限られた保護区にしか生息しなくなりました。

1970年頃は東ジャワの一地区のみ

1970年頃には、島のなかで確実に生存が確認されるのは東ジャワのメル・ベティリ地区のみとなっていました。それ以外の地域からは、目撃報告そのものが途絶えつつありました。

飼育記録は乏しい

ロンドン動物園で撮影されたジャワトラ(第二次大戦前)
F. W. Bond, Public domain, via Wikimedia Commons

戦前のインドネシア動物園で飼育

第二次世界大戦前まではインドネシアのいくつかの動物園でジャワトラが飼育されていましたが、戦時中に多くの動物園が閉鎖されたことでその系統は途絶えました。ヨーロッパでも一時期ジャワトラが飼育されており、上の写真は1928年前後にロンドン動物園で撮影された雄の飼育個体です。写真からも、大陸のトラよりも一回り小柄で縞が細かい島嶼型の体形がうかがえます。

戦後はスマトラトラに取って代わられた

戦後は入手が容易なスマトラトラが動物園の飼育対象として主流となり、飼育下の寿命・妊娠期間・成長速度など、生活史に関する詳細なデータはほとんど残されていません。飼育系統が途絶えたことは、絶滅回避の可能性そのものが失われたことも意味しています。

森林の急激な減少──絶滅の背景

ジャワトラの分布(インドネシア・ジャワ島)
Bosphore9, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ジャワ島の人口爆発と稲作地の拡大

1938→1975の40年で3倍

ジャワ島の人口は1938年の約2800万人から1975年には約8500万人へと、40年足らずで3倍以上に増加しました。主食である米の生産が追いつかず、稲作地の拡大が急務となり、島の森林は次々と伐採されていきました。1938年時点で島の表面積の23%を占めていた自然林は、1975年にはわずか8%にまで縮小したと記録されています。ジャワトラが生きるための森そのものが、絶滅を待たずに消えていったといえます。

戦後のプランテーション化

チーク・コーヒー・ゴムの単一林化

第二次世界大戦後、残された森林の多くはチーク(Tectona grandis)・コーヒー・ゴム(Hevea brasiliensis)などの商業作物のプランテーションへと転換されました。これらの単一樹種の人工林は下草や獲物となる動物を養う力に乏しく、ジャワトラの生息地としては機能しません。分断された小さな森林の断片に閉じ込められたトラの個体群は、繁殖相手を見つけることも移動することも難しくなり、遺伝的にも生態的にも急速に脆弱化していきました。

ジャワジカの疫病と餌不足

1960年代の保護区でジャワジカ激減

1960年代には、ジャワトラの主要な獲物であるジャワジカが疫病により複数の保護区で激減しました。餌動物の減少は捕食者の減少に直結し、生息地の縮小・分断と重なって個体群の減少を加速させました。

家畜襲撃→人間との衝突の悪循環

餌不足に追い詰められたトラは家畜を襲うようになり、それがさらに人間との衝突を招くという悪循環に陥ります。害獣視の強化が新たな駆除圧を呼び、個体数減少がさらに加速していきました。

狩猟と毒殺の追い打ち

19世紀の懸賞金と害獣視

1830年代から発行された懸賞金

ジャワトラの狩猟に対する懸賞金は、早くも1830年代から発行されていました。1850年頃には、農村部の住民にとってジャワトラは家畜や人を襲う害獣として認識されており、駆除の対象と見なされていたと記録されています。

植民地政府にとっての農民保護と娯楽の両面

20世紀初頭には人口の急増と稲作地の拡大にともなって狩猟の圧力はさらに強まり、多くの個体が組織的に殺されていきます。植民地政府にとってのトラ狩りは、農民保護と観光娯楽の両方の性格を持つものでした。

プランテーションでの毒殺

死骸に仕込まれた毒

プランテーションの拡大と並行して、ジャワトラとその獲物を狙った毒殺が広く行われました。家畜を襲うトラを排除するため、住民や農園主が獲物の死骸に毒を仕込む方法が使われ、ジャワトラだけでなくその餌となる動物も同時に減らしていきました。

狩猟より深刻──生態系ごと痩せさせた

狩猟が正面から個体数を削ったのに対し、毒殺は生態系ごと痩せさせる形で個体群を追い詰めた点で、より深刻な打撃になったといえます。餌の消失を通じた間接的な圧力は、狩猟圧よりも長期的に効いたと考えられています。

1965年以降の内戦下の混乱

武装集団が保護区に入った

1965年の政変以降、インドネシアでは各地で武装集団による衝突と混乱が起きました。反政府勢力の一部は森林保護区に退避し、そこで生き残っていたわずかなジャワトラを資金源や食料として殺していきました。当時は野生動物の保護意識も十分に育っておらず、20世紀最後の生息集団だった中央〜東ジャワの保護区が、この時期にとどめを刺されました。

