ホンソメワケベラ

硬骨魚類

ホンソメワケベラは、白地に太い黒帯を1本走らせた小さなベラ科の魚で、大型魚の体表や口の中に入り込んで寄生虫を食べる「掃除魚」の代表格として知られます。2019年には魚類として初めて鏡像自己認知(ミラーテスト)に成功したことで、動物の知能研究にも新しい章を開きました。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:条鰭綱 Actinopterygii
  • 目:ベラ目 Labriformes
  • 科:ベラ科 Labridae
  • 亜科:カンムリベラ亜科 Corinae
  • 属:ソメワケベラ属 Labroides
  • 種:ホンソメワケベラ Labroides dimidiatus

和名・英名

  • 和名:ホンソメワケベラ(本染分倍良/本染分遍羅)
  • 英名:Bluestreak cleaner wrasse

和名の由来 ―「ホソソメ」の読み違い

本種の和名にはよく知られたエピソードがあります。もともとは「ホソメワケベラ」と記述されていましたが、和名を正式登録する際にカタカナの「ソ」を「ン」と読み違えたため、「ホンメワケベラ」として記録されたと伝えられています。以来この誤読の名が定着し、現在も正式和名として使われています。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ成体で全長 約12cm。オスの方がメスよりやや大きい
分布太平洋・インド洋の熱帯〜亜熱帯。日本では房総半島以南/夏は黒潮に乗り東北・北陸沿岸にも回遊
生息環境サンゴ礁・岩礁。定住的なクリーニングステーションを構える
食性他魚の体表寄生虫・粘液・皮膚のかけら。ウミクワガタ類が主な餌
性転換雌性先熟。すべての個体はメスから成熟し、群れ最大個体がオスへ
保全状況IUCN:LC(低危険種)

姿と体のつくり

12cmの細身のベラ

ホンソメワケベラの全身横向き(紅海)
Diego Delso, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

成体の全長は約12cmで、ベラ科としては小型の部類です。細長い側扁形の体つきで、大きな胸鰭と長い背鰭・臀鰭を持ちます。オスはメスよりやや大きくなる傾向があります。小型ながら海中では白と黒のコントラストがよく目立ち、大型魚のあいだをすり抜けるように泳ぐ姿がダイバーの目を引きます。

目から尾までの黒帯と青い縁

目から尾まで走る1本の黒帯
Susan Prior, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

体色は白地に、目を通って尾鰭まで走る1本の黒い帯が特徴です。この帯は尾に近づくほど太くなり、尾鰭はほぼ黒く染まります。ただし上下の縁は青白く縁取られ、これが英名「Bluestreak(青い筋)」の由来です。臀鰭と背鰭にも黒色のラインが入り、シンプルながら遠目にも一目でそれと分かる姿になっています。

クリーニング共生 ―海の掃除屋

ホンソメワケベラの名を世界に知らしめたのが、大型魚の体表や口の中に入り込んで寄生虫を食べる「クリーニング行動」です。掃除される魚は自ら寄ってきて口や鰓を大きく開き、掃除中は体を安定させて動きを止めます。小さなホンソメワケベラを食べるより、寄生虫を取り除いてもらう利益のほうが大きい、という関係が海の中に成立しています。

クリーニングステーション

キイロスズメダイを掃除するホンソメワケベラ
Rickard Zerpe, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

本種は特定の岩やサンゴを縄張りにして、大型魚が「掃除を受けに来る場所」を構えます。この場所を「クリーニングステーション」と呼び、決まったハタ・アジ・チョウチョウウオなどが繰り返し訪れます。行動範囲の広い魚種は複数のステーションを覚え、サービスの質でお気に入りを変えるとも報告されています。

独特のダンス

サンゴの間で泳ぐホンソメワケベラ
dr.scott.mills, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

クリーニング中の泳ぎ方には特徴があり、頭を斜めに下げ、体を波打たせるような軌道でゆっくり進みます。この動きと白黒の体色を組み合わせ、自分が「掃除屋」であることを大型魚に知らせていると考えられています。捕食者に襲われないための一種のサインでもあります。

掃除される魚たち

別種のベラを掃除するホンソメワケベラ
Rickard Zerpe, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

