ユリカモメは、日本の海岸や河川で冬に見られる小型のカモメです。頭は白く、目の後ろに黒い斑点、嘴と脚は鮮やかな赤。夏になると頭部全体が黒褐色に変わる特徴的な羽衣を持ちます。伊勢物語で在原業平が詠んだ「都鳥」は、このユリカモメを指すという説が有力で、東京都は1965年に「都民の鳥」に指定しました。新橋とお台場を結ぶ新交通「ゆりかもめ」の名も、この鳥に由来します。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:鳥綱 Aves
- 目:チドリ目 Charadriiformes
- 科:カモメ科 Laridae
- 属:ユリカモメ属 Chroicocephalus
- 種:ユリカモメ Chroicocephalus ridibundus
和名・英名
- 和名:ユリカモメ(百合鴎)
- 英名:ブラックヘッデッド・ガル(Black-headed Gull・黒い頭のカモメ)
学名の意味「色のついた頭」と「笑い」
属名の Chroicocephalus(クロイコケファルス)は古代ギリシャ語で khroikos(色のついた)と kephale(頭)を合わせた語で、「色のついた頭」を意味します。種小名の ridibundus(リディブンドゥス)はラテン語で「笑う」の意味で、鳴き声が笑い声に聞こえることに由来します。1766年にリンネが著書『自然の体系』第12版で命名し、当初は他のカモメと同じラリウス属に置かれましたが、21世紀の遺伝子研究に基づいてクロイコケファルス属に再分類されました。属名も種小名も、頭の色と鳴き声というこの鳥のいちばん目立つ特徴を捉えた名です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 全長 約40cm/翼開長 約93cm/体重 約200~350g |
|---|---|
| 分布 | 繁殖:ユーラシア北部(アイスランド~日本)/越冬:ヨーロッパ・アフリカ・南アジア・東アジア(日本を含む) |
| 日本の位置づけ | 冬鳥として北海道から南西諸島まで広く渡来(小型カモメの大半が本種) |
| 生息環境 | 海岸・河川・湖沼・港・市街地の水辺 |
| 食性 | 雑食(魚・甲殻類・オキアミ・昆虫・種子・人のゴミ) |
| 寿命 | 野生 最大30年以上(足環回収記録) |
| 保全状況 | IUCN:LC(軽度懸念)/世界個体数200~300万ペア |
夏羽と冬羽の違い

冬羽:白い頭に目の後ろの黒斑
日本で見られる冬羽のユリカモメは、頭のほとんどが白く、目の後ろに黒い斑点が1つだけ残ります。嘴と脚は鮮やかな赤色で、上面は淡い灰色・下面は白と、全体的に淡い色調にまとまります。目の周りには薄い白いふちがあり、正面から見ると耳の位置に黒い点だけが浮かぶ独特の顔つきになります。冬羽の姿は日本人にとっては最も馴染みのある形態で、東京湾や隅田川で見られるのはほぼこの姿です。
夏羽:頭部が黒褐色

繁殖期の夏羽は、頭部全体が濃い黒褐色(実際は焦げ茶に近い色)に染まります。英名の Black-headed Gull(黒い頭のカモメ)は、この夏羽の姿から名づけられました。日本では冬鳥のため、頭が黒くなった完全な夏羽は日本国内ではほぼ見られません。北へ渡って行く直前の3月末〜4月頃に、頭の一部が黒く変わり始めた中間形態が観察される程度です。夏羽と冬羽の対比は同じ種とは思えないほど大きく、初めて見た人が別種と誤解することもあります。
夏羽と冬羽が混じる時期
3月末〜4月の日本では、頭部に黒褐色の斑がまだら模様に現れた個体が観察されます。冬羽から夏羽への換羽の途中で、白い部分と黒い部分がまだ混在する姿は、この時期にしか見られない中間形態です。4月中旬〜下旬にかけて多くの個体が北へ渡り、5月には日本からほぼ姿を消します。
日本には冬鳥として渡来

繁殖地から日本への渡り
10月〜4月の日本滞在
ユリカモメはユーラシア大陸北部の広い範囲で繁殖し、日本近海で越冬する個体は主にシベリア東部の繁殖地から渡ってきます。10月頃から日本各地の海岸や河川に到着し、翌年4月頃までとどまります。日本国内では繁殖せず、5月には姿を消して北の繁殖地へ帰る渡り鳥です。
極東の亜種 sibiricus
極東の繁殖個体群は亜種 sibiricus(シビリクス)として区別されることがあり、他地域より少し大きく、翼が相対的に長いのが特徴です。分類上の亜種として明確に扱う専門家と、種内変異とする専門家に分かれていて、地域差が連続的に変化するグラデーション(クライン変異)の可能性も指摘されています。
京都・鴨川に現れたのは1974年
京都・鴨川で冬にユリカモメの群れが見られる光景は現在では冬の風物詩ですが、鴨川に姿を現すようになったのは1974年からです。それ以前は「京には見えぬ鳥」で、伊勢物語で在原業平が隅田川で「京には見えぬ鳥」と驚いたのと同じ状態でした。京都の個体は昼間鴨川で採食し、比叡山上空を経由して琵琶湖で夜を過ごす行動が知られています。1970年代以降の分布拡大は、水質の改善や餌の入手しやすさなど複数の要因が挙げられます。
雑食性の暮らし
水辺・港・市街地で採食
幅広い食性
食性は動物食寄りの雑食で、魚・甲殻類・オキアミを基本としつつ、環境に応じて幅広い餌を口にします。淡水域では昆虫や水草の種子、港では捨てられた小魚、市街地では人のゴミを漁ります。カモメ科としてはとりわけ環境適応力が高く、内陸の池や公園、田畑にも入り込みます。
河川を10km以上も遡る
大きな河川では河口から10km以上も遡って採食する個体が観察されており、東京湾の水辺だけでなく多摩川の中流域や荒川の上流でも姿を見せます。夜は海や大きな湖に戻って群れで塒(ねぐら)を作り、日中は再び採食場に飛ぶ日周移動の生活を送ります。
カラスとの餌の取り合い
市街地でゴミを漁るときは、同じ場所を訪れるカラスなどと餌の取り合いになる場面もあります。売り物の魚を横取りする例や、人の食べ物をつかみ取っていく例も知られていて、生活圏の中に完全に入り込んだ野鳥のひとつです。昼間は餌場近くで活動し、夜間は沖合のいかだや広い水面に戻って休みます。
伊勢物語の「都鳥」