保護区の設置と最後の目撃

3つの保護区での生存

ウジュン・クロン/ルエン・サンチャン/バルラン

1960年代半ばまで、ジャワトラはウジュン・クロン/ルエン・サンチャン/バルランの3つの保護区で生存が確認されていました。ウジュン・クロン国立公園(現在ジャワサイの最後の生息地として知られる)では1960年の時点で10〜12頭のジャワトラが推定されていました。

1965年以降に西ジャワの目撃が途絶える

しかし1965年以降の政治的混乱を経て、これらの西ジャワ・中央ジャワの保護区からトラの目撃は途絶えていきました。以後、生存が確認されるのは東ジャワの一部に限られていくことになります。

メル・ベティリ国立公園

1972年に保護区、1982年に国立公園化

1971年、東ジャワのベティリ山付近のプランテーション近くで、老いた雌のジャワトラが射殺されました。この報告を受け、1972年に同地域の約500平方キロメートルが野生生物保護区に指定されます。少人数の警備隊と生息地管理事業が動き出したのがこの時期です。1980年にSeidenstickerとSuyonoが保護区の拡張と人為的攪乱の排除を提言し、インドネシア自然保護当局は1982年にこれを受けて同地を「メル・ベティリ国立公園(Meru Betiri National Park)」として国立公園化しています。ただしこの措置は、生き残ったジャワトラを救うには遅すぎたと評価されています。

1976年の最終確認と1984年の射殺

1976年 メル・ベティリで3〜5頭の痕跡

ジャワトラの確実な最終目撃は、1976年のメル・ベティリ国立公園での記録です。この調査では標高の高い地点で生きた個体が確認されたほか、3〜5頭のジャワトラが残存することを示す痕跡が発見されました。1979年以降、公園内で追加の目撃は得られていません。

1984年ハリムンでの1頭射殺が最後の物証

1984年には西ジャワのハリムン保護区で1頭のトラが射殺されており、これがジャワトラに関する最後の確実な死亡記録となりました。それ以降、公式に確認された生存個体はありません。

WWFカメラトラップと絶滅宣言

1987年の調査と痕跡

ボゴール農科大学の学生30名による調査

1987年、ボゴール農科大学の学生30名がメル・ベティリ国立公園に調査隊を派遣し、糞や足跡などジャワトラの痕跡を発見しました。ただしトラそのものは撮影・観察できず、痕跡が新しいものか古いものかも確定できませんでした。この時期には、既存の生存個体は限界的な数まで減っていたと考えられています。

1992〜94年の19地点カメラトラップ

1年の撮影で1頭も写らず

WWFインドネシアの支援を得て、1992年秋からメル・ベティリ国立公園に本格的なカメラトラップが設置されました。1993年3月から1994年3月までの1年間、園内19地点にカメラを配置して継続的な撮影が行われました。しかし1枚もジャワトラの姿は記録されず、生息を示す新しい足跡も発見されませんでした。この調査の最終報告を受けて、ジャワトラの絶滅が事実上宣言されました。1999年秋にはさらにトラ財団(The Tiger Foundation)から赤外線カメラが提供され、公園警備員12名を訓練しての再調査も行われました。それでもトラは1頭も撮影されず、代わりに多数の密猟者が写っていたと報告されています。

IUCNによる絶滅認定(2008)

1980年代までに実質絶滅と評価

これらの調査結果を踏まえて、国際自然保護連合(IUCN)は2008年、ジャワトラを正式に絶滅(EX)と評価しました。1980年代までに実質的に絶滅していたと見なされ、その後20年以上にわたって科学的に確認できる痕跡がなかったことが、公式な絶滅認定の根拠となりました。

生存の可能性は残されているか

目撃報告と誤同定

2016年のスマトラトラ写真の誤り

絶滅宣言後も、ジャワトラの目撃を主張する報告は繰り返し出ています。2008年11月には中央ジャワのメルバブ山国立公園で、女性登山者の遺体がトラの襲撃によるものだと村人が主張したケースがあり、2009年1月にはラウー山近くで雌と2頭の子どもの目撃情報も出ました。しかし、いずれも科学的な確証は得られませんでした。2016年に東ジャワのアルジュノ山で撮影された「ジャワトラ」の写真は後に検証され、近くの動物園(タマン・サファリ・プリゲン)で撮影されたベンガルトラの写真であることが判明した虚偽の事例でした。2017年にウジュン・クロン国立公園でレンジャーが撮影した個体も、専門家により実際はジャワヒョウであったと同定されています。

2019年の毛髪DNAをめぐる論争

スカブミ県で採取された1本の毛

2019年、西ジャワ・スカブミ県の南部のチプンダゥイ村付近でジャワトラの目撃報告があり、フェンスに付着していた1本の毛が採取されました。2024年にインドネシアの研究チームがこの毛のDNAを解析し、ジャワトラの博物館標本と同じ系統に属するとする論文をオリックス誌に発表しました。

