ニホンカモシカは、日本の山地に暮らす固有種で、名前とは異なりシカではなくウシ科ヤギ亜科の動物です。オスもメスも短い角を持ち、一頭ずつ縄張りを構えて生きる単独性の哺乳類で、1955年から国の特別天然記念物に指定されています。
分類と学名
分類階層
- 界:動物界 Animalia
- 門:脊索動物門 Chordata
- 綱:哺乳綱 Mammalia
- 目:偶蹄目(鯨偶蹄目)Artiodactyla
- 科:ウシ科 Bovidae
- 亜科:ヤギ亜科 Caprinae
- 属:カモシカ属 Capricornis
- 種:ニホンカモシカ Capricornis crispus
和名・英名
- 和名:ニホンカモシカ(単に「カモシカ」とも)
- 英名:Japanese serow
名前の由来 ―氈鹿とアオジシ
「カモシカ」の語源は、体毛を「氈(かも)」と呼んでいた古い風習に由来するとされます。漢字表記は「氈鹿」のほか「羚羊」も宛てられます。実際にはシカではなくウシ科ですが、この漢字表記が誤解のもとになっています。
別名も豊富です。地域によって「アオジシ」「アオ」(マタギ言葉)や、三重県の「ニク」「クラシシ」、鬼のような角に見立てた「牛鬼」など多彩な呼び名が伝わります。青色の汗をかくとの言い伝えから「アオ」と呼ばれたともいわれ、地域文化の中で古くから知られてきた動物です。
大きさ・分布などの基本データ
| 大きさ | 頭胴長 105〜112cm/肩高 68〜75cm/尾長 6〜7cm/体重 30〜45kg |
|---|---|
| 角 | 長さ 8〜15cm・雌雄両方にある円錐形。生涯抜けない |
| 分布 | 日本固有種。京都府以東の本州・四国・九州(宮崎県以北) |
| 生息環境 | 低山地〜亜高山帯のブナ・ミズナラなど落葉広葉樹林や混交林 |
| 食性 | 広葉草本・木の葉・芽・樹皮・果実。積雪時は前肢で雪を掘って採食 |
| 繁殖 | 一夫一妻。10〜11月交尾/215日妊娠/5〜6月に1頭を出産 |
| 保全状況 | IUCN:LC(低危険種/2020年評価)/国の特別天然記念物(1955年〜)/九州・四国・紀伊・鈴鹿の個体群は環境省RLで絶滅のおそれ |
姿と体のつくり
105〜112cmの中型ウシ科

頭胴長は約1メートル、肩の高さは70cm前後で、体重は成獣で30〜45kgです。ずんぐりした胴に短い四肢で、前半身の筋肉が発達しています。斜面の岩場や倒木を軽々と越えていく動きは、ヤギに近い体の使い方を思わせます。
毛衣は白・灰色・灰褐色を基調とし、個体差と地域差がはっきり出ます。明るい灰白色の個体から、ほとんど黒に近い個体まで幅があり、同じ地域でも別種のように見える2頭が並ぶこともあります。橙赤色の個体を別亜種とみなす説もありましたが、灰褐色と橙赤色が同じ場所に暮らすことなどから、現在は亜種として認めない見方が有力です。
雌雄両方にある短い角

角は8〜15cmの円錐形で、やや後方へ湾曲します。基部に節(成長のリング)があり、これはヤギの仲間に共通する角の特徴です。ニホンジカの枝分かれした角と違い、ニホンカモシカの角は真っすぐな短刀のような形で、しかも生涯を通じて抜けません。
そして、オスにもメスにも角があります。ニホンジカでは角があるのはオスだけですが、ウシ科ヤギ亜科の仲間では雌雄両方に角を持つ種が多く、ニホンカモシカもこの型に属します。遠目でオスメスを判別するのは難しいのが実情です。
眼下腺と「四つ目」の顔

目の下には眼下腺と呼ばれる分泌腺があり、これはヤギ亜科の共通形質のひとつです。何らかの理由で眼下腺が肥大化すると、眼球と同程度に膨らみ、あたかも4つの目を持つように見えることがあります。「四ツ目のカモシカ」として新聞に取り上げられる個体も、この肥大した眼下腺による現象です。
シカではない ―ウシ科ヤギ亜科の動物

