セイウチ

哺乳類

セイウチは北極海とその周りの海に住む、鰭脚類でいちばん目立つ牙を持つ動物です。その牙は海底の獲物を掘り出すための道具だと長く考えられてきましたが、掘っているのは牙ではありませんでした。獲物を探すのは口のまわりに生えた数百本のヒゲで、貝の身は舌で吸い出します。

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  1. 分類と学名
    1. 分類階層
    2. 和名・英名
    3. 属名は「歯で歩くもの」
  2. 大きさ・分布などの基本データ
  3. しわだらけの厚い皮と、年で変わる体の色
    1. 首と肩の皮は10cmの厚さ
    2. 若い個体は濃い茶色、老いたオスはほぼピンク
  4. 牙は獲物を掘る道具ではなかった
    1. 上顎の犬歯が伸びたもので、メスにもある
    2. 摩耗のあとが示したこと
    3. 本当の用途は氷に上がること
  5. 掘るのは鼻先、探すのは400〜700本のヒゲ
    1. 鼻先の上の縁で掘り、水を噴いて泥を払う
    2. ヒゲは3mmの違いを見分ける
  6. 舌で真空を作り、60属を超える獲物を食べる
    1. 口蓋がアーチ形で、吸引に向いている
    2. プールの底の栓を吸い抜いた記録
    3. 食べるものは60属を超える
  7. 突き出せる目と、体を浮かせるのどの袋
    1. 眼窩に屋根がないので目を突き出せる
    2. 視力は近くを見るのに向いている
    3. のどの袋が浮き袋の役をする
  8. トドとの違いは牙、体つきはアシカとアザラシ両方に似る
    1. そもそも科が違う
    2. 体つきはアシカとアザラシの両方に似る
  9. 日本のセイウチ——飼育の記録と、迷いこんだ個体
    1. 1977年に伊豆で国内初の飼育
    2. 1994年、鴨川シーワールドで国内初の繁殖
      1. タックの飼育日数は13,093日
      2. 全身の骨格が学術資料になった
    3. 1984年、三重県沖の定置網に迷いこんだ
  10. 数万頭で集まり、天敵は2種だけ
    1. 夏から秋には数万頭が集まる
    2. 天敵はシャチとホッキョクグマだけ
  11. 牙のための狩りと、減っていく氷
    1. 300年の狩りでスバールバルからほぼ消えた
    2. 太平洋セイウチは5万〜10万頭まで減った
  12. 参考
  13. 画像出典

分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:食肉目 Carnivora
  • 亜目:イヌ亜目 Caniformia
  • 科:セイウチ科 Odobenidae
  • 属:セイウチ属 Odobenus
  • 種:セイウチ Odobenus rosmarus

和名・英名

  • 和名:セイウチ(海象、海馬)
  • 英名:Walrus

属名は「歯で歩くもの」

属名の Odobenus は、ギリシャ語の odous(歯)と baino(歩く)を合わせた語です。水から体を引き上げるときに牙を使う様子を見て付けられました。セイウチ科で現在も生き残っているのはこの1種だけです。

亜種は大西洋セイウチと太平洋セイウチの2つが広く認められています。牙の長さは体長に対して大西洋亜種で約12%、太平洋亜種で約17%を占めます。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ体長 約2.2〜3.5m・体重 オス800〜1,700kg(メスはその3分の2ほど)
分布北極海と、その周りの海。大西洋と太平洋に1亜種ずつ
生息環境大陸棚の浅い海と、その上に浮かぶ海氷
食べもの60属を超える海の生きもの。とくに二枚貝
繁殖妊娠期間は15〜16か月。生まれた子は体重33〜85kg
天敵シャチとホッキョクグマの2種だけ
寿命野生で20〜30年
保全状況CITES附属書III(国際取引を規制)。海氷の減少が主な懸念

しわだらけの厚い皮と、年で変わる体の色

顔を寄せ合う2頭のセイウチ。皮膚に深いしわが寄っている
Andreas Weith, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

首と肩の皮は10cmの厚さ

毛はまばらで、遠目にはほとんど裸に見えます。皮膚は深くしわが寄り、オスの首と肩では厚さ10cmに達します。その下の皮下脂肪は15cmまであります。

若い個体は濃い茶色、老いたオスはほぼピンク

若い個体は濃い茶色をしています。年をとるにつれて淡く、赤みを帯びた色に変わります。老いたオスはほぼピンク色に見えます。

冷たい水の中では皮膚の血管が縮むため、泳いでいる個体はほとんど白く見えることもあります。オスは成長すると、首や肩に「ボス」と呼ばれるこぶが出てきます。

牙は獲物を掘る道具ではなかった

口を開けて牙を見せるセイウチ
Andreas Weith, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

