ナベヅル

ナベヅル Grus monacha 鳥類

ナベヅルは、ロシア東部から中国東北部で繁殖し、冬に日本へ渡ってくる中型のツルです。全長は約1メートル、頭から首にかけて白く、体は鍋の煤(すす)のような灰黒色をしています。世界の個体数のおよそ8割から9割にあたる約1万4千羽が、鹿児島県出水平野で冬を越すことで知られます。国の特別天然記念物に指定され、山口県の県鳥にもなっている、日本と縁の深い渡り鳥です。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:鳥綱 Aves
  • 目:ツル目 Gruiformes
  • 科:ツル科 Gruidae
  • 属:ツル属 Grus
  • 種:ナベヅル Grus monacha

和名・英名

  • 和名:ナベヅル(鍋鶴)
  • 英名:フーデッド・クレーン(Hooded crane・頭巾をかぶったツル)

名前の由来

和名の「鍋鶴」は、胴の羽の色が鍋の底についた煤(すす)のように見えることに由来します。学名の種小名 monacha(モナカ)はラテン語で「修道士の」の意味で、頭から首にかけての白い羽衣が、修道士がかぶるフードのように見えることから名づけられました。英名の Hooded crane も同じ発想で、「頭巾をかぶったツル」の意味です。日本と欧米で別の視点から名づけられたのに、いずれも羽衣の見た目を捉えたところが共通しています。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ全長 91~100cm/翼開長 160~180cm/体重 雄3.3~4.9kg・雌3.4~3.7kg
分布繁殖:ロシア東部・中国東北部・モンゴル北西部/越冬:日本・朝鮮半島南部・中国長江下流域
日本の越冬地鹿児島県出水平野(世界個体数の8~9割)/山口県周南市八代盆地/佐賀・高知など少数
生息環境沼地・湿原・河口・干潟・農耕地(冬は水田を好む)
食性雑食(植物の根・昆虫・両生類・稲の二番穂)
寿命飼育下 20~30年
保全状況IUCN:VU(危急種)/環境省:VU/国の特別天然記念物/ワシントン条約附属書I

見た目の特徴

九州の水田で越冬中のナベヅル3羽
Alastair Rae, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

白い頭巾と灰黒色の体

成鳥は頭のてっぺんから目のあたりまでが黒く細い毛のような羽毛で覆われ、その頂点に赤い皮膚が裸出しています。首から後頭部までは白く、この白い部分が「頭巾」の名の由来です。胴体はやや黒みがかった灰色で、風切羽と雨覆は黒く染まります。三列風切と呼ばれる胴の後ろの長い羽が房のように垂れ下がり、静止時には尾羽を隠すほど長く伸びます。目は赤または赤褐色、くちばしは黄色みを帯び、脚は黒か緑黄色です。雌雄で外見の差はほとんどありません。

幼鳥の色合い

幼鳥や若鳥は頭頂に成鳥のような黒と赤の斑がなく、頭から首にかけては黄褐色を帯びています。目の周りは黒く、体全体も成鳥より黒っぽい印象です。冬の出水平野の家族群は、大人2羽と幼鳥1~2羽の組み合わせで水田を歩く姿がよく見られます。

マナヅル・クロヅルとの見分け方

出水平野で撮影されたナベヅル
Christoph Moning (iNaturalist), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

マナヅルとの違い

マナヅルはナベヅルと同じ出水平野に越冬にやってきますが、全長127cm前後とひとまわり大きく、体色は白と灰色のツートンで首から胸にかけて黒い帯が縦に走ります。目の周囲の赤い皮膚がナベヅルより広く目立ちます。頭から首の色を見比べると、ナベヅルは白い頭巾、マナヅルは白い頭と黒い胸帯という違いが分かりやすい標識です。出水では両種が同じ田んぼで混在するため、色調と大きさの対比が野外で見比べやすい環境です。

クロヅルとの違い

クロヅルはユーラシア大陸を代表するツルで、全長114cm程度とナベヅルよりやや大きい種です。体は灰色でナベヅルと似ますが、首の側面が黒く、後頸に白い帯が入る点で区別できます。日本ではまれな冬鳥で、出水にごく少数が混じって越冬することがあります。名前が「クロ」でも体色はナベヅルより淡い印象です。

交雑個体「ナベクロヅル」

1970年頃から、ナベヅルとクロヅルのつがいに幼鳥1~2羽がついた家族が出水に飛来する例が確認されています。両種の交雑個体は「ナベクロヅル」と通称され、両親の中間的な羽色を持ちます。両種の繁殖地がシベリアの一部で重なることが背景にあると考えられています。頭部の白の広がり方や胸の色調に、両親それぞれの特徴が中間的に現れます。

生態と食べもの

出水平野で採食するナベヅル
Christoph Moning (iNaturalist), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

越冬地での食性

二番穂と自然の餌

食性は雑食で、繁殖地では植物の根・昆虫・両生類などを幅広く食べます。越冬地の日本では、稲刈り後の水田に残る稲の二番穂(切り株から再び伸びた稲穂)を採食するのが主な餌の取り方です。農地との近さから、地域によっては農作物を食害する存在として扱われてきた歴史もあります。

人工給餌の始まり

出水ツル渡来地では地元の保護活動として小麦やイワシが給餌されており、1959年から続く給餌活動が現在の大規模越冬を支えてきました。給餌によって栄養状態が改善し、飛来数の回復に大きく貢献した一方、1か所に個体が集中する現在の状況を招いた要因にもなっています。

