アブラコウモリ

哺乳類

アブラコウモリは、日本で唯一、人の家だけを住みかにするコウモリです。体重は5〜11グラムほどで、1.5センチの隙間があれば建物に入り込みます。イエコウモリの別名を持ち、都市部では数を増やしています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:翼手目(よくしゅもく。コウモリの仲間) Chiroptera
  • 科:ヒナコウモリ科 Vespertilionidae
  • 属:Alionoctula
  • 種:アブラコウモリ Alionoctula abramus

※ この種は長くアブラコウモリ属(Pipistrellus)に置かれていました。2025年の研究でこの属の分け方が見直され、本種は Alionoctula 属へ移されています。図鑑や資料の多くは今も旧学名の Pipistrellus abramus で載っています。

和名・英名

  • 和名:アブラコウモリ
  • 別名:イエコウモリ(家蝙蝠)、アブラムシ
  • 英名:Japanese house bat/Japanese pipistrelle

学名の由来

種小名の abramus は、日本語の「アブラムシ」をそのまま写した言葉です。江戸時代、九州北部ではこのコウモリをアブラムシと呼んでいました。長崎に滞在したシーボルトがこの名とともに標本を持ち帰り、ヨーロッパへ紹介しています。

その成果をまとめた『日本動物誌』にもこの名が残ります。日本名は Abramusi、すなわち「脂の昆虫」を意味すると説明されています。アブラムシという呼び名は江戸時代には全国で使われていました。

大きさ・分布などの基本データ

頭から胴までの長さ38〜60mm
尾の長さ29〜45mm
前腕(ひじ〜手首)の長さ30.3〜35.5mm
体重5〜11g
分布日本・台湾・朝鮮半島・中国南部〜東部・ロシア沿海州南部・ベトナム北部など
生息環境市街地を中心とした平野部。人家のない山間部にはいない
カ・ユスリカ・ヨコバイ・ウンカ・甲虫・ゴキブリなどの小さな昆虫
寿命雄で約3年/雌で約5年
保全状況IUCN: LC(軽度懸念)

体重5〜11グラムの体と、指に張られた翼

1円玉5〜11枚分の体重

体の大きさは日本の哺乳類のなかでも最小級です。

翼を広げたアブラコウモリを描いた図
DataBase Center for Life Science (DBCLS), CC BY 4.0(翼を広げた姿)

親指ほどの胴と、舵になる尾

1円玉1枚が1グラムなので、体重は1円玉5〜11枚分に相当します。頭から胴までは38〜60ミリで、成人の親指ほどの長さしかありません。それでも尾が29〜45ミリあり、飛ぶときには舵の役割を果たします。

黒褐色の体毛と、白の混じる背中

体毛は黒褐色から暗い灰褐色で、腹側はやや淡い色です。生まれて間もない個体は親より黒っぽく見えます。夜空を飛ぶ姿は黒い影にしか見えませんが、近くで見ると背中に白っぽい毛が混じります。

指の間に張られた薄い膜の翼

コウモリの翼は鳥の翼とは構造が違います。細長く伸びた指の間に薄い膜が張られ、それが翼になっています。皮膜(ひまく)と呼ばれるこの膜は灰褐色から明るい褐色で、光に透かすと血管が見えるほど薄いものです。

ひじから手首までの骨はおよそ30〜36ミリしかありません。この短い腕から伸びた指が、体の何倍もの面積の膜を支えています。飛び方は直線的ではなく、不規則に向きを変えながら進みます。

家の隙間というねぐら

1.5センチの隙間から入る家屋のねぐら

アブラコウモリは、日本に住むコウモリのなかで唯一、家屋だけを住みかにします。イエコウモリという別名もこの性質に由来しています。

建物の隙間で休むアブラコウモリ
林正文 (lin-chen-wen), CC BY 4.0(建物の隙間で休む個体)

瓦の下・戸袋・天井裏・換気口

1.5センチほどの隙間があれば出入りができます。1円玉の直径が2センチですから、それより狭い場所も通り抜けます。ねぐらに使われるのは瓦の下や戸袋(雨戸をしまう箱)の中です。天井裏や換気口、外壁の板と壁の間も使われます。

高層ビルの非常口裏や高架下

木造家屋だけではありません。高層ビルの非常口の裏側や道路・鉄道の高架下も使われます。橋の下や大型倉庫の内部もねぐらになります。人が作った構造物であれば、素材や新しさをあまり選びません。

山間部にいない理由と、北海道への移入

人家のない山間部ではこの種はほとんど見つかりません。自然の洞窟で記録されることもまれにしかありません。多くのコウモリが洞窟や樹洞をねぐらにするなかで、人の建物に頼りきった暮らしは例外的です。

分布は東アジアから東南アジアに広がり、日本では北海道の一部を除くほぼ全国で見られます。ただし北海道のアブラコウモリは、もともとそこにいたものではありません。函館では2001年の調査で定着が確認され、札幌でも1954年の標本が残っています。貨物船に紛れて運ばれた可能性が指摘されています。

アブラコウモリの分布を示した地図
PhnomPencil, CC BY-SA 4.0(分布域。旧学名 Pipistrellus abramus で作図されている)

日没後に始まる蚊の狩り

最も活発になる日没後の2時間

昼の間はねぐらで休み、日が沈む頃から飛び始めます。活動の時間帯は季節によって変わります。

日没10〜30分後の飛び立ち

餌を取り始めるのは日没の10〜30分後で、最も活発に飛ぶのはそこから2時間ほどの間です。5月から8月にかけては夜明け前にも飛びますが、10月になると日没後だけになります。夕方の空に小さな影が飛び交うのはこの時間帯です。

