ハシビロガモは冬に日本へ渡ってくるカモです。名前のとおり嘴が幅広く、その縁には櫛のような板が並びます。水ごと吸い込んで、この板で食べ物だけを漉しとります。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:カモ目 Anseriformes
- 科:カモ科 Anatidae
- 属:ハシビロガモ属 Spatula
- 種:ハシビロガモ Spatula clypeata
和名・英名
- 和名:ハシビロガモ(嘴広鴨)
- 英名:Northern shoveler/Common shoveler/Shoveler
学名の意味はスプーンと盾
名前も嘴の形から付いている
属名の Spatula はラテン語でスプーンやへらを指します。学名の後半にあたる種小名 clypeata は、同じくラテン語の clypeus(盾)から来ています。「盾を持つ」という意味です。和名の「嘴広」も英名の shoveler(シャベル)も、嘴の形から付いた名前です。どの言語でも嘴を指しています。
2009年にマガモ属から移された
学名が付いたのは1758年、リンネの『自然の体系』第10版でした。このときの名前は Anas clypeata です。2009年、ミトコンドリアDNAを使った系統解析の結果が公表されました。それまでのマガモ属 Anas が、1つの祖先からまとまったグループではないと分かりました。
その後 Anas は、それぞれが1つのまとまりになる4つの属に分けられました。ハシビロガモを含む10種は Spatula 属へ移ります。この属名は1822年にドイツの動物学者ボイエが提唱しており、ここで復活しました。現生の亜種は認められていません。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長43〜56cm、翼を広げた幅(翼開張)70〜85cm |
|---|---|
| 体重 | 0.4〜1.1kg |
| 日本での時期 | 冬鳥として越冬に飛来。北海道北部では少数が繁殖 |
| 生息環境 | 繁殖地は開けた草原、越冬地は河川・湖沼・池。泥底で無脊椎動物の豊富な湿地を好む |
| 食べ物 | 植物食の傾向が強い雑食。種子・プランクトン・昆虫・軟体動物・魚類 |
| 繁殖 | 5〜7月。7〜14個の卵を産み、抱卵は雌のみで22〜28日 |
| 保全状況 | IUCN: LC(軽度懸念) |
嘴の縁の櫛で漉しとる

ラメラという櫛状の板
ふるいとして働く
幅広く平たい嘴の縁には、ラメラと呼ばれる小さな櫛状の構造がよく発達しています。これがふるいのように働き、水面から甲殻類やプランクトンをすくい取ります。
吸い込んだ水だけを吐き出す
採餌のときは水面に嘴をつけ、水ごと食べ物を吸い込みます。嘴で食べ物だけを漉しとり、水だけを吐き出します。嘴を左右に振りながら水を漉す動きも見られます。
群れで円を描いて渦を作る
群れになったときは、素早く円を描くように泳ぐ行動が知られています。これで漏斗のような渦ができ、水面の食べ物が集まります。1羽で漉しとるだけでなく、群れ全体で食べ物を寄せます。
他のカモと餌を奪い合わない
この嘴はハシビロガモの仲間で特に特殊化しています。その分、水面で餌をとる他のカモ(水面採餌ガモ)より有利になります。1年の大半は餌をめぐって競合せずに済みます。
好みの生息環境は泥底で無脊椎動物の豊富な湿地です。開けた湿地を好み、水面から葉を出す水草のある沼や湿った草地も使います。
同じ属のカモより動物食に寄る

食性は植物食の傾向が強い雑食です。種子やプランクトンのほか、昆虫や軟体動物、魚類も食べます。ただし同じ Spatula 属のカモと比べると、動物食に寄る種です。
動物食が3割を超えることもある
カイアシ類やワムシといった小さな動物が食べ物に占める比率は、30%以上に達することもあります。
雄と雌の見分け

