セミクジラは体長13〜18m・体重40〜80トンにもなる、大きく丸みのある姿をした大型のヒゲクジラです。頭部に「カロシティ」と呼ばれる白いこぶ模様が並ぶのが見分けの手がかりで、この配置は個体ごとに違うため、指紋のように識別に使われます。ゆっくり泳ぎ、死んでも脂肪で浮くという性質から、19世紀の捕鯨で真っ先に狙われた種のひとつになりました。英名の「Right whale」は、そのまま「(捕るのに)ちょうどよいクジラ」の意味です。乱獲の影響が今も色濃く残り、北太平洋セミクジラは世界個体数400頭前後と、絶滅の危機に瀕しています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:鯨偶蹄目 Cetartiodactyla
- 下目:ヒゲクジラ下目 Mysticeti
- 科:セミクジラ科 Balaenidae
- 属:セミクジラ属 Eubalaena(3種)
- 種:北太平洋セミクジラ Eubalaena japonica
和名・英名
- 和名:セミクジラ/背美鯨(せみくじら)
- 英名:North Pacific right whale / 属総称 Right whale
別名と名前の由来
和名の「セミクジラ(背美鯨)」は、その名のとおり「背が美しいクジラ」の意味。背びれがなくなめらかに盛り上がった背中の姿から付けられた呼び名です。英名の「Right whale」は「右のクジラ」ではなく「(捕るのに)ちょうどよい、正しいクジラ」の意味。19世紀の捕鯨業者が付けた実用的な呼び名がそのまま定着した経緯があります。学名の Eubalaena japonica は「真のクジラ・日本産」を意味し、北太平洋(日本近海を含む)に生息するタイプに与えられた種名です。同じ属には北大西洋セミクジラ(E. glacialis)とミナミセミクジラ(E. australis)の2種があり、姿はどれもよく似ています。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 13〜18m(最大約19m)/体重 40〜80トン(最大約100トン) |
|---|---|
| 頭部 | 体長の約1/4を占める大きな頭/背びれなし |
| カロシティ | 頭部の白いこぶ状の皮膚組織/個体ごとに配置が違う |
| ヒゲ板 | 片顎に200〜270枚/長さ2〜3m(大型ヒゲクジラでも長い部類) |
| 分布 | 北太平洋(オホーツク海・ベーリング海・アリューシャン列島・日本近海) |
| 食性 | カラヌス類などの小型カイアシ類・オキアミ |
| 遊泳速度 | 巡航約5〜8km/h(大型鯨のなかで遅い部類) |
| 潜水 | 通常10〜20分/浅い水域を好む |
| 寿命 | 約70年以上(近縁のホッキョククジラは200年超) |
| 世界個体数 | 北太平洋約400頭/北大西洋約360頭(大型鯨のなかで危機的な状況にある集団) |
| 保全状況 | IUCN:絶滅危惧種(EN・2018評価)/CITES附属書I/IWC全面保護(1935年〜) |
頭のカロシティ──皮膚に生えた白いこぶ

クジラジラミが集まる白い模様
皮膚が変化した「こぶ」
セミクジラの姿で目を引く特徴の一つが、頭のあちこちに並ぶ白い「カロシティ(callosity)」と呼ばれるこぶ状の組織です。皮膚が硬く盛り上がってできた場所で、そこに小さな甲殻類の「クジラジラミ」やフジツボがたくさんくっついて、白っぽく見えます。生きているクジラ本体には害の少ない共生関係にあり、カロシティは生まれた時からある器官なのだそうです。上あご・目の周り・下あごなど、決まった場所に配置されます。
個体ごとに違う配置
この配置は個体ごとにすべて違います。人間の指紋のように、二つと同じ模様はありません。研究者はこの配置を写真で記録し、フォトIDと呼ばれる方法で個体を追跡してきました。北大西洋セミクジラの個体登録データベースは数十年分の観察記録が積み重なっており、母と子の血縁関係まで追えるほど詳しいものです。
ヒゲクジラジラミの共生
カロシティにくっついているのは主に「ヒゲクジラジラミ(Cyamus 属)」という小さな甲殻類です。長さ1〜2cmほどで、クジラの皮膚のふちに脚でつかまって暮らしています。クジラの皮膚から剥がれ落ちる古い角質を食べているので、クジラにとってはほぼ害のない相手。むしろジラミの群れが白く見えることで、遠くの仲間からも見つけやすくなるかもしれない、と考える研究者もいます。ただしジラミが多すぎるとクジラの体力を消耗させる可能性もあり、その関係は今も研究が続いています。
「Right whale」の名の由来