上顎の犬歯が伸びたもので、メスにもある

牙は上顎の犬歯が伸びたものです。オスにもメスにもあり、長さは1m、重さは5.4kgに達します。オスのほうがやや長く太く、争いや誇示に使います。いちばん大きな牙を持つ強いオスが群れの上位に立つことが多いようです。

摩耗のあとが示したこと

この牙で海底の獲物を掘り出す、とかつては考えられていました。ところが牙のすり減り方を調べた研究から、牙は堆積物の中を引きずられているだけだと分かりました。

砂や泥の中の獲物は牙ではなく、角質化した鼻先の上部で掘り起こすと考えられています。

本当の用途は氷に上がること

牙は氷に呼吸用の穴を開けて保つのに使われます。水から氷の上へ体を引き上げる場面でも役立ちます。属名の由来がそのまま用途になっています。

牙以外の歯は多くありません。最大で38本ですが半数以上は痕跡的で、実際にそろっているのは18本ほどです。

掘るのは鼻先、探すのは400〜700本のヒゲ

雪の上のセイウチ。口のまわりに硬いヒゲが密に生えている
Mike Dunn, NC State Museum of Natural Sciences., CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

鼻先の上の縁で掘り、水を噴いて泥を払う

海底を這うように進みながら餌を探します。泥は口から噴き出す水と、ひれの動きで払いのけます。より深くに潜っている獲物には、水流を吹きつけて掘り起こすと考えられています。

ヒゲは3mmの違いを見分ける

牙のまわりには硬い毛が広く生えています。この毛は400〜700本あり、13〜15列に並びます。長いものは30cmに達しますが、野生では餌を探すのに使い続けるため、もっと短くすり減っていることが多いようです。

ヒゲの根もとは筋肉につながり、血管と神経が通っています。厚さ3mm、幅2mmという細かい形の違いを見分けられます。

舌で真空を作り、60属を超える獲物を食べる

氷の縁にいるセイウチ
Captain Budd Christman, NOAA Corps, Public domain, via Wikimedia Commons

口蓋がアーチ形で、吸引に向いている

食べるときは唇を獲物にぴったり当てます。そしてピストンのような舌を口の中へ素早く引き込み、真空を作って身を吸い出します。口の天井がアーチ形になっていて、この吸引に向いた形をしています。

測定された口の中の圧力は、空気中で−87.9キロパスカル、水中で−118.8キロパスカルでした。マイナスはまわりより圧力が低い状態を表します。数字が大きいほど強く吸っていることになります。

プールの底の栓を吸い抜いた記録

ドイツのハーゲンベック動物園では、飼育されていたセイウチが金属の栓を吸い抜いてしまいました。水深1.1mのプールの底にあった、2.3kgの栓です。

食べるものは60属を超える

食べるものは60属を超えます。エビ・カニ・ゴカイの仲間・ホヤ・ナマコ・貝、動きの遅い魚まで幅広く含まれます。好むのは海底に住む二枚貝です。太平洋セイウチでは食事の97%を海底の無脊椎動物が占めます。

突き出せる目と、体を浮かせるのどの袋

眼窩に屋根がないので目を突き出せる

眼球を動かす筋肉がよく発達しています。さらに眼窩に屋根がありません。この2つのおかげで目を前へ突き出し、正面と真上を同時に見ることができます。

※ 眼窩は、目玉が収まっている頭骨のくぼみです。セイウチではその上側に骨の屋根がありません。

視力は近くを見るのに向いている

視力そのものは近くを見るのに向いているとされます。濁った海底で餌を探すぶんには、視覚よりヒゲのほうが頼りになります。

のどの袋が浮き袋の役をする

のどの下に空気をためる袋があります。この袋が浮き袋のように働き、体を縦にしたまま水に浮かべます。海の上で眠れるのはこの仕組みのおかげです。

トドとの違いは牙、体つきはアシカとアザラシ両方に似る

氷の上で体を起こすオスのセイウチ
Joel Garlich-Miller, U.S. Fish and Wildlife Service, Public domain, via Wikimedia Commons

そもそも科が違う

トドはアシカ科で、セイウチはセイウチ科です。見分ける手掛かりとして最も確実なのは牙で、トドには伸びた牙がありません。

体つきはアシカとアザラシの両方に似る

体つきはアシカ科とアザラシ科の両方の特徴を併せ持っています。後ろのひれを前へ折り曲げて陸を歩ける点はアシカ科に近く、耳たぶが無い点はアザラシ科に近い形です。

トド
トドは北太平洋に住むアシカ科最大の動物です。オスは体重1トンを超えることがあり、成長すると額が盛り上がって後頭部の毛がたてがみのように伸びます。分類と学名分類階層界:動物界 Animalia門:脊索動物門 Chordata綱:哺乳綱 Mam...

