ホオジロムササビ

齧歯類(ネズミ・リス)

ホオジロムササビ(別名ムササビ)は、頭胴長27〜49cmの大型リス科の哺乳類です。前肢から後肢を経て首と尾まで広がる飛膜を使い、木から木へ最大120mを滑空する日本固有種で、頬の白い帯から「ホオジロ」の名を持ちます。ムササビとモモンガの識別・松ぼっくりの「エビフライ」型の食べ痕・ニホンザルによる集団攻撃など、独特のトピックが多い種でもあります。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:齧歯目 Rodentia
  • 科:リス科 Sciuridae
  • 亜科:リス亜科 Sciurinae
  • 族:モモンガ族 Pteromyini
  • 属:ムササビ属 Petaurista
  • 種:ホオジロムササビ Petaurista leucogenys

和名・英名

  • 和名:ホオジロムササビ/ムササビ(鼯鼠・鼺鼠)
  • 英名:Japanese giant flying squirrel

別名 ―ノブスマ・バンドリ

本種は「ムササビ」の名で広く親しまれていますが、標準和名としては「ホオジロムササビ」も併記されます。地方名も豊富です。ノブスマ(野臥間・野衾)・バンドリ・オカツギ・ソバオシキ・モマなど、多くの異名が伝わります。神奈川県で「バンドリ」、大分県で「ソバオシキ」というように、地域ごとの呼び名が民俗語彙のなかに残っています。

ムササビの語源については、身の小ささから「身細(むささ)び」と呼ばれた、との説が『動物名の由来』などで示されています。『万葉集』にも「牟佐々婢」「牟射佐毗」「武佐左妣」の表記で登場し、古くから知られてきた動物です。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ頭胴長 27〜49cm/尾長 28〜41cm/体重 700〜1500g(在来ネズミ目としては最大級)
分布日本固有種。本州・四国・九州の森林
生息環境山地〜平地の森林。樹洞のある鎮守の森や社寺林を特に好む
食性樹上の若葉・種子・ドングリ・柿・椿の花・樹皮など。地上で採食はしない
滑空最大 120m以上/最大秒速16m。手首の針状軟骨で飛膜を広げる
寿命野生 6〜10年/飼育下 約15年
保全状況IUCN:LC(低危険種)/鳥獣保護法「非狩猟鳥獣」

姿と体のつくり

在来ネズミ目としては最大級

ムササビとモモンガを並べて描いた古画(Fauna Japonica)の全身
ArkBird, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

頭胴長は27〜49cm・尾長28〜41cm・体重700〜1500gと、近縁のモモンガ類(ホンドモモンガは頭胴長14〜20cm・体重150〜220g)と比べて大きく、日本に生息するネズミ目のなかでも在来種としては最大級とされます。移入種を含めても、本種を上回るのはヌートリアくらいとされる大型齧歯類です。

頬の白い帯 ―「ホオジロ」の由来

ホオジロムササビの顔・耳の下の白い帯
OpenCage, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

頭部の側面には、耳の直前から下顎にかけて非常に目立つ白い帯が入ります。これが「ホオジロムササビ」の名の由来で、モモンガと見分けるうえでも重要な手がかりになります。全身の毛色は灰褐色〜赤褐色で、腹面は淡色、大きな眼が夜行性の生活に適応した姿を作っています。

飛膜の広がり

四肢のあいだには「飛膜」と呼ばれる薄い膜が張っており、これを広げるとグライダーのように滑空できます。ムササビの飛膜は前肢と後肢のあいだだけでなく、前肢と首・後肢と尾のあいだにまで広がる点で、モモンガより翼面積の広い体型を持ちます。長くふさふさした尾は、滑空時には舵の役割を果たします。

モモンガとの違い

ムササビとモモンガを並べて描いた古画(Fauna Japonica)
Fauna Japonica, Public domain, via Wikimedia Commons

本種はモモンガと混同されがちですが、両者は姿・大きさ・行動で明確に区別できます。漢字表記「鼯鼠」は古くから両者に用いられ、江戸時代の『和漢三才図会』でも混同が見られるほど、日本の文献のなかでも紛らわしい2種でした。

