ナマズ

硬骨魚類

ナマズは、日本の水田や河川の下流域に暮らす大型の淡水魚です。平たい頭と大きな口、4本の長いヒゲが特徴で、夜に水底で獲物を狩る肉食のハンターです。日本文化の中では地震と結び付けられた歴史が長く、豊臣秀吉が1592年に「ナマズ地震にも耐える城を建てよ」と家臣に書き送った記録も残ります。1855年の安政江戸大地震の直後には「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる浮世絵が250点以上出版されるなど、庶民の暮らしと深く関わってきた魚でもあります。近年は近畿大学が餌と水質の工夫で「ウナギ味のナマズ」の養殖を進めるなど、現代の食文化とも結び付いています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:条鰭綱 Actinopterygii
  • 目:ナマズ目 Siluriformes
  • 科:ナマズ科 Siluridae
  • 属:ナマズ属 Silurus
  • 種:ナマズ Silurus asotus(Linnaeus, 1758)

和名・英名

  • 和名:ナマズ(鯰)/別名:マナマズ・ニホンナマズ・ヘコキ(琵琶湖周辺の方言)
  • 英名:Amur catfish/Japanese common catfish

名前の由来

和名の「ナマズ」は、体の表面を覆う「ぬらぬら(滑)」した粘液に由来するという説と、平たい頭を「なめる(滑ら)」姿から来たとする説が知られています。漢字の「鯰」は、魚偏に「念」を組み合わせた国字(日本で作られた漢字)で、中国では別の字(鮎)が用いられます。琵琶湖近辺の方言「ヘコキ」は、水中でぶくぶくと気泡を出す振る舞いに由来するとされる愛称です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ全長 通常50〜70cm、大きい個体は1mを超えることもあります/メスの方がやや大きい
分布日本(南西諸島などを除く全国)・朝鮮半島・中国東部・台湾・ロシア極東・ベトナム北部までの東アジア一帯
生息環境河川の下流・湖沼・水田・用水路など、流れの緩い泥底の水域を好みます
寿命野生では約10年、飼育下では15年以上生きた記録もあります
保全状況IUCNレッドリスト評価対象外(広域分布・個体数多)/国内では護岸工事による繁殖地減少が指摘されています

姿と体のつくり

江戸時代の博物画に描かれたナマズ
川原 慶賀(シーボルト・コレクション), Public domain, via Wikimedia Commons

平たい頭と大きな口・4本のヒゲ

ぬめった皮膚と鱗のない体

ナマズは頭部が上下に潰れたように平たく、幅の広い口を持ちます。体は左右に扁平で、後方は細長く伸びます。もっとも目立つのが4本の「口ヒゲ」で、上あごに長い1対と下あごに短い1対が生えており、感覚器として味・触感・水流を捉えます。体表には鱗がなく、粘液に覆われてぬるぬるとしており、素手で捕まえるのが難しいのも特徴の一つです。

目は背中側・体色は変異が大きい

目は小さめで背中寄りに位置し、腹側からは見えません。琵琶湖と一部水系に住む近縁のイワトコナマズは目が側面寄りにあり、腹側からも確認できるという違いがあります。体色は褐色〜灰色〜黒みがかった個体まで幅広く、地域や個体で斑紋の出方も一定していないタイプの魚です。

日本の在来ナマズは4種

日本に在来のナマズ属は4種あります。全国に分布するマナマズのほかに、琵琶湖水系のみに生息する「ビワコオオナマズ」と「イワトコナマズ」・愛知〜静岡の一部河川で確認されている「タニガワナマズ」があり、後3種はすべて日本固有種です。琵琶湖水系は日本のナマズ多様性のホットスポットで、限られた水系だけに大型・小型の3種が同居する形になっています。

夜の水底のハンター

ヒゲで探して丸のみ

昼は物陰、夜は水底を探る

ナマズは基本的に夜行性で、昼間は岩陰や水草の物陰にじっと潜んでいます。夜になると発達した口ヒゲで水中の匂いと動きを探り、小魚・カエル・エビ・水生昆虫などを大きな口で丸のみにします。日本の淡水域では在来種として数少ない大型の肉食魚で、食物連鎖の上位に位置する存在です。

10〜30度が活動水温

活発に動く水温はおおむね10〜30度の範囲で、真夏の高水温や真冬の低水温では活動が鈍ります。冬季は泥の中や岩の間に潜り込み、ほとんど動かずに越冬します。狩りに向いた季節は春から秋で、水温の上がる夜間に泳ぎ回って餌を探す姿がよく観察されています。

電気を感じる皮膚

ナマズは味や振動だけでなく、皮膚の電気受容器で獲物の筋肉が発する微弱な電気を感じ取ることもできます。ナマズ目魚類全般に共通する能力で、濁った水底で目の代わりに周囲を「感じる」ための重要な感覚です。この電気感覚は後述する「地震予知の俗説」を科学的に見直すうえでも注目される特徴です。

水田で繰り広げられる繁殖

雄が雌に巻きつく5〜6月の産卵

群れで浅場に集まる

日本での繁殖期は5〜6月です。この時期にナマズは群れをなして水田や湖岸などの浅い水域に集まり、雄が雌の体に巻きつく独特の産卵行動を行います。卵は約3mmの黄緑色で、水草や水底に産み付けられて2〜3日で孵化します。

孵化直後から共食い

孵化翌日にはミジンコなどの餌を食べ始め、密度が高い場合は仲間を襲う共食いが起こることも観察されています。性成熟は雄で2年、雌で3年ほどで、水田と一体になった生活史をもつ魚です。埼玉県の水産研究所では、この共食いを抑える給餌方法と飼育密度の工夫が2000年代に確立され、養殖用の種苗を安定して生産できるようになりました。

