ホオグロヤモリは、東〜東南アジアを原産とする熱帯性のヤモリで、日本では沖縄・奄美・小笠原の家屋や街灯の近くで見られます。頬の側面に走る黒い筋模様が和名の由来で、鳴くことができる珍しいヤモリでもあります。近年は日本国内で分布を急速に広げつつあり、在来のニホンヤモリとの共存や競合が観察されるようになりました。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:爬虫綱 Reptilia
- 目:有鱗目 Squamata
- 科:ヤモリ科 Gekkonidae
- 属:ナキヤモリ属 Hemidactylus
- 種:ホオグロヤモリ Hemidactylus frenatus(Duméril & Bibron, 1836)
和名・英名
- 和名:ホオグロヤモリ(頬黒守宮)
- 別名:ナキヤモリ
- 英名:Common House Gecko/Asian House Gecko
名前の由来
「ホオグロ」は、頭部の側面に走る黒褐色の筋模様に由来しています。目から耳の後ろへ抜ける暗色の帯があり、顔の輪郭にはっきりした縁取りを作ります。別名「ナキヤモリ」は、日本のヤモリのなかでは珍しく「キョッキョッ」と鳴くことから来ています。属名 Hemidactylus はギリシア語で「半分の指」を意味し、指の吸盤が左右に分かれた本属の指の構造を表す名前です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 約10cm(うち尾がおよそ半分を占める) |
|---|---|
| 体色 | 灰色〜暗褐色。個体・時間帯で色調が変化。腹面は黄白色〜灰白色 |
| 原産地 | 南アジア・東南アジア・東アジア南部の広い範囲 |
| 日本での分布 | 南西諸島(沖縄・奄美・宝島など)と小笠原諸島。奄美大島は2000年、宝島は2017年に初確認と近年拡大中 |
| 生息環境 | 人家周辺・家屋の内外・自動販売機・電話ボックス・サトウキビ畑など人為的環境が中心。自然林ではまれ |
| 食性 | 小型無脊椎動物(昆虫・クモなど)を素早く捕食 |
| 繁殖 | 低緯度では周期性なし/北大東島では4〜9月。1回に2個を年2〜3回産卵、約2か月で孵化。生後1年で性成熟する個体もある |
| 保全状況 | IUCNレッドリスト:LC(軽度懸念)/世界各地で人為分布拡大中 |
姿と体色
ホオグロヤモリはヤモリ類として中型で、細長い体と大きな目、平べったい足指が目立ちます。指先の内側には吸盤状の指下板が発達し、垂直な壁だけでなく天井の裏側にも張り付いて歩けます。体色は明るい灰色から暗褐色まで幅があり、同じ個体でも夜と昼で色調を変えるのが観察されます。
灰色〜暗褐色の体
頬に走る黒い筋
本種の識別点として最も分かりやすいのが、目から耳の後ろへと抜ける黒褐色の筋模様です。顔の輪郭に沿って走るこの筋が名前の「ホオグロ」の由来で、暗い夜間でも輪郭が浮き上がって見えます。個体によっては筋の後方に灰白色の縁取りが加わり、顔の左右に対称的な模様を作ります。
尾の棘状突起
尾は体長の約半分を占め、根元から先端に向かって規則的に並ぶ棘状の突起(結節)が特徴です。この突起が環状の列を作り、指で触れるとザラザラした感触になります。尾の棘の並び方はニホンヤモリと違うため、両種を区別する手がかりの一つとなります。他のヤモリ類と同じく尾は自切(じせつ)でき、切れた後は再生しますが、再生尾は棘の並びが不規則になります。
雌雄の見分け
雄には肛門の前から大腿部にかけて、26〜35個の小孔が連続して並ぶ「前肛孔+大腿孔(ぜんこうこう・だいたいこう)」の列があります。この孔からフェロモンを分泌して縄張り主張や求愛に使うとされ、雌には目立ちません。腹面を上に向けて観察すると雄の孔列がはっきり見え、飼育下でも雌雄判定に用いられる形質です。
「鳴くヤモリ」という別名

本種の別名「ナキヤモリ」は、鳴き声を出せるヤモリという意味です。日本の在来のニホンヤモリはほとんど鳴き声を発しませんが、本種は短くも明瞭な発声で夕暮れの家屋周辺を彩ります。
「キョッキョッキョッ」の声
雄が主に発する声で、「キョッキョッキョッ」あるいは「チッチッチ」と表現されます。舌打ちに似た短い音を数回連続して出す形で、笑い声や鳥の声に例えられることもあります。夕暮れから宵にかけて壁や天井から聞こえてくる声の主が本種であることに、南西諸島の住民は自然に慣れ親しんでいるとされます。
いつ・なぜ鳴くのか
春から秋にかけての夕暮れによく鳴き、繁殖期ほど頻度が高くなる傾向があります。縄張りの主張や他個体との遭遇時の合図として使われると考えられ、鳴き声で群れの構成や個体密度が測れるという研究もあります。日本でも雨のあとの湿った夕方、街灯の周辺から複数個体の鳴き交わしが聞こえる状況が観察されています。
家屋と自動販売機に暮らす

