アメリカナキウサギは、北米西部のロッキー山脈などの高山ガレ場に住む小型のナキウサギです。北海道のキタナキウサギと同じ「鳴くウサギ」の仲間で、干し草を積み上げて越冬する行動でも知られます。25℃を超える環境に数時間さらされるだけで死んでしまう高温耐性の低さから、地球温暖化の初期指標種として世界的に注目されている種です。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:ウサギ目 Lagomorpha
- 科:ナキウサギ科 Ochotonidae
- 属:ナキウサギ属 Ochotona
- 種:アメリカナキウサギ Ochotona princeps
和名・英名
- 和名:アメリカナキウサギ(別名 アメリカピカ)
- 英名:American pika
別名・学名の由来
属名 Ochotona はモンゴル語で本種の仲間を指す「ochodona」に由来するとされ、種小名 princeps はラテン語で「第一の・首位の」を意味します。英語の「pika(ピカ)」は本種の仲間全般を指すロシア語系の呼び名から入った言葉で、日本語の「ナキウサギ」と同じく「鳴くウサギ」の意味合いをそのまま持ちます。北米では単にピカと呼ぶだけで通じる、西部山岳の小型哺乳類です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体長 16.2〜21.6cm、体重 121〜176g |
|---|---|
| 尾 | 体毛に埋もれてほぼ外から見えない |
| 耳 | 中程度の丸い耳。両面が有毛で暗色に白い縁 |
| 後脚 | 2.5〜3.5cm(体格に対しては短い) |
| 体色 | 夏毛は灰色〜シナモン色、冬毛はより灰色寄り |
| 分布 | 北米西部(カナダBC州〜アルバータ州〜米国西部の11州) |
| 生息環境 | ガレ場・崖錐(スクリー/タラス)・森林限界付近・高山岩塊地 |
| 垂直分布 | 北部は海面〜3,000m、南部は2,500m以上に限定 |
| 食性 | 植物食(草本・葉・花・地衣類)/夏〜秋に干し草貯蔵 |
| 活動時間 | 昼行性 |
| 繁殖 | 年2回・1回に平均3頭。妊娠期間およそ30日 |
| 寿命 | 野生でおよそ3〜5年 |
| 保全状況 | IUCN 軽度懸念(LC)。ただし米国西部の一部低標高集団は減少傾向 |
姿と体色 ── ふっくら丸い小型ウサギ

耳が小さく尾が見えない
手のひらサイズの体
体長は16〜22cm、体重120〜180g程度で、キタナキウサギとほぼ同じ手のひらサイズです。ウサギ目のなかで最小級のグループにあたり、丸っこいシルエットが「ハムスターとウサギの中間」のような独特の姿を作っています。
寒冷地仕様の体つき
耳は中程度の丸型で、キタナキウサギほどではないものの、ノウサギ属に比べれば大幅に短めです。後脚も2.5〜3.5cmと短く、跳躍による移動より岩の隙間を機敏に走り抜けるための造り。尾は体毛にほぼ埋もれ、外からは見えません。全体として「熱を逃がさない寒冷地仕様の体つき」で、高山の氷点下環境に適応しています。
夏毛と冬毛
夏毛は灰色からシナモン(赤褐色)色、冬毛はより灰色寄りへと変わりますが、ノウサギ属のような白化はありません。岩塊地の色調に紛れる保護色を通年維持する形で、雪の少ない岩場に隠れる暮らしに合わせた戦略です。耳の縁の白い縁取りは季節を通じて残る特徴的な形質でもあります。
タラスの暮らし ── 岩塊斜面の縄張り

本種は「タラス(talus)」や「スクリー(scree)」と呼ばれる岩塊斜面を主な生活の場にします。北米西部の高山では森林限界の少し上、大小の岩石が積み重なって地面が見えない斜面が広がっており、こうした場所こそ本種の縄張りです。個体は隣接した縄張りをそれぞれに構え、成体の雄と雌がペアで隣り合わせに住み、繁殖期以外は単独行動をとる社会構造をとります。
Haying ── 越冬用の干し草づくり
1日に100回以上の植物運搬
冬眠せず自力で越冬する
本種は冬眠しません。厚い積雪に覆われる北米高山の冬を岩塊斜面の下で越すために、夏から秋にかけて草・葉・花を口いっぱいにくわえて巣に運び、岩の隙間に山積みにする「haying(ヘイング/干し草づくり)」を行います。
1日100回超の往復