家族群と鳴き交わし

家族群の構成

越冬地では雌雄2羽か、雌雄と幼鳥1~2羽を加えた3~4羽の家族群で行動します。家族はまとまって採食し、幼鳥は親から距離を取らずに水田を歩き回ります。ときには数十羽の大きな群れにまとまることもありますが、群れの中でも家族単位のかたまりは維持されます。

鳴き声とディスプレイ

鳴き声は「クールルン」「クルルー」で、幼鳥は「ピィー」と細い声で鳴きます。ディスプレイと呼ばれる雌雄の求愛行動では、跳ね上がったりくちばしを上に向けて「コーワッカ」「クーカッカッ」と鳴き交わします。繁殖地では警戒のため、あまり鳴かないとされます。

出水と八代の越冬地

出水ツル渡来地の群れ
Christoph Moning (iNaturalist), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

世界の8割が集まる出水平野

鹿児島県出水市の出水平野には、ナベヅルの世界個体数の8~9割にあたる約1万4千羽が毎年冬に集まります。戦時中の狩猟や環境悪化で1947年には250羽まで落ち込みました。1959年から始まった人工給餌などの保護活動と、他の越冬地の消失で行き場を失った個体の集中が、渡来数の急激な回復を支えたとされます。2000年には8千羽を超え、近年は毎年「万羽鶴」の記録が続いています。マナヅル・カナダヅルなど他のツルも同じ場所に集まるため、冬の出水平野はツル類越冬地として世界的に知られる存在です。

天然記念物「日本初」の八代

山口県周南市八代(やしろ)盆地は、明治以来のもう一つの伝統ある越冬地です。八代のツルは1887年(明治20年)に日本で最初の禁猟対象となった歴史を持ち、1921年には出水とともに国の天然記念物、1955年には特別天然記念物に指定されました。1964年には山口県の県鳥にナベヅルが選ばれ、地域のシンボルとして親しまれています。ただし飛来数は1940年の350羽から徐々に減り、2000年には18羽まで激減しました。近年は数羽程度で、越冬地としての存続が課題になっています。

感染症リスクと越冬地の分散

世界の大半が1か所に集中する状況は、鳥インフルエンザなど感染症が広がったときの被害を極端に大きくするリスクをはらみます。ナベヅルの生息数が「1度の感染爆発で急落しかねない」という懸念は、専門家のあいだで長く指摘されてきました。日本野鳥の会などが中心となり、山口県周南市八代・佐賀県伊万里市長浜干拓・高知県四万十市中筋川流域などにデコイ(模型のツル)を設置して越冬地を分散させる試みが進められています。

渡りと繁殖

ナベヅルの飛翔
Christoph Moning (iNaturalist), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

繁殖地はシベリアと中国東北

ナベヅルの繁殖地は、シベリア南東部からロシア極東、中国東北部にかけての森林湿原(タイガの湿地帯)です。モンゴル北西部でも繁殖が推定されています。森林に囲まれた沼地に雌雄でつがいを組んで巣を作り、5月に卵を2個産みます。雌雄が交代で抱卵し、抱卵期間は27~30日ほどです。雄は生後4~5年、雌は生後2~3年で性成熟します。繁殖地では他個体との干渉を避けるため、あまり鳴かず控えめに行動します。

日本への飛来時期

日本には通常10月中旬から渡来し始め、3月中旬までに繁殖地へ帰る「北帰行」を迎えます。個体によっては4月上旬まで残ることもあります。渡り経路の詳細はまだ完全には解明されていませんが、朝鮮半島南部を中継しつつ、繁殖地と越冬地を年に2回往復する渡りは3千kmを超えるとされます。

まれに米国で記録される迷鳥

2011年12月、東アジアを主な生息地とするナベヅル1羽が、通常の分布から大きく外れたアメリカ・テネシー州の保護区で観察されました。翌2012年2月にも同一と思われる個体がインディアナ州で発見されており、北米のカナダヅルの群れに混じって渡ってきた可能性が指摘されています。渡り鳥では方向感覚を失った個体が全く別大陸に運ばれる例が知られており、ナベヅルの北米記録もその一例として鳥類学の話題になりました。

江戸時代の「玄鶴」と食用の歴史

ナベヅルは日本では鎌倉時代から「くろづる」の名で知られており、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』に登場する「玄鶴(黒鶴)」もナベヅルを指すとされます。江戸期にはツル類は身分の高い人が食べる高級食材とされ、将軍家への献上や儀礼の膳に用いられた記録が残ります。明治以降は狩猟の対象から外れ、大正から昭和にかけての天然記念物指定を経て、現在は保護すべき存在としての地位が確立しました。かつて全国各地に飛来していた記録が、現在は鹿児島と山口に限られてしまった背景には、こうした食用や狩猟の歴史も関わっています。

保全と絶滅危惧種指定

出水平野に飛来したナベヅル
Christoph Moning (iNaturalist), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

IUCN・環境省の危急種指定

国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「危急種(VU)」に評価され、成鳥の個体数は2025年時点で9,750~13,000羽と推定されています。日本の環境省レッドリストでも同じく「危急種(VU)」に分類されます。中国では国家一級重点保護野生動物に指定され、大陸側の越冬地でも重点的な保護対象です。減少の主因は、中国や朝鮮半島南部の越冬地となる湿地が、開発や干拓・ダム建設で失われつつあることとされます。

ワシントン条約と国際的な保護

ナベヅルはワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)の附属書Iに掲げられ、商業目的の国際取引が原則として禁止されています。繁殖国のロシア・中国・モンゴル、越冬国の日本・韓国・中国が連携して個体群を守る必要があり、越冬地の湿地保全と繁殖地のタイガ湿原保護の両輪が求められている現状です。日本国内では出水平野・八代盆地とその周辺が特別天然記念物として指定され、地域の保護活動が種の存続を支えています。

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