反論論文と現在の評価

しかしその直後、別の国際研究チームが同じデータを検証した結果、標本の混入や解析上の問題があり「ジャワトラが現存する証拠にはならない」とする反論論文が2024年に同じオリックス誌で公表されました。現時点では、ジャワトラの現存を裏づける確実な科学的証拠はないというのが国際的な保全機関の評価です。

亜種分類の見直しと系統上の位置

トラの歴史的分布と亜種系統(Driscoll et al. 2009)
Driscoll CA et al. (PLoS 2009), CC BY 2.5, via Wikimedia Commons

スンダ諸島のトラの起源

最終氷期にスンダ島嶼へ渡ったトラ

ジャワトラ・バリトラ・スマトラトラを含むスンダ諸島のトラは、最終氷期の11万〜1万2000年前にスンダ島嶼へ渡ったトラが、海面上昇による島の分断とともに独自に進化してきた集団と考えられています。

大陸のトラとは明確に分岐した系統

博物館標本のミトコンドリアDNA分析からは、これら3つのスンダ島嶼のトラが大陸のトラとは明確に分岐した系統をなすことが確認されており、島嶼ごとの体格・毛色の違いはこの数万年のあいだの島内進化の結果と解釈されます。

2017年の分類統合

Cat Classification Task Forceによる再編

2017年、IUCNネコ専門家グループのCat Classification Task Forceは、トラ全体の亜種分類を大幅に見直しました。従来は最大9亜種に分けられていたトラを、ユーラシア大陸の Panthera tigris tigris と、スンダ諸島の Panthera tigris sondaica の2亜種に集約する新体系が提示されました。この改訂により、ジャワトラ・バリトラ・スマトラトラは分類学上ひとつの亜種 P. t. sondaica に統合されました。ただし、絶滅した「ジャワトラ」「バリトラ」というローカル個体群としての実態は変わらず、地域集団としての固有性は保全生物学上も歴史記録上も引き続き重要視されています。

ジャワトラが残したもの

「Mr. Tiger」と呼ばれた獣

1890年のテン・ボッケルの記録

1890年のオランダの著述家ヤン・ヘルハルト・テン・ボッケルは、ジャワ島の住民の風習として「ジャワの人々はけっしてトラをただ『トラ』とは呼ばず、必ず『ミスター・トラ』と呼ぶ。うっかりトラと呼び捨てにすると、その獣が聞きつけて復讐に来ると恐れているからだ」と記録しています。トラは畏怖の対象であり、名を直接呼ぶことすらためらわれる存在でした。

畏怖と害獣視という二重の位置づけ

同時に、農村ではトラは家畜と人を襲う害獣でもありました。畏怖と害獣視という二重の位置づけが、19世紀から20世紀にかけての集中的な駆除と絶滅の背景にあったといえます。

他の絶滅したトラ亜種との共通点

カスピトラ・バリトラと共通の「絶滅の型」

ジャワトラの絶滅の経緯は、同時期に絶滅したカスピトラやバリトラと多くの共通点を持ちます。急速な人口増加による生息地の縮小・獲物動物の減少・懸賞金つきの狩猟・そして保護法制の整備が絶滅の直前に間に合わなかったこと──これらは20世紀のアジアの大型肉食獣に共通する「絶滅の型」でした。

島という閉じた生息地が加速要因に

ジャワトラの場合は、島という閉じた生息地であったことが、そのプロセスをより急速で決定的なものにしたといえます。大陸のカスピトラよりも短い期間で個体数減少が完結した背景には、集団の孤立と規模の小ささがありました。

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参考

  • IUCN Red List: Panthera tigris ssp. sondaica (Javan Tiger, EX 2008)(絶滅認定・分布・脅威要因)
  • Wikipedia (en): Javan tiger(体サイズ・頭骨形質・絶滅経緯・目撃報告・分類統合)
  • Seidensticker, J. (1987) “Bearing witness: observations on the extinction of Panthera tigris balica and Panthera tigris sondaica” in Tigers of the World, Noyes Publications(絶滅過程の一次的観察記録)
  • Xue HR et al. (2015) “Genetic ancestry of the extinct Javan and Bali tigers” Journal of Heredity 106(3): 247–257(ミトコンドリアDNAによるスンダ諸島トラの系統解析)
  • Kitchener AC et al. (2017) “A revised taxonomy of the Felidae” Cat News Special Issue 11: 66–68(ジャワ・バリ・スマトラトラを P. t. sondaica に統合)
  • Wirdateti W et al. (2024) “Is the Javan tiger Panthera tigris sondaica extant? DNA analysis of a recent hair sample” Oryx 58(4): 468–473/Sui ZY et al. (2024) “No reliable evidence supports the presence of the Javan tiger” Oryx 59: 69–74(2019年毛髪DNAをめぐる論争)

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