「カモシカ」の名前と「氈鹿」の漢字から連想されがちなニホンジカとは、分類上まったく別の系統に属します。日本の在来野生ウシ科は、このニホンカモシカだけです。
角の形と成長で見分ける
ニホンカモシカ ―雌雄両方の抜けない角
ニホンカモシカの角は雌雄両方にあり、8〜15cmの短い円錐形で、生涯抜けません。角の基部には節が並び、その節を数えれば年齢の目安になる、という研究もあります。ウシやヤギと同じ「洞角(どうかく)」というタイプで、骨の芯を角質の鞘(さや)が覆う構造です。
ニホンジカ ―オスだけの枝分かれした抜け角
ニホンジカの角は基本的にオスだけに生え、枝分かれしながら1メートル前後まで伸びます。しかも毎年抜け落ちて生え直します。骨がむき出しの構造で、洞角ではなく「実角(じっかく)」と呼ばれるタイプです。同じ角でも、体の構造としては別物といえます。
体形と社会性の違い
体形は、ニホンカモシカがずんぐりしたヤギ型で、ニホンジカがすらりとした鹿型です。ニホンカモシカが単独で1頭ずつ縄張りを持って暮らすのに対し、ニホンジカは母子や雌の群れをつくって行動する点も大きく違います。
ニホンカモシカが草食獣として反芻するのはニホンジカと共通です。ただし系統上はニホンカモシカがヤギに近く、ニホンジカはトナカイやアカシカに近いという遺伝的な位置関係になります。
足跡と行動の違い
山中で見かける足跡も、ふたつは似て非なるものです。ニホンカモシカの蹄はやや幅広で、岩場に強い踏み込みが残る傾向があります。ニホンジカの蹄はより細く尖り、走った跡がまっすぐ長く続くことが多いといえます。決定的ではないものの、地域の観察者は蹄の跡の形と歩幅から見当をつけているとされます。
生態と暮らし
単独生活と縄張り

10〜50haの縄張りと同性への排他性
ニホンカモシカは単独生活を送り、10〜50ヘクタール規模の縄張りを構えます。オスの縄張りのほうがメスより広い傾向があり、地域の環境によって大きさが変わります。異性間では縄張りが重なりますが、同性の縄張りが重なることはなく、侵入者には角を突き合わせて追い出します。
群れず・移動せず・岩棚で休む
4頭以上の群れをつくることはまれで、通常はぽつんと1頭で斜面を歩く姿が観察されます。木の根元・斜面の岩棚・切り株の上などをねぐらとし、季節による長距離の移動もありません。
眼下腺のマーキング
縄張りの目印は、目の下の眼下腺から出る分泌液です。木の枝や幹の同じ位置に顔を擦り付け、匂いで縄張りの境界を主張します。通り道の目立つ枝には長年にわたるマーキングの跡が残り、そこを新しい個体が引き継ぐこともあります。
食性 ―草本・木の葉・積雪時の雪掘り

下北半島で114種・飛騨で95種の食草
食性は幅広く、広葉草本・木の葉・芽・樹皮・果実などを利用します。下北半島の調査では114種、飛騨山脈ではササ属やスゲ属を含む95種の植物を食べていた例があり、その土地で採れるものを何でも食べる柔軟さがあります。
積雪期の雪掘り採食
積雪期には前肢で雪を掘り起こして下草を探し出します。夏場に比べて選り好みができないため、樹皮や常緑の葉、笹の茎までも利用します。日光国立公園のメスの胃内容物調査ではチシマザサとナナカマドが多くを占め、地衣類まで検出された報告もあります。
一夫一妻の繁殖 ―ゆっくりと増える
秋の交尾と初夏の出産
ニホンカモシカは一夫一妻で、繁殖力は強くありません。10〜11月に交尾を行い、妊娠期間は約215日、5〜6月に1頭の幼獣を産みます。双子や毎年の連続出産は少なく、ペースはゆっくりです。
幼獣の生存率と成長
幼獣は生後1年ほど母親と生活し、その後に独立します。生後1年以内の死亡率は約50パーセントに達し、特に積雪の多い年は死亡率が上がります。ゆっくり増える種にとって、幼獣期の生存が個体群の維持を左右しています。
オスは生後3年で性成熟し、メスは平均4年で初産を迎えます。この遅い性成熟と少ない出産数が、山地の限られた縄張りに個体密度を保つ仕組みになっているとされます。
寿命 ―飼育下では33歳の記録
野生での寿命は約15年で、まれに雌雄とも20年以上生きた個体が知られます。飼育下の記録では、富山県立山博物館「カモシカ園」のメス「クロ」が33歳まで生きたことが確認されており、ウシ科としても長寿の部類に入ります。
分布と絶滅のおそれのある地域個体群