掃除される相手は多岐にわたります。チョウチョウウオ・ヒメジ類などの小型魚から、ギンガメアジ・クエ・マハタ・ユカタハタなどの大型ハタ類まで、サンゴ礁の魚の大部分が含まれます。魚食性の強い魚も含まれますが、掃除屋を食べてしまうことはほぼありません。ウツボが口を開けてホンソメワケベラに歯や鰓を掃除させる光景は、ダイビングでよく撮影される定番シーンです。

裏切りと罰 ―信頼関係のかけひき

ホンソメワケベラの掃除には「裏切り」があります。本種は寄生虫だけでなく、掃除される魚の体表を覆う粘液や鱗のかけらも好んで食べるためで、掃除中にこれをかじると相手の防御機能を下げてしまいます。この裏切りをどう扱うかで、掃除魚と掃除される側のあいだに独特のかけひきが成立します。

掃除される側の反応 ―罰と乗り換え

行動範囲の広い魚は、サービスの悪いステーションを見限って別のステーションへ移ります。定住性の高い魚は、粘液をかじられると本種を攻撃・追い回しといった罰を与えることが観察されています。掃除魚も掃除される側もお互いを覚えていて、関係が長続きするほど信頼が積み重なる構造です。

マッサージで関係修復

罰を受けたホンソメワケベラは、胸鰭や腹鰭を使って相手の体を軽く撫でるような「マッサージ」行動を見せます。これで相手をなだめ、関係を修復してから改めて掃除に入る様子が報告されています。他種間の関係修復行動としては、動物行動学的にも注目されています。

鏡像自己認知 ―魚類で初めて

ホンソメワケベラは、動物の知能研究にとって特別な位置を占める種です。2019年、大阪市立大学の幸田正典教授らのグループが、本種が鏡像自己認知(ミラーテスト)に合格することを報告しました。魚類として初めて「鏡に映る自分」を認識できると確認された例で、当時のヒトの動物観を大きく塗り替えた成果です。

ミラーテストとは

ミラーテスト(マークテスト)は、動物の鏡像自己認知能力を測る古典的な実験です。動物の体に目立つ印を付け、鏡を見せます。印に気づいて自分の体をこすったり触れたりすれば、鏡の中が自分だと理解していると判断されます。従来はチンパンジー・ゾウ・イルカ・カササギなど「高知能」とされてきた種の一部でしか合格が確認されていませんでした。

大阪市立大学の実験

サンゴの上のホンソメワケベラ
Darren Obbard, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

顎に茶色の印を付ける

幸田教授らは、ホンソメワケベラの顎に茶色の印を付け、鏡を見せる実験を行いました。鏡を見た個体は、海藻や石を使って正しい側(鏡像の反対=実際の自分の顎の側)を擦り、再び鏡の前に戻って印が取れたか確認する行動を見せました。「鏡の中に自分がいる」ことを理解して行動したと解釈される、明確な結果です。

合格率は14/14

大阪市立大学の実験では、テストした14匹すべてが合格し、合格率は100パーセントに達しました。参考として過去のチンパンジーの合格率は約40パーセント、ゾウでは約30パーセントとされ、単純な合格率だけを見れば「知能の高い種」を上回る結果です。ただしこれは実験条件や動物の性格の違いにも大きく左右される数字で、直接に「頭の良さの順位」を意味するわけではないと注意されています。

大脳皮質と対人的な注視

大脳皮質の発達

幸田教授は、ホンソメワケベラの高い合格率について次のように推論しています。まず本種の大脳皮質が比較的発達している点が挙げられます。ベラ科は魚類のなかでも認知能力の高いグループとされ、この基盤が鏡像の解釈を支えている可能性があります。

類人猿にはある社会的な抑制

もう一つは、野生の類人猿や大型哺乳類では「目を合わせる=敵意」となるため、鏡像への注視が社会的に抑制されてきた可能性です。魚の場合はそのような社会的抑制がなく、鏡像を素直に見つめられるという要因も考えられるとされます。

家族や仲良しの識別

同じ研究グループの別の実験では、ホンソメワケベラが(つがい相手ではない)「仲の良い個体」や「家族の個体」を顔で識別できることも示されています。掃除する相手の魚と長期的な関係を築くクリーニング共生の生活と、こうした個体識別能力は密接に関係しているとみられます。

