ヤリイカ

ヤリイカ Heterololigo bleekeri イカ・タコ類(頭足類)

ヤリイカは、日本近海の沿岸に広く分布するイカ科の代表種です。細長く尖った槍のような体形が名の由来で、春の刺身や寿司ネタとして高値で扱われます。二型の雄が異なる交尾戦略を持つことや、神経科学のモデル生物として長く用いられてきた研究史でも知られます。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:軟体動物門 Mollusca
  • 綱:頭足綱 Cephalopoda
  • 目:閉眼目 Myopsida
  • 科:ヤリイカ科 Loliginidae
  • 属:ヤリイカ属 Heterololigo(Natsukari, 1984)
  • 種:ヤリイカ Heterololigo bleekeri

和名・英名

  • 和名:ヤリイカ(槍烏賊)
  • 英名:Spear squid / Bleeker’s squid

別名・学名の由来

シノニム(旧学名)は Loligo bleekeri(Keferstein, 1866)で、日本ではジンドウイカ科として通っていた時代がありました。属名 Heterololigo は「異なる Loligo」の意で、1984年に夏苅豊が近縁属から分離しています。種小名 bleekeri は原記載者にちなむとされ、英名 Bleeker’s squid にも残ります。地方名にはササイカ・サヤナガ・テナシ・テッポウ・シャクハチイカがあり、いずれも細長い姿形を映した名前です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ外套長 雄約30~40cm・雌約20~30cm(最大40cm前後)
分布北海道~九州の日本沿岸/朝鮮半島/黄海全域/東シナ海東部
生息環境水深0~100mの沿岸浅海(遊泳性)
寿命約1年(産卵後に死亡)
食性小魚・エビ類・小型イカを捕食
漁期冬~春(産卵で沿岸に集まる時期)
保全状況IUCN:未評価/水産資源として管理

姿と生態

相模湾で採集された雄のヤリイカ(1929年の古典モノグラフより)
Sasaki M. 1929, A Monograph of the Dibranchiate Cephalopods of the Japanese and Adjacent Waters, CC0, via Wikimedia Commons

槍のような細長い体

ヤリイカは眼が薄い膜で覆われる閉眼類に属し、外套長は40cmほどになる中型のツツイカです。胴部は細長い円錐形で、後端に向かってすっと尖った姿が槍の穂に似ているところから和名がつきました。通常の体色は透明感の強い薄い色ですが、興奮したときは茶褐色の色素胞を広げて体を濃く見せます。頭部と胴に対して腕は控えめの長さで、テナシやテッポウという地方名も、腕の短さや細身の姿から生まれたと考えられています。

分布と季節回遊

日本近海では北海道から九州までの沿岸に広く分布し、黄海や東シナ海の東部にも生息します。沖合の中層を群れで泳ぎ、早春から産卵期に入ると各地の岸近くまで接岸します。冬から春が漁期にあたるのはこのためで、朝鮮半島沿岸・上海周辺の3か所を頂点とする海域が主産地とされています。産卵行動の異なる複数の個体群に分かれることが知られていて、産まれた海域ごとに独立した資源として管理されています。

アリューシャン低気圧と資源の増減

ヤリイカの卵は冬の海水温が摂氏7度を下回ると孵化率が下がるため、資源量は冬の水温に敏感です。冬の日本海は北太平洋のアリューシャン低気圧の強弱で寒暖が動くとされ、この低気圧が強い年は漁獲量が減少し、衰退した年は増加に転じる傾向が指摘されています。海洋気候の変動が水揚げに直結する種として、水産研究の対象になってきました。

スルメイカ・ケンサキイカとの違い

ヤリイカの外形図(DBCLSイラスト)
DataBase Center for Life Science (DBCLS), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

系統上の位置づけ

ヤリイカは同じ日本近海で獲れるスルメイカ(Todarodes pacificus)やケンサキイカ(Uroteuthis edulis)としばしば混同されますが、いずれも別属です。スルメイカはアカイカ科の開眼目で外洋性が強く、ヤリイカとは目のレベルで系統が離れます。ケンサキイカは同じヤリイカ科の閉眼目で近縁ですが、こちらは Uroteuthis 属で、胴の形も相対的に短くひれが大きく張り出します。

市場での見分け方

市場では、ヤリイカは細長く尖った槍形・透明感のある白身・小さな三角形のひれで見分けられます。刺身にすると身の甘みと歯切れが特徴で、スルメイカより上等品として扱われます。「一番するめ」の呼称は、このヤリイカとケンサキイカに与えられる格付けです。

二型の雄と交尾戦略

ヤリイカには、大型で雌に選ばれる「コンソート雄」と、小型で雌の口元にすばやく精子を渡す「スニーカー雄」の二つのタイプがあることが2010年代の研究で明らかにされました。同じ種の雄が二つの繁殖戦略に分かれる例として、頭足類の研究では代表的な事例のひとつです。

二種類の雄と精子の形

コンソートとスニーカーは、精子を渡す場所も、精子そのものの形も違います。同じ種の雄が異なる方式に分化しているのが特徴です。

大型のコンソート雄

コンソート雄は大型で、雌に選ばれて交尾する主流の型です。雌の輸卵管の内側に直接精子を渡す体内受精をおこない、渡す精子は短い鞭毛を持つとされます。産卵場所の近くで雌に付き添う形で振る舞うため、名前が「連れ添う雄」の意味で付けられました。

