アカフチリュウグウウミウシは、体長5〜12cmになる裸鰓類です。黒い体地に淡緑〜青緑の粒斑が散らばり、外套膜の縁・触角・鰓の先が鮮やかな朱色〜橙色で縁取られます。学名は Nembrotha kubaryana。インドネシア・フィリピンなど西太平洋のサンゴ礁に分布し、ダイビング写真の被写体としても人気があります。ホヤ(尾索動物)の Clavelina 属などを専食し、餌から取り込んだホマリン(homarine)という化学物質を体内に貯めて防御に使う仕組みが知られます。派手な色姿は「食べても味が悪い」という警告色として働き、この種の代表的な生存戦略を成り立たせています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:軟体動物門 Mollusca
- 綱:腹足綱 Gastropoda
- 目:裸鰓目 Nudibranchia
- 亜目:ドーリス亜目 Doridina
- 科:ポリケラ科 Polyceridae
- 属:Nembrotha
- 種:アカフチリュウグウウミウシ Nembrotha kubaryana
和名・英名
- 和名:アカフチリュウグウウミウシ(赤縁竜宮海牛)
- 英名:Kubaryana’s nembrotha / 別名 Neon-red rimmed nembrotha
別名と名前の由来
和名の「アカフチ」は外套膜の縁が鮮やかな赤色で縁取られる姿から、「リュウグウ(龍宮)」は華やかな色使いを竜宮城の装いになぞらえた命名です。属名 Nembrotha は旧約聖書『創世記』の狩人ニムロデにちなむとも言われる古い属名で、ドーリス亜目のなかで色鮮やかな種を集めるグループを指しています。種小名 kubaryana は、19世紀後半に太平洋各地で自然史コレクションを行ったポーランド出身の博物学者ヤン・クバリー(Jan Stanisław Kubary)に献名されたものです。1877年、デンマークの動物学者ルドルフ・ベルクがフィリピンの標本をもとに記載しました。
大きさ・生息などの基本データ
| 大きさ | 体長 約5〜10cm(最大約12cm) |
|---|---|
| 体色 | 黒〜濃い緑黒の体地/淡緑〜青緑の粒斑が全身に散る/外套膜の縁と足の縁は朱〜橙色 |
| 触角 | 細長い葉状(嗅角)/基部が黒、中央が朱赤、先端は暗色 |
| 鰓 | 背中の中央後方に3〜5本の花状の鰓/基部と縁が朱〜橙色 |
| 分布 | インド太平洋の熱帯(フィリピン・インドネシア・パプアニューギニア・パラオ・沖縄以南) |
| 生息環境 | サンゴ礁の岩・海綿・ホヤの群体近く(水深3〜30m前後) |
| 食性 | ホヤ(尾索動物)を専食/Clavelina 属など群体ホヤが中心 |
| 寿命 | 約1年(他のポリケラ科と同様) |
| 保全状況 | IUCN未評価。ダイビング人気種で観察例は多く、個体数は安定と見られる |

黒地に緑斑と赤縁、警告色の意匠
体地は黒〜濃い緑黒に淡緑の粒斑
粒斑は淡緑〜青緑で全身に散る
アカフチリュウグウウミウシの体地は黒〜濃い緑黒で、全身に淡緑〜青緑の楕円形の粒斑が散らばります。粒斑は頭部から尾部まで密度が高く、体を包むベルベット状の質感を作り出します。個体によって粒の大きさや密度が違い、南方の個体ほど粒が大きく鮮やかになる傾向が知られます。
粒斑は上皮の色素顆粒
粒斑は体表の上皮に沈着した緑色の色素顆粒によるもので、下地の黒とはっきり分かれる構造をしています。この色は餌のホヤから直接借りたものではなく、本種自身が体内で合成していると考えられています。
外套膜の縁と触角の橙が最大の目印
体全体を朱橙の帯が縁取る
体全体を縁取る鮮やかな朱〜橙色の帯が、アカフチリュウグウウミウシの最大の目印です。外套膜の縁だけでなく、足の縁・触角の中央・鰓の縁まで同じ色で染まり、黒緑の下地と強い対比をつくります。
警告色として捕食者を遠ざける
この派手な組み合わせは、魚などの捕食者に対する警告色(aposematism)として働き、色姿だけで「食べても味が悪い」というサインになります。後述の化学防御と組み合わさることで、大型の捕食者はほとんど手を出しません。

