ヘイケガニ

エビ・カニ類(十脚類)

ヘイケガニは、甲羅の凹凸が怒った人の顔のように見える、小さなカニです。その姿から、壇ノ浦の戦いで滅んだ平家の武者になぞらえられ、古くから浮世絵などにも描かれてきました。内湾の砂泥底に住み、背中に貝殻などを背負って身を隠します。

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分類と学名

ヘイケガニは、エビやカニと同じ十脚目のなかの、ヘイケガニ科に含まれます。カニのグループである「カニ下目(かにかもく)」に属する、本当のカニの仲間です。現在の学名は Heikeopsis japonica で、以前は Heikea japonica とも呼ばれていました。ドイツの博物学者シーボルトによって、19世紀に日本から報告された種です。

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:節足動物門 Arthropoda
  • 綱:軟甲綱 Malacostraca
  • 目:十脚目 Decapoda
  • 下目:カニ下目 Brachyura
  • 科:ヘイケガニ科 Dorippidae
  • 種:ヘイケガニ Heikeopsis japonica

和名・英名

  • 和名:ヘイケガニ(平家蟹)
  • 英名:heikegani/samurai crab(サムライ・クラブ)

名前の由来

「平家蟹」という名は、甲羅の模様が人の顔のように見えることと、平家物語の伝説に由来します。壇ノ浦の戦い(1185年)で敗れ、海に散った平家の武者たちの霊が、このカニに乗り移ったと言い伝えられてきました。瀬戸内海や九州の沿岸に多いことも、この言い伝えと結びついたとみられます。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ甲羅の幅・長さとも2cmほど(小型)
分布北海道南部から本州・瀬戸内海・有明海。朝鮮半島・中国北部・ベトナムまで
生息環境水深10〜30mほどの、貝殻の多い砂泥底
食べ物小動物や生きものの死がい(雑食)
特徴甲羅が人の顔のように見える。背中に物を背負う
人との関わり食用にはならないが、伝説でよく知られる

武者の顔に見える甲羅

ヘイケガニの最大の特徴は、甲羅です。上から見ると、怒った人の顔のように見えます。

顔をつくる甲羅の溝

目・鼻・口に見える凹凸

甲羅は丸みのある台形で、上から押しつぶされたように平たい形です。表面には深い溝が走り、いくつかの区画に分かれています。この凹凸が、つり上がった目・盛り上がっただんご鼻・固く結んだ口のように見えます。全体として、眉をつり上げて怒る人の顔のような印象になります。

溝は筋肉がつく場所

顔に見える溝は、体を動かす筋肉が甲羅の内側につながる場所にあたります。筋肉のつく位置がくぼみとなり、甲羅の表面に区画の境目としてあらわれます。つまり、顔のような模様は、体のつくりから自然に生まれたもの。それが人の顔に見えるのは、偶然の一致だと考えられています。顔の見え方には個体差があり、はっきり顔に見えるものもあれば、そうでないものもあります。

浮世絵に描かれた平家蟹
浮世絵に描かれた平家蟹。甲羅の顔が武者に見立てられた(歌川国芳)

とても小さなカニ

ヘイケガニは、甲羅の幅・長さとも2cmほどの小型のカニです。手の指の先に乗るくらいの大きさしかありません。体色は全体に褐色で、目立たない色合いをしています。前の方の二対のあしは平たく長く、甲羅の幅の2倍以上にもなります。

ヘイケガニの標本
ヘイケガニ(博物館の標本)。左のものさしは10mm。甲羅の幅は2cmほどで、あしが長い

平家物語と平家蟹

甲羅の顔と平家物語が結びつき、ヘイケガニは古くから多くの人に知られてきました。江戸時代には、浮世絵の題材にもなっています。

壇ノ浦に散った平家の伝説

平家物語は、平家の栄えと滅びを描いた物語です。その最後の戦いが、1185年の壇ノ浦の戦いでした。海に散った平家の武者たちの無念が、顔をもつカニと重ね合わされ、「平家の亡霊が乗り移った」という言い伝えが生まれました。歌川国芳の浮世絵には、海の底の平家の武者とともに、顔をもつカニが描かれています。平家物語は琵琶法師によって語り継がれ、平家の最期は広く知られていました。顔をもつカニと結びつくことで、この言い伝えはいっそう広まったとみられます。