小型のスニーカー雄

スニーカー雄は小型で、雌に選ばれる前に横から素早く割り込む型です。雌の口の周辺にある専用の貯精組織に精子を託し、卵が体外に出る瞬間に精子と出会わせる体外受精の形をとります。渡す精子は長い鞭毛を持ち、短時間で泳ぎ着く体外受精に適した形態です。「スニーカー(忍び寄る者)」の名は、この横取り型の振る舞いに由来します。

生まれ月で決まる作戦

どちらの雄になるかは、体格や社会的な地位で決まるのではなく、孵化した季節でおおむね決まると考えられています。2024年の Proceedings of the Royal Society B に載った日本の研究チームの論文では、産卵期の早い時期に孵化した個体がコンソート、遅い時期に孵化した個体がスニーカーになる傾向が示されました。生まれ月で戦い方が決まる、という珍しい例です。

食文化と「一番するめ」

ヤリイカの外形と部位図
DataBase Center for Life Science (DBCLS), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

生食と加工

刺身・寿司・イカソーメン

ヤリイカはスルメイカより格上の扱いを受け、刺身や寿司ネタとして生食に多く使われます。細く切って麺のように盛りつける「イカソーメン」は、透明感のある身と歯切れが引き立つ食べ方です。生食用として春先に流通量が増え、寿司店では旬の高値でも指名される定番の白身ネタです。

加工と抱卵の楽しみ

加工では一夜干し・直火焼き・煮付け・塩辛にも用いられ、火を通しても身が硬くなりにくいのが特徴です。産卵前の抱卵個体は「子持ちヤリイカ」として煮物や焼き物で好まれ、雌の胴を破らないよう丁寧に扱う調理が広まっています。北陸や東北の郷土食として、旬の抱卵個体を丸ごと煮た料理が伝えられています。

五島列島の「一番するめ」

スルメに加工したヤリイカは、ケンサキイカとともに最高等級の「一番するめ」と呼ばれます。雅名として「竹葉(ちくよう)」「笹するめ」の呼び方があり、なかでも長崎県の五島列島で作られる「五島の一番するめ」は最高級品として知られています。加工の丁寧さと産地の魚体の質が値段を左右する伝統食品です。

神経科学のモデル生物として

ヤリイカは食用イカである一方で、20世紀の神経生理学を支えた実験動物でもあります。特に人工飼育の成功例は、無脊椎動物の実験生物学の歴史に残る出来事とされます。

巨大軸索とシナプス

電極を刺せる太さの神経

ヤリイカは頭足類の中でも非常に太い無髄の巨大軸索と、巨大シナプスを持ちます。神経細胞1本の直径が電極を刺せるほど大きく、細胞レベルの神経情報伝達を1本の細胞から直接測定できる材料として長く用いられてきました。ホジキンとハクスリーが活動電位のイオン機構を解明した1950年代の古典研究では、同じヤリイカ科の別種であるヨーロッパヤリイカが主に使われましたが、ヤリイカも同型の巨大軸索を持つ実験素材として国内の研究を支えています。

松本元による人工飼育の成功

イカ類は臆病で神経質な種が多く、人工飼育は長らく不可能とされていました。動物行動学者コンラート・ローレンツも「人工飼育が不可能な動物」の例としてヤリイカを挙げていたほどです。日本の電子技術総合研究所の松本元は1975年、3年がかりでヤリイカの飼育に成功しました。ローレンツは現地で1週間かけて検証したうえで飼育の成立を認め、「全ての水産生物の未来を変える」と評価したと伝えられています。

成功のポイント

飼育の鍵になったのは、円形水槽の回転水流で常に泳がせ続けることと、アンモニアを検出下限以下まで除去することでした。アンモニア除去は循環濾過フィルターの中に二種類の細菌を安定して定着させる方法で達成されます。アンモニアを酸化する亜硝酸菌と、それを窒素まで還元する脱窒菌の組み合わせで、現在の海水魚飼育の基本技術として広く応用されています。

釣りと名前の由来

ヤリイカは漁業だけでなく、岸壁からの釣り対象としても親しまれます。産卵に成熟した成体が接岸する冬から春が絶好の時期で、エギ(疑似餌の一種)や、魚の身や鶏のササミを付けた「エサ巻エギ」でのウキ釣りが行われます。標準和名の「ヤリイカ」は、細長く尖った姿を槍の穂に見立てた漁師の呼び名が広まったものとされます。英名 spear squid も同じ発想で名づけられました。

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参考

  • ウィキペディア「ヤリイカ」(分類・形態・食文化・松本元の人工飼育の経緯)
  • Wikipedia “Heterololigo bleekeri”(コンソート雄・スニーカー雄の交尾戦略)
  • Hosono S. et al. (2024) “Squid male alternative reproductive tactics are determined by birth date” Proceedings of the Royal Society B 291(2021):20240156(生まれ月で決まる二型の研究)
  • Iwata Y. et al. (2014) “Dimorphic sperm-transfer strategies and alternative mating tactics in loliginid squid” Journal of Molluscan Studies(コンソート/スニーカーの精子形態の違い)

画像出典

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