バイカルアザラシはロシアのバイカル湖だけに住むアザラシです。淡水にしかいない唯一の種で、澄んだ水の中を目で見て獲物を探すため、眼球が非常に大きくなっています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:食肉目 Carnivora
- 科:アザラシ科 Phocidae
- 属:ワモンアザラシ属 Pusa
- 種:バイカルアザラシ Pusa sibirica
和名・英名
- 和名:バイカルアザラシ
- 英名:Baikal seal(現地では「ネルパ」と呼ばれます)
近い仲間
頭骨の構造から、カスピ海に住むカスピカイアザラシに近いとされています。属はワモンアザラシと同じ Pusa です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体長1.1〜1.4m・体重63〜70kg(体長1.65m・体重130kgの記録あり) |
|---|---|
| 分布 | ロシア・バイカル湖のみ(固有種) |
| 生息環境 | 淡水の湖。冬は氷の下で過ごす |
| 食べ物 | ゴロミャンカを中心に29種の魚。浮遊性のヨコエビも食べる |
| 繁殖 | 氷の下の巣穴で1頭を産む。双子が生まれることもある |
| 個体数 | 8万〜10万頭(2010年代の推定) |
| 保全状況 | IUCN: LC(軽度懸念) |
目を大きくした代償に、骨が3mmまで細くなった

澄んだ水の中を、目で探す
バイカル湖は透明度が高い湖です。この水の中で獲物を見つけるため、バイカルアザラシは視覚に頼ります。そのぶん眼球が非常に大きくなりました。
体毛は全体に暗い灰褐色で、脇腹は黄色がかった灰色です。乾くと茶色に見えます。雌雄の差は小さく、オスがわずかに大きい程度です。
前頭骨は3mm、噛む筋肉は配置が変わった
眼球に押されて狭まった骨
大きな眼球を収めるために、頭骨のほうが譲っています。左右の眼窩に挟まれた前頭骨は、幅がわずか3mmまで狭まっています。3mmは1円玉を2枚重ねた厚さほどです。
※ 眼窩は眼球が収まる頭骨のくぼみ、前頭骨は額を作る骨です。側頭筋はこめかみから顎へ、咬筋は頬から顎へつながる筋肉で、どちらも口を閉じる働きをします。
眼窩の後ろには側頭筋があります。顎を動かす筋肉ですが、その付着部も小さくなってしまいました。
咬筋が肩代わりする
失われた力は別の筋肉が補っています。咬筋が発達することで、顎を動かす働きを肩代わりしていると考えられています。
歯の形も独特で、細かいギザギザがあります。小さな獲物を捕らえたときに、口の中から水を出すのに役立つとみられています。
世界で唯一、淡水だけに住むアザラシ

バイカル湖から出ない
バイカルアザラシが住むのはバイカル湖の水域だけです。湖のどのあたりにいるかは、季節や環境によって変わります。
個体数は8万〜10万頭と推定され、この湖が養える数とほぼ釣り合っているとみられています。1994年には約10万4000頭、2000年には5万5000〜6万5000頭という推定もありました。
淡水にいる「亜種」なら、ほかにもいる
淡水で暮らすアザラシはほかにも知られています。カナダのハドソン湾地域の湖にはゼニガタアザラシの亜種がいます。フィンランドのサイマー湖とロシアのラドガ湖にはワモンアザラシの亜種がいます。
ただしどちらも亜種にとどまります。種として淡水だけに住むのはバイカルアザラシだけです。


夜に浮いてくる魚を追い、400mまで潜る

ゴロミャンカを、湖の産出量の半分以上
主な獲物はゴロミャンカという魚です。バイカル湖の固有種で、カジカの仲間にあたります。冬と春には食事の90%以上をこの魚が占めます。
量もかなりのものです。ゴロミャンカが湖で1年に生み出される量はおよそ64,000トンで、バイカルアザラシはその半分以上を食べています。食べる魚の種類は全部で29種が知られています。
ヨコエビを1日4,300匹
近年の研究では、浮遊性のヨコエビを1日に4,300匹も食べていることが分かりました。魚より下の段階にいる小さな生き物です。
これを利用できることが、栄養の乏しい湖で数を保てる理由の一つと考えられています。
血液が2リットル多く、70分潜れる
採餌の時間は獲物の動きで決まります。ゴロミャンカは日中こそ水深100mより深い場所にいます。日没から夜、日の出前にかけては水深10〜25mまで上がってきます。
潜水の記録は水深400mまで、時間は40分以上に達します。普段の潜水はもっと短く、2〜4分ほどです。これを血液の量が支えています。同じ大きさのほかのアザラシより2リットルも多く、脅威を感じたときには最大70分間も水中にとどまります。
オームリが減ったのはアザラシのせいではない

