ナウマンゾウ

ナウマンゾウの全身復元模型(野尻湖ナウマンゾウ博物館) 絶滅動物

ナウマンゾウは、かつて日本列島にいたゾウです。最も古い化石は約33万年前にさかのぼります。名前はドイツの地質学者ナウマンにちなみます。長野県の野尻湖では、旧石器時代の人が使った石器とともに骨が見つかっています。

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分類と学名

分類階層

  • 界:動物界 Animalia
  • 門:脊索動物門 Chordata
  • 綱:哺乳綱 Mammalia
  • 目:長鼻目 Proboscidea
  • 科:ゾウ科 Elephantidae
  • 属:パレオロクソドン属 Palaeoloxodon
  • 種:ナウマンゾウ Palaeoloxodon naumanni

和名・英名

  • 和名:ナウマンゾウ
  • 英名:Naumann’s elephant

名前の由来

名前の由来は、ドイツの地質学者ハインリッヒ・エドムント・ナウマンです。ナウマンは19世紀の末に、日本で見つかった古いゾウの化石を初めて記載しました。その成果は、1882年の著作にまとめられています。表題は “Ueber japanische Elephanten der Vorzeit” です。

1924年に学名を与えたのは槇山次郎です。ただし Elephas namadicus naumanni は、別種の亜種としての扱いでした。ナウマンにちなむ naumanni の部分は、このときに付いています。

のちに亀井節夫が独立した種と認め、学名は現在の Palaeoloxodon naumanni になりました。

大きさ・分布などの基本データ

大きさ肩高 オス 約2.4〜2.8m/メス 約2m(資料により肩高2.4〜3mとするものもあります)
最大で長さ2.2〜2.4m・直径20cm(オスは上へ曲がりねじれる/メスはほぼまっすぐ)
生きた時代約33万年前〜(年代の確実な最新標本は約3万6千年前。絶滅の時期は諸説あります)
分布南九州から本州北部、北海道まで
食べもの樹皮や小枝などの粗い植物(歯のすり減り方の分析から)
化石日本の約300か所から2,000点以上
近い仲間パレオロクソドン属。同属のほかの種と比べると小さめの体格
ナウマンゾウの全身骨格標本(北海道博物館)
北海道博物館の全身骨格標本(タクナワン, Public domain, via Wikimedia Commons)

頭と牙の形

パレオロクソドン属の頭骨比較図(頭頂部の隆起POC)
パレオロクソドン属の頭骨の比較図。POCが頭頂部の隆起(Kohei Futaka ほか, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons)

頭頂部の隆起

パレオロクソドン属のゾウは、頭頂部に骨の隆起を持ちます。ナウマンゾウの頭骨にもこの隆起があり、頭の輪郭は現生のゾウと違って見えました。隆起はオスのほうがはっきりしています。

同属のほかの種と比べると、この隆起の発達は弱いとされます。ただし長鼻目のなかでは目立つ特徴で、ベレー帽に例えられることもあります。

ねじれる牙

牙は最大で長さ2.2〜2.4m、直径20cmに達しました。オスの牙は上へ向かって曲がり、ねじれるような湾曲を見せます。メスの牙はほぼまっすぐで、ねじれもほとんどありません。

歯のすり減り方を調べた分析では、樹皮や小枝など粗い植物を多く食べていたとみられています。

毛と寒さへの適応

ナウマンゾウの生体復元図
水辺を歩くナウマンゾウの生体復元図(Kohei Futaka ほか, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons)

南のゾウという見方

ナウマンゾウは、もともと暖かい土地のゾウと考えられてきました。南方系の種とみなされ、毛のない姿で想像されていた時期もあります。

野尻湖の発掘が変えた見方

この見方は、野尻湖の発掘によって変わりました。同じ地層から、北方系のヤベオオツノジカの化石が出ています。花粉の化石の分析ともあわせて、当時この一帯が氷期の寒い気候だったと分かってきました。

