ネムリブカは、インド洋と太平洋のサンゴ礁で暮らす、体長1.6mほどの小型のサメです。日中はサンゴのすきまや洞窟で、単独か小さな群れでじっと横たわって休みます。まるで眠っているような姿。それが名前の由来にもなっている、南の海の代表的なサメの一種です。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:軟骨魚綱 Chondrichthyes
- 目:メジロザメ目 Carcharhiniformes
- 科:メジロザメ科 Carcharhinidae
- 属:ネムリブカ属 Triaenodon
- 種:ネムリブカ Triaenodon obesus(Rüppell, 1837)
和名・英名
- 和名:ネムリブカ(眠鱶)
- 英名:Whitetip reef shark
名前の由来
和名の「眠鱶(ねむりぶか)」は、日中に岩陰や洞窟で身を横たえてじっとしている姿から名づけられました。英名 Whitetip reef shark は「サンゴ礁の白い先端をもつサメ」の意で、背ビレと尾ビレの上端がくっきり白い見た目に由来する名です。属名 Triaenodon はギリシャ語の「三叉」と「歯」を組み合わせた語で、独特な形の歯にちなむ名だとされます。種小名 obesus(「太った」の意)は、細身の本種にはやや似合わない名です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 体長 通常1.6mまで(最大記録は約2.1mだが目視観察で確度は低いとされる)。最大体重 約18kg |
|---|---|
| 分布 | インド洋・太平洋の熱帯域(大西洋には分布しない)。日本では琉球列島を中心に見られる |
| 生息環境 | サンゴ礁。多くは水深8〜40m。1m以下の浅場や330mの深場での記録もある |
| 寿命 | グレートバリアリーフではオス14歳・メス19歳、最大25歳前後と推定 |
| 保全状況 | IUCN:VU(危急種) |
「眠るサメ」の姿

白い先端の背ビレと尾ビレ
体は細く、頭は短くて幅広く、吻(ふん)は平たい形をしています。目は小さく、瞳孔はネコのように縦に切れ長です。もっとも目立つ特徴は名前のとおり、背ビレと尾ビレの上端がはっきり白く縁取られる点です。灰色の体に白い先端という組み合わせは、他のメジロザメ科のサメと見分けやすい目印になっています。
口の中には上あごに42〜50列・下あごに42〜48列の歯が並びます。それぞれの歯は中央の細く滑らかな尖端の左右に、より小さな尖端を備えた形をしています。三叉の歯を表す属名 Triaenodon は、この歯の形からとられました。
日中は洞窟で横たわって休む
洞窟の中で平行に並ぶ
ネムリブカの一日の大部分は、洞窟やサンゴのすきまで動かず横たわる時間に費やされます。単独のこともあれば、小さな群れが平行に並んだり、上下に積み重なるように休んでいることもあります。ハワイでは海底の溶岩洞、コスタリカでは開けた砂地で休息する姿が観察されており、休み場所は地域によってさまざまだとされます。
同じ場所を長く使う定住性
同じ洞窟が数か月から数年にわたって同じ個体の休み場所になる例も知られており、日中の行動範囲は0.05km²ほどに収まる個体もあります。ジョンストン環礁での追跡では、一年以内に3km以上動いた個体は報告されていません。地元のサンゴ礁に強く根付いた暮らしぶりです。

静止しても呼吸できるサメ
ラム換気とバッカル換気
「泳がなければ死ぬ」の例外
多くのサメは、泳ぎながら口から取り込んだ水をエラに通す「ラム換気」で呼吸しています。この方式では止まると水の流れが途絶えて呼吸できなくなるため、泳ぎ続ける必要があります。ネムリブカもメジロザメ科の仲間ですが、他のメジロザメ類とは違い、水底に静止したままエラに水を出し入れして呼吸できる仕組みを備えています。
眠り鱶を可能にする体のつくり
口とエラのポンプ機能で水を送る「バッカル換気」をとることで、ネムリブカは横たわった姿勢のまま酸素を取り込めるのです。日中は洞窟でじっと休んでいられる暮らしぶりは、この生理的な特徴に支えられていると考えられています。
サンゴ礁の夜のハンター