日本のセイウチ——飼育の記録と、迷いこんだ個体

鴨川シーワールドのセイウチの母子
Misei sen, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

1977年に伊豆で国内初の飼育

日本では1977年に、伊豆・三津シーパラダイスが国内で初めてセイウチの飼育を始めました。その後、いくつかの施設で飼われています。

1994年、鴨川シーワールドで国内初の繁殖

1983年、鴨川シーワールドがソビエト連邦からつがいを迎えました。オスの「タック」とメスの「ムック」です。1994年には国内で初めて繁殖に成功しました。

タックの飼育日数は13,093日

ムックは4頭を産み、2003年に21歳で死にました。タックはさらに長く生き、9頭の父となって2019年に推定35歳で死んでいます。国内で最も長く飼われたセイウチで、飼育日数は13,093日にのぼりました。

全身の骨格が学術資料になった

タックの体は全身の骨格標本になりました。体長は3mを超え、上顎には90cmを超える牙があり、舌骨まで含めた骨がすべてそろっています。しかも飼育の記録も残っています。同じ条件がそろった標本はほかにほとんどなく、アメリカのスミソニアン博物館のものが挙げられる程度です。学術的に貴重な資料とされています。

1984年、三重県沖の定置網に迷いこんだ

1984年1月10日、三重県尾鷲市の沖にあるブリの定置網へ、体長約3.5mのセイウチが迷いこみました。漁への影響を心配した漁民によって、この個体は射殺されています。

北極海に住むセイウチが尾鷲沖まで南下した理由の一つに、水温が挙げられています。当時その海域の水温は例年より2℃低かったとされます。

数万頭で集まり、天敵は2種だけ

夏から秋には数万頭が集まる

繁殖の時期を過ぎた夏から秋には、数万頭という規模の群れを作ります。陸や氷の上に密集して休みます。

天敵はシャチとホッキョクグマだけ

体が大きく牙もあるため、野生で襲われる相手は限られます。天敵はシャチとホッキョクグマの2種だけです。

ホッキョクグマ
ホッキョクグマは、北極の氷の上で暮らす、世界最大のクマです。「シロクマ」とも呼ばれます。白く見える体で氷の海を歩き、アザラシを狩って生きています。地球温暖化で北極の氷が減り、絶滅が心配されている動物でもあります。分類と学名分類階層界:動物界...
シャチ
シャチは、世界中の海にすむ哺乳類です。白と黒のもようと高い背びれを持ち、群れで自分より大きなクジラも狩る、海の食物連鎖の頂点に立つ動物です。分類上はイルカのなかまで、そのなかで最大の種にあたります。分類と学名分類階層界:動物界 Animal...

牙のための狩りと、減っていく氷

割れた氷の上に集まるセイウチ
Kirill.uyutnov, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

300年の狩りでスバールバルからほぼ消えた

18世紀から19世紀にかけて、アメリカとヨーロッパのアザラシ猟者と捕鯨船がセイウチを大量に捕りました。その結果、大西洋亜種は絶滅寸前まで追いこまれています。1871年にはすでに、先住の狩人たちが捕鯨船団の捕獲数を心配していました。

1952年のノルウェー領スバールバルでは、300年にわたる牙目当ての狩りでセイウチがほとんど姿を消していました。その後は保護され、少しずつ戻っています。商業目的の捕獲は現在、分布域の全体で禁止されています。

太平洋セイウチは5万〜10万頭まで減った

商業的な捕獲によって、太平洋セイウチの個体数は5万〜10万頭まで落ちこみました。2006年の調査では、およそ129,000頭と推定されています。

今の懸念は海氷です。IUCNは2025年10月、北極の海氷の減少が氷に頼るアザラシ類やセイウチを脅かしていると指摘しました。北極の温暖化はほかの地域の4倍の速さで進んでいます。

参考

画像出典

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