チベットスナギツネは、中央アジアのチベット高原に住むキツネです。頬の毛が横に張り出し、顔が四角く見えるのが特徴です。標高3,500mを超える草原で、ナキウサギを主な獲物として暮らしています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:食肉目 Carnivora
- 科:イヌ科 Canidae
- 属:キツネ属 Vulpes
- 種:チベットスナギツネ Vulpes ferrilata
和名・英名
- 和名:チベットスナギツネ(チベットギツネ)
- 英名:Tibetan fox / Tibetan sand fox
別名・学名の由来
属名の Vulpes はラテン語で「キツネ」を指します。種小名 ferrilata は、灰色がかった体の色を「鉄色」にたとえたものとする説があります。アカギツネやホッキョクギツネと同じキツネ属の一種で、和名では「スナギツネ」と付きますが、砂漠だけでなく高山の草原に広く住んでいます。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 頭胴長 約49〜70cm/尾長 約22〜29cm |
|---|---|
| 体重 | 約3〜5.5kg(アカギツネよりやや小さめ) |
| 分布 | チベット高原(中国西部、インド北部のラダック、ネパール北部) |
| 生息環境 | 標高約3,500〜5,200mの高山草原・ステップ |
| 食べ物 | おもにナキウサギ。ほかにネズミ類・マーモット・ノウサギ・トカゲ・昆虫など |
| 寿命 | 野生でおよそ5〜10年とされる(正確にはわかっていない) |
| 保全状況 | IUCN:LC(軽度懸念) |
※ IUCNレッドリストとは、世界の野生生物の絶滅のおそれを評価した国際的なリストです。LC(軽度懸念)は、今のところ絶滅の危険が低いと判断された区分です。
角ばって見える顔
チベットスナギツネの見た目でまず目につくのは、四角ばった顔です。ほかのキツネのようにとがった細面ではなく、頬から下があごの高さで平らに見えます。

なぜ四角く見えるのか
幅の広い頭骨と頬の毛
顔が角ばって見える理由は二つあります。一つは頭骨で、頬骨が横に張り出し、吻(口の先)が幅広くできています。もう一つは頬の毛で、冬毛になると長く伸びて左右にふくらみます。これが顔の輪郭をいっそう四角く見せています。

細い目と短い吻
目は細く、切れ長に見えます。吻も短めで、全体に平たい印象になります。この目と吻の組み合わせが、四角い輪郭と合わさって独特の表情を生みます。無表情に見えるという感想も多く、その写真はしばしば話題になってきました。この平たい顔つきは、地面近くの獲物を探す暮らしと結びついていると考えられています。
体つきと毛皮
体はアカギツネよりひとまわり小さく、脚は短めです。毛は密で厚く、背中は黄褐色から灰褐色、体の側面には灰色の帯が走ります。この灰色の帯は、ほかのキツネにはあまり見られない特徴です。尾は太く、先が白っぽくなります。毛は季節で生え変わり、冬毛は夏毛より長く厚くなります。この厚い毛皮が、気温の下がる高地の寒さから体を守っています。
チベット高原の暮らし
チベットスナギツネは、木のほとんど生えない高原の草原やステップに暮らします。分布の中心はチベット高原で、中国西部からインド北部、ネパール北部にかけて広がります。

標高3,500mを超える草原
高地の環境
生息地の標高はおよそ3,500〜5,200mで、多くは3,500m以上です。この高さでは空気が薄く、夜間は夏でも冷えこみます。木は育たず、地面は低い草に覆われています。厚い毛皮と短い脚は、こうした寒く風の強い環境での暮らしに合っています。
巣穴と昼の活動
日中に活動することが多く、これは主な獲物であるナキウサギが昼に地上へ出てくるためと考えられています。休むときや子を育てるときには、岩の間や斜面に掘った巣穴を使います。巣穴には複数の出入り口があることもあります。
なわばりとつがい
ふだんは単独か、雌雄のつがいで行動します。つがいは長く連れそうと考えられており、同じ範囲でいっしょに獲物をとる姿が観察されています。広い草原にまばらに散らばって暮らすため、群れをつくることはありません。
ナキウサギを追うハンター
チベットスナギツネの暮らしは、ナキウサギという小さな哺乳類と深く結びついています。ナキウサギはウサギに近い仲間で、高原の草地に穴を掘って群れで暮らします。草を食べ、その巣穴は多くの動物のすみかにもなるため、高原の生態系を支える存在とされています。