大物浦海底之図
歌川国芳「大物浦海底之図」。海の底の平家の武者と、顔をもつカニが描かれる

「顔は漁師が作った」説とその反論

広まった人為選択の仮説

「漁師が、顔に見えるカニを供養のために海へ返し続けた結果、顔の個体だけが生き残って今の姿になった」という説があります。生物学者のハクスリーや、天文学者のカール・セーガンが紹介したことで、世界に広まりました。人の手による選択で顔ができた、という考え方です。

専門家からの反論

一方で、この説には反論もあります。甲殻類の研究者・酒井恒は、次の点を指摘しました。ヘイケガニは食用にならず、そもそも漁でえらんで返す対象ではないこと。日本以外の海に住む個体も、同じように顔に見えること。さらに、大昔の化石の段階で、すでに顔のような模様があること。これらから、顔は人の手ではなく、筋肉のつく位置によって自然にできたものと考えられています。

狂歌百物語の平家蟹
「狂歌百物語」に描かれた平家蟹。妖怪の一つとしても親しまれた(竜斎閑人正澄)

背中に物を背負う暮らし

ヘイケガニには、甲羅の顔とはべつに、もうひとつの変わった習性があります。背中に物をのせて持ち歩くことです。

貝殻やカシパンを背負う

背中側を向いた短いあし

ヘイケガニの後ろの二対のあしは、細く短く、背中側を向いています。ふつうのカニのあしとは違い、歩くためではなく、物をおさえるために使われます。この短いあしで、二枚貝の貝殻やカシパン類、海綿などを背中にのせて運びます。

身を隠すための背負い

背中に貝殻や海綿をのせると、上から見たときにカニだと分かりにくくなります。海底の景色にまぎれ、天敵から身を守るのに役立ちます。ヘイケガニ科やカイカムリ科など、物を背負うカニはほかにも知られています。小さな体を守るための、工夫のひとつです。

砂泥底の暮らし

ヘイケガニは、水深10〜30mほどの、貝殻の多い砂泥底に住みます。海岸で見かけることは少なく、多くは底引き網などにかかって見つかります。夜に活動し、日中は砂に潜むとされます。小動物や生きものの死がいなどを食べる、海底の掃除役でもあります。

人とのかかわり

ヘイケガニは、食用にはなりません。それでも、伝説や浮世絵を通じて、日本でもっともよく知られたカニのひとつです。

食用でないのに有名なカニ

体が小さく、食べられる部分もほとんどないため、ヘイケガニが市場に出ることはありません。しかし、その顔と伝説から、名前を知る人は多くいます。江戸時代の浮世絵や、妖怪をえがいた「狂歌百物語」にも登場しました。食用にならないカニが、これほど広く知られているのは珍しいことです。

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参考

  • ヘイケガニ Heikeopsis japonica(Wikipedia日本語版)分類・形態・平家伝説・人為選択説とその反論
  • ヘイケガニ(市場魚貝類図鑑・ぼうずコンニャク)大きさ・生態・分布
  • Heikeopsis japonica(BISMaL 海洋生物データベース・JAMSTEC)分類・分布

画像の出典

  • アイキャッチ(顔に見える甲羅の生体):RD 77, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
  • 標本(ものさし付き):Noémy MOLLARET, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
  • 浮世絵の平家蟹・大物浦海底之図:歌川国芳, パブリックドメイン, via Wikimedia Commons
  • 狂歌百物語の平家蟹:竜斎閑人正澄, パブリックドメイン, via Wikimedia Commons
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