ホヤを専食し、ホマリンを体に借りる
餌は Clavelina 属などの群体ホヤ
幼体から成体までホヤを食べ続ける
アカフチリュウグウウミウシの主食は、Clavelina 属など群体で暮らすホヤ(尾索動物)です。孵化した稚ウミウシから成体まで、生涯にわたって同じグループのホヤを食べ続ける狭食性の種として知られます。ホヤの群体を1つ見つけると、その上に張り付いて数日間かけて次々に個虫を吸い出す観察例が多く報告されています。
1個体で1コロニーを食べ尽くすことも
大型の個体は、1匹で直径数cmのホヤ群体を数日で食べ尽くすことがあります。餌のホヤの分布が個体の生息場所を決める大きな要因で、Clavelina が多く付く岩やロープの近くに集まる傾向があります。

ホヤ由来のホマリンを防御物質として貯める
アカフチリュウグウウミウシは、食べたホヤに含まれるホマリン(homarine)という含窒素化合物を消化せず体組織に移し、自分の防御物質として貯めることが知られています。ホマリンは魚類にとって嫌な味・匂いを持つ物質で、外敵に噛まれると口の中で不快感が広がる仕組みです。イロウミウシ類が海綿の毒を借りるのと同じ「餌から化学防御を借りる」戦略で、餌となる動物の系統は違っても、ウミウシ全体で広く共通する仕組みになっています。
インド太平洋のサンゴ礁、水深3〜30m
フィリピン・インドネシアで頻繁に撮影
アカフチリュウグウウミウシは西太平洋の熱帯サンゴ礁を中心に分布し、フィリピンのアニラオ・インドネシアのバリやレンベ海峡・パプアニューギニア・パラオなどダイビングの名所で頻繁に撮影されます。生息水深は3〜30mが中心で、岩の斜面や桟橋の柱に付いたホヤ群体の上をゆっくり這って餌を探す姿がよく観察されます。
日本では沖縄以南で通年観察
日本国内では奄美・沖縄以南のダイビングスポットで通年観察できる代表種になります。慶良間諸島・八重山諸島・座間味などで撮影例が多く、南西諸島のウミウシガイドでも定番の1種です。分布の北限は本州の南岸あたりで、暖流に乗って流れ着いた個体が黒潮に沿って見つかることもあります。

雌雄同体、白い螺旋の卵塊を産む
2個体が精子を交換して両方が産卵
ウミウシ全般と同じく雌雄同体で、出会った2個体は互いに精子を交換して両方が卵を産みます。繁殖期のダイビングポイントでは、2個体が体を並べて絡ませ合う交尾行動がしばしば撮影されます。餌のホヤ群体が豊富な岩の近くには複数個体が集まりやすく、繁殖の機会も増える傾向があるとされます。
螺旋の白リボンで数千〜数万個を放出
産卵時にはインド太平洋のサンゴ礁で幅数mm・全長5〜10cmほどの白いリボン状の卵塊を Clavelina 属など餌の群体ホヤの近くに残し、他のイロウミウシと違って稚ウミウシがホヤに着底できる場所を選びます。1回の産卵で数千〜数万個の卵を放出し、孵化した幼生は数週間プランクトンとして海中を漂ったのち、餌のホヤの近くに着底して稚ウミウシに変態します。寿命は1年ほどで、他のウミウシと同じく短命な種です。

20種を超えるNembrotha属、同族を襲う肉食Roboastraも
Nembrotha 属(リュウグウウミウシ属)は西太平洋を中心に20種以上が知られる、色鮮やかなポリケラ科のグループです。近縁種にはミドリリュウグウウミウシ Nembrotha lineolata(緑地に黒線)、リュウグウウミウシ Roboastra gracilis(別属だが姿が似る)などがあり、いずれも同じような色鮮やかな警告色を持ちます。ホヤ食性を共通の特徴とし、Roboastra属のなかには同じNembrothaを襲って食べる肉食種もいます。
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