ドジョウは、日本の水田や用水路の泥底で暮らす、体長10〜15cmほどのウナギ型の細長い淡水魚です。口の周りに合計10本もの長いひげを持ち、鰓(えら)呼吸に加えて水面まで上がって空気を吸い、肛門から出す「腸呼吸」を行う珍しい魚として知られます。柳川鍋や「どぜう」の看板でおなじみの食文化・安来節「どじょうすくい」・「二匹目のどじょう」の慣用句と、日本人の暮らしと深く結びついた身近な魚でもあります。近年の研究では、これまで1種とされてきた「ドジョウ」がキタドジョウ・シノビドジョウ・ヒョウモンドジョウなど複数種に分けられつつあり、身近ながら分類が動き続けている魚のひとつです。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:条鰭綱 Actinopterygii
- 目:コイ目 Cypriniformes
- 上科:ドジョウ上科 Cobitoidea
- 科:ドジョウ科 Cobitidae
- 属:ドジョウ属 Misgurnus
- 種:ドジョウ Misgurnus anguillicaudatus(Cantor, 1842)
和名・英名・別名
- 和名:ドジョウ(泥鰌/鰌/鯲)
- 英名:Pond loach/Weather loach/Oriental weatherfish
- 地方名:マドジョウ・タドジョウ・ヌマドジョウ(全国)/オドリコ・ヤナギバ(東京)/ジョ・ジョジョ(西日本太平洋側)
「どじょう」の由来と表記
和名の「ドジョウ」は「泥つ魚(どろつうお)」が転じたとする説が江戸時代の国学者・小山田与清の『松屋筆記』に見られます。料理店の看板で有名な「どぜう」表記は、字音仮名遣いでは「どぢやう」が正しく、越後屋初代の渡辺助七が4文字は縁起が悪いとして縁起を担いで3文字にしたのが始まりだと伝えられます。ちなみに種小名 anguillicaudatus は「ウナギの尾を持つ」の意で、体形の似たウナギを連想させる命名です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 10〜15cm前後(大型で20cm超)/体重 5〜30g |
|---|---|
| 分布 | 日本列島(伊豆・小笠原・南西諸島を除く)/朝鮮半島・アムール川流域・中国中南部・ベトナム北部・台湾/北米・欧州にも移入 |
| 生息環境 | 水田・用水路・湿地・泥底の流れの緩い小川。水温7℃を下回ると泥に潜って冬眠 |
| 寿命 | 水田では1〜2年/飼育下では15年以上の記録 |
| 保全状況 | IUCN:LC(低危険種)/環境省RL 2018:準絶滅危惧(NT)=別種化+外来交雑の影響 |
姿と体のつくり

ウナギ型の細長い体
ドジョウの体は断面が円筒形で細長く、解剖学ではこの体形を「ウナギ型(eel-like form)」と呼びます。泥に潜ったり岩の隙間に入り込んだりする魚に多く見られる形で、ウナギ・アナゴ・ウツボ・タウナギなど分類の離れた魚類にも共通する、収斂進化の代表例のひとつです。背側は暗い緑褐色で、細かい黒斑が全体に散り、腹側は淡い黄色。側線は明瞭で、尾びれの縁は丸みを帯びます。
口ひげ5対10本 ―見分け方の決め手
上唇3対・下唇2対の合計10本
もっとも目立つ特徴が、口の周りにびっしり並ぶ10本のひげです。上唇から3対6本、下唇から2対4本、合計5対10本のひげを持ちます。上唇のひげは長くよく目立ち、下唇のものはやや短めです。ひげには味蕾(みらい)が並び、泥中を探るように歩きながら餌を見つけるための感覚器として働きます。
ひげの数で他のドジョウ類と区別
ドジョウは、他の日本産ドジョウ類との判別が非常に分かりやすい魚でもあります。国内で見られるほかのドジョウ類(シマドジョウ・ホトケドジョウなど)は3対6本や4対8本のひげが基本で、5対10本を持つのはドジョウと外来種のカラドジョウだけです。カラドジョウとは胸鰭の骨質盤の形が異なり、この一点で分けられます。
腸呼吸 ―空気を吸って肛門から出す魚

