アマミノクロウサギ

ウサギ目

アマミノクロウサギは、奄美大島と徳之島にだけ生息する日本固有の陸生ウサギです。短い耳と真っ黒な体、頑丈な前脚の爪を持ち、地面を掘って暮らす原始的なつくりを残しています。世界に1属1種、進化的な孤島に取り残された「生きた化石」として、国の特別天然記念物と世界自然遺産の両方に位置づけられた種です。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:ウサギ目 Lagomorpha
  • 科:ウサギ科 Leporidae
  • 属:アマミノクロウサギ属 Pentalagus(本種のみ)
  • 種:アマミノクロウサギ Pentalagus furnessi

和名・英名

  • 和名:アマミノクロウサギ(奄美の黒兎)
  • 英名:Amami rabbit、Ryukyu rabbit

別名・学名の由来

属名 Pentalagus はギリシャ語の「penta(5)+lagos(ウサギ)」で、上顎の第一切歯に5本の縦溝を持つ形質にちなむとされます。種小名 furnessi は本種を1900年にアメリカへ紹介した動物学者 William Henry Furness III への献名です。地元では単に「クロウサギ」「ヤマウサギ」と呼ばれ、暮らしの近くにいる山の生きものとして呼ばれてきました。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ頭胴長 41.8〜51cm、体重 1.3〜2.7kg
耳の長さ耳長 4.1〜4.5cm(ノウサギの約半分)
後脚の長さ後足長 8.5〜9.2cm(短くずんぐり)
体色背面は黒〜暗褐色、腹面は灰褐色
分布日本固有種。奄美大島・徳之島の2島のみ
生息数2021年推定 約1万1千〜3万9千匹(奄美大島+徳之島)
生息環境常緑広葉樹林の斜面・林床
食性植物食(草本の茎葉・シイの実・ススキ・ボタンボウフウなど)
活動時間夜行性
繁殖年2回・1産1子(飼育下データ)
寿命飼育下でおよそ10年(推定)
保全状況IUCN EN(絶滅危惧IB類)/国の特別天然記念物(1963年指定)/世界自然遺産(2021年)

姿と体色 ── 黒くて短い耳の穴掘りウサギ

草地に佇むアマミノクロウサギ(黒褐色の体・短い耳・頑丈な前脚の爪)
Wich’yanan (Jay) Limparungpatthanakij, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

全身黒褐色と短い耳

「クロウサギ」の名の通りの黒い体

全身は黒〜暗褐色で、腹側だけがわずかに灰褐色に抜けます。ノウサギやカイウサギに見られる白い斑点や白い尾房はほとんどなく、夜の森に溶け込む深い黒が最大の特徴です。名前の「クロウサギ」はこの体色をそのまま指しています。

耳と後脚が短い理由

耳の長さは4〜4.5cmと、ノウサギ属(耳長10〜15cm)の半分ほどにとどまります。後脚も8.5〜9.2cmと短くずんぐりしており、開けた場所を跳ねて逃げるより、密な森林の中を歩き回るのに向いた体。地表を素早く駆け抜けるのではなく、森の下草と巣穴を利用する暮らしに体全体が寄せられています。

前脚の頑丈な爪

前脚には他のウサギには見られない太くて頑丈な爪が並び、地面を掘って巣穴を作るための道具として機能します。硬い土壌や木の根が入り組んだ森の斜面でも掘り進める強さがあり、この爪の形は本種の穴掘り性を象徴する形質です。

「生きた化石」の系統 ── 1属1種の原始ウサギ

アマミノクロウサギ属は本種だけ

1属1種の単型属

ウサギ科の中でアマミノクロウサギ属(Pentalagus)は本種のみで構成される単型属で、他のどのウサギとも形態・DNAともに大きな距離を持っています。ノウサギ属(Lepus)でもアナウサギ属(Oryctolagus)でもなく、独立した1本の系統として現代に残っている稀な位置づけです。

原始的な歯と骨格

属名 Pentalagus の由来にもなった上顎第一切歯の5本の縦溝や、短い耳と後脚といったずんぐりした体つきは、いずれもウサギ科の初期分岐に近い原始形質と解釈されています。形態と分子系統解析の両面から、ウサギ科のなかでも古い特徴をよく残した種と考えられており、「生きた化石」と呼ばれる由来はここにあります。

中新世からの遺存種

本種の祖先は、中新世(およそ1500万〜500万年前)のアジア大陸に広く分布していたウサギ類の一系統と考えられています。奄美群島がユーラシア大陸から分離したあと、島には後発のノウサギ属が渡ってこられなかったため、古い形態を残した本種だけが生き延びる形になりました。大陸では絶滅した仲間の姿を、島嶼の隔離が残した希少な系統として現代まで見せる存在です。

奄美と徳之島の森だけに ── 分布と生息数

アマミノクロウサギの分布図(奄美大島と徳之島だけに赤の分布点)
Chermundy, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

2島だけの分布

現在の分布は奄美大島と徳之島の2島のみに限られます。両島の常緑広葉樹林、なかでもシイやカシの成熟した林を中心に、下草と土壌の柔らかい斜面が生息の中心です。かつては両島の全域に広がっていたと推定されますが、森林伐採と外来種の影響で分布は林内奥へと押し戻されてきました。