死んでも浮く豊かな脂肪
19世紀のアメリカやヨーロッパの捕鯨業者にとって、セミクジラは都合の良い獲物でした。体全体に厚い脂肪層(ブラバー)が発達していて、仕留めても海底に沈まず海面に浮かんでくれるからです。ほかの大型鯨は死ぬと沈んでしまい、船まで運ぶのに苦労することも多かったなかで、本種は捕獲後の回収がずっと楽でした。結果として「これこそ狙うべき”正しい”クジラ(right whale)」と呼ばれるようになり、そのまま英名として定着しました。
遅い泳ぎと沿岸性
もう一つ、狙われやすい理由が泳ぎの遅さです。巡航速度は時速5〜8km前後と、大型ヒゲクジラのなかでは遅い部類。人が歩く速さに近い程度で、木造の帆船からも追いつけました。そのうえ沿岸近くを泳ぐ習性があり、母子は湾内で長時間過ごすことも多いため、船からの発見も容易だったのです。「浮く」「遅い」「沿岸で見つかりやすい」の三つが重なった種として、本種と近縁のホッキョククジラは19世紀の商業捕鯨で真っ先に激減しました。

大きな口とヒゲ板──スキミングで小さな餌を漉す
セミクジラの頭は体長の約1/4を占めるほど大きく、口を開けると内側に長さ2〜3mのヒゲ板が200〜270枚ずらりと並んでいます。他のヒゲクジラより1枚のヒゲ板が長く、細かい繊維がフィルターのように密に詰まっているのが特徴です。この構造で本種は水面近くを口を開けたままゆっくり泳ぎ、小さなカラヌス類(カイアシ類)の群れを漉し取って食べる「スキミング(skimming)」という採餌法を行います。ナガスクジラ科がやる突進採餌(ランジ)とは対照的な、じっくり型の食べ方といえます。1日に食べる量は約900kg〜1トンと推定されています。
低い「モーニング音」──セミクジラの声
セミクジラは低い周波数(100〜500Hzが中心)で「うなり音」「モーニング音」「アップコール」など複数のタイプの鳴き声を発します。数百km先まで届く長距離コミュニケーションに使われていると考えられ、同じ集団内での位置確認や、繁殖期のパートナー探しに役立つとされます。北大西洋セミクジラでは母子間の低いささやき声のような発声も観察されており、船舶ソナーで拾いにくい静かなやりとりで捕食者を避ける工夫だとも言われています。
回遊と分布──北太平洋固有の種

