ニホンノウサギ

ウサギ目

ニホンノウサギは、日本の山野で見られる在来のノウサギです。ヨーロッパから来た飼いウサギ(アナウサギ)と違い、地面に穴を掘らずに地表で暮らします。北の亜種は冬に白く変わり、耳先の黒だけを残す姿になることでも知られる、日本固有の野生種です。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:ウサギ目 Lagomorpha
  • 科:ウサギ科 Leporidae
  • 属:ノウサギ属 Lepus
  • 種:ニホンノウサギ Lepus brachyurus

和名・英名

  • 和名:ニホンノウサギ(日本野兎)
  • 英名:Japanese hare

別名・学名の由来

種小名 brachyurus はギリシャ語で「短い尾の」を意味し、他のノウサギ属に比べて尾が短めな点をよく表しています。日本の固有種で、命名は明治期のドイツ人動物学者 Temminck と Schlegel の記載にさかのぼります。地方名は多く、東北から九州までの各地で「ヤマウサギ」「ヨシウサギ」「ウス」など、暮らしの近さを映す呼び名が伝わってきました。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ体長 45〜54cm、尾長 2〜5cm、体重 1.3〜2.5kg
体色夏毛は褐色(腹面は白)/北部の個体は冬毛で白化。耳先の黒は残る
分布日本固有種。本州・四国・九州および周辺島嶼
亜種4亜種(トウホクノウサギ/ニホンノウサギ本州亜種/サドノウサギ/キュウシュウノウサギ)ほか
生息環境低山地から亜高山帯までの草原・森林の縁
食性植物食(葉・芽・樹皮)
活動時間夜行性
繁殖年3〜5回、1〜4頭(多くは2頭)を出産。妊娠期間42〜47日
寿命野生でおよそ4年(推定)
保全状況IUCN:軽度懸念(LC)。亜種サドノウサギは環境省RL 準絶滅危惧(NT)

姿と体色 ── 褐色地と冬の白化

草地で身を伏せて周囲を伺うニホンノウサギの若い個体
Alpsdake, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

夏毛と冬毛

体色は基本的に褐色から灰褐色で、腹側は白く抜けます。耳はカイウサギに比べれば短めで、頭骨の輪郭は細長い印象を残します。目の位置は頭の側面に高く付き、真後ろまで含めた広い視野。捕食者の接近を早期に察知するための配置です。

雪国の白い個体

換羽期のニホンノウサギ(褐色と白毛が混ざる頭部)
Alpsdake, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

東北の日本海側から北陸にかけての個体は、秋から冬にかけて全身が白く変わる冬毛換羽が知られています。耳先の黒だけがはっきり残り、雪原で目立ちにくい姿になります。積雪地では捕食者から身を隠す保護色として機能してきたと考えられ、太平洋側の個体では白化が起きない点も気候と密接に結び付いた特徴とされます。

4つの亜種 ── 地域で変わる姿

本州・四国・九州で分ける

ニホンノウサギは分布域が広く、地域集団のあいだで色や大きさに差があります。伝統的には次の4亜種に分けられてきました。

亜種名分布と特徴
トウホクノウサギ東北〜北陸の日本海側。冬毛が白くなる。学名 L. b. angustidens
ニホンノウサギ本州亜種関東〜近畿の太平洋側。冬も白化しない褐色型。学名 L. b. brachyurus
サドノウサギ佐渡島のみ。体がやや大きく、環境省RL 準絶滅危惧。学名 L. b. lyoni
キュウシュウノウサギ中国地方〜九州。冬も褐色のまま。学名 L. b. brachyurus(同物異名の扱いあり)

島嶼個体群の減少

島嶼の亜種は分布域が限られるぶん外部要因の影響を受けやすく、なかでも佐渡のサドノウサギは近年の生息確認が難しくなっています。里山の管理が緩んで下草の見通しが悪化した場所、耕作放棄で草地が減った場所ほど個体数の減少が顕著と報告されており、地域個体群の保全は日本全体の亜種構成を守る意味でも重視されています。

穴を掘らない暮らし ── アナウサギとの違い

地表を寝床にする

ペットの元となったヨーロッパのアナウサギは、地面にトンネルを掘って群れで暮らします。ニホンノウサギはそれとは対照的に、単独で地上に寝床を持つ暮らし方をします。昼間は藪や倒木の陰、木の根元などで身を伏せてじっとしており、この浅い窪みの寝床は「フォーム」と呼ばれます。

子は毛が生えて目を開けて生まれる

山道で立ち止まるニホンノウサギの若い個体
Alpsdake, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

アナウサギの子は毛のない裸の姿で生まれ、目を閉じたまま巣穴で育ちます。それに対しニホンノウサギの子は、生まれた時点で毛がそろい目を開けています。生まれてしばらくで自分の脚で歩けるほど発達したこの状態は「早成性」と呼ばれ、地表で暮らす種にとって捕食を回避するための重要な適応です。

走りと跳躍

時速60kmの後脚

短距離の加速力

後脚は前脚より圧倒的に長く、跳躍と加速に特化した造りをしています。追われたときの走行速度は時速60km前後に達し、進路を鋭角に切り替える急停止と急転回も得意です。持続的な長距離走ではキツネなどの追跡型捕食者に及ばないぶん、短距離の全力疾走で振り切る形に暮らしが最適化されています。

