ムラサキオカヤドカリは、鮮やかな紫色をまとった日本固有の陸生ヤドカリです。オカヤドカリ属の一員として国の天然記念物に指定されており、南西諸島から伊豆諸島・小笠原諸島にまで分布します。夜行性で、貝殻を叩いてギチギチと音を出す「鳴くヤドカリ」の一種としても知られる海岸の生きものです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:節足動物門 Arthropoda
- 綱:軟甲綱 Malacostraca
- 目:十脚目 Decapoda
- 下目:異尾下目 Anomura
- 科:オカヤドカリ科 Coenobitidae
- 属:オカヤドカリ属 Coenobita
- 種:ムラサキオカヤドカリ Coenobita purpureus
和名・英名
- 和名:ムラサキオカヤドカリ
- 英名:Terrestrial hermit crab(本種を特定する固有英名はなく、オカヤドカリ属の総称で呼ばれる)
別名・学名の由来
種小名 purpureus はラテン語で「紫色の」を意味し、成体の体色をそのまま示しています。1858年にアメリカの動物学者 William Stimpson によって記載された、日本の南方域を模式産地とする種です。属名 Coenobita は「修道院に住む者」を意味するギリシャ語由来で、貝殻という一室に隠れて暮らす生活史をなぞらえた命名とされます。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 甲長 約2〜3cm、貝殻を含めて 4〜5cm程度 |
|---|---|
| 体色 | 成体は紫〜藤色、幼体は白色。ときに薄青・オレンジがかった紫の変異あり |
| 分布 | 日本固有種。鹿児島県以南の南西諸島(沖縄本島・奄美群島など)/伊豆諸島/小笠原諸島/和歌山県/高知県。北マリアナ諸島にも記録あり |
| 生息環境 | 海岸に近い植生のある岩場・落ち葉の下・護岸の隙間 |
| 食性 | 雑食(打ち上げられた海藻・魚介類・植物質・果実) |
| 活動時間 | 夜行性 |
| 繁殖 | 陸上で交尾、雌が数千個の卵を腹肢に付けて海へ運び、ゾエア幼生を海中に放出 |
| 寿命 | 飼育下で10年以上の記録あり |
| 保全状況 | 国指定天然記念物(オカヤドカリ属として1970年指定)。環境省レッドリストには非掲載で、大分県・宮崎県・和歌山県・鹿児島県が独自に指定 |
姿と体色 ── 幼体から紫へ

成長で色が変わる
孵化直後や若い個体の体色はおおむね白色にとどまります。成長にしたがって薄青やスミレ色を経て、成体では鮮やかな紫〜藤色になる過程が観察されています。ただし個体差が大きく、オレンジがかった紫の個体も報告されるなど変異は思いのほか豊富です。この色の変化があるため、幼体だけを見ると別種と間違われることも珍しくありません。
大きなハサミの斜行顆粒
成体の大きな鉗脚(左のハサミ)には、細かい粒が斜めに並ぶ「斜行顆粒列」と呼ばれる特徴が見られます。属内の識別に使われる形態形質の一つで、鉗脚をよく観察すれば同属の他種と区別する手掛かりになるとされます。
眼柄の暗色線 ── ナキオカヤドカリとの見分け方

色では区別できない
ムラサキオカヤドカリはナキオカヤドカリと非常に近い姿をしており、成体の紫色だけでは両種を区別できません。ナキオカヤドカリにも紫色の個体があり、逆にムラサキオカヤドカリの幼体は白色です。体色だけで名前を決めると取り違えが起きます。
眼柄下部の暗色線を見る
ムラサキは暗色線なし、ナキはあり
両種を確実に見分ける形質は、眼柄(がんぺい/目を支える柄状の突起)の下部に走る黒い縦線の有無です。ナキオカヤドカリには縦の暗色線がはっきり入りますが、ムラサキオカヤドカリにはこの線がありません。強い光を眼に当てなくても目視で判定でき、フィールドでの識別に使いやすい形質として広く紹介されています。
眼柄の断面形状
加えて、ムラサキオカヤドカリの眼柄は断面がはっきり扁平(平たく潰れた形)になる点も特徴です。属内の他種と比べると眼柄の平たさが目立ち、この形も補助的な識別ポイントとして機能するとされます。
「鳴く」ヤドカリ ── ギチギチ音の正体

貝殻の内側を足で引っかく
ムラサキオカヤドカリとナキオカヤドカリは、合わせて「鳴くオカヤドカリ」と呼ばれてきました。ただし声帯や鳴管のような発声器官は持ちません。体を丸めた状態で貝殻の内側を歩脚(あし)で引っかき、ギチギチ・ギュイギュイという摩擦音を鳴らす仕組みです。声のかわりに、殻という共鳴箱を体で叩く音。
威嚇のシグナル
この音は繁殖行動に伴う鳴き声ではなく、外敵に襲われたりストレスを受けたときに発する威嚇音と考えられています。手に取ろうと近づいた指をつつくと音を出す個体が多く、飼育観察でも簡単に確認できる行動とされます。昆虫やカエルのように異性を呼ぶための鳴き声とは意味合いが根本的に違います。
陸上暮らしと夜行性