水面へ上がって、腸で酸素を取り込む
口から吸い、肛門から泡を出す
ドジョウのもっとも独特な生理が、鰓(えら)呼吸を補う「腸呼吸」です。水中の酸素が不足すると、ドジョウは水面まで浮上して口から空気を飲みこみ、腸管の下部で酸素を取り込みます。使い終わった空気は肛門から気泡となって排出され、水面に泡が浮かびます。
腸呼吸だけでは生きられない
かつての生理学の実験では、鰓を電気を通じた白金線で焼くと、腸の組織が膨れて腸呼吸が盛んになる様子が観察されました。ただし鰓を完全に焼くと死んでしまい、腸呼吸だけでは生存に必要な酸素量は満たせないと報告されています。腸呼吸はあくまで補助手段で、鰓が使えなくなるほどの環境になれば命を落とす、というのが実際のところとされます。
「オドリコ」の名は水面に踊る姿から
東京近郊にはドジョウを「オドリコ(踊り子)」と呼ぶ地方名があります。腸呼吸で水面へ上がる際、体をくねらせて踊るように浮上する動きが、ダンサーの動きに見立てられた名前だとされます。水底で静かに泥に潜っている時間と、突然水面へ踊り出る瞬間の対比が、身近な魚のなかでも印象的な行動として観察されてきました。
田んぼと泥の暮らし
泥に潜って冬を越す
ドジョウの主な生息地は、水田・用水路・湿地・泥底の緩い流れの小川です。低酸素の泥底環境に強く、水温が約7℃を下回ると水路の泥の中に潜り込み、そのまま冬眠に入ります。田植えのために水田に水が入る春先には、泥から目覚めたドジョウが用水路と田んぼを行き来しながら繁殖と採食を再開します。
雑食で泥ごと餌をとる
食性は雑食で、主にユスリカの幼虫・イトミミズなどの底生無脊椎動物を食べます。ひげの味蕾で餌を探しあて、泥ごと口に含んで鰓の隙間から泥だけを吐き出す独特の食べ方で栄養をとります。人為的な飼育下では、赤虫や粒状の人工飼料も好んで食べ、雑食性の柔軟さから飼育でも扱いやすい魚とされます。
繁殖と成長
オスがメスに巻きつく産卵
繁殖期は5〜8月です。高水温の湿地や田んぼで、オスがメスに一瞬巻きつき、その刺激で放卵・放精が同時に起こるのが特徴的な繁殖行動です。特定のペアにはならず、メスは何度も産卵を繰り返します。卵の表面には粘着性があり、野外では産卵直後に泥が付いて外敵から隠されます。水温25℃なら40時間以内に孵化します。
孵化直後の外鰓
孵化した稚魚には、外に飛び出した長い外鰓(がいさい、そとえら)が発達します。田んぼや湿地は酸素が不足しがちで、外鰓は水中の乏しい酸素を補うための一時的な器官と考えられています。孵化から3〜4日で外鰓は退化し、ドジョウらしい姿に整い、5日目ごろから積極的に採食を始めます。条件がよければ1年で性成熟し、水田で暮らす個体は1〜2年で世代を回すサイクルです。
種類 ―近年別種化された仲間

キタ・シノビ・ヒョウモンへの分割
「ドジョウ」は長らく1種として扱われてきましたが、ミトコンドリアDNAの研究が進み、2012年以降に複数の別種が識別されるようになりました。日本産の集団を含む Misgurnus anguillicaudatus のほかに、キタドジョウ M. chipisaniensis(北海道など)が独立種として扱われるようになりました。シノビドジョウ M. amamianus(奄美群島)やヒョウモンドジョウ Misgurnus sp. OK(沖縄)も、順次別種として整理されつつあります。身近な魚の中でも分類がいまだに動き続ける、珍しいグループです。
外来のカラドジョウと交雑
中国からの食用ドジョウの輸送に混入したカラドジョウ M. dabryanus は、日本では外来種として扱われています。日本の各地で在来ドジョウとの交雑(遺伝子汚染)が確認されており、外来生物対策の対象種にも指定されています。見た目はよく似ますが、胸鰭の骨質盤の形が異なる点で区別できるとされます。
食文化 ―柳川鍋・どぜう・地獄鍋