ピーク期の観察では1個体が1時間あたり約13回、1日で100回以上も採食地と巣を往復する報告があり、小さな体で厳冬期の食料をすべて自力調達する行動が確認されています。積み上げた「haypile(干し草の山)」は数kgに達することもあり、岩塊斜面のあちこちに小さな山が点在する景観を作ります。
栄養価で植物を選ぶ
集める植物には選好性があり、カロリー・タンパク質・脂質・水分の高い草本を優先して積み上げる傾向が知られています。単に量を稼ぐのではなく、越冬中の栄養の質までを見越した選び方で、乾燥しやすい種と乾きにくい種を組み合わせて貯蔵ロスを抑える工夫も報告されています。
鳴き声と縄張り

「鳴くウサギ」の名の通り、本種は明瞭な音声コミュニケーションを持ちます。短く高い警戒音は捕食者を発見した際に発するもので、仲間に危険を知らせる合図として使われています。長く続く「歌」は繁殖期や秋の縄張り主張に使われ、隣接する個体が声を交換することで境界を維持する社会行動と結び付いています。声の届く岩の反響空間が、視界の限られたガレ場での情報伝達を支えています。
繁殖 ── 反射性排卵と年2回の出産
繁殖期は春から初夏で、1シーズンに2回、1回に平均3頭を出産します。妊娠期間はおよそ30日と短く、授乳期間も4週間ほどで離乳へ移る足の早い子育て様式です。特徴的なのは「反射性排卵」で、雌の排卵は交配行動そのものの刺激で起こる仕組みとされます。この様式は同じウサギ目のカイウサギやノウサギ属にも共通し、季節と気象の変動が激しい生息地で確実に受精を成立させる適応と考えられています。
気候変動指標種 ── 25℃で6時間の壁

高温に極めて弱い体
25.5℃を6時間で致死ラインに
本種は気温が25.5℃を超える環境に6時間さらされるだけで生存に支障が出るとされ、哺乳類のなかでも突出して高温に弱い体の作りをしています。厚い冬毛と高い代謝が寒冷地では有利に働く一方、夏の高温は逃げ場のない致命的な要因となる構造です。
逃げ場のない山頂集団
生息地の岩塊斜面は逃げ場のない孤立環境のため、気温上昇にともない下端の集団から順に消失していく現象が北米の複数地域で確認されています。特にカリフォルニアのシエラネバダ山脈や、乾燥地帯のグレートベースンの一部では、20世紀後半に生息が確認されていた低標高地点から本種が姿を消した記録もあります。
地球温暖化の初期指標
こうした地域的な消失パターンから、本種は北米における「地球温暖化の初期指標種」として気候変動研究で頻繁に取りあげられる存在になっています。IUCNレッドリスト全体としては軽度懸念(LC)ですが、低標高・南部の集団は今後さらに減少すると予測されており、山岳生態系の未来を映す代表的な小型哺乳類として扱われる位置づけです。
キタナキウサギとの違い ── 太平洋を挟んだ姉妹種
2種を比べる
日本の北海道に生息するキタナキウサギ(Ochotona hyperborea)と本種は、太平洋を挟んで対岸に分布する近縁のナキウサギです。外見は似ていますが、いくつか違いがあります。
| 項目 | アメリカナキウサギ | キタナキウサギ |
|---|---|---|
| 分布 | 北米西部(ロッキー山脈中心) | ユーラシア北部・北海道 |
| 体重 | 121〜176g | 60〜150g |
| 生息高度 | 北部は海面〜3,000m、南部は2,500m以上 | 北海道では800m以上(低標高の風穴環境なら400m) |
| 耳 | 丸型で中程度・白い縁 | やや短い・白い縁は目立たない |
| 保全上の位置づけ | 気候変動指標種として研究の中心 | 環境省RL 準絶滅危惧 |
2種は形態的にも生態的にも極めて近く、氷期に大陸を渡って両大陸に広がった祖先の姉妹群と考えられています。キタナキウサギは日本列島に取り残された遺存個体群として、本種は北米高山の気候感受性種として、それぞれ異なる文脈で研究の対象になっています。
関連ページ


参考
- Wikipedia (英語版)「American pika」(分類・分布・生態・気候変動)
- IUCN Red List: Ochotona princeps(LC評価と地域動向)
- USDA Forest Service「American pika and climate change」(高温感受性と山頂集団の縮小)
- Beever, E. A. et al. (2011). “Contemporary climate change alters the pace and drivers of extinction.” Global Change Biology 17:2054-2070.
画像出典
- Frédéric Dulude-de Broin, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Marshal Hedin, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
- Derrellwilliams, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Dcrjsr, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
- U.S. Department of Agriculture, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
- James St. John, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons


