パラケラテリウム

哺乳類

パラケラテリウムは、いまから3400万〜2300万年前のユーラシアに暮らしていた、角のないサイの仲間です。肩の高さは約4.8メートルあり、陸上で暮らした哺乳類としては史上最大級とされます。インドリコテリウム、バルキテリウムという別の名前でも呼ばれてきました。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:奇蹄目 Perissodactyla
  • 科:†パラケラテリウム科 Paraceratheriidae
  • 属:†パラケラテリウム属 Paraceratherium
  • 種:Paraceratherium bugtiense ほか3種

奇蹄目とは、足のひづめの数が奇数になる動物のグループです。ウマ・サイ・バクがここに入ります。ひづめが偶数のウシ・シカ・カバは偶蹄目で、別のグループになります。

和名・英名

  • 和名:パラケラテリウム(旧称:インドリコテリウム、バルキテリウム)
  • 英名:Paraceratherium
  • 漢字表記:巨犀(きょさい)

学名の由来

Paraceratherium は「アケラテリウムに近いもの」という意味です。アケラテリウム(Aceratherium)は、a(ない)+ cerato(角)+ therium(獣)を組み合わせた名前で、「角のない獣」を指します。最初はそのアケラテリウム属の一種として記載され、のちに別の属として分けられたため、こう名づけられました。

別名のインドリコテリウムは、ロシアの民間伝承に出てくる巨大な獣「インドリク」にちなみます。バルキテリウムは、化石が見つかったバロチスタン(現在のパキスタン西部)の地名からとられました。

大きさ・分布などの基本データ

肩の高さ約4.8m
全長約7.4m
体重約15〜20トン(推定)
頭骨の長さ約1.3m
生きていた時代漸新世(約3400万〜2300万年前)
分布ユーラシア各地(パキスタン・中国・モンゴル・カザフスタン・トルコ・ブルガリアなど)
生息環境木がまばらな乾いた土地から亜熱帯の森まで
食べもの木の葉・柔らかい草・低木
属名がついた年1911年(フォースター・クーパーによる)

肩高4.8メートル・体重15〜20トンの体

キリンの頭と並ぶ肩の高さ

化石は全身がそろって見つかっているわけではないため、正確な大きさは分かっていません。それでも復元された数字は現在の陸上動物を大きく上回ります。

博物館に組み立てられたパラケラテリウムの全身骨格
MikSed, CC BY-SA 4.0(モスクワの古生物学博物館に組み立てられた全身骨格)

校舎1階半に届く肩の高さ

肩までの高さは約4.8メートルと見積もられています。キリンが頭を上げたときの高さとほぼ同じ位置に、この動物の肩がありました。校舎の1階分がおよそ3メートルですから、肩だけで1階半に届きます。頭を持ち上げれば、2階の窓をのぞける計算になります。

アフリカゾウ3頭ぶんの体重

体重は15〜20トンと推定されています。現在最も重い陸上動物のアフリカゾウがおよそ6トンですから、3頭ぶんに相当します。陸上で暮らす哺乳類の体重には、20トンあたりに上限があるという見方があります。パラケラテリウムはその限界近くまで達していたことになります。

巨体を支える骨の構造

大きな体を支えるため、骨の構造にも現生のサイとは違う特徴が現れています。

握りこぶしほどの奥歯

奥歯は1本が人の握りこぶしほどの大きさでした。哺乳類のなかでこれより大きな歯を持つのはゾウの仲間だけです。ただし頭骨そのものが1.3メートルもあるため、頭に対する歯の割合はさほど大きくありません。

1.5メートルの太ももと柱のような脚

太ももの骨は1.5メートルほどあり、これを上回るのはゾウの仲間と一部の恐竜だけです。脚は曲げずにまっすぐ立てる姿勢で支えられていました。柱のように立てることで、大きな筋肉を使わずに体重を受け止められます。背骨の一部には骨の中に空洞があり、これが骨組み全体を軽くするのに役立ったとされます。同じ仕組みは首の長い大型恐竜でも知られています。