食事に占める割合は0.1%
バイカル湖にはオームリという魚がいます。数が減ったのはバイカルアザラシのせいだ、と言われることがあります。
これは事実ではありません。オームリがバイカルアザラシの食事に占める割合は0.1%程度です。
むしろ競争を防いでいる
逆の働きをしているという見方もあります。バイカルアザラシは年間で数トンものゴロミャンカを食べます。それがオームリとゴロミャンカの餌の奪い合いを防いでいる、という説明です。
砂を含んだ魚を食べて、腸を洗う

秋、湖が凍る前の入り江で
秋、湖の全体が凍る前に、バイカルアザラシは湾や入り江へ移動します。そこで Leocottus kesslerii という魚を狙います。
この魚は砂地に住むため、消化器のなかに砂や泥を含んでいます。バイカルアザラシはそれを食べることで自分の消化管を砂で洗い、寄生虫を体の外へ出しているとされます。
氷の下に5mの巣穴を掘り、双子を産むことがある

白い毛で生まれ、6〜8週間で灰色になる
普段は単独で行動しますが、繁殖期には同じ相手とつがいになります。生まれる子は白い毛皮をまとい、6〜8週間後に大人と同じ灰色へ生え変わります。
体重3〜3.5kg、体長約70cmで生まれます。まれにまだら模様の個体も現れます。
アザラシでは珍しく、双子が生まれる
産む子は1頭が普通ですが、双子が生まれることもあります。アザラシでは珍しい形です。ごくまれに三つ子や四つ子を産むこともあります。
双子は親から独立したあとも、しばらく一緒に行動します。メスは出産のあとすぐ次の妊娠に入り、妊娠しながら授乳することも多いとされます。
氷の下の巣穴
メスは氷の下に巣穴を掘ります。長さは最大5m、幅は2m以上に達します。大人が横になったときの2〜3人分の長さです。
生まれたばかりの子は巣穴の周りに穴を掘りますが、そこから氷の上へ出ることはありません。脂肪の層ができるまで時間がかかるため、体を動かして温めていると考えられています。
換毛の時期は食べず、50年以上生きる

晩冬から春、食事をやめる
毎年の晩冬から春にかけて、体毛が生え変わります。この期間は食事をとりません。
換毛の間は体温を調節する働きが落ちます。日光を浴びすぎて体温が上がり、死んでしまうこともあります。春から夏には数百から数千頭の群れを作ることもあります。
寿命は50〜55年
寿命は50〜55年です。ほかのアザラシと比べるとかなり長い部類に入ります。
ただしメスは30歳ごろに繁殖する能力を失います。
1987年の大量死はイヌから来たとみられる
湖の1割が死んだ秋
1987年の秋、バイカル湖でけいれんを起こして死んだアザラシが見つかりました。数は急速に増え、湖にいる8万〜10万頭のうち約1割が死んでいました。
死体からはイヌジステンパーウイルスの遺伝子が見つかっています。湖の沿岸では、アザラシと接触した可能性のある5頭のイヌのうち3頭が、このウイルスの典型的な症状で死んでいました。ここからイヌが感染源と推定されています。
汚染が免疫を弱めていた
農薬と、製紙工場の廃棄物
背景には水質の汚染があります。DDTなどの農薬や、湖畔の製紙工場から出る産業廃棄物が問題になってきました。
これらの化学物質は食物連鎖をのぼるにつれて濃くなり、免疫の働きを弱めると考えられています。病気にかかりやすい体になっていたということです。
下がった濃度と、上がった濃度
汚染の程度は改善した部分もあります。DDTなどの濃度は1990年代以降に下がりました。ただしペルフルオロ化合物の濃度は上がっており、湖の周辺では工業化が進んでいます。
参考
画像出典
- Sergey Gabdurakhmanov from Mountain View, USA, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
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- Per Harald Olsen, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
- Nina Zhavoronkova, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