主食のナキウサギ
何を食べるか
食べ物の中心は、この地域に多いナキウサギです。ほかにネズミ類・マーモット・ノウサギ・トカゲ・昆虫なども食べ、植物の実を口にすることもあります。ナキウサギが減る地域ではキツネも減ることがわかっており、獲物の数がこのキツネの暮らしを左右します。獲物を捕らえるときは、地面のわずかな動きや音を手がかりにして近づき、一気に飛びかかります。
ヒグマと歩く狩り
チベット高原では、チベットスナギツネがヒグマの後ろについて歩く様子が報告されています。ヒグマがナキウサギの巣穴を力強く掘り返すと、逃げ出したナキウサギを、そばで待つキツネが捕まえるという行動です。キツネにとっては、自分で掘る手間を省いて獲物を得られる機会になります。両者が意図して協力しているのかははっきりせず、キツネが一方的にヒグマを利用しているとも考えられています。
繁殖と子育て
出産と巣穴
繁殖は冬の終わりごろに始まります。つがいは巣穴で子を産み、一度の出産で生まれる子はおよそ2〜5頭です。子は春に生まれ、しばらくは巣穴の中で過ごします。母親だけでなく父親も子育てにかかわると考えられています。
成長と独り立ち
子は成長すると巣穴の外へ出て、狩りのしかたを覚えていきます。やがて親のなわばりを離れ、自分の暮らす範囲を見つけて独り立ちします。高原は冬が長く食べ物も限られるため、独り立ちしたばかりの若い個体には厳しい環境です。
ほかのキツネとの見分け
チベットスナギツネは、同じキツネ属のアカギツネやホッキョクギツネと近い仲間です。見た目や暮らす場所には、それぞれ違いがあります。
| チベットスナギツネ | 顔が四角く見える。体側に灰色の帯。高山の草原に住む |
|---|---|
| アカギツネ | 顔が細くとがる。体は赤茶色。平地から山地まで広く分布 |
| ホッキョクギツネ | 耳と吻が短く丸い。冬は白い毛。北極圏に住む |



人との関わりと保全
チベットスナギツネは、人の暮らす場所から離れた高地に住んでいます。警戒心も強く、その姿を見る機会は多くありません。それでも人との関わりがないわけではなく、いくつかの課題が指摘されています。
毛皮と狩り
チベットスナギツネはIUCNのレッドリストで軽度懸念(LC)とされ、今のところ絶滅の危険は低いと判断されています。毛皮を目当てにした狩りの対象になることがありますが、高地にまばらに暮らすため、まとまった数がとられることは多くありません。地域によっては帽子などに使われてきたという記録もあります。
ナキウサギをめぐる問題
より大きな課題は、主食のナキウサギをめぐる問題です。チベット高原では、草地を守る目的でナキウサギを毒で減らす取り組みが行われてきました。ナキウサギが減るとキツネの食べ物も減り、毒が体内にたまるおそれも指摘されています。このキツネの数は、足もとにいる小さな獲物に支えられています。
参考
- IUCN Red List: Vulpes ferrilata(Tibetan Fox)評価ページ
- Schaller, G. B. ほか, “Vulpes ferrilata”, Mammalian Species(American Society of Mammalogists)
- Animal Diversity Web(ミシガン大学): Vulpes ferrilata の解説