在原業平の和歌
平安時代の歌物語『伊勢物語』の第9段「東下り」には、隅田川のほとりで在原業平が「都鳥」と呼ばれる鳥を見て詠んだとされる有名な和歌が記されています。「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」という歌で、「都という名を負うのなら聞いてみよう、私が思う都の人は今も無事にいるかどうかを」という意味です。この歌に登場する「都鳥」がどの鳥なのかは長く議論されてきました。
都鳥=ユリカモメ説
『伊勢物語』の「都鳥」の描写は「隅田川にいる白い体で嘴と脚が赤い、シギほどの大きさの、魚を食べる水鳥」というものです。この条件に当てはまる鳥として最も近いのはユリカモメで、現代の鳥類学者の間では「都鳥=ユリカモメ」説が有力とされています。現在の和名ミヤコドリ(Haematopus ostralegus)は嘴と脚が赤くても体色が黒で貝を食べる鳥のため、伊勢物語の描写とは合いません。
「ミヤケドリ」説
「都鳥」の別解釈として、古代の隅田川右岸に大規模な屯倉(みやけ・朝廷の直轄地)があったことから、元は「ミヤケドリ(屯倉鳥)」と呼ばれていたのではないかという仮説もあります。屯倉に集まる鳥として名づけられた呼び方が、後に「都鳥」に音変化したとする解釈です。歴史学者の田島公が2024年の論文で示した仮説で、伊勢物語の記述に新しい光を当てる説として注目されています。
都民の鳥と新交通の名前の由来
東京都は1965年10月1日にユリカモメを「都民の鳥」に指定しました。「都鳥」の伝統と、隅田川や東京湾で冬に見られる身近さを兼ね備えた点が選定理由に挙げられています。1995年に新橋から有明までを結ぶ新交通システムが開業した際、この鳥の名前をとって「ゆりかもめ」と命名されました。東京臨海新交通臨海線(通称ゆりかもめ)は東京湾岸を走る路線で、車窓からは実物のユリカモメが飛ぶ水辺の景色が広がります。品川区・春日部市・焼津市・四日市市・敦賀市・大津市・福岡市も、ユリカモメを自治体の鳥に指定しています。
ズグロカモメとの見分け

ユリカモメと見た目が似た小型カモメにズグロカモメがいます。ズグロカモメは全長32cmとやや小さく、嘴が黒くて短い点でユリカモメと区別されます。ユリカモメの赤い嘴に対して、ズグロカモメは黒い嘴、というのが最大の識別点です。日本では有明海や瀬戸内海の干潟にごく限られた数が渡来する冬鳥で、東京湾や京都の内陸で見られるカモメの多くはユリカモメと判別できます。
世界の分布と保全状況
ユリカモメは世界的にはユーラシア大陸のパレアークティック(旧北区)全域に分布し、世界個体数は200〜300万ペアと推定されます。欧州が最多の生息地で、英国に約30万ペア・ポーランドに約25万ペアが記録されています。分布は20世紀以降西へ拡大する傾向にあり、アイスランド初記録が1911年・グリーンランド初記録が1969年・カナダ東部のニューファンドランド島には1977年から少数が定着しています。IUCNレッドリストではLC(軽度懸念)に評価され、個体数は安定しています。
関連ページ



参考
- ウィキペディア日本語版「ユリカモメ」(分類・冬羽と夏羽・伊勢物語都鳥説・京都鴨川1974年・自治体の鳥)
- ウィキペディア英語版「Black-headed gull」(学名の由来・世界個体数・北米への分布拡大・亜種sibiricus)
- バードライフ・インターナショナル(2018)「IUCNレッドリスト ユリカモメ評価」(軽度懸念LCの評価根拠)
- 『伊勢物語』第9段「東下り」(平安時代・在原業平の和歌と「都鳥」)
- 田島公(2024)「『伊勢物語』第九段 東下り『都どり』の歌と『豊嶋ミヤケ』・『浅草寺縁起』」西本昌弘編『日本古代の儀礼と社会』八木書店(ミヤケドリ屯倉鳥説の提示)
画像出典
- Charles J. Sharp, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ・飛翔中のユリカモメ)