雌性先熟の性転換

群れ最大の個体がオスに

ホンソメワケベラは雌性先熟の魚で、すべての個体がまずメスとして成熟します。ハーレム状の群れをつくり、群れの中で最も大きい個体だけがオスに性転換して繁殖します。イソギンチャクと共生するハマクマノミなどが「メスが最大」なのとは逆のパターンで、同じ性転換でも系統によって方向が異なります。

オスが消えたら2番手が交代

群れのオスが失われると、その次に大きかったメスが約2週間かけてオスに性転換します。逆に、既存のオスより大きなオスが群れに加わると、小さかったオスは数週間でメスへ戻ります。「群れの中で最大=オス」というルールが機能し、限られた縄張りで繁殖の効率を最大化する仕組みになっています。

擬態する魚 ―ニセクロスジギンポ

白と黒を精密に模倣する別系統の魚

ベラ科ではなくイソギンポ科

ホンソメワケベラの成功には、模倣者もいます。イソギンポ科のニセクロスジギンポ(Aspidontus taeniatus)は、ベラ科の本種とはまったく別系統ながら、白地に黒帯という体色を精密に模倣しています。英名は「False cleanerfish(にせ掃除魚)」です。

近づいた相手の皮膚をかじって逃げる

掃除を受けに来た魚はニセクロスジギンポをホンソメワケベラと間違って近づきますが、この魚は寄生虫を食べる代わりに、鋭い歯で相手の皮膚や鰓を食いちぎってすばやく逃げます。掃除魚のふりをすることで、大型魚に襲われず、しかも食料が得られるという二重の利益を手に入れています。ホンソメワケベラの上下に波打つ独特の泳ぎに対し、擬態種は泳ぎ方まで完全には真似られず、そこで見分けがつきます。

ソメワケベラ属の近縁種

ソメワケベラ属(Labroides)には5種が含まれ、日本近海には4種が分布します。いずれも小型で他魚の掃除行動をとる点は共通しますが、体色や分布が異なります。

ホンソメワケベラ全長 約12cm/白地に太い黒帯/房総半島以南。本記事の主役
ソメワケベラ全長 約12cm/成魚は前半青・後半黄/三宅島・和歌山県以南
スミツキソメワケベラ全長 約8cm/胸鰭に大きな黒斑/小笠原諸島・慶良間諸島
クチベニソメワケベラ全長 約8cm/唇が赤い/南鳥島
ハワイアン・クリーナー・ラス全長 約12cm/尾鰭の端が紫色/ハワイ諸島固有

死滅回遊魚として ―夏の東北にも

黒潮による北上と越冬失敗

本種は熱帯・亜熱帯性の魚ですが、夏には黒潮に乗って東北地方や北陸地方の沿岸まで北上した個体が観察されます。ダイバーに人気の観察対象ですが、これらの個体は冬の低温に耐えられず、大部分が越冬できずに死んでしまう「死滅回遊魚(無効分散)」と考えられています。

温暖化と分布北限の変化

近年は温暖化の影響で、本州中部での越冬例が報告される種が増えており、ホンソメワケベラも分布北限が変化していく可能性が指摘されています。夏の海で北方の海域に現れる姿は、海水温変化を示すバロメーターの一つでもあります。

飼育とクリーニング商法

アクアリウムでの飼育難度

ホンソメワケベラは海水魚アクアリウムでも人気で、水槽内で他の魚の寄生虫を食べてくれる「掃除役」として導入されることがあります。ただし本種は野生では常に他魚と共生しており、水槽内では餌となる寄生虫が不足するため長期飼育は難しいとされます。動物性の飼料に慣れれば飼育できますが、単独混泳は勧められない種です。

ドクターフィッシュとの混同

人の足や手の角質を食べる「ドクターフィッシュ」(ガラ・ルファ)と混同されることもありますが、ドクターフィッシュはコイ目の別種で、ホンソメワケベラとは別グループの魚です。共通するのは「他生物の体表を食べる」行動だけで、系統も生態も異なります。

保全状況

IUCNレッドリストではLC(低危険種)で、種としての絶滅懸念はありません。分布域が広く、サンゴ礁環境で普通に見られます。ただしサンゴ礁の白化や生息環境の悪化は、掃除される側の魚の減少も含めて間接的な影響として指摘されています。

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参考

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