繁殖期の雄は色の境がはっきりする
頭・胸・腹で色が変わる
頭部は光沢のある暗緑色です。胸は白く、体の側面から腹にかけては赤褐色になります。尾羽も白く、その付け根を覆う羽毛は黒です。
翼の付け根は青みがかる
この時期の雄は目が黄色く、嘴は黒です。足は橙色になります。翼の付け根を覆う羽(雨覆)は青みがかった灰色で、翼の内側の羽には緑色の光沢が出ます。この光沢のある部分を翼鏡と呼びます。飛ぶと淡い青の羽が翼の前寄りに現れ、白い縁を挟んで緑の翼鏡と並びます。
嘴の縁だけが橙色になる
雌は全身の羽が褐色で、黒褐色の斑紋が入ります。目も褐色で、翼の付け根を覆う羽は灰色です。見分けの手がかりになるのは嘴で、褐色の地の外縁だけが橙色になり、黒い斑点が入ります。

雌雄に共通するのは幅広い嘴です。翼鏡はどちらにもありますが、雄のほうが鮮やかで、雌は鈍い色になります。羽色が似ていて迷うときは、まず嘴の形を見ます。

夏の雄は雌に似た姿になる
非繁殖期の雄はエクリプスと呼ばれる羽になります。この時期は全身が褐色で黒褐色の斑紋が入り、雌とよく似た姿です。羽色だけで雌雄を分けるのは難しくなります。
冬の群れから夏の繁殖まで
大きな群れにはならない
越冬地では数羽から十数羽の群れになります。数十羽になることもあります。ただし繁殖期以外の集まり方は、水面で餌をとる他のカモほど大きくはなりません。
巣は開けた水面から離れた草地に
雌が地面のくぼみに作る
繁殖期は5月から7月です。巣を作るのは雌で、開けた水面からは離れた、草丈の短い草地を選びます。地面の浅いくぼみに枯れ草や綿毛のような羽を敷き、直径は20〜30cmに達します。
抱卵も雌だけが担う
卵は7個から14個です。長径5.2cm・短径3.7cmで、長いほうは500円玉(直径2.65cm)2枚分ほどにあたります。殻は淡い黄褐色です。温めるのは雌だけで、抱卵期間は22日から28日です。
雛は孵化してから40日から45日で飛べるようになり、独立します。性成熟するのは生後1年です。
1羽の雌を十数羽の雄が追う
繁殖期の雄は縄張り意識が強く、他の雄から縄張りと配偶相手を守ります。求愛のディスプレイは水上でも空中でも行われます。一方で、1羽の雌を十数羽以上の雄が追うことも珍しくありません。ずんぐりした体つきに見えますが、飛ぶ姿は敏捷です。
どこで会える

繁殖するのはユーラシアと北アメリカ西部、それにアメリカ五大湖の周辺です。冬になるとアフリカ北部・ヨーロッパ南部・インド・中国南部などへ南下します。日本へは冬鳥として渡来し、北海道の北部では少数が繁殖しています。
インド亜大陸で冬を越す個体は、ヒマラヤを越える行程をとります。山脈のすぐ南にある湿地で一旦休み、さらに暖かい地方へ向かうことが多いとされます。
越冬中は河川や湖沼、池にいる
越冬中は河川や湖沼、池にいます。水面に嘴をつけたまま、左右に振りながら進む姿が見えたら、この種の可能性があります。
北米では500万羽を超える
北米のカモ類のなかでは、マガモとミカヅキシマアジに次ぐ個体数です。1960年代以降は健全な水準が続き、2015年には500万羽を超えました。繁殖地・渡り経路・越冬地の条件が良好だったことが理由と見られています。
関連ページ





参考
- Wikipedia「ハシビロガモ」(大きさ・雌雄と季節による羽色・採餌の動作・食性と動物食の比率・営巣と抱卵・卵の大きさ)
- Wikipedia「Northern shoveler」(属名と種小名の語源・2009年の系統解析とSpatula属への移動・ラメラの働き・他の水面採餌ガモと競合しないこと・北米の個体数)
- GBIF「Spatula clypeata」(Spatula clypeata が ACCEPTED、Anas clypeata は SYNONYM であることの確認)
画像出典
- Charles J. Sharp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ)
- Rhododendrites, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Andreas Trepte, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons
- Charles J. Sharp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- Charles J. Sharp, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
- John Knight, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
- Frank Schulenburg, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