柳川鍋と浅草の「どぜう」
柳川鍋 ―東日本の卵とじ
ドジョウは水田で簡単に採れるため、水稲文化と相性の良い食材として日本各地で親しまれてきました。もっとも有名なのが東日本の「柳川鍋」で、ドジョウを煮て溶き卵で閉じる料理です。江戸から続く東京・浅草の「駒形どぜう」など、看板に「どぜう」の3文字を掲げる料理店は江戸期の景観を今に伝えています。
「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」の滋養食
ドジョウは低栄養に見えて実際には栄養価が高く、江戸期には「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」と語り継がれるほど滋養食として重宝されてきました。カルシウム・鉄分・タンパク質を多く含むことで知られ、庶民が手に入りやすい高栄養食材として、夏バテ予防や病後の回復食に選ばれてきた歴史があります。
富山のかば焼きと汁物文化
富山県や静岡県では、ウナギと同じようにドジョウのかば焼きが夏の食卓に上る文化があります。富山県の一部地域では、イネのいもち病を追い払う神事の後にかば焼きを食べて身体を労う習慣が伝わります。汁物は全国的に作られています。東北ではドジョウをいったん酒に漬けてから調理する地域があります。西日本では素麺を入れる地域や、金沢周辺で酒粕を入れて粕汁にする地域もあり、味付けと具材の地域差が強く残っています。
地獄鍋の俗説 ―ドジョウは豆腐に潜らない
「地獄鍋(どじょう豆腐)」は、水と豆腐を入れた鍋に生きたドジョウを放り込む料理として語られてきました。加熱すると熱さを逃れたドジョウが冷たい豆腐に潜り込むと言い伝えられる、俗説の混じった郷土料理です。しかし実際にはドジョウは豆腐に潜り込むまで至らず、周囲で熱くなって死に、そのまま豆腐と一緒に煮上がるのが実際のところとされます。中国や韓国にも同じ話が伝わり、料理としては現代でもレシピの中に生きています。
飼育と寿命 ―水槽で15年生きる魚

野生1〜2年、飼育15年以上
水田で暮らすドジョウの寿命は1〜2年と短いのですが、飼育下では15年以上生きる例も報告されています。田んぼでは冬の低酸素・干上がりのリスク・捕食者にさらされ続ける環境が寿命を短くしています。水槽内では安定した水温と餌が保たれるため、寿命が10倍近くまで延びる魚として観賞魚愛好者のあいだで知られます。
水草を掘り返し、フンが多い
飼育下のドジョウは、危険を感じたり水温が変化したりすると、水底の砂や泥に潜り込む習性があります。この特徴で水槽内の水草がことごとく掘り返されることがあり、水草水槽との相性はあまりよくないとされます。フンの量が他の魚に比べて多く、水を汚しやすい点も特徴です。性格自体はおとなしく、金魚やタナゴなどとの混泳は可能とされます。ただしテナガエビは隠れ家の土管などを取り合ううえ、大型個体がドジョウを食べる例もあり、混泳相手には向きません。まれに「ヒドジョウ」と呼ばれるオレンジ一色の白変種が観賞魚として流通します。
どじょうすくいと慣用句 ―文化のなかのドジョウ
安来節の「どじょうすくい」
島根県安来地方に伝わる民謡「安来節」のなかでも、笊(ざる)で泥田のドジョウをすくう身振りを滑稽に演じる「どじょうすくい」は全国的に有名です。手拭いを頬かむりにして笊を構え、腰をかがめて泥をかき混ぜる仕草で観客を沸かせる宴会芸の定番として、昭和期の忘年会文化を支えました。ちなみに安来節の「どじょう」は当地の砂鉄採取(土壌)に由来するという説もあり、魚のドジョウと砂鉄採取の両方の意味合いが重なった芸能とされます。
「二匹目の泥鰌」と柳の下
ドジョウは慣用句にも多く登場します。「柳の下の泥鰌」は、一度の成功に味を占めて同じ場所で二匹目を狙ってもそう都合よくは見つからない、という意味のたとえです。続く「二匹目の泥鰌」の語源にもなりました。童謡「どんぐりころころ」に登場する「どぜうが出て来て今日は」の一節も、田んぼの近くに暮らす身近な魚だからこそ生まれた歌詞といえます。慣用句・民謡・童謡と、日本人の言葉のなかにいくつもの姿を残している魚です。
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参考
- Zhao, H. 2012. Misgurnus anguillicaudatus. IUCN Red List of Threatened Species(LC指定)
- 清水孝昭「ドジョウ:資源利用と撹乱」魚類学雑誌 61(1), 2014(DNA系統・別種化)
- 鈴木安恒ほか「ドジョウの腸呼吸に関する細胞学的並びに電子顕微鏡的研究」1963(腸呼吸の解剖学)
- 中島亨『LOACHES OF JAPAN 日本のドジョウ』山と溪谷社, 2017(形態・生態・文化・全体像)
- 環境省 汽水・淡水魚類レッドリスト2018(準絶滅危惧NT指定)/Wikipedia:ドジョウ(分類変遷・食文化・慣用句)
画像出典
- Manoel Jr., CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ/水中・口ひげ)
- PrinceNimblesoft, Public domain, via Wikimedia Commons(顔アップ)
- Prispiris, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(全体像)
- Ffish.asia, Public domain, via Wikimedia Commons(2匹比較)
- Fumikas Sagisavas, Public domain, via Wikimedia Commons(スーパー)
- Gourami Watcher, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(水槽)