地震予知の俗説と電気感覚の科学

鹿島の神が大鯰を刀で押さえる鯰絵
Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

秀吉の「ナマズ地震」書状

「ナマズが暴れると地震が起きる」という俗説は日本で古くから語られてきました。江戸時代中期には民衆の間に広く定着していたと考えられ、その源流は『日本書紀』にまで遡ると指摘する研究もあります。1592年、豊臣秀吉が伏見城の築城を命じた際に家臣へ送った書状には「ナマズによる地震にも耐える丈夫な城を建てよ」との指示が見え、安土桃山時代の時点で武将階級にもこの俗説が浸透していたことがうかがえます。

電場の変化に敏感な魚として

科学的にはナマズの地震予知能力は俗信の域を出ないとされてきました。一方でナマズが振動や音・電場の変化に敏感であることは確かで、地震の前兆現象として観測される岩盤の電磁波との関わりを検討する研究も一部で続いています。関連が立証されているわけではないものの、電気感覚を軸に「なぜナマズが地震と結び付いた民間伝承を持つのか」を考える手がかりになる特徴です。

鯰絵と「瓢箪鯰」の系譜

歌川国貞「瓢箪鯰」の浮世絵
歌川国貞, Public domain, via Wikimedia Commons

安政大地震と250点以上の鯰絵

復興景気を描く庶民の絵

1855年、江戸の町を襲った安政江戸大地震の直後に、庶民のあいだで爆発的に流行したのが「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる無届の錦絵(多色刷りの浮世絵)です。地震を起こしたと信じられた大鯰を鹿島神宮の神が「要石(かなめいし)」で押さえ込む図や、地震で忙しくなった大工・鳶職の復興景気を描いた図など、少なくとも250点以上が短期間に出版されました。地震という不安定な世相を、笑いと風刺で受け止める庶民の心情がにじむ図像群です。

鹿島神宮の要石で押さえる

鯰絵の代表的モチーフが、鹿島神宮の要石で大鯰の頭を押さえる図です。要石は地震の原因である大鯰を封じる石とされ、鹿島神が刀で鯰を制する構図は江戸庶民に広く知られていました。地震のたびに再版される定番の図像として、鯰と地震の連想は明治以降も残り続けます。

国宝『瓢鮎図』から大津絵へ

ヒョウタンでナマズを押さえるという不思議な題材は、室町時代の画僧・如拙が描いた水墨画『瓢鮎図(ひょうねんず)』にまで遡ります。「滑らかなヒョウタンで、ぬめるナマズをいかに押さえるか」という禅問答を可視化した傑作で、現在は国宝に指定されています。この構図が滋賀県大津の民俗画「大津絵」に取り入れられ、猿がヒョウタンでナマズを押さえようとする滑稽な「瓢箪鯰」として庶民に親しまれ、江戸の鯰絵へと系譜が続いていきました。岐阜県大垣市の大垣祭では、金の瓢箪をもった老人がナマズを押さえるからくり山車「鯰軕(なまずやま)」が今も曳かれており、県の重要有形民俗文化財に指定されています。

食文化 ―琵琶湖から近大ナマズまで

白身魚として蒲焼・天ぷら

ナマズは古くから東アジアで食用魚として利用されてきました。日本では脂の少ない白身魚として、蒲焼・天ぷら・叩き・味噌汁などに調理されます。琵琶湖周辺の滋賀・京都と濃尾平野・埼玉県南東部などが主な漁獲地域で、埼玉県吉川市は「なまずの里よしかわ」を掲げてナマズ料理を町おこしの柱に据えています。ただし顎口虫という寄生虫が付くことがあるため、生食は避けて十分に加熱するのが一般的です。

近大ナマズ ―ウナギ味の養殖

ウナギの資源枯渇と価格高騰を背景に、近畿大学がマナマズの養殖を工夫して食味をウナギに近づけた「近大ナマズ」の研究を続けています。餌の内容と水質の2点をコントロールすることで独特の泥臭さを抑え、ウナギの蒲焼に近い風味を実現したもので、直営店や提携店で不定期に「ナマズの蒲焼」として提供されてきました。天然ウナギの代替タンパクとして商業化が期待されている取り組みです。

分布拡大とアメリカナマズ問題

訓蒙図彙に描かれたウナギ・ナマズ・オオサンショウウオ
中村惕斎『訓蒙図彙』1666年, Public domain, via Wikimedia Commons

本来は西日本の魚

マナマズはいまや南西諸島を除く日本の全国に分布していますが、本来の生息域は西日本に限られていたとみられています。縄文時代の貝塚から出土するナマズ目の骨は滋賀県より西の地域に集中しています。江戸時代の文献や遺跡からは、江戸中期に人為的な移植で関東地方へ・江戸後期に東北地方へ順次分布を広げていった経緯が推察されています。大正期には北海道にも移入され、現代の広域分布が形成されました。

特定外来生物のアメリカナマズ

近年、日本の水域で問題となっているのが、北米原産のチャネルキャットフィッシュ(アメリカナマズ)です。食用や釣り目的で導入されたのち霞ヶ浦や利根川水系に定着し、繁殖力の強さと食性の広さから在来魚類を圧迫していることから、2005年に特定外来生物に指定されました。マナマズ(ニホンナマズ)と区別するために「ニホンナマズ」の呼び名が使われる場面も増えており、両者は体の丸みや尾びれの形(アメリカナマズは尾が二又に切れ込む)で見分けます。

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