アマゾンカワイルカは、南米アマゾン川とオリノコ川の淡水域に棲む世界最大のカワイルカです。体長は2〜2.5m、体重は100〜185kgに達します。海のイルカとは違って首が柔軟に曲がり、成熟した雄はピンク色に色づく特徴を持ちます。現地では「ボト(Boto)」と呼ばれます。夜になると人の姿に変わって集落を訪れるという伝承をもつ、アマゾン先住民文化と深く結びついた生きものです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
- 下目:ハクジラ下目 Odontoceti
- 科:アマゾンカワイルカ科 Iniidae
- 属:アマゾンカワイルカ属 Inia
- 種:アマゾンカワイルカ Inia geoffrensis
和名・英名
- 和名:アマゾンカワイルカ/ピンクイルカ
- 英名:Amazon river dolphin、Boto、Pink river dolphin
- ポルトガル語:Boto(ボト)、Boto-cor-de-rosa(ボト・コル・ジ・ローザ=ピンクのボト)
別名・学名の由来
属名 Inia は南米先住民のグアラニー語で「水の獣」を意味する語に由来します。種小名 geoffrensis は本種を学名記載した際の献名です。フランスの博物学者 Étienne Geoffroy Saint-Hilaire(エチエンヌ・ジョフロワ・サンティレール)に因みます。カワイルカのグループは複数の科・属に分かれた側系統群で、アマゾンカワイルカ科は本種と近縁のボリビアカワイルカ・アラグアイアカワイルカを含む1〜3種の小さな科です。海洋のマイルカ科とは分岐が古く、淡水環境への独立適応で系統的に離れた位置にあります。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 2.0〜2.5m、体重 100〜185kg(雄がやや大型) |
|---|---|
| 体色 | 幼体・雌:灰色〜青灰色/成熟雄:ピンク色 |
| 吻(ロストラム) | 細長い(体長の約1/7)・両顎に約100本の歯 |
| 背びれ | 低いこぶ状(海イルカのような明瞭な三角形の背びれはない) |
| 分布 | 南米:アマゾン川流域・オリノコ川流域(ブラジル・ペルー・エクアドル・コロンビア・ベネズエラ・ボリビア) |
| 生息環境 | 本流・支流の淡水域/洪水期は浸水林(バルゼア)内へ進入 |
| 食性 | 魚食(40種以上の淡水魚)/カメ・カニ類も |
| 繁殖 | 5〜7年で性成熟/11ヶ月の妊娠期間/単胎 |
| 寿命 | 野生でおよそ12〜20年(飼育下30年超の記録あり) |
| 保全状況 | IUCN:絶滅危惧IB類(EN、2018年評価) |
姿の特徴
世界最大の淡水イルカ
体長2〜2.5mの体格
アマゾンカワイルカは体長2.0〜2.5m・体重100〜185kgに達し、世界に生きるカワイルカ類のなかで最大の体格を誇ります。海洋のバンドウイルカ(体長2〜4m)と比べると小柄な部類ですが、他のカワイルカ類(ラプラタ・ヨウスコウ・インドの各カワイルカ)は体長1.5〜2m程度にとどまります。これに対して本種は群を抜いて大きな体をもち、「淡水イルカの巨人」と呼ばれます。
首が柔軟に曲がる
アマゾンカワイルカの際立った特徴の一つが「首の柔軟性」です。海のイルカは頸椎(首の骨)が融合して首がほとんど曲がりません。これに対しアマゾンカワイルカは頸椎が独立したままで、頭を左右90度近く回すことができます。この柔軟性は、洪水期にアマゾンの浸水林の中で木々の間を縫うように動く狩りの環境に適応した結果と考えられています。海洋イルカにはない独自の造りです。
成熟雄のピンク色

幼体と雌は灰色〜青灰色の体色ですが、成熟した雄は年齢と共にピンク色に色づいていきます。ピンクに見える理由は、皮膚に近い血管の色が薄い表皮を通して透けて見えるためです。興奮したときはより赤みが強く出る傾向があります。成熟雄の身体には縄張り争いや繁殖行動でついた傷跡が多く残り、再生した皮膚がさらに濃いピンクになるという観察もあります。この鮮やかなピンク色は英名「Pink river dolphin」の由来ともなりました。アマゾンの生きものを象徴する存在として、世界的に広く知られる姿を作り出しています。
分布と生息環境
アマゾン川・オリノコ川流域
アマゾンカワイルカは南米大陸北部の淡水域に広く分布し、アマゾン川流域とオリノコ川流域の本流・支流を主な生息地とします。国別ではブラジル・ペルー・エクアドル・コロンビア・ベネズエラ・ボリビアの6か国にまたがる分布域を含みます。同じ属の近縁種としてボリビアカワイルカ(Inia boliviensis)とアラグアイアカワイルカ(Inia araguaiaensis)が2010年代に別種として提唱されました。これに伴いアマゾン川本流の個体群は、狭義には Inia geoffrensis geoffrensis の亜種として扱う分類の見直しが進んでいます。
洪水期の浸水林