毛が残らない日本の地層

寒さへの備えとして、皮下脂肪が発達し、全身が体毛で覆われていたと考えられています。ただし、これは当時の環境などから組み立てた推定です。

マンモスの場合は、永久凍土から毛の残った体そのものが見つかっています。ナウマンゾウにそうした標本はありません。毛の長さも色も、化石からは決められません。

野尻湖の「月と星」

1962年に始まった発掘

ナウマンゾウの化石が最も多く掘り出されてきたのが、長野県の野尻湖です。

第5次発掘の牙と角

野尻湖では、1962年3月に第1次発掘が始まりました。信州大学の鈴木誠が団長を務めた調査でした。発掘はその後も続き、2018年には第22次を数えました。

1973年の第5次発掘では、ナウマンゾウの牙とヤベオオツノジカの掌状角が、寄りそうような形で見つかりました。牙と角のこの組み合わせは、「月と星」と呼ばれています。当時の人が並べて置いた可能性も指摘されています。

石器とともに出る化石

野尻湖では、化石と一緒に人の道具が出ます。1964年に最初の旧石器の剥片が見つかり、1973年にはナイフ形石器と骨器が出ました。1981年には骨製のスクレイパーとナイフ、1987年には骨製のクリーヴァーが見つかっています。

約37,900年前とされるナウマンゾウとヤベオオツノジカの骨は、多数の石器・骨器と同じ場所から出土しました。ここでゾウが人に解体されたことを示すとみられています。1975年の第6次発掘では、資料の数が1万点を超えました。

日本列島での分布

各地に残る化石

分布は南九州から本州北部、そして北海道までおよびます。

東京の地下と各地の産地

ナウマンゾウの化石は、日本の約300か所から2,000点以上見つかっています。東京都内だけでも20か所以上が産地です。田端駅や明治神宮前駅の工事現場からも出ました。

北海道の忠類村(現在の幕別町)では1969年に発掘されました。千葉県の印旛村(現在の印西市)では1966年、静岡県の浜松市では1921年です。

大陸からの渡来と陸橋

ナウマンゾウの祖先は、大陸から歩いて日本へ来たと考えられています。寒い時期には海面が下がり、約43万年前から30万年前にかけて陸橋ができました。

朝鮮半島や中国大陸の南部を通って、ほかの動物とともに渡ってきたとされます。日本に先にいたステゴドンというゾウの仲間と、入れ替わる形になりました。

北海道でのマンモスとの関係

マンモスとナウマンゾウの牙の比較展示
マンモス(左)とナウマンゾウ(右)の牙(Daderot, Public domain, via Wikimedia Commons)

北海道では、ナウマンゾウとケナガマンモスの化石がどちらも見つかります。かつては、寒い時期にマンモスが、暖かい時期にナウマンゾウが北海道にいたという入れ替わりで説明されてきました。近年は、2種が同じ時期に共存していたとする見方に変わってきています。

一方でナウマンゾウの化石は本州の各地から出ますが、マンモスが本州に達した確かな記録はありません。

マンモス
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DNAが示す系統

アフリカのゾウとの接点

ミトコンドリアDNAを調べた研究では、ナウマンゾウはパレオロクソドン属のなかで早くに分かれた系統に入ります。

そのDNAにはアフリカのマルミミゾウ由来の部分が含まれ、過去の交雑の結果とみられています。

マルミミゾウ
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絶滅の時期

定まらない年代

ナウマンゾウがいつ消えたのかは、はっきりしていません。3万5千年前ごろ・2万4千年前ごろ・1万5千年前ごろと、いくつもの説が出されてきました。

2026年の研究では、年代の確かな標本のうち最も新しいものが約36,400〜35,700年前とされました。どの説をとっても、日本に人が住みはじめた後期旧石器時代と重なります。野尻湖のように人が解体した跡も残るため、狩猟が絶滅にどう関わったのかが議論されています。

化石が見られる場所

野尻湖と各地の博物館

ナウマンゾウの下顎化石
ナウマンゾウの下顎化石(Momotarou2012, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

長野県信濃町の野尻湖ナウマンゾウ博物館は、発掘の成果を展示する施設です。発掘は今も市民が参加する形で続いており、掘り出された化石がそのまま並びます。

千葉県立中央博物館には、肩高4mに達する骨格標本があります。表の2.4〜2.8mは一般的な推定の範囲で、標本ごとに大きさは異なります。

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