ホタルイカは、日本沿岸の深い海に暮らす小さな発光イカです。春になると富山湾に大群で押し寄せ、青白い光を放ちながら産卵に集まります。全身に散らばる約800個の発光器と、天敵から身を隠すための巧みな光の使い方で知られます。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:頭足綱 Cephalopoda
- 目:ツツイカ目(開眼目) Oegopsida
- 科:ホタルイカモドキ科 Enoploteuthidae
- 属:ホタルイカ属 Watasenia
- 種:ホタルイカ Watasenia scintillans
和名・英名
- 和名:ホタルイカ(螢烏賊)
- 英名:Firefly squid / Sparkling enope squid
別名・学名の由来
属名の Watasenia は、和名「ホタルイカ」を1905年に命名した明治期の動物学者、渡瀬庄三郎にちなみます。1913年に石川千代松が名づけました。富山の方言では「マツイカ」とも呼ばれ、松の肥料として使われていた歴史を残す名です。「コイカ」の別名もあります。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 胴長 雄約4cm・雌約6cm/体重 約10g |
|---|---|
| 分布 | 日本近海(日本海全域と太平洋の一部)。特に富山湾と兵庫県山陰沖 |
| 生息環境 | 水深200~600mの深海。夜間は水深20~60mまで浮上 |
| 寿命 | 約1年(産卵を終えて一生を閉じる) |
| 食性 | 幼生はカイアシ類、成体はオキアミ類・小魚・小型イカ |
| 天敵 | キタオットセイ・大型魚・海鳥 |
| 保全状況 | IUCN:未評価/水産資源として管理 |
発光の仕組みと役割
ホタルイカという名は、体の各所で青白い光を放つ姿に由来します。発光器の数は多く、光る場所と色は種類ごとに役割が違うと考えられています。

3種類の発光器
ホタルイカの発光器は3種類で、すべて体の腹側に配置されます。もっとも強く光るのは腕先の発光器で、皮膚と眼の発光器は無数に散りばめられています。
腕先の強い発光器
第4腕(いちばん外側の腕)の先端には、大型の発光器が3個ずつ計6個備わります。ここは肉眼でもはっきり見えるほど明るく光り、青い波長を出すとされています。触れると光る性質があり、外敵を驚かせて素早く逃げる囮の役割があると考えられています。
皮膚と眼の発光器
皮膚には800~1,000個ほどの小さな発光器がひれを除く全身の腹側に散らばり、青と緑の二つの波長を放ちます。この光の色は頭足類では珍しい特徴です。両眼の縁には5個ずつのやや大きな発光器があり、こちらは青い光だけを出します。眼の周りは光の量と方向を目に届けるための「灯り」として働くとされます。
発光の役割
発光の役割はいくつか提案されていて、単一の答えはありません。多くのイカが夜間に浅い層へ上がる中で、光を持たない仲間より生き残る手立てが多いとされます。
カウンターイルミネーション
腹側の細かな発光器は、海面から差す光の明るさや色に自分の輪郭を合わせるために使われます。下から見上げる捕食者にとって、光る腹は海面の明るさに溶け込み、シルエットが浮かびません。これがカウンターイルミネーションと呼ばれる保護色の一種で、深海性の頭足類には広く見られる戦略です。
交尾・餌集めの説
強い腕先の光は、産卵期の集合場所で仲間どうしの合図に使われる可能性が指摘されます。小魚を誘き寄せる呼び水としての説もあり、外敵を幻惑する意味も含めて、複数の目的が重なっているとみられます。全容の解明にはまだ研究の余地が残されています。
富山湾の身投げと群遊海面
ホタルイカが世界的に知られるのは、富山湾で春に起こる大群の出現です。産卵のために雌が沿岸へ押し寄せ、青い光の帯が海面を染めます。この光景は「富山湾の神秘」と呼ばれ、地元では古くから知られる現象です。