アマゾン地域は雨季と乾季で水位が10m以上も上下します。雨季には広大な森林が水没して「バルゼア(várzea)」と呼ばれる浸水林ができます。アマゾンカワイルカは乾季には本流・支流の深いところにいます。雨季になると浸水林の中まで進入し、木々の間を縫って狩りをする独特の生態を見せます。首の柔軟性とエコロケーション能力はこの浸水林環境に適応した特性で、他の海洋イルカでは真似できない狩りの様式です。
食性と狩りの方法
異形歯とエコロケーション
約100本の異形歯
両顎に約100本の歯を持ちます。前方は円錐形、後方は臼歯のようなギザギザした形をしている「異形歯」の構造で、現生イルカのなかでも独特です。海洋イルカの歯は全て円錐形で同じ形をしているのに対し、後方の歯は硬い甲羅を持つカメやカニを砕くのに適した形をしています。魚だけでなく、アマゾンカメの幼体やザリガニの仲間も捕食する幅広い食性を支える歯の構造として知られています。
視力に頼らないエコロケーション
アマゾン川の水は溶けた有機物で茶褐色に濁っており、視覚に頼った狩りは困難な環境です。アマゾンカワイルカは視力が弱い代わりに、額の「メロン器官」から発する高周波の音波で獲物の位置と形を把握します。精密なエコロケーション(反響定位)能力を発達させてきました。この音波は水中と浸水林の木々の間で反射し、獲物と障害物を区別する能力は海洋イルカを上回るという研究もあります。目は小さく退化的で、視覚は補助的な役割にとどまる特殊化を見せています。
アマゾンの伝説「ボト」
アマゾン流域の先住民文化では、アマゾンカワイルカ(ボト)は特別な位置を占める生きものとして扱われてきました。有名な伝承に「ボトは満月の夜に美しい若い男の姿に変身して集落に現れ、若い女性を誘惑する」というものがあります。身元不明の子供の父親を「ボトの子」として説明する社会的な役割も果たしていました。ボトを殺すと不運が訪れるという禁忌もアマゾン先住民の伝統に根付いており、この種の保護に古くから寄与してきた文化的な背景です。現在もアマゾン地域の観光・文化アイコンとして親しまれ、エコツーリズムの目玉として保全の広報にも活用されています。
保全状況
IUCN絶滅危惧IB類(2018)
5つの主な脅威
IUCNレッドリストは2018年にアマゾンカワイルカを絶滅危惧IB類(EN、Endangered)に格上げしました。主な脅威は次の5つです。
- アマゾン川流域のダム建設による生息地の分断
- 違法な狩猟(ピラカタンガというナマズ漁の餌にされる問題)
- 水銀汚染(金鉱山からの流出)
- 漁具による混獲
- ボートスクリューによる負傷
過去75年で50%以上の減少
とくにピラカタンガ漁の餌利用は2000年代以降に深刻化しました。ブラジル政府は2014年に淡水鯨類を含む水生生物の商業的捕獲を禁止する規制を強化しましたが、密漁は各地で続いており個体数の減少傾向は止まっていません。IUCNの推定では、過去3世代(およそ75年間)で50%以上の個体数減少があったと評価されています。
類似する淡水イルカとの違い
世界のカワイルカと比べる
世界にはアマゾンカワイルカ以外にも複数の淡水イルカが分布しており、いずれも独立した進化系統から生まれた収斂進化の例として知られます。
| 種 | 体長 | 分布 | 保全状況 |
|---|---|---|---|
| アマゾンカワイルカ | 2.0〜2.5m | 南米(アマゾン・オリノコ) | EN(絶滅危惧IB類) |
| ラプラタカワイルカ | 1.3〜1.8m | 南米大西洋岸(ラプラタ川河口) | VU(絶滅危惧II類) |
| ガンジスカワイルカ | 1.7〜2.6m | インド・ガンジス川 | EN(絶滅危惧IB類) |
| ヨウスコウカワイルカ | 1.4〜2.5m | 中国・揚子江(2007以降未確認) | CR(機能的絶滅) |
これら世界のカワイルカ類はいずれも「濁った淡水環境に適応した長い吻・弱い視力・発達したエコロケーション」という共通形質を持ちます。ただし系統的にはそれぞれ独立に淡水環境へ進化した収斂進化の代表例で、鯨類学の教科書に頻出する存在です。
関連ページ

参考
- Wikipedia (英語版)「Amazon river dolphin」(分類・形態・生態)
- IUCN Red List: Inia geoffrensis(絶滅危惧IB類・2018評価)
- WWF「Amazon River Dolphin」(保全と脅威)
- Best, R. C. & da Silva, V. M. F. (1993). “Inia geoffrensis.” Mammalian Species 426(生態総説)