現在の推定個体数

2021年の推定個体数はおよそ1万1千〜3万9千匹で、うち奄美大島に約1万〜3万4千匹、徳之島に約1500〜4700匹と報告されています。マングース駆除が進んだ2020年前後から個体数は明確な回復傾向にあり、20年前には激減が懸念されていた種の状態としては大きな成果です。ただし徳之島の生息数は依然として脆弱で、道路沿いの断片的な森に集中する構造は変わっていません。

巣穴と繁殖 ── 1年に2回・1子ずつ

巣穴のつくり

本種は斜面に巣穴を掘って暮らします。日常の休息用の穴に加え、繁殖用の巣穴は直径10〜20cm・長さ100〜200cmと大きく作られ、地下に伸びる長いトンネルの奥で子を育てます。岩の隙間や木の根の空洞を拡張して使うこともあり、掘る場所は森の地形を活かして選ばれる傾向です。

1回に1頭だけ産む

飼育下の観察では年に2回、1回の出産で1頭だけ産むという、ウサギ科としては極端に少ない繁殖数が知られています。ノウサギ属が年に3〜5回・1〜4頭ずつ産むのに比べれば、繁殖速度は10分の1以下にとどまります。個体数の回復に時間がかかる背景の一つで、外来種による捕食圧の影響を受けやすい構造でもあります。

授乳ごとに巣口を塞ぐ

母親は普段は別の穴で暮らし、幼獣のいる巣穴に立ち寄って授乳し、授乳が終わると巣穴の入口を土で塞いで再び離れます。捕食者に位置を知られないための行動で、他の陸生ウサギでは見られないアマミ独自の育児様式として観察されています。この慎重な子育てが、巣穴育児と外敵回避の両立を支えてきました。

鳴くウサギ ── 声で伝えあう森の暮らし

本種は複数種類の鳴き声を発することが知られており、ペットのウサギがほとんど鳴かないのに対し、明確な音声コミュニケーションを持つ点でも異色です。単純な高音のほか、警戒時には後脚で地面を強く叩く「スタンピング」も併用され、視界の悪い森の中で個体どうしのやり取りを担っているとされます。夜の森で「ピュー」「ギッ」といった声を聞いた場合、本種か同島のアマミトゲネズミの可能性が高いとされます。

天敵とマングース ── 外来種との攻防

本来の天敵

本来の在来天敵はハブなど大型のヘビ類で、島外の哺乳類捕食者は歴史的に存在しませんでした。長く外敵が少ない環境で暮らしてきたため、逃走速度が遅く、後脚の跳躍力もノウサギほど発達していません。この「捕食圧に慣れていない」性質が、後の外来種による激減を招くことになりました。

フイリマングースの20年

1979年の導入と激減

1979年、ハブ駆除を目的として奄美大島にフイリマングースが持ち込まれた経緯があります。期待された効果を上げないまま在来の小型哺乳類を捕食する形になり、アマミノクロウサギは1990年代までに深刻な減少に追い込まれます。歴史的に大型の哺乳類捕食者がいなかった島の生態系にとって、俊敏な地上捕食者の登場は致命的な負荷。回復にはその後20年を要することになりました。

2000年からの駆除と回復

2000年から本格化した環境省の駆除事業により、2018年頃までにマングースの生息数はほぼゼロに近づきました。それに伴って本種の個体数も明確な回復を見せており、日本の外来種対策では最も大規模で成功した事例の一つに数えられます。20年をかけて捕食者を排除した島に、遺存種が戻りつつある現在の状況です。

ノネコと野犬

マングース以外にも、飼育放棄・遺棄されて野生化したノネコと野犬が現在の主要な脅威となっています。特にノネコの個体数管理と飼育規制は現在進行の課題で、地元自治体と環境省が飼い猫の登録・不妊化・室内飼育の徹底に取り組んでいます。徳之島の生息個体数がなかなか伸びない要因の一つも、島内のノネコ密度が高いことにあるとされます。

アマミノクロウサギ事件 ── 動物を原告にした裁判

1995年、奄美大島でのゴルフ場開発計画に対して、アマミノクロウサギ・アマミヤマシギ・オオトラツグミ・ルリカケスの4種を原告名に加えて開発許可の取り消しを求める住民訴訟が起こされました。動物そのものに法的当事者能力はないとして訴えは却下されましたが、日本で最初の「自然の権利」訴訟として大きな話題となり、以後の環境訴訟や自然保護運動に一つの転換点をもたらしました。本種は生物学的な希少性に加え、日本の環境法史のなかでも重要な位置を占める生きものになっています。

世界自然遺産と観察 ── ロードキルへの対応

奄美大島の道路脇に立つ「気をつけよう 暗い夜道のクロウサギ」警告看板
Indiana jo, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

世界自然遺産への登録

2021年に本種の生息地を含む4地域が「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として世界自然遺産に登録されました。登録決定の理由の一つに本種の固有性と原始的な系統がとりあげられており、世界的に見ても保護すべき希少な地域生態系の象徴的な存在として扱われています。

夜間のロードキル問題

奄美大島の林道路面に描かれた「クロウサギに注意」の路面標示
Indiana jo, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

マングース駆除で個体数が回復した2020年前後から、道路上での交通事故死(ロードキル)が急増しました。2022年9月末時点で89匹と、過去最多だった2021年通年の77匹をすでに上回る勢いで、環境省と地元自治体は速度規制・防護柵の設置・観察ツアーの夜間ルール整備を進めています。個体数の回復と交通事故は表裏一体の問題として、現在の保全活動の最重点課題の一つになっています。

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