大きさの違い

もっとも分かりやすいのは大きさです。ムササビは頭胴長27〜49cm・体重700〜1500g、対するホンドモモンガは頭胴長14〜20cm・体重150〜220gと、ムササビはモモンガの5〜10倍の重さがあります。両者を並べれば、姿形はほぼ別種と言える差があります。

飛膜の付き方

ムササビ ―前肢〜後肢+首と尾まで

ムササビの飛膜は前肢と後肢のあいだだけでなく、前肢と首・後肢と尾のあいだにまで広がります。首元と尾元まで膜が伸びるため、滑空時の面積が広く、より長い滑空を可能にします。

モモンガ ―前肢と後肢のあいだだけ

モモンガの飛膜は前肢と後肢のあいだだけで、首や尾まで達しません。膜の面積が相対的に小さく、滑空距離もムササビより短くなります。同じ「膜で飛ぶ齧歯類」でも解剖学的な広がりが違います。

群れと単独

行動様式も違います。ムササビは単独行動が基本で、メスは1ヘクタール規模の同性間の縄張りを持ち、オスは2ヘクタール程度の行動圏を持ちながら縄張り自体は持ちません。対してホンドモモンガは平均5頭ほどの集団で生活する傾向があり、社会性の程度も両種を分ける特徴です。

滑空 ―最大120mの飛行

針状軟骨で飛膜を広げる

手首の軟骨が「翼」を伸ばす

ムササビの手首には「針状軟骨」と呼ばれる特殊な軟骨があります。普段は折りたたまれていますが、滑空時にはこの軟骨を外側に張り出して、飛膜の面積をさらに広げる仕組みになっています。前肢の先だけで「翼」を大きくできる、飛膜を持つ齧歯類ならではの解剖学的な工夫です。

尾は舵の役割

方向転換と着地制御

長くふさふさした尾は、滑空時には舵の役割を果たします。空中で方向転換をするときに尾を動かして進路を制御し、目標の木の幹に着地します。地上で歩くための道具ではなく、あくまで空を渡るための姿勢制御装置として機能します。

滑空距離と速度

最大の滑空距離は120メートル以上に達し、滑空時の最大速度は秒速16メートルにもなります。1回の滑空で数十メートル移動するのが日常で、これを繰り返すことで夜の森を樹上のみで巡ります。この飛行能力があるため、地上に降りずに広い行動圏を利用できます。

生態と暮らし

完全な樹上生活・冬眠しない

巣箱から顔を出すホオジロムササビ
KKPCW, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

鎮守の森と樹洞

ムササビは完全な樹上生活者で、冬眠はしません。日中は樹洞や人家の屋根裏を巣として休み、夜になると滑空しながら樹上を移動します。特に樹洞のある大木が多く、滑空に利用できる高木の並ぶ「鎮守の森」を好むとされ、社寺林の周辺で観察例が多く残されています。

食性 ―樹上の若葉・種子・花

食性は植物食で、ケヤキやカエデの若葉・種子・ドングリ・柿の果実・芽・ツバキの花・樹皮など、季節に応じてさまざまな樹上の食物を食べます。地上で採食することはなく、生涯のほとんどを樹木の上で完結させる生活です。

「エビフライ」の食べ痕

松ぼっくりの芯を残す独特の形

ムササビが松ぼっくりを食べたあとには、芯だけが残った独特の形が落ちています。この形が油で揚げた「エビフライ」に似ていることから、山では「ムササビ(またはリス類)のエビフライ」と呼ばれ、痕跡を頼りに本種の生息を推定する材料になります。葉の食べ痕には中央に丸い穴が開くか、V字型に削られたような跡が残ります。

繁殖 ―コルク抜きの陰茎と交尾栓

年2回の発情期

冬と初夏の年2回、発情期を迎えます。発情期にはオス同士が交尾の順位をめぐって激しい喧嘩を繰り広げ、勝ち残ったオスが交尾に至ります。平均74日の妊娠期間を経て、春と秋に1〜2匹の子を産みます。