昼は落ち葉の下
本種は完全な夜行性で、日中は落ち葉の下・岩のくぼみ・護岸の隙間に潜んで過ごします。強い日射と乾燥に弱く、日中に活動すれば体内水分をすぐに失う体の仕組みが、この昼夜逆転の暮らしにつながっているとされます。動き出すのは、日が落ちて砂が冷えたころ。
エラを湿らせる水補給
陸生ヤドカリの呼吸器は肺化した鰓(えら)で、水中呼吸から陸上呼吸へ移った過渡的な構造を残しています。エラを常に湿らせておく必要があるため、海水と真水の両方を体に取り込み、貝殻の中に少量の水を溜めて呼吸を維持する暮らしをしています。海岸から遠く離れた場所では見つからない理由の一つが、この水補給の必要性です。
食性 ── 海岸の掃除役

打ち上げ物を分解する
海藻から動物の死骸まで
雑食性で、海岸に打ち上げられた海藻や魚介類・朽ち葉や果実・動物の死骸まで幅広く食べます。特に選り好みは強くなく、目の前に落ちてきた有機物を触角と鉗脚で確認して口に運ぶ性質があります。
砂浜の物質循環における役割
海岸に流れ着いた有機物を分解・処理するデトリタス食者として機能しており、砂浜や磯の物質循環に組み込まれている生きものです。飼育下では雑穀・果物・小魚の乾燥品まで受け入れる幅広い受容性が観察されており、この雑食性が個体数を支える要因の一つと考えられています。
繁殖 ── 陸で交尾、海へ幼生を放つ
抱卵は陸、放幼は海
陸で抱く数千個の卵
繁殖期はおおむね5〜8月にかけての夏期にあたります。陸上で交尾を済ませ、雌は数千個の卵を腹肢に付けて数週間抱きつづける行動が観察されています。
満潮の夜に海へ運ぶ
孵化が近づくと海岸線まで移動し、波打ち際で卵から出たゾエア幼生を海中に放ちます。この行動は満潮に合わせて夜間に行われることが多いとされ、大量の幼生が同じ夜に一斉に放出される事例も知られています。
海と陸を二段で使う生活史
放たれたゾエア幼生は海中で数回の脱皮を経て、稚ヤドカリ(グラウコトエ幼生)へ発達します。この段階で貝殻に入り、上陸して陸生活へ移行するのが本種の生活史です。海で生まれて陸で育つ二段構えの暮らしがあるため、繁殖には海への距離と、稚ヤドカリが利用できる小さな貝殻の供給が欠かせません。
天然記念物指定と保全
種でなく属としての指定
日本国内のオカヤドカリ属(Coenobita 属)は、1970年(昭和45年)に国の天然記念物に指定されています。指定は種単位ではなく属単位で行われているため、ムラサキオカヤドカリ・ナキオカヤドカリ・オカヤドカリ・サキシマオカヤドカリなど日本産のオカヤドカリ属全種が一括で保護の対象になっています。
採集は原則できない
天然記念物への指定を受けているため、海岸で見つけても採集はできず、殻ごと持ち帰る行為も文化財保護法の対象になります。生息地の砂浜や護岸で観察・撮影する範囲にとどめることが本種との正しい付き合い方とされます。
国のリストにはなく、県ごとの指定がある
本種は環境省のレッドリストには掲載されていません。いっぽうで県ごとのレッドデータブックには複数の掲載があり、大分県は絶滅危惧IA類、宮崎県は保護上重要な種として扱っています。和歌山県と鹿児島県も独自の区分で挙げています。
生息地の海岸線が護岸化や開発によって減っていることや、幼生放出に必要な砂浜へのアクセスが分断されていることが、個体数の維持を難しくする要因として指摘されています。
流通 ── 沖縄の登録業者だけが扱える
天然記念物でありながら本種が国内で流通しているのは、文化庁の許可を得た沖縄県内の登録業者のみが捕獲・販売を行う枠組みが用意されているためです。ホームセンターの熱帯魚コーナーや縁日で並ぶオカヤドカリの多くは、こうした登録業者の手を経て出荷された個体になります。一般人が海岸で自ら採集して持ち帰ることは、天然記念物の毀損として法律違反にあたる点は変わりません。
参考
- Wikipedia日本語版「オカヤドカリ属」(属の分類・生態・分布)
- 日本のレッドデータ検索システム「ムラサキオカヤドカリ」(環境省カテゴリと都道府県の指定状況)
- 奄美文化財団「ムラサキオカヤドカリ」(眼柄の暗色線・色変異・鳴く音の仕組み)
- ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑「ムラサキオカヤドカリ」(分布・登録業者流通の経緯)
- 文化庁 国指定文化財等データベース「オカヤドカリ」(天然記念物指定)
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