日本固有種としての分布
ニホンカモシカは日本列島の固有種で、京都府以東の本州・四国・九州(宮崎県以北)に自然分布します。北海道と近畿西部・中国地方には自然分布しません。奥多摩・青梅など東京近郊の山でも観察されることがあり、里山と山地の境目に静かに暮らしています。
1978年の環境省調査では分布域約35,000平方kmに推定7万5千〜9万頭とされ、種としての生息数は安定しています。2020年時点でも、種全体としての絶滅のおそれは低いとIUCNは評価しています。
地域個体群の減少 ―九州・四国・紀伊・鈴鹿
一方で、九州・四国・紀伊山地・鈴鹿山地の各個体群は、環境省レッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されています。九州では生息密度が2000年代前半に大きく落ち込み、四国では2003〜2011年に1平方kmあたり1.4頭から0.1頭にまで減少した例があります。
減少の主因は、ニホンジカの高標高地への分布拡大による植生の変化と競合です。加えて疥癬などの感染症・シカ防除ネットへの混獲なども指摘されています。同じ山に暮らすシカの増加が、系統としては別の草食獣であるカモシカにも影響を及ぼす形となっています。
特別天然記念物としての保護
1934年 天然記念物・1955年 特別天然記念物
ニホンカモシカは1934年(昭和9年)に国の天然記念物に指定され、1955年(昭和30年)に特別天然記念物に格上げされました。哺乳類で特別天然記念物に指定されているのは、他にニホンイヌ・オガサワラオオコウモリなど数種に限られ、日本の在来野生哺乳類のなかでも特に重要な保護対象と位置づけられています。
密猟からの回復と食害駆除
1950年代以降の個体数回復
1950年代までは、密猟も含めた乱獲によって生息数が減少していました。1950年代以降、密猟防止の取り組みと針葉樹の植林が進んだことで、生息数は徐々に回復していきます。植林地の若い針葉樹は食物としても機能したため、間接的に個体数増加を後押ししたと考えられています。
保護と食害駆除が同時に進む複雑さ
その一方で、1973年からは岐阜県、1974年からは長野県で林業への食害対策として駆除も進められました。特別天然記念物としての保護と林業被害への駆除が、以降も並行して行われる状況が続いています。
人との関わり
「バカジシ」と呼ばれた好奇心
ニホンカモシカは好奇心が強く、人を見ても慌てて逃げない性質があります。適度な距離まで近づいて相手を観察する行動は、飼育下でも同じで、動物園の観察者に長時間じっと視線を向けることがあります。
この習性から、地方によっては「ニクバカ」「バカジシ」と呼ばれた例もあります。マタギにとっては逃げない獲物として捕まえやすかった一方、警戒しない性質がのちの乱獲の一因にもなったとされます。
切手・パンダ外交・シシ神
ニホンカモシカは1952年発行の8円普通切手、2015年発行の50円普通切手の絵柄に採用されたほか、トヨタ・パブリカ2代目のキャッチコピーとエンブレムにも用いられました。1973年には、パンダ外交の返礼として日本から北京動物園にペアが贈られ、以降飼育下繁殖にも成功しています。
宮崎駿監督のアニメーション『もののけ姫』に登場する森の神「シシ神」の姿は、ニホンカモシカを含む複数の日本の在来動物の要素を組み合わせたキャラクターとされ、ファンのあいだで「モデル」として語られてきました。実在の動物としても、深い森の奥で単独に暮らす姿が知られています。
参考
- Tokida, K. (2020) Capricornis crispus. IUCN Red List 2020(種別評価ページ)
- Jass, C. N. & Mead, J. I. (2004) Capricornis crispus. Mammalian Species No. 750(種の生態総論)
- ウィキペディア「ニホンカモシカ」(分布・形態・保護史・別名)
- 環境省レッドリスト(地域個体群の指定情報)
画像出典
- Plamen Agov, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons(アイキャッチ/ベルリン動物園の個体)
- Alpsdake, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(斜面に立つ全身)
- Alpsdake, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(雌雄両方の円錐形の角)
- Alpsdake, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(顔と眼下腺)
- Ken Ishigaki, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(横向き全身)
- Ken Ishigaki, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(葉を食べる姿)
- Alpsdake, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons(岩場に単独で立つ姿)
- DataBase Center for Life Science (DBCLS), CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(図版)