ホオグロヤモリはヤモリ類のなかでも人為環境に強く適応した種で、原産地でも家屋の壁や街灯の周辺で普通に見られます。日本の南西諸島でも自然林ではむしろ稀で、都市部の家屋・自動販売機・電話ボックスなど「明かりと壁のある人工物」の周辺で最もよく見つかります。
都市を好む夜行性
昼は物陰・夜は光の周りへ
日中は壁の隙間・軒下・室内の家具の裏など光の届かない場所に潜み、日没とともに活動を始めます。夜間の主な出没場所は、明かりに引き寄せられた昆虫が集まる街灯・自動販売機の周辺・窓の内側で、光源に集まる虫を待ち伏せるのが典型的な採餌スタイルです。人家の中では玄関灯・軒天井の照明・浴室の窓周りが常連の狩り場になっています。
人為環境で拡大する種
ホオグロヤモリは人為的な攪乱地でむしろ数が増えるタイプで、都市化が進む地域ほど個体数が増える傾向があります。オーストラリアのダーウィンでは1960年代から定着し始めて以降、北部から東海岸へと分布を広げました。日本の南西諸島でも同じパターンで、島間の物資輸送や港湾の物資移動に紛れて新しい島へ渡ってきたと考えられています。
素早い捕食スタイル
他のヤモリ類と比べても本種の動きは素早く、獲物を見つけると一気に飛びかかって捕らえます。餌は昆虫(蛾・ハエ・カメムシ・小型甲虫)とクモが中心で、光源に集まる虫を狙って多数の個体が同じ壁面を分け合う場面も見られます。獲物のサイズは自分の頭の幅程度までで、大型の獲物には手を出しません。
繁殖と日本での分布拡大

本種の繁殖力の高さと人為分布の広がりやすさが、近年の日本国内での分布拡大につながっています。奄美大島や宝島など、以前は分布記録のなかった島でも近年になって定着が確認されています。
年2〜3回の産卵
1回に2個の卵を産み、産卵回数は年2〜3回に及ぶことがあります。低緯度の熱帯では周期性が薄く、年間を通じて繁殖が続く一方、北大東島などの本種分布の北縁では4月から9月の暖かい期間に集中して産卵します。卵は約2か月で孵化し、生後1年で性成熟する個体もあり、生活史の各段階が短いため個体群の増加が速い種とされます。
日本での分布拡大
本種の日本への渡来は古く、琉球列島と小笠原諸島には長く定着してきました。近年は奄美大島で2000年、トカラ列島の宝島で2017年に初めて確認されるなど、より北へ分布を広げている状況です。人為的な物資輸送に紛れて新しい島へ渡ってきたと考えられ、九州と琉球列島を結ぶ貨客船の中で本種が採集された例も報告されています。今後さらに北上する可能性があるとされ、九州本土での確認も現実味を帯びる状況にあります。
ニホンヤモリとの識別

日本国内で本種と混同されがちなのが在来のニホンヤモリ(Gekko japonicus)です。本州以南の家屋で古くから見られてきた種で、姿は似ていますが分類上は別属で、いくつかの明確な違いがあります。
分布と姿の違い
ニホンヤモリは本州・四国・九州の家屋周辺に広く分布する種で、南西諸島にはあまり入りません。逆にホオグロヤモリは南西諸島と小笠原諸島に多く、九州本土までは(現時点で)確立していません。両種の分布はほぼ棲み分ける形になっています。姿はどちらも灰褐色で似ていますが、ホオグロヤモリの方が体色がやや明るく、頬の黒筋がはっきりする点で見分けられます。
尾と足指の違い
尾の棘の配列
ホオグロヤモリの尾には規則的に並ぶ棘状突起の環列があり、指で触れると節目のような凹凸が伝わります。ニホンヤモリの尾には目立った環状の棘列がなく、表面は比較的なめらかです。この違いは尾の再生前の個体ほど分かりやすく、慣れれば触らなくても影のつき方だけで区別できるようになります。
足指の吸盤の切れ方
足指を裏から見ると、ホオグロヤモリの吸盤(指下板)は指の途中で左右に分かれるのに対し、ニホンヤモリでは分かれずに連続します。属名 Hemidactylus(半分の指)が示すのがこの構造で、本種の指先を確認すれば属レベルで同定できます。壁に張り付いた姿の指先の形からも、慣れれば手のひらに乗せずに見分けができるとされます。
関連ページ



参考
- Firos AK, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- IUCN Red List Hemidactylus frenatus(LC評価・分布と生態)
- Wikipedia (ja)「ホオグロヤモリ」(分布拡大・鳴き声・ニホンヤモリとの識別)
- Wikipedia (en)「Common house gecko」(原産地・鳴き声・オーストラリア侵入)
- The Reptile Database Hemidactylus frenatus(分類・原記載)