足裏の毛と雪上のかんじき効果

雪の中を移動するニホンノウサギ(周囲に足跡)
Alpsdake, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

足裏には粗い毛がびっしり。着地の音を消し、雪の上ではこの毛が「かんじき」のように接地面積を広げる働きも果たすとされます。木陰から急に飛び出して大股のジグザグ走行で捕食者を撒く戦略も観察されており、加速と方向転換の両方に効く体の造りが逃走を支えています。

食性 ── 木の芽から樹皮まで

草を食べるニホンノウサギ
Alpsdake, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

季節で変わる食べもの

植物食で、季節に応じて食べるものを変えます。春から夏は若い葉や芽・草本の花や果実が中心。秋は木の実や果実、冬は樹皮や小枝の冬芽まで幅を広げて食料を得ます。特に冬は樹皮を歯で削り取って食べるため、若い植林地では枝や幹を環状に剥かれた被害が問題視されることがあります。

盲腸糞を食べ直す二段消化

食糞行動の仕組み

ウサギ類に共通する「盲腸糞(軟糞)」を再摂食する食性もニホンノウサギに備わっています。日中の休息中に自分の肛門から直接軟糞を口に入れて再消化することで、繊維質の多い植物からビタミンやタンパク質を効率よく取り出す仕組みです。

硬糞と軟糞の使い分け

地上に落ちている粒状の糞は硬糞と呼ばれ、軟糞の再摂食を終えた後の最終排泄物にあたります。この二段階の消化系が野草中心の食性を支えており、痩せた冬山の樹皮からも生きるだけの栄養を引き出せる根拠になっています。

繁殖と季節の暮らし

年に何度も出産する

繁殖期は主に春から秋にかけて、雌は年3〜5回にわたって1〜4頭(多くは2頭)を出産します。妊娠期間は42〜47日ほど。生まれた子は前述の通り早成性で、母親は巣穴に隠さず地面の窪みに置いたまま数日間隔で乳を与えるという、ノウサギ属に特徴的な子育て様式が知られています。

天敵

主要な天敵はホンドギツネ・ニホンイタチ・ニホンテンといった食肉目、上空からはイヌワシ・クマタカといった大型猛禽類。地上と空の両方から狙われるため、視覚に頼らず耳と嗅覚も研ぎ澄まし、少しでも異常を感じれば躊躇せずに走り出す性質が備わっています。

水を渡る泳ぎ ── 陸のウサギの水泳

水路を渡るニホンノウサギ
Alpsdake, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

ノウサギは陸を跳ねる姿でよく知られていますが、行き止まりの水路や小さな川に遭遇すると泳いで渡る個体が観察されています。護岸のあいだの水面をゆっくり進む姿が農地や里山で撮影されており、追跡から逃れるためや採食地を移動するために水を利用する場面があるとされます。長距離の遊泳を得意とするわけではないものの、水面を移動できる能力そのものは近年の観察で確認されてきました。

野兎病 ── 人獣共通感染症としての側面

病原体と感染経路

ニホンノウサギを含む野生のノウサギ類は、細菌感染症「野兎病(やとびょう/tularemia)」の重要な保菌動物として知られています。病原体は Francisella tularensis という細菌で、感染したノウサギの剥皮作業や生肉の調理中に、血液や臓器から皮膚の傷を通じてヒトへ移ることが主な感染経路です。ダニやアブに刺されて感染する経路もあります。ヒトからヒトへは感染しないとされます。

日本での発生状況

日本では1924年の初発例から1994年までにおよそ1,372例が報告されており、東北地方全域と関東地方の一部が多発地でした。近年は年間数例以下と少ない状態が続いていますが、症例がゼロになったわけではありません。取り扱いの現場では素手接触を避けることが感染回避の基本とされ、発熱やリンパ節の腫れが主症状として報告されています。ノウサギを介した人獣共通感染症の代表例のひとつです。

人との関わり ── 狩猟と林業

狩猟対象としての位置づけ

鳥獣保護管理法上の狩猟鳥獣

ニホンノウサギは古くから狩猟の対象として身近な存在で、現在も鳥獣保護管理法上の狩猟鳥獣に指定されています。狩期は都道府県ごとに定められており、伝統的にはワナ猟と銃猟の両方で捕獲されてきました。ただし前節の野兎病リスクがあるため、剥皮・調理は素手を避けるのが基本とされています。

植林被害の推移

若い植林地では冬季の樹皮食害が深刻で、林野庁の統計では1967年に約6.1万haが被害を受けた記録があります。その後の対策と個体数の変動により2014年には約71haまで縮小しました。近年は生息数そのものの減少が指摘されており、林業被害の縮小と個体群の縮小は表裏の関係にあるとも見られています。

民話と生活文化のなかの野うさぎ

民話や童謡での「野うさぎ」像はほとんどがこの種を指しており、日本人にとって最も身近な野生ウサギとして生活文化にも織り込まれてきました。近年は林床の下草減少や耕作放棄による草地の消失で、確認例は昭和期に比べ減少傾向にあると報告されています。褐色の草地と、白い雪原。両方を舞台にしてきた在来のウサギです。

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