春の身投げ
4~5月の富山湾では、発光したまま砂浜に打ち上げられる「ホタルイカの身投げ」という現象が見られます。新月前後の夜中から夜明け前、風がなく比較的暖かい夜に、波の力で浜へ運ばれるとされます。滑川市や魚津市の海岸では、身投げを見学する夜間の観察会が例年開催されています。
特別天然記念物「ホタルイカ群遊海面」
常願寺川の河口左岸から魚津港までの約15km、沖合1,260mまでの海域は1922年に国の天然記念物、1952年には特別天然記念物に指定されました。指定名は「ホタルイカ群遊海面」といい、生き物そのものではなく、集まる海の面を守る形をとります。ホタルイカ自体を指定すると食用利用ができなくなるため、海域を対象とする形で指定されました。
一生と生態
ホタルイカは一年で一生を終える短命の生き物です。深海と表層を毎日行き来し、最後に沿岸へ集まって産卵を終えます。
昼と夜で深さを変える
ホタルイカは日周鉛直移動という習性を持ち、昼間は水深300~400mに沈み、夜になると20~60mまで浮上します。日中は暗く冷たい深海で休み、夜の浅い層でオキアミ類や小魚を追うという暮らしぶり。1日の水温差は10℃を超える日も珍しくありません。眼には3種類の視物質が確認されていて、頭足類では珍しく色を見分ける可能性があるとされます。
産卵と一年の寿命
産卵期は2月から7月頃で、雌は一度に数千個から1万個の卵を産むとされます。雌は首の付け根にある一対の袋に精子を蓄えているため、雄がいなくなった後にも産卵することがあります。産卵を終えた個体は寿命を迎え、群れは海面から姿を消し、産卵世代の1年が終わります。
一夫一婦の可能性
2020年の隠岐諸島での研究では、雌が貯めた精子の95%が同一の雄のものだったと報告されました。頭足類は複数の相手と交尾する種が多い中で、ホタルイカは一夫一婦に近い繁殖様式を持つ可能性があると考えられています。雄の精子生産量は生涯で2~3回の交尾ぶんに限られ、雌が成熟する頃には雄の多くが姿を消しているという生活史も、この結果を支える背景とされます。
漁と食べ方

富山と兵庫の漁の違い
漁期は2月から5月頃で、主な産地は日本海側の兵庫県・富山県・鳥取県・福井県です。産地によって漁法と獲れる個体の性質が大きく異なります。
富山湾の定置網
富山湾では夜間に沿岸へ浮上した個体を定置網で明け方に捕らえ、傷をつけずに揚げるので鮮度が保たれます。産卵で集まる雌が中心のため、獲れる個体は大型で肝も充実しているとされます。この漁を観察する観光船が、漁期のみ滑川市で運航されています。
山陰沖の底引き網
兵庫県の山陰沖では1985年頃から底引き網漁が始まり、水深200m前後を回遊する群れを網で捕ります。捕獲量は年間2,000~3,000t規模で富山県の総量を上回りますが、多くが雄と若い個体で、富山湾で獲れる大型の雌に比べるとサイズが小さいという違いがあります。
生食解禁と調理

ホタルイカにはかつて旋尾線虫という寄生虫の危険があり、日本では長らく生食されていませんでした。冷凍などの加工基準が整った現在は、厚生労働省の指針に従って刺身や寿司でも提供されます。加熱調理では釜揚げ・酢味噌和え・沖漬け・しゃぶしゃぶ・燻製・干物・塩辛・黒作りなど、産地ならではの食べ方が並びます。
富山湾のホタルイカは大型で肝が大きく、酢味噌和えのように内臓ごと味わう調理と相性がよいとされます。近年は養殖マグロの飼料として使う研究もされています。
名前と歴史
英名と切手の意匠
英名の firefly squid は、和名と同じく「ホタルのようなイカ」を意味するとされます。もう一つの英名 toyama squid には、代表的な産地である富山湾の名が含まれます。ホタルイカは1966年発売の35円普通切手にも意匠として選ばれ、産地の象徴として広く知られてきました。
マツイカと肥料の記憶
「マツイカ」という富山の古い呼び名は、冷蔵や輸送の技術が発達する前、地元で消費されない分が松の肥料として使われた歴史を今に伝えるものです。米国のウェブスター辞典の firefly squid の項目にも「日本の西海岸で大量に獲れ、肥料に使われる」と紹介されていた時代がありました。「ほたるいか」は俳句では晩春の季語として扱われます。
関連ページ




参考
- ウィキペディア「ホタルイカ」(分類・発光器の構成・特別天然記念物指定の経緯)
- Wikipedia “Firefly squid”(日周鉛直移動・視物質・繁殖研究)
- Sato N. et al. (2020) “Rare polyandry and common monogamy in the firefly squid, Watasenia scintillans” Scientific Reports 10:10962(隠岐諸島での一夫一婦傾向の研究)
- Teranishi K., Shimomura O. (2008) “Bioluminescence of the arm light organs of the luminous squid Watasenia scintillans” Biochimica et Biophysica Acta 1780(5):784-792(発光反応の生化学)