角のないサイの仲間

5000万年前にさかのぼるサイとの関係

パラケラテリウムはサイの遠い親戚にあたります。サイの仲間の祖先は約5000万年前までさかのぼります。当時は犬ほどの小さな種から、パラケラテリウムほどの巨体までいました。走るのに向いた脚の長い種もいれば、水辺で暮らす種もいたとされます。

サイの仲間の大きさを比べた図
不明な作者, パブリックドメイン(サイの仲間の大きさ比較。左上の BALUCHITHERE がパラケラテリウムの旧称にあたる)

現在のサイと違って、パラケラテリウムに角はありません。角のあるサイの頭骨には、角がついていた部分に骨のざらついた面が残ります。パラケラテリウムの額はなめらかで、その跡がありません。名前に「角のない獣」が入っているのはこの特徴によります。

牙のような前歯とつかめる上唇

前歯は上下に1対ずつしかなく、太い円錐形で牙のように突き出ていました。上の歯は下向きに、下の歯は前向きに伸びます。この組み合わせは、サイの仲間ではパラケラテリウムと近い仲間のウルティノテリウムにしか見られません。前歯と奥歯の間には大きなすきまがありました。前歯で枝を折り、奥歯ですりつぶすという役割の分担があったとされます。

鼻の骨の構造からは、上唇が自由に動き、物をつかめたことがうかがえます。クロサイやインドサイの上唇と同じしくみです。バクのような短い鼻が伸びていた可能性も指摘されています。

木の葉を食べる暮らしと1000平方キロの行動圏

木の葉を選ぶ食性

歯の形からは、この動物が地面の草ではなく木の葉を食べていたことが読み取れます。

首を伸ばして木の葉を食べるパラケラテリウムの復元画
Charles Robert Knight, パブリックドメイン(1923年の復元画)

背の低い歯が示す柔らかい葉の食性

パラケラテリウムの歯は背が低く、形も単純でした。のちの時代のサイは背の高い歯を持ちます。地面の草には砂やほこりが混じり、歯がすぐにすりへってしまうためです。背の低い歯で足りたということは、柔らかい葉を選んで食べていた証拠になります。歯の表面のすりへり方を調べた研究もこの見方を支持しています。

枝から葉をむしる首の力

首の骨は現生のサイより幅が広く、強い靭帯(じんたい。骨と骨をつなぐ丈夫なひも)と筋肉がついていました。背中側には長い突起が並び、そこに頭を支えるための靭帯がつながります。後頭部には首の筋肉がしっかり付く構造があり、枝から葉をむしるときに頭を強く振り下ろせたとされます。キリンやオカピと同じように、高い場所の葉を食べていたとされます。現生のサイは地面の近くに口を持っていくので、食べ方が違います。

小さな群れと、10メートルのワニ

メスと子どもからなる小さな群れで暮らしていた可能性が指摘されています。同じ時代のこの地域にいた陸上の肉食動物は、大きいものでも現在のオオカミほどでした。大人のパラケラテリウムを襲える相手ではありません。

ただし例外もあります。パキスタンのブグティ層(地層の名前)から出た骨には、噛み跡が残っています。全長10〜11メートルのワニ、アストルゴスクスに襲われたと考えられています。子どもはもちろん、大人でも水辺では危険があったことになります。

暑さ対策と1000平方キロの行動圏

体が大きいと熱が体内にこもりやすく、体温を下げにくくなります。ゾウやサイ、カバは日中を日陰で過ごしたり、水や泥に体を浸したりして体温を調整します。パラケラテリウムも同じような方法をとり、活動は夜に寄っていたと推測されています。

これほどの体を養うには大量の食物が必要です。1頭が使う範囲は1000平方キロメートル以上に及んだという見積もりがあります。東京都の面積が約2200平方キロメートルですから、その半分ほどの土地を1頭で歩き回っていた計算になります。走ることはできなかったものの、長い距離をゆっくり移動する力はありました。