「コルク抜き」の陰茎と交尾栓

本種のオスの陰茎は「コルク抜き」のような形状をしていることが知られます。この形は、前のオスが残した精液で形成される「交尾栓」を次のオスが取り除いて交尾するために発達したと考えられており、齧歯類の繁殖戦略のなかでも特異な解剖学的特徴です。

子育てと成長

子育てはメスだけで行いますが、餌を採るために通常より短い周期で毎晩巣を空けるとされます。授乳期間は約91日、子は生後約58日で巣から出ます。野生下での平均寿命は約6〜10年ですが、飼育下では約15年まで生きた記録があります。

天敵 ―ニホンザルによる集団攻撃

食肉目と猛禽類

ムササビの主な天敵は、テン・イタチ・キツネなどの食肉目や、フクロウ・タカなどの猛禽類です。夜行性で樹上生活を送るため、地上性の捕食者よりも猛禽類やテン類による捕食圧が中心となります。

捕食しないのに追う「ニホンザルの攻撃」

ニホンザルは本種を捕食しないにもかかわらず、集団で執拗に追跡して攻撃を加えることが観察されています。追跡を受けるとムササビは木を十分に登る間もなく次の滑空に移らざるを得ず、次第に高度を失って地面へ着地したところをサルに捕獲されることもあります。ニホンザルが本種を襲う理由については、性的アピール説(オスがメスに強さを見せる)や、猛禽と滑空姿を同一視した防衛行動説などが仮説として挙げられています(大西ら 2010)。

3亜種と分布

ホオジロムササビの分布図
Uwe Dedering, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

ホオジロムササビは日本固有種で、本州・四国・九州に分布します。生息地により3亜種に分けられ、地域ごとの体色や大きさに違いが見られます。

ニッコウムササビPetaurista leucogenys nikkonis/本州の中部から北部。模式産地は日光
ワカヤマムササビP. l. oreas/紀伊半島。近畿・中国・中部南部もこの亜種と考えられる
キュウシュウムササビP. l. leucogenys(基亜種)/九州および四国。模式産地は熊本県

人との関わり ―万葉集と毛皮

縄文時代からの狩猟対象

南羽鳥正福寺1号墳出土のムササビ形埴輪
Saigen Jiro, Public domain, via Wikimedia Commons

ムササビは日本では古くから狩猟の対象で、青森県の三内丸山遺跡(縄文時代)では、通常はシカ・イノシシが多いはずの集落遺構でムササビとウサギの骨が多く出土しています。巨大集落を支えるシカ・イノシシ資源が枯渇していた可能性を示す考古学的証拠と考えられています。千葉県南羽鳥正福寺1号墳からは古墳時代のムササビ形埴輪も見つかっています。

毛皮と筆

ムササビの毛皮は保温性に優れ、防寒具として珍重されました。第二次世界大戦下では物資不足のなかでムササビ1匹の毛皮が当時の学校教員の月給に匹敵するほどの値段になったと伝えられます。被毛は筆の材料としても利用され、他にはない粘りと毛先の独特の趣が特徴とされます。

現在は「非狩猟鳥獣」

現在の日本では、ムササビは鳥獣保護法において「非狩猟鳥獣」に位置づけられ、狩猟は認められていません。過去には特定地方で「もま」と呼ばれる禁猟のムササビを狩ったことが法律上どう扱われるかが争われた「むささび・もま事件」もあり、地域名と法律用語の食い違いが刑法解釈の教材にもなっています。

保全状況

IUCNレッドリストではLC(低危険種)とされ、種としての絶滅懸念は低いとされます。ただし森林伐採や開発による生息地の分断は継続的な課題で、鎮守の森など古くからの樹洞のある大木の維持が本種の保全に直結しています。

関連する生きもの

モモンガ
モモンガは、皮膜を広げて木から木へ滑空する、手のひらサイズのリスの仲間です。滑空する体のつくりや、よく似たムササビとの見分け方に特徴があります。分類と学名分類階層界:動物界 Animalia門:脊索動物門 Chordata綱:哺乳綱 Mam...

参考

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