北太平洋セミクジラの分布は、名前どおり北太平洋に限られます。夏はオホーツク海・ベーリング海・アリューシャン列島の沖で採餌し、冬には温帯の海(日本近海・北米西岸)へ回遊すると考えられています。ただし現在の個体数があまりに少ないため、回遊経路の全貌はまだ十分に分かっていません。日本近海では、江戸〜明治時代の捕鯨記録から、房総沖・伊豆諸島・小笠原諸島・和歌山県沖・高知県沖など各地の沿岸で本種が観察・捕獲されていたことが分かっています。同じ属のミナミセミクジラは南半球で回復が進み、北大西洋セミクジラは北米東岸で危機的な減少が続いているなど、3種で置かれた状況はかなり違っています。
絶滅の危機──400頭まで減った大型鯨
19世紀の乱獲と回復の遅れ
捕鯨で1万頭超が失われた
北太平洋セミクジラは、19世紀のアメリカ捕鯨で主要な捕獲対象となった種のひとつです。1840〜1849年の10年間だけで日本近海と北太平洋で1万〜2万頭が捕獲されたという推定もあります。捕鯨前の推定個体数は不明ですが、少なくとも数万頭はいたと考えられており、それが現在の約400頭まで減った計算です。国際捕鯨委員会(IWC)は1935年に本種を全面保護対象としましたが、1960年代までソ連が違法な捕鯨を続けたことも、回復の妨げになりました。
ゆっくり増える種の宿命
本種は雌が5〜10歳で性成熟し、3〜4年に1頭ずつ仔を産むペースで増えます。ザトウやミンクと比べると繁殖のペースが遅く、失った個体数を取り戻すには非常に長い時間がかかる種です。世界個体数400頭という数字は、大型鯨類のなかでも回復ペースが遅い部類にあたります。同じ属の北大西洋セミクジラも約360頭と危機的な状況にあり、両種とも「回復するかどうかの境目」に立たされている段階です。
船舶衝突と漁具混獲
ぶつかりやすい沿岸のクジラ
捕鯨が終わってからも、脅威は消えていません。なかでも大きな問題が、大型船舶との衝突(船舶ストライク)です。沿岸性で遅く泳ぐ本種は、船からも気づかれにくく、ぶつかりやすい鯨として知られます。北大西洋セミクジラでは、年間に確認される死亡の相当数が船舶衝突と、刺し網・カニ籠のロープへの絡まりによるものです。北太平洋セミクジラは目撃例そのものが極めて少ないため統計は乏しいですが、同じ脅威にさらされているとみられています。
じわじわ効く長期的な問題
もう少し目に見えにくい問題として、海洋騒音による繁殖阻害と、気候変動によるカラヌスの分布変化があります。繁殖海域での船舶交通の増加は、母子のコミュニケーションを妨げる要因になっているとされます。餌のカラヌス類は水温変化に敏感で、分布が北にずれることで採餌海域が変わりつつあるとの報告もあります。個体数が少ないため、こうした変化への集団としての対応力が弱いことも、長期的な回復を難しくしています。

日本近海の観察記録

日本近海での北太平洋セミクジラの観察例は現在ではごく珍しく、一度目撃されるとニュースになるほどです。2011年3月には伊豆諸島の新島沖で本種の観察が記録され、この写真もそのときのものです。それ以前も伊豆・小笠原諸島沖などで数年に一度の頻度で目撃例が報告されており、いずれも研究者にとって貴重なデータとなっています。ホエールウォッチングで確実に会える種ではありませんが、日本近海の温帯域が本種にとって重要な冬の生息域であることを示す観察例が着実に積み重なっています。
関連ページ


参考
- Wikipedia (英語版)「North Pacific right whale」(分類・形態・生態)
- IUCN Red List: Eubalaena japonica(EN・2018評価)
- NOAA Fisheries「North Pacific Right Whale」(分布・脅威・保護状況)
- Wade, P.R. et al. (2011). “The world’s smallest whale population?” Biology Letters 7: 83-85(北太平洋セミの個体数推定)
- Kraus, S.D. et al. (2005). “North Atlantic right whales in crisis.” Science 309: 561-562(右鯨の危機の総説)
画像出典
- Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons(アイキャッチ・全身とカロシティのスケッチ)
- steve b, CC0, via Wikimedia Commons(同属ミナミセミクジラの頭部)
- DataBase Center for Life Science (DBCLS), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(全身イラスト)
- Hugo Hulsberg, CC0, via Wikimedia Commons(同属ミナミセミクジラのブリーチング)
- Unknown author, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(分布図)
- John Durban (NOAA), Public domain, via Wikimedia Commons(北太平洋セミクジラ本種の頭部・希少実写)
- EBLNA, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(2011年3月・新島沖の観察記録)