昼と夜で活動が入れ替わる
ネムリブカが活発になるのは、夜と潮の流れが止まる憩流時(けいりゅうじ)です。日が沈むと洞窟から出て、サンゴ礁のあいだをすみずみまで探るように泳ぎ、眠っている魚を襲います。狩りの主な獲物はサンゴ礁の魚、タコやイカ、甲殻類などです。
群れで探しても、獲物は競う
集団で回るが協力はしない
夜のネムリブカは、しばしば複数の個体で組んでサンゴ礁を回ります。集団といっても協力して狩るわけではなく、同じ獲物を見つけると個体どうしで奪い合う関係です。サンゴのすきまに逃げ込んだ魚を、複数のサメが出口ごとに待ち構えることもあります。
採食狂騒に陥りにくいサメ
他のメジロザメ類と違い、集団採食のときにも過度に興奮しないことが知られています。餌に群がる魚たちのように「フィーディング・フレンジー(採食狂騒)」状態に陥ることは少なく、比較的落ち着いて狩りをするサメだとされます。空腹に耐える力も強く、6週間ほど餌なしでも生き延びられるという記録が残っています。

繁殖と成長

泳ぎながら子を産む
ネムリブカは体内で卵を育て、子を生きたまま産む胎生のサメです。妊娠期間は10〜13か月と長く、1回の出産で1〜6匹(通常は2〜3匹)の子を産みます。メスは一生のうちに平均で約12匹を産むと見られています。
出産のとき、メスは体を大きくねじって旋回するように泳ぎながら子を産み落とすとされ、1匹あたり1時間以内で出産が終わります。生まれたばかりの子は体長52〜60cmで、成体より尾ビレの割合が大きく、母親から独立してすぐに岩礁の暮らしに入ります。
ゆっくり育ち、長生きする
年数cmの遅い成長
ネムリブカの成長は、他のメジロザメ類に比べてかなり遅いことが知られています。新生児で年16cm、成体で年2〜4cmと少しずつ大きくなり、体長1.1m前後・8〜9歳で性成熟に達すると報告されています。地域によっては95cmで成熟したオスの記録もあり、環境による差もあると考えられています。
単為生殖の記録
2008年にはハンガリーの水族館で、単為生殖により1匹の子が生まれた記録があります。これはウチワシュモクザメ・カマストガリザメに続くサメの単為生殖の例とされ、ネムリブカが「オスなしで殖える」可能性をもつことが分かっています。
人との関わり

ダイバーが出会いやすいサメ
ネムリブカは、サンゴ礁でのダイビングで比較的よく出会えるサメです。人を襲う事例はまれで、泳ぐ人にゆっくり近づいて観察するような行動が知られています。ただし、モリで魚をとる漁の途中で獲物を横取りしようとして噛みつく事故は報告されており、獲物を持って泳ぐ状況は避けるべき相手だとされています。
シガテラ毒に注意される食用魚
ネムリブカの肉と肝臓は食用にされますが、シガテラ毒を含む場合があるとされます。特に肝臓は毒量が多いという報告があり、熱帯域では食用に際して注意される魚です。日本本土ではあまり食卓に上る魚ではありませんが、太平洋の島々では漁業対象になっています。
減り続ける個体数と保全
IUCNレッドリストではネムリブカを危急種(VU)に分類しています。熱帯域での規制されていない漁業による漁獲圧が、主な要因です。成長が遅く生息地がサンゴ礁に限られること・繁殖力もそれほど高くないことが、乱獲からの回復を難しくしています。
グレートバリアリーフの調査では、漁業海域の個体数は非漁業海域に比べて8割ほど少なく、密漁の圧も指摘されています。統計モデルからは、追加の保全策がなければ年6〜8%の速度で個体数が減り続ける可能性が示されました。今後の個体数は、熱帯域の漁業管理に大きく左右されると考えられています。
参考
- Simpfendorfer, C. ほか 2020. Triaenodon obesus. The IUCN Red List of Threatened Species 2020(危急種指定と個体数減少の要因)
- Randall, J.E. 1977. “Contribution to the Biology of the Whitetip Reef Shark (Triaenodon obesus)” Pacific Science 31(2)(本種の生態・繁殖・行動の古典的総説)
- en Wikipedia「Whitetip reef shark」(分布・体サイズ・単為生殖などの整理版)
- Chapman, D.D. et al. 2008. “Virgin Birth in a Hammerhead Shark” Biology Letters 3(サメの単為生殖の先行例)