川面・駐車場・街灯まわりの狩り場

川の水面の上、田畑や駐車場のような開けた場所、街灯のまわりなどを飛び回ります。街灯に集まる虫が狩りの効率を上げています。飛びながら小さな昆虫を捕らえるため、飛び方は細かく乱れます。

汚れた川に湧くユスリカという餌

主な獲物はカ・ユスリカ・ヨコバイ・ウンカなどの小さな昆虫です。甲虫やゴキブリを捕らえることもあります。ガやハエの仲間も食べており、住む場所によって餌の内容は変わります。

都市部では、有機物が多く水質の悪化した川からユスリカが大量に発生します。これが重要な餌になっている例は多く報告されています。水質の悪化した川が結果としてこの種の餌場を支えています。

秋の交尾から冬眠までの一年

10月の交尾と、4月まで待つ受精

半年近く体内に蓄えられる精子

交尾が行われるのは10月ですが、受精はすぐに起こりません。雌は受け取った精子を体内に蓄えたまま冬眠に入ります。排卵は冬眠から覚めた4月下旬で、そこで受精します。交尾から受精まで半年ほどの間隔が空きます。

7月に生まれる2〜3頭の子

妊娠の期間は70日ほどで、出産は7月初旬に集中します。生まれる子は1〜4頭、多くは2〜3頭です。コウモリとしては一度に産む数が多い部類です。生まれたときの体重は0.86グラムで、1グラムに足りません。30日ほどで乳離れし、巣立っていきます。

子育て期に50〜60頭となる群れ

普段の群れは雌と幼獣による数頭の家族単位です。子育ての時期になると、雌と幼獣が集まって50〜60頭の群れを作ります。条件によっては200頭に達することもあるとされます。

成獣の雄は単独で過ごすことが比較的多く見られます。天敵はヘビやカラス、タカ・フクロウの仲間です。ねぐらを襲われることもあります。

隙間で寄り添う2頭のアブラコウモリ
林正文 (lin-chen-wen), CC BY 4.0(隙間で寄り添う2頭)

11月からの冬眠と、3〜5年の寿命

11月の中頃になると冬眠に入り、3月の中下旬に活動を再開します。冬眠中は暖かい場所に多数が集まります。暖かい日には冬の間でも飛ぶ姿が見られます。近年の都市部では冬眠しない個体も現れています。

寿命は雄で3年、雌で5年ほどと、コウモリとしては短い部類です。雄は1年以内に死ぬことが多いといわれます。一度に多くの子を産む一方で寿命は短く、この二つは釣り合っています。

人の家との関わりと、法律による扱い

蚊を食べる益と、糞や物音の害

人家のまわりを飛ぶ蚊を捕らえるため、人の役に立つ面があります。同時に、糞や物音による被害も生じています。

糞尿の汚れ・臭い・ダニ・夜間の物音

1か所に住む個体数が多いと、糞や尿による汚れが問題になります。臭いやダニの発生、夜間の物音が被害とみなされることもあります。こうした苦情は増加の傾向にあり、近づけないための薬剤を使ったり、駆除を業者に頼んだりする家庭もあります。

ヒートアイランドが後押しする増加

ヒートアイランド現象によって都市部の気温は高く保たれます。餌になる小さな昆虫も多く、このコウモリにとっては有利な環境です。近年の都市部では数が増えています。この種の分布は住宅の分布とほぼ重なっています。

鳥獣保護管理法による捕獲の禁止

アブラコウモリは鳥獣保護管理法の対象で、捕獲や殺傷は原則として禁じられています。傷ついた個体や落ちていた子を保護して育てる行為も、許可のない捕獲にあたるとされます。

この法律には違反して捕獲した場合の罰則も定められています。1年以下の拘禁刑(自由を奪う刑)、または100万円以下の罰金です。一方で、追い出しや侵入口を塞ぐ工事は捕獲にあたりません。被害への対処はこの方法で行われます。

狂犬病の位置づけと、素手で扱われない理由

厚生労働省の資料によれば、国内で感染した狂犬病は1950年代を最後に確認されていません。1970年・2006年・2020年に報告された死亡例は、いずれも海外で犬に咬まれ、帰国後に発病した輸入例です。国内のコウモリから狂犬病が広がった例も知られていません。

ただし同省は世界の状況として別の点を挙げています。コウモリは狂犬病ウイルスなどを運ぶ動物として重要であり、このウイルスはすべての哺乳類に感染しうるという指摘です。発病してからの有効な治療法はないともされています。咬まれたり引っかかれたりする危険もあり、弱った個体であっても素手で扱うことは避けられています。

「福」に通じる名と、変わったイメージ

「蝠」が「福」に通じる縁起物

東アジアではコウモリは古くから縁起のよい動物とされてきました。漢語の「蝙蝠」の「蝠」の音が「福」に通じるためです。日本ではさらに子宝に恵まれるという意味も重ねられました。

江戸時代の後期には、七代目市川團十郎が蝙蝠の柄を流行らせたという記録が残っています。1624年創業の長崎のカステラ店、福砂屋の商標も、幸福の象徴として蝙蝠を図案にしたものです。家に住みついたり入ってきたりすると縁起がよい、という受け止め方もありました。

不吉な動物へ変わったイメージ

現在では気味が悪いという理由で嫌う人もいます。西洋の怪奇小説などに由来する「コウモリは不吉な動物」という見方が広まったためです。古くからの縁起物としての位置づけは、その中で薄れていきました。

同じ動物への評価が200年ほどの間に正反対へ動きました。アブラムシという古い呼び名も今ではほとんど使われていません。

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参考

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