三つの名前を持つ獣

名前が増えた事情

この動物には、パラケラテリウム・バルキテリウム・インドリコテリウムという三つの名前があります。今ではすべて同じ属を指すものとして扱われ、最も古いパラケラテリウムが正式な名前とされています。

1923年に撮影された頭骨標本
Henry F. Osborn, パブリックドメイン(1923年。標本作成者オットー・ファルケンバッハと頭骨)

研究者が行き来できなかった時代

名前が増えた背景には20世紀の研究事情があります。西ヨーロッパ・ソ連・中国の研究者は、20世紀の大半を通じてほとんど交流がありませんでした。論文はそれぞれの言語で発表されます。政治や戦争が行き来を妨げ、他国の標本と見比べることも難しい状況でした。断片的な化石しかないうえに、奥歯のわずかな違いを根拠に新しい属や種が次々と名づけられたことも重なります。1989年に見直しが行われ、多くの名前が同じものを指していたと整理されました。

カメムシに先取りされていた属名

名前が増えたもうひとつの理由は属名の重複です。1913年に「すばらしい獣」を意味するタウマストテリウムという属名が与えられました。ところが、この名前はすでにカメムシの仲間に使われていました。そのため同じ年のうちにバルキテリウムへ改名されています。

1846年の断片から1911年の命名まで

最初の断片は1846年、バロチスタンでヴィッカリーという兵士によって集められました。ただし当時は何の骨か分からないままでした。1907年から1908年にかけて、イギリスの地質学者ギー・エルコック・ピルグリムが同じ地域で上あごや歯を発見しました。これを角のないサイの新種として学会に報告します。1911年、クライヴ・フォースター・クーパーがこの種を新しい属パラケラテリウムに移しました。

立ったまま死んだ標本

1922年、アメリカの探検家ロイ・チャップマン・アンドリュースがモンゴルのゴビ砂漠で調査を行いました。このときに見つかった標本のひとつは、脚が立った姿勢のまま埋まっていました。流砂にはまり込み、抜け出せずに死んだと考えられています。同じ調査では状態の良い頭骨も回収されました。

最も完全な骨格は、カザフスタンのアラル海近くで見つかったものです。モスクワの古生物学博物館に組み立てられて展示されていますが、頭骨だけは別の標本の複製が使われています。

決着していない絶滅の原因

気候・植生・繁殖ペースという説

パラケラテリウムの仲間は約1100万年もの間栄えたのち、姿を消しました。原因は分かっていません。原因として挙げられてきたのは体の大きさと気候の変化です。植物の入れ替わりや繁殖のペースの遅さも指摘されてきました。

パラケラテリウムの化石が見つかっている地域の地図
DagdaMor, CC BY 3.0(化石が見つかっている主な地点)

ただし、これらの説には反論があります。厳しい環境のもとで何百万年も生き延びてきた動物が、同じ条件で急に滅びるとは考えにくいためです。体の大きさについても、同じくらい大きなゾウの仲間が現在まで生き残っています。

ゾウの進出説と、中新世の動物流入説

アフリカからやってきたゾウの仲間が森を変え、食べものを減らしたという説も出されました。ただし両者が同じ場所で見つかった例は知られていません。

別の見方もあります。パラケラテリウムが姿を消す時期は、中新世の初め(約2300万〜1600万年前)と重なります。このころ、大型の捕食者や草食動物がアジアに入ってきました。この一致は偶然ではないという指摘です。ただし提唱した研究者自身が、本当の原因が確実に分かることはないだろうと断っています。

国立科学博物館で会える実物大の骨格

地球館地下2階という展示場所

東京・上野の国立科学博物館にパラケラテリウムの展示があります。地球館の地下2階「地球環境の変動と生物の進化」の一角で、旧称のインドリコテリウムを併記した名札とともに置かれています。

カザフスタン産の複製標本

展示されているのは Paraceratherium transouralicum という種です。産地はカザフスタン、時代は漸新世の後期にあたります。標本は複製で、実物大の骨格が組み立てられています。

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